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はいお疲れ様です。 薩摩訛りの耳毒ラジオ、miyakenneです。
えっと、久々にね、もしもしスタイルで、家に帰るさながらの収録でございます。というのは、ちょっと今日、朝から
小学校の方でですね、愛好作業というか、ゴミじゃないな、
一斉、校舎きれいにしよう会、みたいなやつですね。ありまして、それに一定の会となっております。
あの結構、例年ね、真夏の、夏休みの第三日曜とかだったかな、とかにやってたらしいんですが、
まあ、熱中症対策考えて、今の時期に、ちょっと移してみたっていうね、感じだったみたいです。
まあ、真夏よりはね、やっぱり、いいですね。今も歩きながら、風がやっぱ当たると涼しいんでね、汗かいた状態だったね。
これ真夏はもう、これもきついですからね。 という感じになっておりました。
一人三日です。ちなみに。さてさて、今日の本題行きましょう。今日はね、ちょっと
アート的な、アート的な、同じこと言っちゃった。話をしたいと思います。
では、行くぜ!
車もブルブル走ってます。うわー、思いっきり信号で行ったぞ、あのタクシーは。
前にパトカーいるけど、あれは見てないな。
なんだっけ、あのね、
えーと、あれどこだ?帝国ホテルかなんかですかね。 ちょっと炎上騒ぎみたいなのがやってて、
多分、多分、関東にお住まいの方ご存知なんだろうけど、
と思うんですけど、帝国ホテルかどっかに美術館ギャラリーみたいなのがあるんですよね。なんか有名なんですよね、確かね。
そこでの展示をめぐっての炎上っていうのがあって、 ちょっと情報をお伝えするの申し訳ないんですが、
その炎上っていうのが、
アート展示に対して、 えーと、それはどうなんだということで、すごいクレームが出ているという話があってですね。
うーんと、
えーと、なんだろうな、私思ったことがすごくあって、
これ皆さんもどう思っているのかなーって思うんですけど、
アートとか芸術って、 美しいものっていう風な、
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風に思っている人が多い、
違うな、アートとは美しいものだっていう定義を持っている人が多いのかな、
だろうなって思いました。まぁ、わかります。私も多分そういう感覚はまず根底にあると思います。
が、 やっぱり、
なんだろうな、本当の意味でのアートって、 必ずしもそうじゃないよね、というところですね。
だからちょっと深く考えてみれば、わかるというか想像をつく範囲にあると思うんですけど、
えーと、 根底には、
おそらく表現の自由っていうことが、
一番、なんだろう、その、 根底にあると思うんですよね。
どうしよう、どうしようかな、だからアートイコール表現の自由っていう考え方もあると思うんですよね。
アートは自由だって言ったら、 あ、そうだよね、アートは自由だよねっていうのは多分皆さん納得いくところだと思うんです。
で、表現の自由っていうのは、 名の通り自由なんですよ。何にも束縛されない、されるべきものではないっていうね。
で、表現の自由は、守るべきだっていうのが今の、
ごめんなさい、風がちょっと音入ってるかな、めっちゃ風当たる、ここ。
どうしよう、まあいいや、喋ろう。 っていうのがね、
あって、えーと、なんだけど、 アートは美しいものっていう感覚もあるじゃないですか。
でもよくよく考えたら、表現の自由っていうのは、 人間の表現の自由っていうのを考えると、
むしろ美しいものの方が少ないじゃないかなと。
人間のこの本質とか根底っていうものを、 何かの形に表現しようとすると、
美しいものだけではないのはもちろん。
で、むしろ深くなればなるほど、 もっとこう、えぐるようなものが、
もっとドロドロとしたものが、 出てくると思うんですよね。
だからなんだろうな、 好きなものを表現したいってなったときに、
好きなものって人それぞれ違うじゃないですか。
それを表現することに対して、なんだろう、
それは良くないよ、あなたそれ好きかもしれんけど、 それはダメだよみたいなのって、
まああるはあるけども、 表現の自由って考えたら、
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それが人間なものみたいなところも あるじゃないですか。
まあ言えば、破壊欲求とかですよ。 破壊欲求や破壊衝動とか、
やっちゃいけないと言われているものこそ、 やってみたくなるとか、
むしろそこの方こそ、より人間らしい部分って あったりするわけじゃないですか。
なんだろうな、
表現の自由を何かの制約っていうものに、
があったとして、その制約を打ち破りたいっていうのが、
表現の自由とか、アート思想の根底だとすれば、
ある意味この人間の理性すらも、
表現の自由を抑え込む制約の一部だと思うんですよ。
っていう考え方が十分になりたく思っていて、
だから一部の芸術、
芸術か、
一部の表現者にはそういう表現をする人もいて、
それは芸術家と呼ばれないとか、呼ばれるとか呼ばれないとか、
要はそういうことになるんですよね。
今回の炎上の中にやっぱり多かった意見が、
そんなのはアートとして認めないみたいな話なんですけど、
アートとして認めないっていうのはおかしな話だなって、
そもそも思ったんですね。
認めるも認めないもないじゃんっていうところですね。
ちょっと、
初っ端から深いことを言うと、
そういうことになるんですけれども、
もうちょっと浅い層で今回の炎上を言うとですね、
要はなんかちょっと、
言えばアングラ?
アングラの世界のものを表に出しちゃったみたいなことなんですよね。
小児性愛の表現っていうのがあって、
ある意味文化的なものでもあると思うんですけど、
これはあれだね、不倫は文化って言った人がいましたけど、
それに近いですね。小児性愛は文化だって。
そこまで言ったら炎上しそうだけども、
だけどもですよ、不倫は文化だと言った人いますけど、
あれに対して、
鼻で笑うほど否定できる人いますかね。
文化という定義が何かって話にまたなってくるかもしれないですけど、
現実としてあるよね。そして人間の中にはそれあるよねっていうものの一つじゃないですか。
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っていうところで言うと、
それこそ同性愛とか、小児性愛とか、
年上の人が好きみたいなとか、あるわけじゃないですか。
そんな中で今回の展示に関しては小児性愛に関する部分と、
あとね、口に出さないほうがいいなと思っているので言わないけれども、
イラスト界隈ではジャンルとしてあるんですよね。
イラスト界隈ではジャンルとしてあって、
例えばホラーとかあるじゃないですか。
ホラーってジャンルもちょっと目を覆いたくなるようなジャンルだったりするわけじゃないですか。
それももっときついのもあるわけですよ。
そしてそれの需要があるわけですよ、実際に少数派とはいえ。
少数派とはいえ意外とあるんですよね。
そういったちょっと残虐性のある表現とかも含む展示があったりして、
そんなのは芸術と言えるのかとか、芸術は言えないだろうとか、
それを見て、一番またやってるのかと思ったのは、
それを見てそういう犯罪的なものを助長するとか、
そういうものを表現しようとして芸術だとか言ってる奴は犯罪者呼び込んだみたいなことを言われて遠慮してるんですけど、
僕結構見てて、
用語派というか、もうちょっと深いレイヤーで芸術っていうのの表現とか、
表現の自由ってなんだっていうところを語ってる人もいて、
そこがすごく興味深くて、
今言ったように思考を何が好きっていうのは、
もうはっきり言えばこの承認性愛者とかは、
それを自分の意思で選んだわけじゃないじゃないかと。
持って生まれたもんなんだから、しょうがないじゃないかと。
どうしても年上が好きだとか、大きい女の人が好きだとか、小っちゃい女の子が好きだとか、
小っちゃいっていう意味では背が低い子が好きとかさ、
あるいは胸が大きい人が好きとか、その逆とか、
今男性目線での話しかしてませんけど、
女性目線で言うとやっぱり筋肉でしょとか、身長何センチ以上でしょとか、
あったりするじゃないですか。
それと、自分がそれが好きになりたいと思ってなったもんじゃなくて、
自然にそれってしょうがない、それ好きなんだからって理屈ないやつで。
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だからこれは精神構造としてそうだけど、
これは肉体構造としても、例えばもう生まれつきゃ足が速いとかね。
うちの次男なんかもそうですけど、理屈なくあいつは足が速いんですよ、なぜか。
身長も低くて足も短いのにグリグリしてるのにめちゃくちゃ速いんですよ、なぜか。
よくわかんないですよ。
本人は別に足が速いとか、運動が得意になろうと思って生まれてきてないし、
そう思って獲得したわけじゃないですよね。
自然とそうなんだもん、みたいな。
それに加えて長男は足が遅かったりするわけですよ、僕もそうですけど。
それほど身長が高くなりたいとか、なりたいと思ってなれるもんじゃないし、
痩せたいと思って痩せるもんじゃないし、太りやすい体型、体質の人は絶対的にそうだし、
家族を見れば太りやすい体質の人は絶対そうじゃないですか、とかね。
っていうのと何ら変わりはないわけですよ、何が好きっていうのは。
でも好きとはいえ、それを好きだと思って堂々とやられたりしたら、
それこそ犯罪になるよねっていうことがもちろん含まれるんで、
それは人としてほとんどの人は抑えてるわけですよね。
抑えてるんだけども、そこを表現できる場っていうのがわずかに世の中にはあって、
その一つがそういったイラストを楽しむっていう界隈だったりとかするわけですよね。
だからクリエイトで楽しむっていうことですよね。
西野昭寛さんが絵が上手くなった理由が、
女の子の裸から見たくて、でも見れないから自分で描いてたって。
半分ギャグなんでしょうけど、言ってるんですけど、
おそらくでも鳥山明もそんな感じで、
欲しいものが手に入らないから絵に描いてたっていうね。鳥山明はそうなんですよ。
西野さんもちょっと女の人がみたいな裸かとか言ってるけど、
多分あれ半分ギャグで、本当は欲しいものを絵に描いてたと思うんですよね。
ということで、それを欲しいけども得られないもの、
西野さんとか鳥山明はお金的なものだったかもしれないけども、
世の中のこれは犯罪だよねっていう制約に対して、
欲しいけど手に入られないものをクリエイトで消化するっていうのはやってきてるんですよね。
昔から人間っていうのはね。
そういう界隈があり、やっぱりそういう需要もあり、そういう文化があるんだが、
何も犯罪行為を妄想するみたいなやつはどうしても表に出せない。
アングラに潜らなきゃいけないもので、そしてアングラにはそれは実はいっぱいあるんだと。
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今回の炎上はそのアングラのものがちょっと表に出ちゃって、
ということで、その否定の仕方ですよね問題は今回の炎上の。
否定の仕方で芸術と呼べないだとか、犯罪してる美軍だとかいうのは、
もう全く何言ってんだって思うんですけれども、
ただ一つそこはだよねって思うのはその展示の案内ですね。
案内がね、もうちょっと世間のニーズというか世間の嫌悪っていうのを考えたレベルで、
厳重なヤバいものですよこれはっていうね。
覚悟してお入りくださいとか、理解できない人はもうちょっと見ない方がいいですよっていうね。
何ていうのが正解か知らないけども、
この作品展示に対する案内とかアナウンスが不十分だったんだろうなと思いますね。
多分本当にね、そこに芸術性だとかアート性だとかをね、
とやかく言うなって思うんですよね僕はあれを見ててね。
実際あるしって、そういう世界はあるしってね。
それはコンテを言えば人間のやっぱ持ってるものであり、
人間は光と闇を持ってるんだから、むしろこの闇を表現するっていうところの方が、
ある意味もしかしたらクリエイトの価値があるのかもしれない。
制約を破りたい、それが表現の自由だ、自由を求めたいっていう気持ちが、
表の世界でやっちゃいけないことをクリエイトによって発散するっていうね。
まさにアートだなって思える部分もあると思うんですけどね。
そこを否定する意見は本当に何言ってんだですね。
でも炎上したのはやっぱ展示の仕方が悪いとしか言いようがないといった話でございました。
じゃあ帰りついたので終わりたいと思います。
良い日曜日をお過ごしください。
さまざまにのミミトクラジオ三宅でした。
じゃあまたね。バイバイ。チェスト。