「僕ら全然野球に詳しくないよね」「ベイスターズってなんか愛されてる気がするんだよなあ...」 歴史を振り返ってみるとダントツに優勝回数の少ないベイスターズですが、果たしてどんなストーリーを歩んできたのか、人気の秘密に迫ります!野球"小ファン"の我々も、歴史を知ることで"中ファン"くらいにはなれるはず笑
久しぶりのシリーズ回、つるぽんの全力リサーチが炸裂します...!!! 次回も乞うご期待!
◆今回のお酒◆ 鶴田:ベイスターズラガー 村田:ベイスターズラガー ◆今回のキーワード◆ 野球素人の鶴田でも楽しめるベイスターズ / ベイスターズは弱いしずっとは愛されてない / まるは球団 大洋ホエールズ 横浜ベイスターズ / 川崎球場 / 松竹ロビンス / 巨人は強かった -- ▼リクエスト・感想お待ちしています
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感想
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00:06
こんばんは、港町レイドへようこそ。鶴田です。
むらたです。
この番組は、争いになって生まれ故郷の横浜に帰ってきた2人が、アルコールを片手に浜談義や趣味の話に花を咲かせるレイディオです。
はい、今回はベイスターズの歴史について話していこうと思います。
というわけで、ずーぼん、今日のお酒は何ですか?
今日はですね、ベイスターズラガーだった。
過去形?
一旦、乾杯しますか。
そうだよね、ベイスターズラガーね。
そうですね、今日のタイトルコールだけ先にやってから話しますか。
はい。
乾杯!
乾杯!
ベイスターズラガーうまかったな。
うん。
マジうまかった、ほんとに。
めちゃくちゃうまかったね。
うん、最高だったよね。
じゃあ、先にタイトルコールだけやらせていただきます。
はい。
野球素人でもワクワクできるぞ!横浜ベイスターズの歴史!
よいしょー。
パチパチパチパチー。
かっこ2回目やりたいと思いますけど。
何がなんだろうね。
めちゃくちゃ盛り上がって収録しちゃうに、アクシデントであんまうまく撮れてないっていう。
機材設定ミスってボツになっちゃったね。
そうなんですよ。
気持ちはね、初回の気持ちで。
そしてベイスターズラガーを飲んでるあの時の気持ちで。
ワクワクだったよ、昨日ほんとに。
その勢いでいきたいと思いますよ。
ということで、久しぶりの長編ですよ。
お、いいね。
中華街の歴史以来かね。
そうなるかな?そうだね。
いやー、ついに来ました。横浜を語るポッドキャストとしては避けられない話題。
ベイスターズ、やる時期が来ました!
ちょっとやってこなかったもんね。避けてきたわけじゃないもんね。
来ました!
満を持してって感じだからね。
いやいやいや、どうですか村田くん。
もう結構いってるって聞きますけど、試合。
試合ね、最近ちょこちょこ行ってるんだよ。
浜瀬の近く住んでるしね。
昨日もね、村田くん家に収録しに行く途中で、浜瀬から関西とか宮崎の入場曲だったかな?
ロードメジャーの曲が聞こえてきたとか、したがら聞いた記憶があるんですけど。
でもね、ちょっとここで野球あんまり見ないから、今回のメトモチレイディオいいかな?みたいなリスナーさんちょっと待ってください。大丈夫です。
まだ早い。
まだ早い。
ちょっと変えの早い。
今回はね、野球素人でもワクワクできると思うんだよね。
なぜならば、僕の野球の前提知識とか情報をお伝え始めにすると、野球普段は全然見ないんですよ。
うん。
浜瀬からの関西だけを聞いてるんですけど。
音だけね。音だけ楽しむスタイルですね。
03:01
野球の基礎的なルールくらいは知ってます。9回までがあって。
あとはセリーグとかパリーグっていうリーグが2つあって、それぞれ6チームずつ戦ってるっていうのも知ってる。
詳しい方だよ、きっとそれ。
本当に?
全世界的に見ればきっと。
あのチームどっちだっけみたいなのだと、一瞬どっちかなみたいな。パリーグだっけみたいな。
確かにね。なるほど。
ぐらいのレベルではある。
だからこう飲み会とかで、横浜のね、中で飲み屋とか行くと、よく友人とかが野球の盛り上がりの話とか出ますけど、全然ついてきなくてちょっと寂しい気持ちあるみたいな。
それぐらいでも、歴史とかね、そういうの好きだったら結構楽しめる回になってるんじゃないかなと思ってます。
むしろ今回行きに知っていこうっていう。
そうそうそうそう。野球そんなにすごい詳しくなくても全然楽しめる回になってるんじゃないかと思うんですけど、そんな僕あんま知らない僕でも、なんとなく周りから聞いて肌感覚であるベイスターズっていうのは、めっちゃ弱いと。
そういうことは、そういう話はよく聞く。
うん。
だけど、すごい人気なんだね。予感も済んでると。
弱いは、数年前はなんかめっちゃ弱いを聞いた気がするんだけど、なんかその、ここ最近はなんかその、なんかめちゃめちゃ弱いというわけでもないかなっていう感覚では、なんかにわかファン的にちょっと。
むらたくんはね、どうなんですか?僕より多分きっと結構選手とかも今の詳しいと思うけど、ファン度合いはどんなもんですか?
ファン度合いはあの、小ファン。小ファンだよ多分これは。
小ファンですか?
友人に誘われて、何度か試合を見に行くことがあり、選手の名前はあんまわかんない。
うんうんうん。
なんか、知ってる人もいれば全然わかんなかったりもするし、あのベイスターズ以外の球団だと、もうほぼほぼわかんないね、なんなら。
あー選手をね。
うん、選手のこともわかんないし、あのマスコットキャラの名前も全然わかんないわ。
それはもうベイスターズのマスコットキャラの名前も言えないもんだって。
あのハムターロビタス?
そうそうそうそう。
はいはいはい。
あれでも確かハムスターじゃないとか言わなかったっけな。
それも全然わかんないわ。でもなんかそんなぐらいの知識。
あーもう全然、僕よりちょっと詳しいぐらいの今回のターゲットになってますよ。
いいね。
そうなんだよね。横浜住んでるとやっぱすごい人気を感じていて、日本で一番人気あるんじゃないかっていうぐらいやっぱ。
それはね盛りすぎだよ。
価格者ぐらいすごい人気。
これはね、うちは浜州の近辺に普段いるから感じられる盛り上がりなのかもしれない。
それに加えて、あんま知らない僕の個視点から、なんかユニフォームとかもおしゃれな青色の雰囲気だし、いろんな柄もあるし、レディースも可愛かったりとか、生きてる感あると思うんだよね。
06:03
なんか他の球団に比べると。
他の球団の特定なんか言うつもりはあんまりない。
特定の出しちゃうとちょっと悪口とか、戦争が始まっちゃうから怖いけど。
ユニフォームダサいとかググると、ヤクルトの緑色のユニフォームとか出たりして、まあ確かになみたいな。
出すな出すな。
ちょっと思っちゃったり。
もうしたんですけれど。
生きてる感がやっぱね、ベイスターズあるなと思うんで。
本当に弱いのかなとか。
あと、そんな弱いならなんでそんな人気なんだろうみたいな。
ところが僕の今回のいろいろ試合部員に当たったのに興味、興味でして。
確かに気になる。
なので、なんかいつから弱かったのかとか、なんで弱かったのとか、逆になんでそんな愛されてるのみたいなところを、
ベイスターズという球団がいつ生まれて、どういう風に今に至るのかみたいな、歴史を振り返りながら探っていこうというのが今回のシリーズですね。
今今多分スタジアムに応援に行ってるファンたちよりも、何なら詳しくなるんだよこれきっと。
歴史をね、追い立ちとかを。
追い立ちを語れる人なんかね、多分ほとんどいない。
全員に若手だよ、じゃあ。
働かれないとも言い過ぎ。
それはね、でもより多分楽しめると思うんだね。
野球詳しくなった人も楽しいと思うし、詳しい人も振り返りのつもりで聞いていただければいいんじゃないかなと思うんですけど。
イントロダクションで一番初めに結論だけちょっとお伝えしちゃうと。
まず弱いのかっていう。
弱いんですよ。
結果弱かった。
弱いんだ。
生まれてから、元祖のチームから75年くらいの歴史があるんだけど、
その強さ弱さの一つのバロメータをリーグの優勝の回数でちょっと測ってみたときに、
一応2回なんだよね。
75年中2回。
でも、31年1回くらいのフェイスなんですよ。
これはね、もうセリーグの球団で最低の回数。
2回。
圧倒的優勝なんですよ。
そうなんだ、2か。
そうなんですよ。
他の球団はちなみにどのくらいなの?
ちなみに1位はどこかご存知ですか?
まあ、巨人でしょうね。
巨人ですね、そうです。
巨人は38回。
圧倒的王者ですね、やっぱ。
やっぱ強いんだね、巨人って。
半分くらい優勝してるんだもんね、だから。
そうそうそうそう。
巨人の方がベースサイズよりちょっと先に誕生してるから、
あ、そっか、歴史長いけど。
歴史長いんだけど、でもそれでも38回。
うん。
なんで、やっぱ圧倒的王者で。
3位が、これで同率でヤクルト、広島、中日が9回優勝してるんだよね。
はいはいはい。
で、その後に続いて5位阪神が6回。
09:02
思ったよりもちょっと。
意外と。
ね、なんか。
巨人のライバルかと、勝手に思いきや。
うん。
そんなに勝ってない。
あー。で、1位巨人38だっつったっけ?
そう。
6分の1だから、成績だけいくとライバルなんて名乗れないね。
もう全然なんですよ。
まあその、総合期間でって言えば。
そう、錯覚しちゃうけど、なんか。
あれかね、やっぱファンの、阪神ファンの勢いの凄さがやはりこう。
大阪、東京とは言う後、そのリッチ的になんかライバルなんかみたいな感じしちゃうのかな。
最近数年で集計したらまた変わってくるのかもね。
なんかライバルに。
あー、そうかもね。
相応しい、なんか同じ感じなのかもね。
その。
うんうんうん。
トータルで見てるでしょ、今は。
うん、そうそうそう。トータルで見てる。
うん。
あー、それはそうかもね。
ちなみにさらに広げて。
うん。
パリリーグも入れていくと、楽天が1回なんだけど。
うん。
楽天はね、2005年にできた、すごいやっぱ新しい球団なんだよね。
いやそうだよね、だって全然経ってないもんね、できたから。
そうそうそう。だからその、なんていうの、勝率的に見ると。
うん。
圧倒的に一番弱いのがやっぱベリーサウス。
圧倒的に勝ってないんだよね、優勝してないんだよ。
うーん。
だから1位ってことだよね。
そう。最低って意味での1位ね、その。
だからそう、弱いんですよ、弱いんですよ。
で、なんかね、本とかを読んでいくと、今回いろいろ読んだんだけど、歴史を見ていくとね、確かにそれは弱いよねと思わせるような状況だったり、組織作りとか人事の失敗とかがやっぱ多いんだなみたいな印象。
はいはいはいはいはい。
だね。
うん、なんかこれ仕事ってさ、会社とかでさ、プロジェクトがうまくいかないとか。
うん。
会社の組織の雰囲気悪いとかさ、なんか。
最近の2000年代ぐらいのベリーサウスはまさにその感じ?
そうなんだ。
そうなんですよ。
という弱いのと、あとやっぱこう、愛されてる。
うん。
すごいやっぱ人気だなって感じるけど、ちょっと錯覚だったってことが今回ちょっと分かったかな。ずっと愛されてはなかったね、ベリーサウス。
あ。
なるほど。
そうなんですよ。
最近。
最近人気だからちょっとやっぱ錯覚してた感はあった。
ちなみに最近人気なのは人気なんだ。やっぱり。
人気なんですよ。
またこの人気の指標を年間のそのスタジアムの入場者数でちょっと測ってみますと。
あ、そこに愛が現れると。
まあね、あのその一つのバルメディになるから、ファンの多さ、ファンが来る多さとかね。
うん。
考えてみると、23年はね、230万人なんですよ。
うん。
で、これはえっと、巨人半身ついで3位の動員数。
うーん。
なので、3番目人気ぐらいではあるのね。巨人半身がだいたい300万人ぐらいか。
うん。
なんで、まあそれぐらいやっぱ結構人気。
なんですけど、これがやっぱ最近だけの話で。
うん。
まあ20年ぐらいは2000年代とか。
うん。
だと98万人、98万ぐらい、まあ100万人割るぐらいの年があって。
12:03
ほう。
まあ半分以下だね、230に対しての98だから。
そうだね、全然いないね。
そう、同じ場所にね。
うん。
やっぱこう、90がらがら立つ時もあったりとかして。
うん。
まあだからやっぱ、今もね、横浜界隈で飲み屋とか行くと、だいたい誰かベイサーズの話とか聞こえてくるけど。
うん。
まあ単純計算でその、半分以下ぐらいしかベイサーズの話が出ないという、そんな時期もあったんですよ。
えー、あー。
なんかだいぶ、なんか、ちゃんとよく盛り上がったねって感じだね。
なんかそういう意味だとね。
そうそうそう。
そう、もちろんもう何年も何年も、その暗黒期の時からもうずっと見てきたファンはたくさんいるから。
まあね、ずっとそういう人たちからはもちろん愛されてきているんだけど。
最近のこの人気の、すげー人気あんじゃんみたいな感じは、決してずっとそういうわけじゃなかったってことが今回わかったので。
いやだって、浜スタのサイズってさ、ここ20年でめっちゃ大きく変わったかって言うとそんなこともないよね多分。
うーん。
まあ多分席とかでちょっと増えてはいると思うんだけど。
うん。
昔はほんとガラガラで知り合いを探せるレベルみたいな時もあったらしい。
あの人、友達あそこにいんじゃんみたいな今日。
でもそれね、ガラガラだからうろちょろしたりとかもできるわけだ。
多分ね、そうそう。そんな時期もかつてあったと。
みたいな話をちょっと深掘りながら。
そうなんだ。そんな時期もやっぱりあるんだね。
そうなんですよ。
まあということで、先にそうだな、今回歴史を調べにあたっていろいろ読んだ本とかを紹介をざっとさせていただくと。
参考書籍。
うん。まずね、ベイスターズ30年史。
うん。
これはベースボールマガジン社というところから出てる歴史の本ですね。
うん。
あとは、4522杯の記憶。ホエールズ&ベイスターズ涙の旧男子という。
それ、昨日うち持ってきてたやつね。
あ、その本持ってきてた。
見たよ。
そう。これもすごい面白い。
これベイスターズの歴史がかなり詳細に書いてある。
うーん。
まあ、涙の旧男子ですね。参考記の話ですね。
あとは、いつの空にも星が出ていたというね。
これはね、小説なんだけど、実際ベイスターズが弱かった時期とか、勝った時期とかを詳しいそのままで、その辺の時に生きていたファンの人たちの小説の話ね。
いいタイトル。
あとは、ベイスターズ再建録、継承と革新、その登場の10年。
うん。
という本ですね。
これはベイスターズがどうやって立ち直ってきたのかみたいな話の本だね。
やっぱりその、負の時期というか、マイナスの時期というか、それがある、あったんだねっていうのが、ちょっとタイトルにも結構リアルに現れてるよね。
再建録とかね。涙の旧男子。
そうそうそうそう。
ありますね。
そこからも読み取れるよね。そういう歴史を辿ってきてんだねっていうのがそうなんですよ。
15:03
まあ、という感じでちょっと楽しんで、何回かに渡って聞いてもらえればなと思うんですけど。
じゃあちょっと早速、横浜DNAベイスターズ、今セリーグに所属して、横浜観音駅近くにある横浜スタジアムをホームとしているプロ野球球団です。
親会社は株式会社DNA。
うん。
モバゲーだっけ?ゲームとかやってる。
そうだね、モバゲー。でもモバゲーって今はあるの?
わかんない。
わかんないけど。
だいぶ昔なイメージだけど。
インターネットの企業ですね。
で、今の順位は2024年7月の末時点で4位かな。
昨日負けちゃったもんね、巨人に確か。
そうだね。ちょっと前は1位取りに行けるかみたいな何か。
ほんとだよね。
何かあったけど。
そうそうそうそう。
そういうのよく聞く気がする。
この試合の次で1位2位当たりに行けるとかって聞いた数週間後に4位で進んだ。
全体的にそんなもんなのかもしれないけどね。
まだまだ頑張って欲しい。
ベイサーズに閉じるようにね。
感じなんですけど。
じゃあそんなベイサーズがどのように誕生したのか。
ちょっと時を遡って行ってみたいと思います。
うん。
まず初めにベイサーズより生まれはるか前の横浜とですね。
野球の歴史がちょっと簡単にあるのでここから行きたいなと。
やっぱり横浜はいろいろ生んでるからね。
行きましょう。
江戸時代満起。
1859年。
来た。
黒船が。
黒船が来ると思いきや今回はですね、黒船よりちょっと後なんですよ。
いつものじゃない。
横浜の野球の話はそのままなんですよ。
この時には来ないんだよね。
日本に野球がなんとなく認識され始めたのは、
1859年からもうちょっと先の1873年の明治6年。
江戸時代が終わったとですね。
この明治6年に日本にいたアメリカ人教師が東京で学生さんに紹介したのがベイスボールがあるんだよっていうのが始まりと言われています。
そもそも今の近代野球がアメリカにできたのは割と最近なので、
百数、百十、百何十年かくらい前なので。
野球自体が結構新しい競技っていうのもあって、
日本にやってきたのもこれぐらいですと。
一応記録としては、
外国人が黒船やってきてから、日本を外国してからちょっと住んでるんで、
横浜の公園とかで、外国人たちだけで野球ちょっとやってたみたいな記録は残ってるらしいんだけど、
その時は日本人誰も知らなかった、本当に。
東京の学生さんが紹介されてから、
日本の高校生、大学生でめちゃくちゃ人気が広まるんですよ、野球面白いじゃんって。
その時広まった野球は今の野球と結構近しい、
18:02
まあでもそんな大きく変わんないのか。
いわゆる草野球みたいな感じで。
ルールほぼ変わらない状態だと思う。
学生からどんどん広まっていって、
1900年の、ちょっと前から1896年とか、
日本人学生チームVS横浜に住む外国人チームとかで野球やってたみたいな記録も残ってる。
負けそう、ボコボコにされそうやん、それね。
いや、勝ったっぽい。
勝ったんだ。
勝敗記録残ってんだ。
横浜に住んでる外人だし、別に野球選手でもないから。
本職でもないから。
なるほどね。
日本でどんどん広まっていって、総計選とかってのが始まるんですよ。
大学野球ね。
その頃からなのか。
慶応。
この辺の大学野球ってのが元祖みたいな感じなんだ、日本の野球の。
プロの前に、まず総計選とか大学野球があったんだ。
野球で金を稼ぐっていう、そもそも仕事自体はなかった。
だから学生さんたちが趣味というか、部活みたいな感じでやったっていうのが始まりだね。
で、大学野球とかめちゃくちゃ盛り上がり。
横浜にも、今浜須田がある横浜公園に1910年ぐらいに一応野球場ができたりもして。
あったんだ、当時から。
一応あの場所にってことなのね。
そう、あの場所に。
で、その10年後、1920年にいわゆるプロ野球がついにできます。
野球でお金を稼ぐっていう人たちね。
で、その後いろいろ変遷があるんだけど、1936年にプロ野球のリーグが始まります。
そこの最初の16年は何が?
なんだろう、リーグ形式でもなくなんか、とりあえず試合を始めたみたいな感じだったのかね。
まだ多分各チーム、球団とかっていうのがあんまりなかったんじゃないかな。
うーん、なるほどね。
で、複数球団が年に何回かリーグ戦として試合をしようみたいな、多分ルールとかも整備されてて。
で、それができる。
で、当時ね、7球団あって、一応名前を言っていくと、東京巨人、大阪タイガース、名古屋、東京セネタース、阪急、大東京、名古屋金子、という。
またやってるね。
なんか、似てる名前が多いというか、同じ都市が多いというか。
なんかさ、名古屋ってなかった?名古屋だけ?
ただの名古屋もいた。
何もつかないの?なんか。
なんかね、何もつかないかな?多分。名古屋と名古屋、金子。金子ってなんか金の写真方向みたいな感じの漢字を書いて金子って読むらしいんだけど。
うん。
名古屋と東京と大阪だったんですね。その。
まあもうそこで2,3球団それぞれあって、合計7っていう感じだよね。
21:01
そう。で、そこから始まったと。
ご存知、今は12球団各都市にいたりしているんですけど、横浜の球団はこの時点ではまだない。
ないか。そうだね。
で、その出来るんだけど、1945年、第二次世界大戦中ぐらい。
戦時中はプロ野球一時中断して、プロ野球選手も兵隊として戦地に行ったりとかして、そこでやっぱ亡くなってしまう、戦死してしまう選手とかも多かった。
そして、1949年、お待たせしました。ベイスターズの元となる球団が出来ます。
今ね、DNAベイスターズで、その前は横浜ベイスターズとか、さらにその前は太陽保衛エイルスとか、この辺まで知ってる人結構いるかもしれないけど、
はじめはね、マルハ球団という野球チームだったんだよ。
マルハ。
名前が。マルハはひらがなのマルハで球団ですと。
で、この球団はどこで生まれて、どこを本拠地としていたかというと。
いやー、これ難しいなー。
昨日ね、話しちゃったからね。
そう、自信ないけど言っていい?
うん。
えっとねー、山口県下野関。
正解!
おー!
すごい!
いやー、勘がされちったね。
いやー、よく、よくぞよくぞ。
やっぱマルハから、マルハからちょっと想像してた。
マルハ、マルハ日露のマルハなんだね。
いやいやいや、めちゃくちゃ知ってるじゃないですか。
うん。
いやまあ、一晩寝てるだけだから。
そうなんすよ。
これね、ベイスターズの元のマルハ球団は山口県下野関で生まれた球団で。
だいぶあれだね、もうなんか、南の方?南というか西の方というか。
そうだね、そうだね。
そうだよね、想像よりも。
広島よりもっと先みたいな。
本州の端っこ?
そうそうそうそう。
そうだよね。
そうだね。
そうで、当時のオーナー企業は村田くんも言ってくれた通り、マルハ日露株式会社。
これで、名前は結構聞いたことあると思うんだけど、大手食品会社ですね。
缶詰とか冷凍食品とか、スーパーで売ってる食品とかをやってる。
今でも聞くもんね。
今でも普通にスーパーで売ってる。
漁業とか水産物とかを結構得意とする会社で、当時はマルハ日露はね、太陽漁業株式会社っていう名前だったんですよ。
太陽は大きな海という意味の、大きい太西洋の洋の洋ね、太陽という洋。
で、漁業とかをしてる会社だったんだけど。
で、この会社が山口県の下野関にあったんで、ここで生まれた球団ですね。
ベイヒスターズは山口県出身なんですね。
なるほどね。
1949年にマルハ球団できて、いきなり1950年に球団名を改名します。
24:00
それが太陽ホエールス。
ちょっとマルハっていう名前はちょっと微妙だったのかね。
ちょっとね、わかんないけど、もうちょっとカタカナとか入れようかなと思ったのかな。
しかも球団とかだったからね。
マルハ球団、古風な。
そうだね。
そう、名前だったんですよ。
で、ついに太陽ホエールス。
この名前はね、結構ね、知ってる人いるんじゃないかなと思うんですけど。
聞いたことあるよ。
なんで、太陽はね、会社が太陽漁業だからそこから取ったんだけど、なんでホエールスかというと、
マルハ日露、当時の太陽漁業はね、捕鯨が主力の事業だったんですよ。
鯨。
鯨ね。鯨とってたんですよ。
だからホエールスにしたと言われていて、
大きな鯨としてプロ野球で戦っていくんですけど、
読売ジャイアントとかね、巨人と戦っていくんですけど、
弱いんですよ。
ちょっと出来たばっかりなところがあるかもしれず。
そうだよね。
まだ何年も経ってないからね、出来上がってから。
生まれたてですから。
5位とか6位とか。
勝てない。鯨勝てない。
そのままね、まあ何年か経って1953年に、
当時ね、プロ野球にすごい変わったルールがあって、
前年の1年間で勝率が3割未満だと、
弱い球団同士でくっつけられるっていう、
すごいルールがあったの、当時。
悪魔みたいな。
あ、そう。
あんまり考えられてないけど、
あれだね、多分きっとそれぐらい力なさがあったのかもしれないね、
ヨミヨリ巨人とかと。
なのかな、なんかちゃんと練られたルールだとは到底思えないよね、なんかその。
そうそうそうそう。
それでね、ホイルズ漏れなくこれに当たってしまって、
で、同じく当時弱かった小竹ロビンスっていうチームがいて、
くっつけられちゃって、
太陽小竹ロビンスっていう、
もうホイルズもなくなっちゃいます。
クジラじゃないっていう。
太陽小竹ロビンス。
さらにもっと短くさせられちゃって、
太陽のヨウと小竹のショウかな。
ショウヨウロビンスってもうなんか言いづらいしさらに弱そうみたいな感じのチームになって、
戦うことになります。
で、小竹はご存知、映画の会社ね、制作会社の小竹。
で、男は辛いよシリーズとか作ったりしてる小竹ですね。
で、その小竹ロビンスの球団は当時京都市を本拠地としてたんですよ。
で、一方太陽ホイルズは山口県下関なんで、
京都と下関でそれぞれ2社で1球団運営するっていうめちゃくちゃな状態になり、
どこをホームで試合するの僕らみたいな感じになって、
27:00
京都、下関どうしよう、間を取って大阪にするかって大阪とかでやってたんだよこれ。
うんさ、間なんだっけっていう気もしない?
どの辺なの?だってちゃんと間取ったら岡山とか、
もうちょっとなんかね、
手前か?兵庫県?
兵庫、兵庫、兵庫の行きそうな気もするよね。
そうだよね、なんか大阪はなんか間、まず間取るって何?って感じなんだけどさ。
そう。ファンもね、行けないし、地元ファンも。
うん。
みたいな感じの、こんな状況なんで、勝てないですよこれは。
野球もね、ほぼ最下位なんだね。
弱い、弱いやん。
なんでもうこの年とか、もう6チーム中、もう5位からもう大差をつけられて、
もうひどい負けっぷりで最下位になったりとかします。
しょうゆうロビンス。
そんなもうガッチャンコなんかさ、なんか無理矢理させられてさ、
モチベもないよね、きっと。
ほんとだよね。
なんかその、この仲間と一緒に勝つぞみたいなさ、負けちゃったけど次こそはとかさ。
厳しいよね。
なんか気持ちついてこないよね、なんか。
いや、こんな状況なんですよ、ホエルズ。
ただ、でもその後、小竹株式会社の方が撤退します。
プロ野球球団を運営することをやめるって言って、やめます。
やっぱ一緒にやっていくのは難しかったのかな。
厳しいかなと。
で、またすぐ太陽ホエルズに戻ります。
そこは幸いだね、要は。
幸いね。
で、また大阪でやってたんだけど、本拠地をまた下関に戻そうとするんだけど、
やっぱり巨人とかね、いる東京、人も多いし、
本拠地をちょっと東京に移そうかなという話になって、
上京しようと。
そう、上京して人も集めて、またこう強くなってこうじゃないかと。
で、東京に行こうとするんだけど、
当時もうすでに東京本拠地に戦う球団が2ついて、
で、その2社員にね、一応東京、東京キックとしてはファンの取り合いとかになるから、
断りをこう、
まあちょっと、筋を通しておいた方がいいだろうみたいな。
そうなんですよ、両省を伺いますと。
で、読売ジャイアンツ、巨人は、いいよと言ってくれて、
優しい。
ただね、もう一つの国鉄スワウロス、今のヤクルトね、
これはね、ちょっとダメだねって言われちゃいます。
いいじゃん。
断られちゃいます。
いいじゃん。
ダメって言われちゃいます。
スワウロスには。
で、どうしようかなと、ホエルズ。
横浜行くかと、横浜の球場にしようかなと。
ちょっとずらしてね。
昔から球場もあるし。
ということで、お待たせ横浜と。
ついに。
行こうと思ったんだけど、
30:01
だけど、これね、来れないんだよね、その。
ダメなの?
そう、当時の横浜球場が、
めっちゃなんか狭かったらしくて、
お客さんも全然入れられないし、
設備の大きさ的に、
ホームスタジアムとしてちょっと使えないレベルだったらしいよね。
最初に、あれよね、野球を伝えてもらったぐらいの時に立ってた、
スタジアムというか、野球場があったっていう。
そいつはちょっと本拠地としては使えないねっていう。
そう、プロ野球のスタジアムとしては。
ちょっと規模が厳しいかなみたいな時があって、
結局どうなったかっていうと、
横浜の隣の川崎に行きます。
川崎にも、今はないんだけど、球場があって、
でも川崎市から、じゃあ行きます?つってなって。
じゃあ行きますか?つって。
本拠地は横浜のままなんだけど、
なんかそのホームスタジアムは川崎っていう、
なんかその状態で、ついに上京というか関東にやってきます。
本拠地と試合の場所はずれるもんなんだね。
太陽ホエールズは。
太陽ホエールズぐらいだと思う。
そんな状態になっちゃったことがあるのは。
そうそう、本拠地って何?ってなってくるもんだって。
そうそうそう。そうだよね。
川崎でいいじゃんっていう。本拠地川崎で、
ホーム球場も川崎でいいじゃんって。
そうなんだんですけど、横浜本拠地といつも、
運営の事務所とかは川崎に通っちゃったから、
ほぼは多分気持ちは川崎だと思うんだよね。
でも名ばかり本拠地は完全に。
そうそうそうそう。
横浜って言いたいだけだったみたいな。
そこまでに当時横浜に粘張りがあったかは、
ちょっと疑わしいところもあると思うけど、
1954年とかね。
1954年か、まだじゃない?なんか。
まだ何もないんじゃない?感じたけど。
そう。で、川崎で支配することになり、
1955年、横浜の川崎なんかよくわかんないタイヤホイルス。
多分気持ち的には川崎なんだけど、
通にやっていきましょうと。
関東での初試合というか、初シーズン。
最下位になります。
まあまあまあ、本拠地変わったばっかりだから、
無理だよ。まだ。
ボロクソ負けて、99敗ぐらいする。
何分のそれは?99は。
今ね、多分1年間の1球団あたりの試合数が、
120か30ぐらいだね。
うちの99ぐらいは負けない。
ほぼ。
相当負けない。
ほぼはちょっと言い過ぎか。
33:00
そう、やっぱね、なかなか魅力をまだ感じさせない球団なんですけど。
逆に可愛いまであるかもしれないけどね。
逆にね。勝てばすごいね。
そのレアな瞬間にみたいな。
で、このまま負け続けます。
1959年ぐらいまでずっと最下位なの。
万年最下位と、日本全国から馬鹿にされる太陽ホエールスなんですけど、
1960年。
この年ね、日本で太陽がいっぱいっていう海外の映画が流行りました。
この太陽はサンシャインのサンのね。
光り輝く太陽の意味の魔法なんだけど、太陽がいっぱいっていう映画が流行って、
この年ね、太陽ホエールス優勝します。
優勝して日本一になります。
いきなり勝つじゃん。
おめでとう、太陽ホエールス。
いきなり勝つじゃん、映画。
映画流行るだけで勝てるのか。
いっぱいだったの、太陽は、この年は。
勝つで勝ったのかな。
この年、変わったことはね、監督が変わって、
三原治という監督を迎える太陽ホエールス。
三原監督ね、魔術師と呼ばれた、結構すごい名監督として有名で、
その前まではこの監督は、当時の西鉄ライオンズ、今の西武ライオンズでずっと監督してて、
3年連続日本一位にした、すごい腕輪だった。
そう、瓶盤だったの。
この人を迎えて、三原監督はね、選手の適性を見極めて、
適材適所で戦おうぜっていうタイプの人で、
とにかく短所を捨てて長所を伸ばそうと。
そういうタイプだったね。
分かりやすい方針だね。
仕事とかでも、営業が得意なら営業を伸ばそうか。
人をちゃんと適材適所にアサインし、その人が一番伸ばせるところでやろうぜって伝えた。
この人はね、タイプの違った2人の選手の長所をうまく組み合わせて起用すれば、
1人のスタープレイヤーに匹敵する戦力が生まれるっていうメモを残したりしてる。
こういうタイプの。
当時多分太陽ホイールズ、お金も多分なかったから、
巨人とかで比べると、いい選手もあんま取れなかったと思ったと思うんだよね。
だからそのスーパースターはあんまいないんだけど、長所を組み合わせればスタープレイヤー、
長島とかにも勝てるぞみたいな、そういう考え方をしている選手。
あとはその運とか、月とか、そういう運があるみたいなのを、
選手の誰を起用するかとかにも反映することもあったりとかして、
こいつ結構月があるから、実績とかあんまないけど起用してやっていこうみたいな。
それで実際に多く成功させたりとかするような。
賭けに強いのかな?
そうそう、なんかで勝負したりとか、ギャンブルキスがあるみたいな。
そういう監督で、でもほんと誰も予想しなかったんだけど、奇跡の初優勝。
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しますよ。
ちなみに映画を流行らせたの?その監督の。
いや、映画は全然関係ない。全く関係ない。
実は裏でその監督がなんかこの話題に昇るようにみたいな。
いやいや、全然。
太陽っていう言葉が流行るように裏で画作をしたとかない?
全然全然。
ないんだ。
もう海外からの映画が来て。
でもファンが喜んでパレードとかお祭り状態に川崎市民がなります。
川崎がね。
本拠地。
横浜は多少盛り上がったかもしれないけど、川崎でパレードしてました。
そうだね、ホーム球場はそこだもんね。
嬉しかったと思うよ。川崎市民は嬉しかったと思う。すごい盛り上がった。
三原監督も来て見事初優勝を果たした。
太陽ホエルズ。
この後どうなっていくか。
そして一体いつ横浜に来るのか。
気になる。
次回。
続きをやっていきたいと思うんですけど、どうですか村田くん。
この時点で横浜ベイスターズの愛というか、愛されるとか。
待って、今まず横浜でもなければベイスターズでもないじゃん。
ビシビシ感じてきた。横浜。
まだちょっと遠いよ。
川崎にいる太陽ホエルズが今の到着じゃん。
川崎ホエルズね。
そうだね。
川崎のクジラだね今。
ちょっとまだ、まず横浜に来てこようかってちょっと。
まず思ってるよ。まだ。
そんなところでソースタイム第一はこれぐらいかな。
どうですか。
そうだね。
弱いけど、でも今のこのフェーズでの弱さは
環境もあるね。
出来立てだと弱そうじゃん。まずその球団作り立てだとさ。
まず出来立て弱そう。
ソーダアーダコーダしてたらさ、最下位の別のチームとミックスさせられてさ。
なんかよくわかんないチームでお前らやれとか言われてさ。
なんか別に思い入れもちょっと薄い仲間と一緒にさ。
戦えみたいに言われてさ。勝てなさそうじゃん。
じゃあ上京しようって言ったらさ、東京からはやめろって言われてさ。
横浜行こうと思ったら川崎になるわけでしょ。
それも出だしはちょっと勝てなさそうじゃん。
だからそこまではなんか弱いっていうか、
このタイミングで勝てないのはなかなかしょうがないねっていうような見え方はちょっとしてる。
かなっていうそんな印象。
そうだねそうだね。会社っぽいよね。成績出せない部署とかも統合しちゃって、
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でもそこがうまくいくかというとそれがうまくいかないよねみたいな。
そうなんだよね。
抜本っていうような解決になってないとか。
それでいくとさ、その状況で監督が一人来るとガラッと優勝までいけちゃうっていうから、
上野さん言うとプテンシャルがあったのかね。
監督はやっぱすごかったのかもしれない。
そんな感じで次回に続けていこうと思うんで、今回はこれで花も満開ということでおしまいにしましょうか。
はい。港町レイではでは皆さんからのお便りを募集しています。
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ではまた次の港町レイでお会いしましょう。
さよなら。
39:51
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