1. 私と私のひとりごと。
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2026-02-24 24:44

プロとは何か?怖くても、踏ん張るとき#173

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#チャレンジ #プロ #プロ意識 #仕事 #自己理解 #表明 #恐怖 #不安
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サマリー

今回のエピソードでは、「プロとは何か」という問いに向き合い、怖くても踏ん張る時の心境が語られます。話し手は、プロとは単に収入を得ているだけでなく、自身の技能や領域に対してどのような覚悟を持って向き合っているか、そしてその結果を引き受ける覚悟がある状態だと定義します。現在、自身の「プロ」としての領域を明確にし、それを世の中に打ち出すことに恐怖を感じながらも、一歩ずつ前に進む決意を表明しています。この恐怖を乗り越え、自己の成長と社会貢献に繋げていくプロセスが語られています。

プロ意識との向き合い
私と私のひとりごと。こんにちは、misa.です。今回は、プロとは何か、怖くても、踏ん張るときという話をしていきたいと思います。
このラジオでは、願いを生きる過程や自己一致するためのヒントをお届けしております。 本日は2月の8日日曜日です。よろしくお付き合いください。
っていうのも、最近ずっとこの自分のプロ意識みたいなところと向き合っていて でね、なんか
前に似たようなエピソードを撮っていて、シャープ167で逃げる、戦う、逃げてもいい時の見分け方みたいな撮ってたんですけど、
この時はまだ、なんかそこまで直面していなかったんですけど、全然関係ない文脈から撮って、1個そのどういうふうに判定しているかみたいな話とかちょっとしてたんですけど、
今回は、いやめっちゃ過虫にいるからちょっと記録しとこうと思って、結構こう 1ヶ月もすると抜けちゃうから、今のうちだと思って
まさにこの今、なんか逃げたいぐらい怖いんですけど、めっちゃ踏ん張ってますっていう途中経過の報告をしていこうかなと思います。
そこの、なんか逃げたさみたいな、プロ意識みたいなところにかかってくるんですけど、まぁちょっとざっくばらになりますので、一緒に考えられたら嬉しいなっていうふうに思っています。
「プロ」の定義と自己認識
はい、で、そのなぁ、プロってなんやねんみたいなところなんですけど、なんかね、私的に結構昔からある語彙ではあるんですけど、
なんかこう、定義はいろいろだと思うんですよ。みんなそれぞれの、なんかあるのかなって思ってて、単純にその成形立ててたらプロとか、
なんでしょうね、なんかお金が1円でも稼げてたらプロとか、そういう定義はそれぞれあると思うけど、なんか私的にはそこはなぁ、なんかあんまりないんだよね。
プロ主婦とかよく言ってたりするのと一緒で、お金がかかってるからプロとかちょっと違くて、その人がその、なんでしょうか、
技能とかに対してどう向き合ってるかみたいな、なんか覚悟みたいなところが、なんか大事っぽいんだよね、どうやら。
なんか、プロ主婦ちょっと違うけど、なんかさ、そのお金もらってなくても私はプロとしてこれを、いやお金はもらってなきゃおかしいのかな、ちょっとプロ主婦、
プロ主婦って言うとさ、なんかそれを自分の中の基準を持ってるんだよね、多分。そこの、なんかこう、成果を出すために、
技能を磨いてきたその時間とか苦悩とか、なんかそこの基準を作ってきた美意識だったり、哲学、ものによって形成されてくると思っていて、
でその、これ私はこの領域プロですって言っちゃうと、その成功する時も失敗する時もありましょうが、それを、
自分、これが自分っていう感じでちゃんと引き受けられるような、重たいね、重たいんだけどさ、重たいものを、まあなんかこう自分としてこう背負ってるような状態を、
難しいな、プロ意識みたいな風に捉えているのね。で、なんかその、全然練習したこともないし、全然ド新人だけど、なんか就職しちゃったか、そのエンジニアスタートとかもそうなんですけど、
まだなんか私なんか文系だったので、エンジニアってなんだみたいな、ITってなんだみたいな、あんまりよう分かってない状態で入社しちゃって、まあ給料はもらえてるけど、全然あれはプロじゃなかったと思ってるんですよね。
まあでも、エンジニアとして仕事してるんだからプロじゃんっていう人もいるかもだけど、私の中ではそれは全然プロとは呼んでない。覚悟も決まってないし、技能もないし、そこに覚悟も、
覚悟2回言ってる?なんかこうしっくりきてないわけだから、自分でなんか、あなた仕事何してるの?って言われたら、なんかもう私結構ぼやかしてる癖はあるんですけど、
エンジニアですかね?とかSEみたいなプログラマーみたいな感じですかね?みたいな、うーんみたいな、なんかしっくりきてない感じは、ちょっとなんかね、最近ね、ここにすげー違和感を感じ始めたんですよ。でも結構、
就職してからずっと、これが仕事ですって明言したことないんだよね、多分。これはその、プロ意識とはまたちょっと別に、仕事が多岐に渡りすぎて言いにくいっていうのはめちゃくちゃ理由としてあるから、なんかそこをちょっと、なんかさ、
ちょっとそれを明言しないこと責めないでよって自分もちょっといるんですけど、なんかでも、そう、とはいえ、昔その仕事マジでいろいろやりすぎて、なんかこれみたいなこれとかもやったりするし、あれもこれもやるんですよね、みたいなのは事実だったから、なんかそれはそれとて、でもこの中に自分の、
なんかマジの領域みたいな、これにプロ意識持って仕事してるって領域あったっけかって思うと、あんましな、なくてっていうのもあんま分かってなかったからなんですけどね。でもここ最近は、なんかちょうどこの1年ぐらい前から、私これやんなきゃみたいなのがやっと分かってきて、
で、それって触手に落ちないから、今だとその生計を立てる手段として、まあ講師みたいなこと、バラバラすんだけど、講師みたいなことやったり就職支援してみたり、教えたり、今コードは書いてないですが、昔はこうエンジニアリングで食べたりとかしてたんですけど、なんかこう、今ここにあなたの仕事は何なのって、あなたどの領域にコミットしてる人なのっていう問いなんだよね、プロっていう言葉が私的には。
ここにちゃんと答えられてないことに対して、なんか誰に言われたわけでもないけど勝手に、このままじゃ甘いかもみたいな、ぬるいかも私みたいな、覚悟決まってないかもみたいな問いが立ち上がっていて、まあなんかぐるぐる考えているわけよね。
「プロです」と名乗ることへの恐怖
なんかこう、まだでも言語化あんまりうまくできてないんだけど、今のところ一番しっくりきたのは、壁打ち屋さんを名乗っていくことが、なんかこう、いいのかなって思っている。これでもまだ仮置きね。なんか、そうそう、ちょっと後でしゃべるかもしれませんが、そうそう、仮置きとしてこれかなーみたいなのをちょっと置いていると。
でなんか、じゃあなんでこの、なんかこのプロですって言うのって、今壁打ち屋さんかなとか言ったけど、これ多分ラジオでも言ったことないんじゃないかな、なんかパラッとしゃべったことあったけど、あんまりちゃんと書いたり言ったりしてなくて、でなんかそれって結構怖かったんですよ。
そうそう、なんかさっきそのめっちゃ言い訳してたけど、これいろんな多岐にわたる仕事してるから言いにくいんすっていう言い訳をしつつも、なんかエンジニアですとか講師ですって、プロとして講師やってます。でもお金もらってんのにプロとして講師やってますっていうのは、なんか避けてんですよね。
なんか、そうそうそう、エンジニアですっていうのも避けてるし、採用だけバリバリやってますとか、就職してるだけバリバリやってますっていうのは避けてる。そもそも多岐に渡ってる時点でなんか、なんか避けてる感じが自分の中であって、なんかその恐怖って何なのかなーって思うと、なんかそのプロですって辞任した瞬間、その領域でプロとしてやってる人たちと勝負しなきゃいけなくなるじゃんっていうのがめっちゃ怖いね多分。
なんかこう、でもって今までそのなんか私でもこれもこれもこれもこれもやる人だからなーみたいな、なんかこう言い訳を言い訳をしてるのは、なんか少々適当な仕事をしたり少々基準を満たさなくても、でもこれ別に私のマジ領域じゃないからまあ仕方ないなみたいな言い訳ができちゃうけど、プロですって言い切るとそういう言い訳ができなくなると。
例えばさ、例えばさ、なんかその講師の仕事をメインでやってた時も、なんかこれもどうかと思うけど、なんか私、教えるのは私の仕事じゃないなって途中から分離し始めたんですよ。
これ自体は別に問題ないと思うんですけど、そう別に変って思うかもしれないけど、教える仕事じゃないなーみたいに思い出して、どっちかっていうと、学習するのにそもそも向き合えない人とかなんかねパフォーマンス出ない人がめっちゃいるから、なんでパフォーマンス出ないんだいっていうところとか、もっと走れるなと思ったらもっと走らせるとか、なんかその、
なんですかね、メンターとかコーチングみたいな領域で関わることが多くて、だからめちゃくちゃ面談していくんですけど、どうやってやってんのとかどういうふうに考えてるんだとか、今上がってんのか下がってんのかみたいなのとか、どこゴールにおいてんだみたいなのとかね、結構細かく見るし、なんならなんか健康診断じゃないですけど、ちゃんと寝てんのみたいな話とかもするような、なんかそういう関わりをすごいしていて、パフォーマンスを上げていくっていうところにコミットさせていくことが私の役割かなと思っていて、
教えるの自体は別にできるけど、なんかそんなに興味がなかったのか、なんかあんまコミットしてなかったんですよね。で、そういうところで、でも教えるのに超フルコミットしてる講師の人たちいっぱいいるから、そういう人たちに比べられると、なんかこういうふうな教えるそのバリエーションだったり、
マジ道みたいなところ、時間かけてないから私そこに、教える技術を自分の中で磨こうみたいな時間よりもはるかに余計なことしてるから、なんかそこで勝負するのが自分の中でやっぱ怖いししたくないなみたいな、この教える仕事は私の課会じゃないって分離しちゃってるから、そこは戦わなくていいと思うんだが、
なんかこうエンジニアとかになると、その技術力でやっぱ勝負しなきゃいけないけど、全然そんなの戦いたくないというか、全然勝てる気しねーなと思ってたし、そういう逃げ道みたいなのが潰れちゃうから、なんかこれをプロですと全く言い切れないなみたいなところがすごいあって、なんかこういう怖さだったよねーっていう気がちょっとしてますね。
自己開示と隠れることの功罪
でもなんか、むずいところなんですけどね。自分でしっくり生きてたら、分離できたら、分離しても全然いいと思うけど、なんか結構ぼやっとしてたから、なんかちょっと違和感があるなと。なんかこれから、これからそうちゃんとなんかこう自分の領域これですよってことは、なんか打ち立てていかなきゃいけないなと謎に思っていて、別に何の外部間の刺激は何もないんですけど、なんかこう今までは、仕事に限らず割とこう、隠密的な非常にこうステレスモードで生きてきて、
なんか目立つとめんどいじゃないですか。なんかめんどいのよ。なんかあんまり良いことなかったんですよね、目立つことによって。うっかり目立っちゃうんですけど、うっかりね、その目立つと変なこと言ったりやったりとかしちゃうから、めちゃくちゃ目立っちゃって、なんかあんまりいい目に合わなかったから、なるべくこう擬態していくことこそ、なんかこう安寧な日々を得る、もうすごいライフハックだと思ってるところもあって、
あんま余計なこと言ったり自己主張とかしないようにしてたんですけど、なんかこれは、初めはその自分を守る手段だったけど、途中からなんか逃げ道作ってるだけじゃないか、みたいになってきて、人生も慣れてきてさ、そんななんか変なこと言ったりやったりしなくなるわけね、うまく最適化できてきて。
なんだからもうここは隠れる必要はもうないと、子供じゃないんだしっていうところで、ちゃんと自分を打ち立てていかなきゃいけないなぁと思っているのよね。
なので、なんかちゃんとこう自分の旗というか、これが私の領域ですよって、これを使って社会貢献していくよっていうのをちゃんとアピールしなきゃいけないし、今言語できてない時点で大丈夫って気がするんですけど、ちょっとこれは頑張った方がいいと思うんですけど。
っていう、なんかこう、そうそうそう、旗を立てなきゃって思ってるんだけど、なんせ怖いのよこれが。怖いな怖いなって言って、ずっとやってますね。
ソフトスキルからハードスキルへ
なんかそれでまたその旗というのが、なんか今までだとその技術力を切り売りして商売してきたのね、きっと。そうそう、なんかその、講師ですよ、教えるスキルがありますよとか、エンジニアリングスキルありますよとか、これやったことあります、こういうことできますよっていうソフト面で勝負してるから、なんかあんまり、
なんか、そう、あんまりなのよ、これは別に大したことじゃないと思ってんだよ、なんか。でも今後その自分のソフトだけじゃなくてもっと深いところのハード面みたいなのも含めて売り物にしようと思っていて、っていうのも、なんかこう、ちょっと覚えてきたこととかちょっとできることとかじゃなくて、なんかもう生まれた時からずっとやってること、ずっと鍛えてきたスキル、生きていく上で必要だったから鍛えただけなんですけど、
っていうのが、よく考えたら、その就職してから覚えたエンジニアリングなんかよりも遥かに磨かれてんじゃね?と思って、そりゃそうだみたいな、人生切り開いてきたのって別に技術力そのITスキルなんかではなくて、私のなんか小魅力だったり考え方とか、メタ認知して俯瞰してどうするって考える力だったりとか、そういうのじゃんって思ったら絶対こっちの方がなんか役に立つし、磨かれてんじゃんって思って、なんかそれはすごいね、
そりゃそうかみたいなところにやっと気づいた時に、これだなみたいな、ここでちゃんと自分を打ち立てていく、ちょっと待って、打ち立てるっていうかな、なんかこれで社会貢献しなきゃなみたいな、その自分がそこそこ鍛えてきたソフト面のスキルなんてのは、なんかほんとその領域にめちゃくちゃ好きで、めちゃくちゃ賭けてる人に比べると負けると思うし、
負けるっていうかなんか比較してるわけじゃないんだけど、その人にお任せした方がいいなみたいな、社会的にいいなと思っていて、どうでもいいもんね、なんか書類を作るとか、なんか事務作業とかも多分できるんだけど、できるけど別に好きじゃないし、楽しくないし、結構気合い入れないとやる気になれないから、こういうのは仕事にしないって決めていて、と一緒でもうちょっと、今まではそのちょっとできる、ちょっとおもろいだったら仕事にしたらいいかなって、
なんか思ってたけど、もっともっとなんか自分に合ってるものっていうか、効果が出せるものがあるじゃんってなったら、じゃあこっちで社会貢献しなきゃみたいな、これを人様に提供しないと何のために生まれてきたのかわかんないじゃんってなったんですけど、なんかその小手先テクニックじゃないから、なんか自分のなんかそのまんまなんか人生かけたものを売り物として提供すると当然フィードバックが返ってきちゃうんじゃないですか、
なんかイマイチですとか効果が出ませんとか、そのプロって言ったら成果にコミットしなきゃなみたいなところもあって、なんかこう再現性のあるものにしていくとか、なんていうかその鍛え方とかもダメだった時のショックが多分でかいだろうなーって思ってて、多分怖いんでしょうね、ちょっと少々なんか何でしょう、
うまく教えられなかったなーとか、でもさっきみたいな、でも私教えるの仕事じゃないしなとか言ってると別に傷つかないけど、今までやってきたことでダメかってなったら、今までの人生なんだと思ってなっちゃうから、体重乗りまくってるから、やっぱまぁそこを打ち立てていくのはシンプル怖いと、
稼ぐことから生き方へのシフト
怖いよねと思っているんだが、だからじゃあやめたらどうですかっていう声も聞こえるんだけど、そんなに怖いなら別に、今年先テクニックで食べれてるならそれでいいんじゃないですかって言われる気もするし、ごもっともなんだけど、なんか今まではその、とりあえずなんかこう稼げればOKみたいな、ちゃんと就職、就職は別にしてなくてもいいんだけど、食いパグれない状態、貯金が増えてる状態みたいな安定みたいなのが、
ゴールとして、なんか仕事ってその、まずは生活を担保するものみたいに考えてたけど、なんか最近、その去年ですね、きっと去年に、あれ私のなんか領域ってここじゃないじゃんみたいな、これじゃんって気づいたときに、多分自分のなんか人生をいくルールがバチと変わってしまって、
なんか稼ぐのとか当たり前やんみたいな、生活するのは、そんなのはなんかゲームの仕様でしかないじゃんみたいな感じになっちゃって、ただ稼げたらOKって感じにならなくなっちゃったんだよな。
ソフトスキルで稼いでいくって、なんとなくちょっとできることで、なんとなく稼ぐじゃなくて、次のゲームルールは、なんか自分であるだけ、ただそれだけで、自分として生きてるだけで稼げるような循環生まないとおもろないやんみたいな感じにゲームルールが変わってしまったせいで、
あーそっかみたいな、そっち行かなきゃか、てなってなんか結構激動な、やれ転職かもしれん、やべ無職かもしれんとか言い出したのも多分その余波がめちゃくちゃでかくて、その余波はずっと来ていて、なんせこう自分として市場に出ていかなきゃいけない恐怖は本当に怖いんですけども、
恐怖との向き合い方と自己肯定
やだなやだなーみたいな、あーしんどいしんどいって言いながら、年末とかもしんどかったら、怖いな怖いなーみたいな、なんかもう怖いなー不安だなーとか言いながら、怖いよねーって言いながら、でも仕方ないから、そういうのを繰り返しながら、もう本当に0.5歩ずつちょっとずつちょっとずつ前に出るみたいなことをやってますね。
なんかこの恐怖は、なんかそんなに怖いのによくやめないねーみたいな声が今聞こえたんですけど、なんかこれはね、なんかその前のいくつだっけ、167のエピソードでも喋ってたけど、この恐怖はなんかNGの恐怖じゃないんだよな。
デメリットが少ないから、面で見たら早い話なんですけど、なんか怖いだけで、安全装置はちゃんとあるから、その失敗してなんか私が砕け散るみたいなリスクはないから、怖いのはシンプルにやったことないからだねって気がする。それはそうよね。今までステルスで生きてたんだから、その隠密として働いてるのに、いきなり店構えようとしたら怖いかなと。
どんな風に言われるんだろうみたいなのが怖いとか、やったことないけどできるかなみたいな怖さとか、こういうやつだから、こういうのはぶっ潰していくしかないので、怖いね怖いねって言いながらやるしかないね、もう。なんかあれに似てますね多分、その初めての就職とか初めての進学とかが、現状するの怖いな、うまくできるかなとか、友達できるかなーみたいな、仕事できるかなーみたいな、ああいう恐怖に多分、デカさはえらい違いますけど、デカさは全然違うけど、なんか種類は一緒だと思うから、
なんかこの恐怖には負けずに怖いねって言いながら不安だなーって思いながら、その状態でちょっとずつやるみたいなのをやるしかないね。もう大失敗する可能性も超あるんですけど、あるね。なんかこのチャレンジして、なんかうまくいくっていう保証は別にないんですけど、
あっちゃ違ったかーとか、なんかその自分を提供してみたけど、全く市場とミスマッチみたいな可能性も全然あるけど、なるべく安全な状態を作りつつ、やってみなきゃわかんないじゃんっていう自分も超いるから、これでもあれだね、私のその性格特性かもしれませんけど、まずやってみようみたいな。
一回打ってみて、結果データ取った方が改善早いんだから、PDCAでさっさと回そうみたいなマインドが割とデフォルトなので、とりあえず出してみよう、とりあえずやってみよう、とりあえず恥かいてもいいから一発目あって、うわもう全然ダメでした、マジすいませんって言って謝ればいいじゃん、みんな別に許してくれるんだからって言って、とりあえず出してみる、やってみるっていうのをめっちゃ怖ぇーって言いながらやってます。
頑張ってる、マジで偉いなって思う。本当に私は自分のこういうところが本当にすごいなって本当に好きなんですよね。
自画自賛だけど、マジでなんかこんなに怖いのによくやるなーって自分でめっちゃ思うんだよな。
なんかこういう恐怖を話してくれない、私もあんま聞かれなければ言わないけど、自覚できてないのかもしれないけど、こんなに怖かったらみんなやんないんじゃないかなって思うんだよな。
ちゃんと安全比もありますよって言うけど、バンジージャンプ飛ぶみたいな感じだと思ってて、死なないのはわかるけど半分死ぬようなもんじゃんみたいな、そのなんか本能的な恐怖だと思うから、なんかプレゼンに緊張するなんてものとは全然違うんだよな。
なんか自分をその提供していくっていう恐怖は、なんかそういうんじゃないよ、なんかあんま体感したことない恐怖なんだけど、そのバンジージャンプレベルだなって自分は思っているけど、
怖い怖いって毎日毎晩言いながらも、なんか半歩ずつとか一歩ずつとかなんやかんや踏んで前に進んでいく様を自分で見て、やらって思いますね。
おかげさまで進化早い方だと思うんですけど、こういうとこ逃げないからだよねって、なんか自分の信頼にも繋がるし、なんかいや私はいざつう時やるやつだからなみたいな、なんかそういう自負になっていたりとかして、それがまた次のチャレンジの勇気になっていくのよね。
とはいえ私はどうせ逃げないからなみたいな信頼は、なんかこう生きていく上ですげー大事なお守りになっていますね。
てかこれしかないまであるかもしれないな、もうなんやかんやって私やるからなみたいな、逃げないしねみたいな、そこは信頼してるよーみたいな自分の声が結構動詞になるし、
失敗からの回復力と前進
でももしダメでも、もし折れても、いやまあこうなったらめっちゃ失敗するんですけど、大失敗みたいな、もう終わってんじゃん、私の自己評価なんやってみたいな粉々になることあるんですけど、
でも何回も折れてからもう回復する術も割と確立されているので、とはいえ失敗しても私ならリカバリーできるみたいな、リカバリーっていうのはその、自体は何もリカバリーできないけど、
メンタルの回復ができるみたいな感じですね。っていう信頼があるから、まあ最悪大失敗してもまたあの回復させられるわみたいな、またリカバリーできるし、
次の一手絶対出せるから大丈夫って、前のめりに倒れるならまあまあちゃんいいってことにしようみたいな感じで、もうめっちゃ自分のこと励ましまくって、
いけるいけるって声かけて、あー怖い怖いって言いながらなんか一個ずつやる感じですね。なんか抽象的ですけど、
今まさにね、めっちゃ怖いんだよな毎日毎日。なんかすっげー勇気を振り絞って、いろんなことにトライしていますね。
まあこんな恐怖なんか人によるんでしょうけど、やってること自体は別にその毎回バンジージャンプ飛んでるわけではないんでしょうけど、
本能的な恐怖と行動の必要性
人によっては大したことないんだと思う。私がその、なんか人前に自分を晒していくっていうことをマジでずっと避けてたし、
それは危ないなーって思って避けてたことだから、もう危なくないんだぜって頭ではわかってるけど、体感としては全然わかってないから怖いみたいな。
そのバンジージャンプの紐がいかに安全かはきっちりとテストしたのだが、だからわかってんだけど、でも飛び降りるの怖ぇじゃんみたいな。
その恐怖ってその本能的な恐怖だから、振り切れないんだけど、もうでもいいや、やるって決めたし行くみたいな。
飛び降りたら飛び降りたで、なんか見えてるもの変わるし、絶対いっぱいデータ取れるんだからみたいな。
そうだよなみたいな、そっちのメリットでかいよなとか言いながら毎回、わーって飛んで怖かったよ、うぇーんとか言って、
やって、あーもうまた飛びたくない、もう二度と飛びたくないとか言いながら、またジャンプ台に登るみたいなことを繰り返していて、まさに今やりまくっている最中ですね。
なんかずっと人生がこの規模での飛び降りではないんですけど、ちょこちょこあるけど、ちょいちょいは怖いみたいな。
うわーこれやんなきゃかーとかはあるけど、なんかここまで本能レベルの恐怖はそんなに滅多にないから、滅多にないな。
だからなんか、貴重な時間だなーとは思いつつ、やだなーって思いながらやってますが、
まあでも一個目指す先が明確だから、絶対やるって決めてるからできるんだと思いますけどね。
目標達成への決意と恐怖の受容
なんかどっちでもいいってなったら頑張れないし、誰かのためとかだと多分頑張れないけど、
なんか自分の人生かけて絶対こっち行くみたいな、絶対これをやるって、なんか一回自分と約束しちゃってるから、
じゃあやるしかないなーみたいなって、はー怖いけど頑張ろうみたいに多分なるんでしょうけどね。
この辺のなんか目標設定とかもなんかあるかもしれないけど、とにかく怖いものは怖いと、それでいいとは思うんですね。
本能レベルの怖さだねってなったら、これ以上の怖さの分解ってできないから、一応言語化はするけど、
言語化した上で、あーなんか胸のあたりが痛い痛いみたいなことやって、体幹に落として、
なるべくこう、扱えるようにはするが、結局行動しないと怖さって消えないから、
バンジージャンプ飛び降りるまでが一番怖いから一回飛び降りるみたいなことを、
マッチョすぎる。マジでメンタルがマッチョすぎるけど、一回飛び降りろと思ってやってますね。
これができるのは本当に昔からやってるからなんだよな。マジで偉いよ。また自画自賛ページ入りますけど、
また本当に偉いなって思いながら、まあそうね、このチャレンジしてる自分も好きなのかもしれませんね。
慣れと進化への期待
だからなんやかんやあんなに怖かったのによく飛び降りたわみたいな自分が好きだから、
またそうやって自分の称賛を求めてやるみたいなところはあるかもしれませんが、
まあなんかこの、これ終わんのかな?なんかどっかのタイミングで多分ガッガッガッガって攻めていったら、
多分慣れる時が来るから、なんか同じこと繰り返すけど、こんなに怖くなくなっていくと思うんだよな、何回も繰り返してると。
ってなってきたらまた、なんか見える景色変わると思うから、そこでまたちょっとエピソード撮りたいなって思いますが、
またしばらく、そうだな、今月いっぱいぐらいはもしかしたら怖いのかなって予測してます。
もうちょっと頑張ろうと思います。応援してくださいぜひ。
エピソードの締めくくり
はいじゃあここまでにしましょう。最後まで聞いてくださって本当にありがとうございました。
概要欄に質問レターの投稿本もご用意しておりますので、よかったらご意見ご感想ご質問などいただけると嬉しいです。
では他のエピソードでもお会いいたしましょう。じゃあまたねー。
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