1. 薩摩訛りの耳毒ラジオ
  2. 🌋「PTAは必要だ!」という立..
2025-04-29 37:09

🌋「PTAは必要だ!」という立場から話してみる

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サマリー

本エピソードでは、PTAの役割とその必要性を深く考察しています。特に、PTAが行政に対して意見を表明する重要な組織であることや、現代社会における個人の意見の扱いについても触れています。PTAの活動は、子供の安全を守るためのコミュニティ作りにおいて重要な役割を果たしています。参加することで親同士や子供同士のつながりが生まれ、防犯意識が強まることが特徴です。また、飲み会を通して学校との関係を築くことも重要な点として挙げられています。PTAの飲み会は、参加者同士のつながりを生み出し、意見を組織的にまとめるための大切な場とされています。行政に意見を届けるためには、まず参加し、具体的な意見を目に見える形でまとめることが求められます。

00:08
お疲れ様です。
薩摩訛りの耳毒ラジオということで、撮ってまいります。
ちょっとね、スタイフ撮れない状況になっておりまして、久しぶりに撮ってます。
どういう状況になっているかは、メンバーシップの方で話をしていますので、
ここでは、一般放送ということで。
今日火曜日なんですが、茶犬のmch懲戒儀。
本日は祝日ということで、お休みさせていただきますお知らせです。
今日の茶犬は休みです。
明日水曜日なんですが、お昼の1時からの茶犬mch懲戒儀を明日ライブさせていただきますので、よろしくお願いします。
では、今日の話をします。
PTAの組織構成
年度が始まって、一番ホットな話題として、PTAの話をしようかなと思います。よろしくお願いします。
では、いくぜ!
私は今年からPTAの副会長ということになりましたが、
とはいえ、副会長のうちのPTAは9名います。
会長の元に9名おりまして、
うち3名が会長補佐、残りが各専門部の補佐になっております。
会長補佐なんですけど、何も今のところすることがない。見習いみたいなもんですね。
たぶん、おそらく次の会長候補の見習いみたいになってしまっておりますね。
私、あんまりトップに立つタイプではないんですけどね、正直言って。
会長は今の会長の任期があと2年なので、その後の会長候補ということになっているんですが、
その間に、でももう一人補佐が今年入った人が、あの人の方が良さそうだな、会長。
いずれ僕もボロが出るんでね、そうなるんじゃないかなと思ってますけど、
そうだな、そうなりそうだな。
そんな感じになってます。
PTAの必要性
今日はね、PTAってもうちょっとちゃんと掘り下げようと思いました。
僕もそういう意味で勉強する立場で関わり始めてね、
やっぱり見えてきたものっていうのがありまして、
今の世の中の流れとしてPTAいらないだろうっていう論證がやっぱり強いと思うんですけど、
僕は執行部役員の幹部になったことによって、
逆の立場でちゃんと発信活動をしないといけない立場になったので、
PTA必要ですっていう論證を展開していかないといけないわけですよ。
実際うちのPTAは非常に有効活用というか活動活発にしているところなので、
相手のこの目線っていうのも僕だからこそこれを喋ろうかなっていうふうに思ってたんですよ。
なのでそんな感じの話でいきたいと思います。
PTAの意義ですね。
いらない論調に対して、いや、いるんですよっていうか、
そもそもこうなんだよっていうところが見えてきたんでそんな話をしたいと思います。
あのね、どっから行こうかな。
一つあーって思ったことは、
今ね、現代人、我々はですね、
我々日本人はですね、どうやら、
ルールとか決まり、システム、
システムというものに頼りすぎというか、
決まりやシステムがあるのが当たり前というふうに思いすぎてるなっていうことに気づいてきました。
あの、そもそもですね、
世の中というものは個人の意見とかは無視されるものなんですよ。
無視されるべきものなんですよね、社会というものは。
あの、いちいちね、誰かの意見を拾い上げて全部やってたら、
世の中回らないので、ある程度、
こういう意見は世の中のシステムにとして採用していかないといけないなとか、
いうのを判別しないといけないわけですよね。
えっと、この前PTAの総会で校長先生がね、
話していた言葉、話の中で非常に、
ああ、なるほどって思ったのがあったんですけど、
ちなみにうちの小学校の校長先生は女の校長先生で、
めちゃくちゃかわいい人です。
もちろん年齢は僕よりも年上ですけど、
非常にかわいらしい女性ですね。
なんだけど、もちろんめちゃくちゃ聡明ですね。
でね、その校長先生がPTAの総会の挨拶で言ってた話で、
PTAがない学校、もちろん校長先生で、
県庁とかで教育関係もやったりしてる人なんで、
いろんなのを見た上で、
PTAがない学校っていうのもあったんですけどよ、
っていう話でしたね。
そのPTAがない学校で、
ちょっと通学路で危ない箇所があって、
あそこに横断歩道をつけてほしいっていうことを
言った保護者がいたらしいんですよ。
で、その保護者が市役所にね、
うちの校区の通学路あそこに横断歩道がないと危ないと思うんですがって、
市役所に意見を持って行ったんです。
ところ、非常に正当な意見というか、
まっとうな意見だったんとは思うんですけど、
市役所の方では、
それはあなたの個人の意見ですかって言われて、
まあそうですみたいな。
ごめんなさいって、個人の意見ではちょっと何もできませんよと。
まあ言い方はいろいろあったんでしょうけど。
要するにPTAとかのお話ですかそれはっていう風に言われたらしいんですよ。
市役所からね。
いや個人です、うちPTAないんでって。
個人の意見はね、ちょっとなかなかみたいな。
だから最初に言いましたけど、
社会、世の中というものは個人の意見をいちいち拾ってられないんで。
では何が必要かというと、
これだけの人がこういう意見を持ってますという正当な、
まあ言えば正当な組織から話が持ってこられないと、
世の中のシステム、行政としては何もできないっていうことなんですよね。
これここなんですよ。
署名活動とかあるじゃないですか。
署名活動とかもそうなんですよ。
誰かが世の中こうしたいって思ったときに、
それを個人の、いやどんなに筋が通ってても、
個人の意見じゃ世の中に反映は絶対されないわけです。
だから署名活動とかして何万人分の署名ですってなったときに、
その署名の束が初めて力を発揮するんですよね。
でこれをこんだけの署名が集まりましたを役所に持っていったことによって、
役所も無視できないものになっていくんですよ。
これはだから大勢の意見ですという一つの証明になるからですね。
これがだからまず個人が行政とかに意見をするときに必要なことですね。
これだけ個人、私個人じゃないです。
これだけの人が同じ意見ですという取りまとめた証拠がいるわけですね。
その取りまとめた証拠を個別に署名活動で集めるということをしないでも済むのが、
この組織の代表意見として持ってきましたという証明。
この証明を持てるのが社会的に認められた組織なんですよね。
それの小学校、学校版がPTAということになるんですよ。
PTAのP、ペア連とね、親だけの意見じゃ動きづらいんですよ、行政は。
PTAのT、ティーチャー。ティーチャーだけの意見でも動きにくいんですよ。
親と先生が共同でこれだけの子のことを意見として持ってます。
どうにかしてくださいって行政に持っていったときに初めて行政は、
なるほど、分かりました、検討しますっていうふうに動けるんですよ。
という感じでPTAの一つの大きな役割は、
組織化することによって行政に意見を正当に持っていけるっていう。
これがPTAというものが社会的に認められた組織であるという。
地域コミュニティの変化
そして社会的に認められた組織っていうのは、そういう力を持っているんだっていうのが一番の大きな部分です。
先日言いました校長先生の話、PTAを持たない学校で保護者の意見が全く通らなかったということで、
結果その学校は改めて呼びかけをしてPTAを再度再結成したそうです。
PTAの役割、本来の役割に築いたらしいんですよね。
PTAというのはその名前を冠して組織として存在するだけで、
行政とかに意見をする力を持っているんですよ。
逆に言うと、今PTAいらないんじゃないか、
お金を回避を取るだけで何もしてないじゃないかっていうこの状況は、
社会が成熟してPTAという組織力を使ってここを良くしてくれっていうことがほとんどなくなっている、
非常に平和な世界に子どもたちを取り巻く状況が非常に平和になっているということでもあるんですよ。
平和になっているから必要性を感じない。
なんだけど、やはり問題が起きたときにこの問題を行政に解決、
行政という大きな力、実効力と予算というのを持っているところに働きかけができるのは、
子どもたちに関することについてはPTAなんですよ。
そこですね。だから必要がないっていうのは、今は必要がないんですけど、
有事になると必要になるっていうことですね。
そのための、だからこれってPTA回避払ってたりとか、
PTA回避を払うっていうのは保険なんですよ。
医者というときに行政に働きかける力、そういう組織力というのを保険として温存している。
そのためにPTA回避を払っている。って考えるとPTA回避ね、めちゃくちゃ安いんですよ。
皆さんね、保険っていくらぐらい払ってます?月々。
って考えたときに、保険って考えるとPTA回避めちゃくちゃ安くて、
その安い回避のほうにかなり力を持ってるんですよね。
そこを改めて見直していただきたい。PTA副会長としては。
皆さんにそこを見直してもらいたいって思うんですね。
ただ、ただですよ。この組織を、なんだろうな。
言えばPTAっていろんな行事やるじゃないですか。
行事いらないんで負担にしかなっていらないじゃないかっていう意見は、確かになんですよね。
確かになんですけど、今度はですね、今学校長の話をしましたね。
PTA会長の話です。PTAで謎の活動とか、謎の飲み会とかを何のためにやっているか。
っていうのも、実はそれなりに理由があります。
逆に言えばね、今だからこそこれ必要なんですよね。
一昔前は、今昭和の良き時代は、オールウェイズの時代はですね、
近所、近隣、近民が非常に関係が深かったわけですよ。
どこの子の子供っていうのはみんな知ってるし、どこの子の家っていうのもみんな知ってるし、
社会、地域コミュニティそのものが必然的にお互いをよく知ってるという状態だったんですよね。
そこに助け合いがあったりして、要は戦後の復興から地域住民がお互いに個別に助け合いをしないと、
世の中が生きていくのが精一杯っていう状況から始まってるわけですよ、日本はね、戦後。
だから、みんなが知り合いであり、みんながお互い助け合って、
お醤油切れたんで貸してくださいとかね、お隣さんからお米で分けてくださいとかね、
そういう時代から始まってなってたんですよ。
だから、それが必要だったんですよね、戦後は。
でも世の中が豊かになって高度経済成長を迎えて、そういう助け合いが必要なくなって、
むしろ助け合いとかがだんだんウザくなってきてね、近所付き合いがウザくなってきて、
個別でみんなも経済的に裕福になってるんだから、みんなが自分のお金でどうにかすれば済む話で、
逆にテイカーみたいな人がウザく感じるみたいな、そういう状況になったわけですね、日本がね。
そうなった時に助け合いがあまり必要じゃなくなったとともに、
人間関係が、近所コミュニティの人間関係が気はくりなんと。
それによってですね、失ったものっていうのが子供たちの安全ですね。
みんながみんなどこどこの子供とかを知っていて、誰がどこどこを歩いていたら誰かが見つけたら、
あ、誰々の子供があの辺を歩いてましたよとかね、あそこで川遊びしてましたよとかが、
PTAの役割とコミュニティ
無意識に情報ネットワークに組み込まれていたものが、これを失ってしまったんですよね。
なので最近はやっぱね、外で子供を遊ばせるのが怖いとかいうのは、
そういう防犯監視。
要は、近所付き合いはね、お互いのプライバシーを監視しているっていうところが負の側面であったんですけど、
こういう防犯の監視っていうものは実はあったんですけど、
この監視カメラ的な役割っていうのが今はね、なくなってしまったんですよね。
これをPTAという組織が謎の活動をすることによって、あるいは謎の飲み会をすることによって、
ここをね、維持しているんですよ。
なので僕もですね、僕はもともと自分が今住んでいるところは、自分が生まれ育った土地じゃないんです。
だから、今この知らない土地に来て生活し始めると、全くその近所の人がわからない。
そんな状態にいると、自分の子供は誰も知らないんですよ。
だからPTA、今僕ね、去年1年学級委員長をやることによって、この見知らぬ土地でですね、非常にこの不敬の中で、
僕はね、やっぱり人を覚えられないんで、誰々さんはわからないんですけど、
周りの誰々さんはですね、僕はPTAの学級委員、学年委員長をしてたから、認識してもらえてるんですよ。
僕の子供はこの前、修行式で学年代表として発表とかしたりしたんで、
なおのことですね、学年委員長の子供さん。
逆へは、1年段組○○君のお父さんが学級委員長でPTAやってるみたいな感じで、非常に知られております。
保育園とかで一緒だった父兄さんとかも、
ああ、宮健さんがPTAやってるんですねっていうふうに知られてます。
その人たち、保育園時代はですね、妻のほうが積極的にママども作ったりしてたんで、
僕はもう知られてない存在だったんですけど、今は僕のほうが知られる存在になっていますね。
そんな感じで、僕の息子はご近所さんからね、知られるようになっているんですよ。
これはある意味、昭和時代のね、
宮健さんの息子さんがどこどこで何してたみたいなのを、防犯観点から見てもらえてるんですよね。
という感じ。
僕は他の保護者の方はなかなか覚えられないんですけど、
息子の友達になっている子供たちは、やっぱり把握してきて、その親御さんというのも把握できてきているんですよね。
だから2年生に上がって、一番最初に出席番号で、席の場所が後ろの子供というのと長男は友達になったらしいんですよ。
星のカービィ・ディスカバリーの話をするんだ、みたいなね。
そのお子さんがですね、実は誰々さんという名前を聞いたときに、
あれ、そのお母さんってPTAのあの人じゃないって言ったら、そうだよ、みたいな感じでね。
こんな感じですね。
僕はPTAに入ることによって、全く知らない土地で生まれて、子供たちの生活をし始めたんですけど、
やっぱりコミュニティに属することができてきているんですよ。
今はね、私のようにいろんな土地から移り住んできて、
要は一つの土地でみんなが生活する家はなくなっているじゃないですか。
シャッフルするじゃないですか。
私が住んでいるマンション自体も80個、80棟あるんですけど、
これも全員がほとんど他の土地から移り住んできている人たちなんですよ。
で、これが一つの新しい学区というコミュニティに入ってやり始めているんですけれども、
これもやっぱりマンションの管理組合とかマンションの補助組織、
そしてそこでもそんなに知り合いになってないですよね。
僕もここのマンションで管理組合で知り合いになった人って2,3人しかいないんですよ。
でもこの2,3人が子供の保育園とかを通じて、
あ、○○さんの息子さん同じ保育園ですね、みたいな子供さんの話。
あれ?実は同じ学園なんですね、みたいな。
そういう感じでやっぱり認識が深くなっていっている。
それはお互いにですね。
だからコミュニティ組織に属しないと、
結局子供のそういうね、○○さんの子供っていうのをお互いに認識することによって
保護者同士のつながり
防犯の観点が強まるっていうのはね、
これやっぱり一番大事なことなんですよね、子供の安全って考えたら。
だからPTAがそもそも子供の安全とか子供のためにある組織って考えると、
ここを利用しないと非常にもったいないというかね。
PTAの悪い側面ばっかり。
だから、境外化した無駄な会議とか無駄な活動とかあるのは確かにあるんですけど、
その境外化されたものでも参加することによって一番大事な子供の防犯っていうのが
強化されていくことは間違いないんですよね。
それは親と親がつながる。子供と子供がつながる。
それが網目のようにネットワークとしてつながっていくっていうことが起きてくるんですよね。
活動をして、ベルマーク集めで活動をしますっていうことによって、
無理やりこの組織に込められて、やりたくないなと思って親が無理やり入れられるんだけど、
それをすることによって、一応それを活動している親は知り合いになる。
あの人全然活動しないよねって影で揶揄されている人も、そういう人がいるというので認識されるんですよ。
あの子供ってあの活動全然しない親の子供らしいよって。
でもこれね、やっぱりその子供が認知されるんですよね。
これやっぱりなければね、それも起きないんですよね。
って考えると、無駄な活動に無理やりやらされることによって、
でも一応こういう人がいるんだが認識されて、その子供はすごい人だっていうのが認識されて、
それがね、どっかでかで、そういえば野球部で、野球のクラブ、チームでいるよねあの人みたいなね。
そうすることによってモブキャラでしかなかった子供が、あの活動しないあの人の子供っていうことで、
自分の人生で一応こう、登場人物として存在感が上がるんですよね。
全くモブキャラがね。
っていうのがどこで繋がってくるかわかんないんですよ、ネットワークなんで。
でもそれがやっぱ活動1年目、今1年生、僕の子供2年生です。
3年生、4年生ってなっていくにつれてどんどんこのネットワークが広がっていくっていうのは想像がつくんですよ。
これが引いてはね、やっぱ子供の地域生活する子供の安全に繋がっていくなという風に僕は感じてます、今すごく。
そしていざとなったらですね、このPTAという組織力によって行政に働きかけができるっていうことにつながっていくということで、
これの全てが子供の防犯を守る保険代と考えるとPTA回避はお金として非常に安いし、
この活動に参加する、一応組織に尚連ねるということが、あいつ全然活動しないじゃんって思われたとしても、
保険として非常に強いなっていうふうに思ってるんですけど、皆さんいかがですか。
保険ですね。無駄な活動、無駄な会議も保険です。
その中で役員として関わってこの無駄な会議をどうにかしましょうということをね、やろうと思えばやれるんですよね。
バチバチになるかもしれないけど。
これバチバチになって悪目立ちするのも、結果子供の防犯保険に繋がると思えば、
それもいいんじゃないですか。親としては嫌われ者になることによって子供を認知されてって考えるとね。
というような変な見方かもしれないんですけど、ここにPTAの意義があって、
PTA会長が真面目な話として言うのは、だから飲み会が必要なんですと。
飲み会をして、飲み会には学校の先生も来るんでね。
先生もモブキャラなんですよ。
そのモブキャラがキャラクター化することによって、先生も大変なんだなみたいなね。
だから今回PTAの総会があったその後に懇親会があったんですけど、
この懇親会に行くにあたって、妻から新しい2年生の担任の先生が非常に休みがちだと。
これね、学校としてどうなってんだって聞いてよって言われたんですよ。
PTAとしてどうにかできないのかって聞いてよって言われたんですけど、
飲み会と学校との関係
僕それ聞いた時点で学校の先生がね、メンタルちょっと病んで休みがちっていうのは、
PTAがどうにかすることなのかって思ったんですけど、
まあでも学校の先生も来るから聞けるしなと思ってね。
会長もいるから聞けるしなと思って。
で、その妻が言うには、もうすでにまんまともネットワークでその不満っていうのが結構出てるよと。
どうなってんだって聞いてよって言われたんで。
で、そのPTA会長の飲み会の席でね、それを言ったんですけど、
いや、それはね、確かにね、PTAがどうにかできることじゃないです。
学校の先生をどうにかしてはPTAの料分じゃないんで。
で、じゃあどうするかっていうと、だからこういう飲み会必要なんですよって。
この飲み会でさっきも先生とか校長先生とか来てるじゃないですか。
だからここで個別で話しかけるんですよって。
なんかこれどうなってるんですかって。
そうすると学校の先生も結局直接的にその不敬の声を聞く機会って実際ないんですよって。
だけどこの飲み会で聞くことによって、
ああなるほどそういうふうに考えてるんですねってなることによって動くってことが多くて。
今までの経験で会長の話ね。
僕の今までの、僕ってのは会長です。
僕の今までの経験上、この飲み会で言ったことによってガッと学校が動くってことは結構あったんですよって。
だからね、皆さんここで思うじゃないですか。
だからそれってPTAとかで会議とかでやるんじゃないのって思うじゃないですか。
違うんですよ。
結局PTAの会議とか活動って本当にコミュニティの人付き合いを深くするための役割しかないんですよ。
でも人付き合いを深くする役割とか場っていうのを設けるということができるんですよ。
PTAの飲み会があるんで来てくださいっていうのは、
学校の先生もPTAに参加していない保護者も来ていいですよっていう感じで会を開けるんですよ。
それによって来ることによって全然社会的立場がない人でもその飲み会で発言できるんですよ。
発言権が持てるんですよ。
そのことによって、PTAって事実分散的にそもそも始まってるから、
なんやかんやでいまだに正式な窓口で通じて喋る機会が役所に対しては持っていけるんだけど、
その学校との直接なつながりって法令的なものないんですよね。
結局個別の、はいPTAですみたいな人が言わないと組織化しない部分があって、
でもPTAですっていうことによっていろんな人を巻き込むことができるっていう、
逆に言えば巻き込み力ぐらいしかないんですねPTA。
その巻き込むのに活動したり飲み会したりするっていう。
巻き込まれたことによって、やっぱり直接先生と喋れる立場になったりとかして、
喋れる立場になると意見が通りやすくなるみたいな。
なんなら親と学校がこれは行政にどうにかしないといけないねっていう問題だってことに気づけば、
会議に挙げることもできて、会議に挙がったら正式に行政に働くことができるっていうね。
そういう非常に回りくどい段階を踏まないといけないんですよ、そもそも。
行政を動かすってすごく回りくどい段階を踏まないといけないんだけども、
それの第一歩がクラブPTA活動に参加すること。
飲み会に行くことなんですよね。
PTAの飲み会の重要性
なんかPTA会長の話だと、だからPTAの飲み会必要なんですっていうことでした。
人と人を知って人のつながりができて、いわゆる組織として新しく生まれていって、
組織として、例えば第南半はこういう意見ですとかね。
じゃあ、半として意見が出てるんだったら、支部としてその意見をちょっと思いましょうかと。
そしたら支部として意見がまとまったんで、じゃあ総会に持っていきましょう。
総会として意見が出来上がったんで、行政に行きましょうっていう段階を踏まないとやっぱり行政動かなくて、
その段階の第一歩が参加することっていう。
PTAそのものはそこに参加させるっていう力しかなくて、
力というか大義名分しかなくて、っていう感じなんだって言ってたんですよね。
だからその奥さんとかその奥さんのママ友とかも、
ママ友のネットワークとかで喋っても何にもならないんで、
ぜひこの本当の今日の飲み会に来てほしいかったですねって、
そういう意見があるんだったら、来て直接先生と喋ってもらいたかったですねと。
それが出来るんですよここはって。
それ出来ないでしょママ友ネットワークで喋ってたって。
でかつじゃあ代表者にこれ言ってくださいって言っても、
代表者も結局一人の力しかないんで、
力ないんですよって。
顔が見えないんですよって。
顔が見える状態になるために飲み会開くんで来てくださいなんですよねって。
でも僕ずっと言ってんだけどそれがなかなか伝わらないんですっていうのが会長の意見でした。
思ったより成熟してないしシステム化がされてないんですよ。
やっぱり行政の壁が非常に厚くて、それに何とかかんとかこうやってその壁を乗り越えるために
自然発生から社会的に認められる形になったのがPTAなんですよ。
だからその入り口っていうのは飲み会に参加することっていう、
いまだに原始的なシステムであることはしょうがないんですよね。
でも原始的なシステムだけども何者でもない井戸端会議で声を上げるしかない人たちが
なんとなく行政に行かせる第一歩としてPTAがあるんだっていうことです。
なのでPTAがあるんだからここに意見を言えば行政に声が届くというシステムでしょって思ったら
そうじゃないんだ。日本人ってシステムがあるんだからここに言えば声届くんでしょっていう風に
なんとなく思っちゃってるんですけどこれが一番最初に言ったシステムにみんな頼りすぎ。
システムがあると思い込みすぎです。
案外ないです。
例えば議員さん近くに、知り合いに議員さんがいるんでこの議員さんに言ってみるわって言っても
これも全然力ないです。同じです。議員さんも個人は力がないんです。
そんな力がない個人の議員さんに意見を持っていったって何にも本当はできないんです。
議員さん声を聞くだけしかなくて結局は何人の意見ですかっていうのを求めるしかないんですよね。議員さんもね。
だから署名活動って本当バカにできないんですよね。
署名活動でこれだけの意見ですって言えば議員さんもこれだけの意見が集まってるんですって言ってやっと議会に持っていけるんですよね。
これはみんな知らない。意外と思ってない。議員さんに言っとくから言えば議員さんが挙げてくれるだろうと思うかもしれないんですけど
議員さんもこれだけの意見ですがまとまってないと議会に挙げることできないんですよね。
PTAも一緒です。これだけの意見ですがまとまらないと挙げられないんで。
だから今まともネットワークでしゃべってることを直接PTAの飲み会とかに持ってきて話しないとまとまった意見にならないんですね。
あるいは署名という形で書類として持ってこないと何の意見にもならないです。
ということですね。世の中を動かすためにはとにかく意見がこれだけありますというのをまとめないといけない。
目に見える形で集めるには署名です。目に見える形で集めないためにはこの組織でこういう意見がまとまってますというふうに持っていくことです。
子どもたちのためにその意見をまとめる場所がPTAであり、それに意見をまとめるためにはまず参加するということしかない。
意見をまとめるための行動
ということになってます。
話がわかりましたかね。非常に難しいんですけど。難しい話でまどろっこしい話なんですけど。そして僕の話し方もまどろっこしいんですけど。
PTAが必要だよという話をさせていただきました。
僕はこういう立場になったのでこういう観点からですね。
喋ってみたいと思います。興味があればぜひ聞いてください。
ボノノさん、イージーさんいかがでしょうか。
終わります。ではまたね。
イラスト教師イラストレーター宮剣でした。バイバイ。
37:09

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