1. みけねこラジオ
  2. 第17回 感情を素直に表現でき..
心の動きと「写真を撮る」という行為の関係性、東京にいるときの鎧を着てる感覚、感情を表に出せないんじゃーという話など。何考えてるか分かんないってよく言われたなぁ(遠い目)

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Summary

心を動かすことがめんどくさいと思っている時期が長くて、それから脱するための何かをしていなければならないと思います。動揺や感動することを避けて生きてきた過去と、写真や他の表現手段を通じて心を表現することの意味について話し合います。初対面のママに言い当てられて、感情を抑えて生きていることについて考えます。

心を動かすこととの葛藤
いろいろ錆びついてるな。 本当に心を動かさないように生きてる時期が結構長かったのよ。
心を動かすことがめんどくさいと思ってた時期がすごい長くて、 そこから脱するための何かをしないと。
人として。 そこは何かに触れないとね。何か心を動かすものに触れないと。
なんかすごく感動して泣いちゃうとかさ、それが嫌だったのよ。
なんかちょっとしんどくなっちゃう映画とかもさ、 あーやめとこやめとこみたいな。
なんかそこから立ち直れなくなりそう。 子供を産んだ後かな。
なんかそうやって感情に波風立てないようにって、 あえてこうしていた時代がすごいあって。
それを続けてて、マジでやばいなって思った頃に美角を誘ったんですけど。
感情豊かなから。 吸収して全部だ。
そこは気づいてるというか、もともと結構そういうタイプでもあるから、 あんまり感情を出さないみたいな。
もうちょっと人間らしく生きていきたい。
結構さ、写真とかやってたじゃん。 やってたね。
でも写真は自分がいいと思ったものを撮ってるんだよね。 そうだね。
それを展示出したりとかさ、インスタに上げたりもするじゃん。
それは心動いてるんじゃないの? 心動いてるものを撮ったり、その画角だったり、その構図だったり。
まあ被写体もそうだと思うんだけど。
確かにね。
写真表現の意味
写真やってた時代は、それが何ていうか、そうだね。
昔から結構さ、人に対して面と向かって私はこう思ってるんですっていうことを出せないタイプだったから、
それを文章にしてみたりとか、音楽で表現してみたりとか、写真の時は写真でっていう、
そういうツールを通して心の内を出してみるみたいな。
そういうタイプで。
確かにそうだね。こういうのが好きだなーみたいな。
そうそう、これいいかもとかさ、これを伝える、こういうのを伝えたいとかも考えるわけじゃん。
感情とか、自分の感情と見たものとのさ。 そうだね。
そういうので結構心も動いてるんじゃないかなと思うけどね。
すごい嫌だったよ、嫌だったっていうか怖かった。
写真を通して全部バレちゃうのね。
コモンの先生とかさ、普段から私の写真を見てるじゃない。
なんか最近ちょっとどうしたみたいな。
心の状態が良くない時ってやっぱ、撮る写真もさ、こんなもんかなみたいなぐらいで撮っちゃってたりするの。
あんまりその心がそもそも動かなくなってるから、普段みたいにこれ素敵って思って撮った写真ではないっていうこととかすごいバレるから。
なんか本当に恐ろしいですよ。
世の中の表現してる人たちって多分そういう恐ろしさを抱えてさ、やってるんだなって。
偉そうなことを言うとあれですけど、全部バレちゃう、怖いみたいなのはすごい思ってた。
そうなんだ。確かに写真ってさ、すごいストレートじゃない。
増殖するものがない。見たものがそのまんま出るじゃん。
他の絵を描くとかさ、絵の具使うとかいろんなことでごまかせるじゃん。
色使いとかタッチとかでは出るんだろうけど、なんかすごいストレートに写真って表現するツールだなって思ったんだよね。
やっぱ見ても何にも伝わってこないな、みたいな時もあれば、なんかグッと引き込まれちゃう写真みたいなのもあって。
そこにはやっぱその、ただその被写体が写ってるっていうことだけではない、撮ってる人の心情みたいなものとか、撮ってるものとその人との関係性みたいなものが、やっぱなんか滲み出てるところはあって。
東京での表現活動
それが全部、ああ、見えてる、丸裸みたいな。本当に嫌で。
全然もういい写真も撮れないし、そのこともバレてるし、もう写真撮りたくないみたいになってた時期もあったね、高校3年生の、割と引退直前とかは、もう私写真いいですね、何も撮りたくないですね、なったりしていたな。
まあ、そっか、カメラ持ってふらっと出かけてみるみたいなのは、一個リハビリにはなんのかもね。
そうかも、そうかも。
そうそう、思い出したけど、東京に出てきた時に撮りたいものがないって思ったの、上京してきた時に。
そうなんだ、いっぱいありそうなのに、刺激も多いしさ。
島根にいた時は、本当に家の近所とかを散歩するだけで撮りたいものいっぱいあったの。
ふらっと出かけてくるって言って、カメラ下げて撮って帰ってきてたんだけど、東京出てきてから何にも撮りたいものがないみたいになって、それで写真から遠ざかってしまった。
そうなんだ、そうなんだ。
それは出てからってことは結構長いよね、子供ができてからとかじゃないじゃん。
そうそう、それであれ、写真って私にとってはアイデンティティーだったはずなのにみたいな感じで、それを失っちゃったから焦って、写真撮らなきゃみたいな風に思って、
ちょっと撮るようにしてみた時期とかもあったけど、やっぱなんかそれは撮らなきゃと思って撮ってるから、本当に心が動いてるわけではないみたいな。
それは自分でもすごくわかってるし、見る人が見たらなんか前の方が良かったねみたいに言われて、
当時付き合ってた彼氏とかに前の写真の方が良かったねって言われて、めっちゃウザいけどズズ帽子みたいな。
そういうね、たまにやっぱあれ写真私好きだったはずなのになーって思ってやってみたり。
なんでなんだろうね。
なんですかね。
行きたくて東京に出たわけじゃん、結構。
そうよ、でもちょっとこう、鎧を着てしまうみたいなところはあるんだよね、この東京という街仕様の自分になるみたいなさ。
ちょっと長めに島根に帰ったりしてると、すごいフニャフニャになってさ、何もガードしてない自分みたいになって、
東京に着いた瞬間すごい、ガードを固めたみたいな、そういう感覚を持った時があって、大学生ぐらいの時に。
やっぱなんかちょっと東京いる時の私は、なんていうか、自然体ってわけではないのかもなーって思ったりしたこともあったね。
そうなんだ、それは今でも?
わかんないけど、こんだけずっと東京に住んでて、ずっとそうなんですかって感じだけどね。
そうだよ、だって東京の方が好きって言ってたもん、昔は帰ることはないでしょ。
それはそう、それはそうなの。
そうって思ってるってことはさ、やっぱ着飾ってる方が合ってるのか、守ってる方が合ってるっていうのかな、楽なのかな。
あー、ちょっとよくわからなくなってきたー。
私、カンボジアにいる時はすごい生き生きしてた。
カンボジアね、カンボジア行ってたね。
カンボジアすごいよかった。あれはカンボジアがよかったのか、もう知らない土地で一人っていうのがよかったのか、何が作用してたかわかんないけど、
その時もすごい明確に感じた。あ、今私すごいなんか、トゲ穴垂れてるみたいな。
へー。
で、もう日本の空港着いた瞬間、あ、閉じたみたいな。
もうめちゃめちゃなんかこう身体的な感覚として感じてた。
何なんだろうなー。
一人っていうのはでかいんじゃないかな。
一人で自由に動く。
そうだね、でもやっぱね、もう既に私のことを知ってしまっている人たちの中にいると、
自分のキャラってこういう感じですよね、みたいなのがあるから、そこから外れるようなことをちょっとしにくいというか、
あんまりさ、私がめちゃめちゃテンションぶち上がるみたいなことないじゃん。
そう、多分。私のキャラ的なところに。
なんか恥ずかしいと思っちゃうよね、気と哀楽をすごい強めに出すみたいなことが、
ちょっとキャラじゃないなみたいになって、恥ずかしくなっちゃうっていうか、
それはもともと子供の時から家でそういう感じだったの。
自分の家庭においてもあんまり出せなかったから、そのまま大人になっててみたいなところがあるから、
自分を知らないコミュニティの中だったら別にどんな自分でもなれるみたいな気楽さはもしかしたらあるんですよね。
めんどくさい、すごいめんどくさいことを今喋ってる。
なんか怪そうなの、私大学生の時にさ、この話したことある?
知り合いのおっちゃんみたいな人がスナックみたいなところに連れてってくれて、
そこのママがスナックやってる人ってさ、いろんな人見てきてるじゃん。
だからもう顔見たらどんな人か結構わかるみたいなこと言ってて、
そのママにあなたって本当はもっと明るい人だと思うんだけどみたいな、
感情を素直に表現できない経験
でもなんか嬉しいのか悲しいのか全然わかんないみたいな、感情が見えないみたいな言われて、
めっちゃわーって思った、そうなんですよねみたいな、
なんか感情を抑えて抑えてみたいな感じで生きてるっていうのが、
初対面のママに言い当てられて、そうなんだよなって、
でもどうやったらそこを素直に出せるようになるかっていうのはわかんないんだよなって思って、
今でもあんまわかってないっていう感じ。
ママすごい。
そのママは顔見たらどんなやつかわかるから、
もう扉開けられた瞬間に帰ってくださいっていうこともあるっていう、
こいつはダメな人間だみたいなのもわかるから、
断りすることもある。
でもなんかその時に言われたその言葉は結構ずっと引っかかってて、
そうなんだよなーって。
そっかー、そのママは解決策とかはなかった?こうしてみたら。
どうだろうねー、もしかしたらなんか言われたかもしれないけど、
解決策はちょっとわかんないよ。
それは悪いのかな?悪いっていうあれでもないと思ってさ。
でもやっぱなんかその欲圧感みたいなさ、
物は常にある感じ?
そうね、それが友達作りに何か影響を与えてるのかな?
どうだろうねー。
そう思うのもそこに憧れがあるからとか、
実は解き放たれたいみたいな。
解き放たれたいよね、寝顔悪馬。
寝顔悪馬ね。
既存のコミュニティの中ではそうなれないって思ってる不思議があるのかもしれないね。
みんなの中での私のイメージみたいなのがあるから、
そうじゃない振る舞いはできないかもみたいな心理もあるのかもね。
だからカンボジアなり本当に知らない1人で、
1人っていうのがイコール周りが知らない人ってことかな?
そうだね、これまでの自分を一切知らない人っていうね。
知ってる人がいる時点で恥が出てくるんだろうね、恥ずかしいって。
本当そうそう。
新たな友達との出会い
どうしたのって言われちゃうから、私がすげーはしゃいだりすると、
どうした?って感じで言われちゃったなっていう経験もあるからさ、
家族だったり、恋人なのかそういう周りの人に、
なんかキャラじゃなかったんだな、今のみたいな。
いいのに、そんなキャラのある、そんな一面もあるよって。
あるんだけどね、あるんだけどそこでどうしたどうしたって言われることがすごく恥ずかしかったんだよね。
なんかバカにされたみたいな気持ちにすごいなって、
バカにされるぐらいならじゃあはしゃぐのやめようみたいな風に。
お姉ちゃんとかってさ、すげーバカにしてくんじゃん。
分かる?あの感じ。
何やってんの?
そうじゃないですけど。
お姉ちゃんってすごい意地悪じゃない?
何それ?みたいな。
自分でやったかな?みたいな振り返ってる。
でもそうかな?そうなのかな?
そういうのもあったしね。
あった、あるわ。何その服?とか言ってた。
そうそうそうそう。
とかなんか機嫌よく鼻歌歌ってたら、え、おんち。
それってすごくひどくない?
やばい、言ってたぞ。
言ってた言ってた。申し訳ないよ、弟。
そういうあれこれでね、近いのに生きていこうみたいな。
そういう自分が形成された。
すごい話がすごい方向にいったけれど。
飲み友達だったっけ?飲み友達を。
そう、なんか新しい知り合い欲しいな。
おもろい友達欲しいなみたいな。
そうだよ、最初のやっぱり一歩だよ。第一歩だ。
知らないところはたぶんいっぱいあるじゃん、コミュニティも。
写真、それこそ東京で写真をしてるとかさ。
行ってみるかだよ。
そうだね。
行ってみて。
選び方があるじゃん。
行ってハズレ。
そのハズレがあるかもってことも、ひっくるめてチャレンジしようっていうその気合だよね。
行ってみたらなんか変なやつばっかりですごい疲れ果てる可能性もあるけど、
まあでも行こうっていう。その腹をくくれるかどうかみたいな。
そう、第一歩が出せるかどうか。
そこが例えばダメだとしても何かヒントが得られるとか、次こっちの方がいいかもみたいな。
こっち系はなんか違うらしいみたいな。
そうそう、大人数系はダメだったみたいな。
かぎ分けられるようになるね。
これはたぶん行ったらちょっとなんかハズレって思うやつっぽいなって。
ちょっとねれそ若っ!とかさ。
そうそう、とかあるじゃん。できるだよ。
そこを勇気を出す。
まずはリサーチだな。
インプット、どこ、何をみたいな。
楽しみにしてるわ、何かチャレンジ、次。
次は早いから。
行動はすぐだよ。
今週の土日でどこか行ってくるみたいなね。
そういうことだよね。
そういうことだよ。
手帳にまずは書いてみる。
ググって、これは行ってみようかなってストックして。
で、いつ行くか決めるっていうね。
歯磨きついてる。
楽しいと思って待ってるわ。
頑張ります。
頑張って生きていく。
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