ジャズバー昭和とモラルハザード
夕焼けひとりきり。始まりました。昭和。二桁生まれのパーソナリティー。ミッキーロンリーがご話します。
昭和レトロ。今は懐かしい思い出。明日の心配もせず、駆け抜けた昭和の時代。温かく、優しい昭和の情景。心のままにお話しできればと思います。
どうぞお付き合いください。今日はジャズバー昭和。素敵なピアノが流れるこの店。テンバー。ペレサスがかけていく。アホロベーデーの響きが銀河にこだます。
カウンターの奥でお酒を味わうのはジェイだ。人は彼をそう呼ぶ。今日はバーボンラック。伝説のボトルを試してみよう。私ミッキーがそばにいてお話をお伺いしたいと思います。どうぞお付き合いください。
ジェイさん、こんばんは。そばにいてよいですか。やあ、ミッキー。また会えたね。どうぞ。ジェイさんはウインクをし、グラスの氷を軽く揺らす。いつもの癖だ。何を考えていたってモラルハザード。そんなテーマにつ
いて考えてみたい。
公共の場で求められる節度
ミッキー、時代の流れとともに人々のコミュニケーション、また情報量、スピード感のアップによってそれは些細なことでもボタンの掛け違い。
人が気持ちよく寛容な社会といった部分で、時として心のやり場に困ることがあるよね。揺れやかな風に心地よいその空気感、人々へのぬくもりといったものについ植えてしまうような心もあるんだろう。
自分も含めてその行動に何らかの意味を持たないかということが知らず知らずのうちに人に不愉快な思いをさせたりされたり傷つく時としてあるよね。
その中で人は日々を暮らし、また今宵を迎える。今日もそんな日かもしれないね。
モラルハザード、厳寡、道徳観念。節度あるものを見失いがちになり、社会的責任を果たさない。そんな意味合いの言葉だと思う。
言わなくても当然わかるようなことの批判が損なわれていたり、あえて注意、人々がそんな言葉を投げかける以前に人として当然できていて、誓るべきというようなものが常識的な範囲を超えて本場のそんな場合に遭遇
することがある。
例えば当たり前に多くの人がいる中で迷惑をかける。それはある室内であったり、公共の機関の移動手段である車両の中でも、また講演会、ライブといったところでスマートフォンの扱いにも当然いるだろう。
そこで思わぬ音声が流れてしまったり、録音をしてしまったり、昨今ではプライバシーの保護という観点で、動画撮影、その被写体にも神経を使わなくてはいけないシーンが確かに多い。
生きづらい世の中にもなっているのは、ある程度は節度がある中で考えていかなくてはならないだろう。言わなくてもわかる、当然大人であれば自然できているような振る舞いが、むしろ時には子どもの方が見本を示して
いる場合もあるよね。
子どもに見せる大人の行動
子どもが見ている前で大人同士が口論したり、誰かを責め立てたりして、見せたくないものも見せてしまうというときは、とても悲しい現実だよね。
今の世は、当然良い社会という目的のために人は誰しも注意してくることがある。そんなモラルハザードに欠如した行為、人物に対しては当然社会的な責任というのは果たさなくてはいけない。
増え続ける注意書きと相互配慮
故に不本意ながらも年月を経るごとにあるマニュアルが作成されたり、種類書きというものが積算されている場合もある。
ある公園、子どもたちの遊び場でも、例えばボール遊びをしてはいけない、この遊具は何歳対象、固まって人で話してはいけない、みんなに配慮して互いが気持ちよく使えるような公園でなくてはいけないもの。
ある公園に関しては非常に多くの注意書きになる建て看板が乱立しているとも聞く。不本意な話だよね。みんなが気持ちよく切度ある行動をすれば互いに世代を超えて、また近隣の人との住民との間にもトラブルなど起こり
もしない。
なぜならみんなが使う公園であるからね。公園に留まらず公共機関、また移動手段における乗り物ないでも当然のことだろう。この場合はこうしなくてはいけない。
例えば地下鉄でのアナウンスもあるのだけども、本来相手の立場になって自分がされてはいけないことはしてはいけないという基本的な概念に沿えば敢えてそんなアナウンス、注意書きも社内に告知したりする必要もない
のであろうが。
自分の行動を振り返る
Jさん、ありがとうございます。
近年モラルハザード。倫理的にも道徳的にも社会的責任を果たすのは当然できてなくてはいけない。大人の社会。
子どもたちに見本にならない世代が逆に迷惑をかけている行為を見せつけてしまったり。そんな不本意なシーンが目につきますね。
何かモラルハザード。そんな人として当たり前の行動を起こすときに反対に何かの注意書きを全部示さなくては気づかないものであろうか。理解することができないのであろうか。
時として悲しい現実ですね。その前にすべきことというのが人として当然できるようなものになっていかなくてはならない。人々は思い出す必要があるということですね。
Jさん、乾杯してください。
乾杯!
ジャズは昭和。今宵もカウンターで、ボックスで。一日の終わりに一人とは思い出すことがある。自分の行動がこれでよかったのか。明日はこう気をつけようと。
そんな人たちが集まる選手の教室。お立ち寄りください。この辺りで本日は終わります。お付き合いしていただき誠にありがとうございます。次回をお楽しみに。