音楽との出会いと釧路のライブハウスシーン
メルトモです。今日の友達は、kazumaさんです。 kazumaさんといえば、DJをやられている僕の友達なんですが、
今、札幌在住だと思うんだけど、なんか俺は最初というか、 クシロの人っていう感じで、もともと生まれも育ちもクシロだった。
そうなんだよ。俺が知っている範囲だと、地元でイベントをやりつつ、たまに札幌に来てDJをやってて。何年くらい?コロナ前後くらい?3年くらいかな?
まあ、もう1年半ですよ。
そうなんだっけ?なんかもっといる感じがするね。
に、札幌に仕事の事情で引っ越してきて、現在、札幌在住って感じだと思うんだけど。
じゃあ、もともとクシロでDJを始めるに至るきっかけというか、流れというかをちょっと聞きたいんだけど。
もともとは、どういう音楽を聴いていたのか?いろんなのは聴いていたと思うけど、特にこれ。子供の頃はこれな子供でしたみたいな。
えっと、小学校の時に放送委員会だったんですけど。放送委員会で、放送委員が昼の放送に流すCDを持ってこなきゃいけなくて。
あー、ありますね。
それで多分、シンゴママのオハロックを買ったんですよ。やむを得なく。別に好きでもない。
なんか、小学校のストックのCDみたいなのがなくて、持ってこなきゃいけないみたいなものだったんだ。
なんか、個人で持っておいでみたいな感じです。
あー、持ってくればかけていいよみたいな。
かけていいよって、みんな年上の上学年とかとは持ってきてたから、なんか俺も持ってくかってお母さんに買ってもらって、別に好きじゃないけどかけてたんですけど。
なんだろうな、それくらい、でも音楽好きとかの感じははっきりはなくて。
へー。
中学校に上がって、なんか、一高への先輩に、なんか、なんだっけな。
R&Bとイギリスのバステッドっていうバンドがいて、アイドルバンドみたいなのがいて。
それをMDにもらったんですよ。
あー、MD世代だ。
聞いてみ?って言われて聞いて、なんかよくわかんないけどかっこいいなって聞いてて。
そしたら、中3の時に他の中学校の子と付き合ってて、その子がめっちゃ、青春パンクとかめっちゃ詳しくて、ゴイステとかヒンナーボイスとかハイスタンダードとか、もう解散とか活動を休止してたんですけど。
そうだよね、世代的には。でもこういうのがいたんだよって。
で、聞いてバカハマりして、そしたら、めっちゃ聞いてたんですよ、そればっかり。
で、僕は中学校田舎だったんで、誰もそんなこと聞いてる奴いなかったんで。
でも、なぜかセックスペクトルズのニルバーナ流行ってたんですよ。
ナナの影響かな。
田舎の中学、チェックとかもないと情報の電波がないから、局地的にむっちゃ流行ってるとかあるよね。
セックスペクトルズ、異常に流行ってたよね。
でも俺は分かんなかったんですよ、セックスペクトルズの良さが。
下手だし、歌下手だなと思って聞いてて。
うるせぇし。
で、高校上がったら、みんな知ってるんですよ、ハイスタとかゴイステとかヒンナーボイスとか。
で、なんだったら、中学校の卒業ライブでハイスタのコピーやったとかってやつがゴロゴロ出てきて。
イカつい。マジかよってなる。
で、そこからどっぷりライブハウスにハマるんですよね。
あ、札幌の。
札幌の。札幌のクラブグリーンってもうないんですけど。
クラブグリーンっていうところにライブがもう週一だったんですよ、ほとんど。
それ地元のバンドみたいな?
いや、それが札幌からバンバン来てたんですよ。
スーパーバンドもバンバン来てたんですよ。
あと有名で言えばホルモン、マキシマウザホルモンとか、10フィートとか。
俺でも余裕で知ってる人でしたね。
で、僕ら高校生の時はシムとかも来てたんですよ、クロスフェイスとかも来てたんですよ。
すごいな。
で、ハワイアンシックスとか、今は超超超売れてる。
札幌ってもうゼップが来ないとか、そういうレベルの人たちだね。
そういう人たちがクシロにもバンバンツアーで来てて、
僕らももう、だからディッキーズ履いて、
ラババンつけて。
ラババンつけて、で、バンズ売ってなかったんで。
クシロバンズ売ってなかったんですよ、高校生の時。
そうなんだ。
で、一個だけセレクトジョップでUSAのバンズだけ置いてて、
だから一足2万円くらい貸してて。
並行輸入とかだ。
で、それ履いてるやつの先輩とかいて、かっけーってなって。
で、僕は僕なりにちょっとオシャレで、
その時ダンクとか履いてたんですよ。
ああ、ナイキのね。
そう、エアゴスマンとかダンクとか履いてながら、
ディッキーズ履いて、バンティー着て、タオル巻いて行ってたんですよ。
あ、おもろ。
全然、もう普通のロックキッズだね。
そうそう、めちゃくちゃ好きで。
で、行ってて、もうその時とかもう、
毎週100人とか履いてたんですよ、人。
あ、すごいね。
高校生とかだけのやつ。
すげー。
もう全然人いない時でも3、40人。
あ、すごいな。
っていうところで、高校の時育って、
だから友達ブラフマンと対バンとかしてんすよ。
やば。
おもろ。
2万で、しかも。
高校生の時。
すごいな。
ブラフマンが後ろに来た時に、友達のバンドだけ出て。
あ、じゃあその友達のバンドの後、ブラフマンみたいな。
そう。
すごいね。
っていうのとかの、
伝説じゃん、そんなの。
今でも仲良いんですけど。
環境を経験して、そしたら、
そこで結構パンクとかにはまって、
メロコはですね。
あー、そうだね。
で、もう一個、
もうちょっと前哨してなくなっちゃったんですけど、
ラボマークっていうスタジオがあったんですよ。
あ、それはもうリハーサルスタジオっていうか。
えーとですね。
練習スタジオ?
一応最初の始まりは、
練習スタジオで、
で、ラボマークっていうところに、
できるから、みんな手伝いに行ってたんです、高校生。
バンド仲間、バンドオリジナルやってる奴らは。
作る家庭用ってこと?
そうですそうです。
こういうのできるから、人手欲しいから手伝ってって言って。
僕は行ったことないんですけど。
えー面白い。
みんな手伝いに行ってて、
どうやらラボマークっていう場所ができるってなって、
でも、聞いたこともない先輩2人がいて、
オイ君とオサムさんっていうのもいるんですけど。
その2人がラボマークにいて、
恐る恐るそこに通うようになって、
結局だから燃えるまでずっと行ってたから、
まあちょっと離れた。
燃えたの?
電車しちゃったんですよ。
やば。
で、なくなっちゃったんですけど、
結構そこで、今の価値観とかは完全に形成されたのがそこです。
で、そこからかなり奥まってったんですよ。
自分の音楽が。
だからエモとか海外のエモとかを結構中心に、
ファンクとか日本のインディーズとかもバンバン掘ってて。
それ当時はネットでめっちゃ探すみたいな。
ネットだから、ディスクユニオンと、
あとは結構今もあるっちゃあるんですけど、
ブログとか、あとはライブハウスがあったレーベルで、
いろんなデモを取り扱ってて、
そこに通販したりとかめっちゃしてました。
日本のヒップホップで言うとWE NOTっていう、
今もあるんだけど、
本当に日本のラップレーメイキューを支えた、
めっちゃ本当に何十枚とかしかないCDも扱うみたいな。
今はネットしかやってなくて、
昔は恵比寿に店があって、
東京行くたびにそこに行って、
全然めっちゃ、この人どんな人なんですか?
とか、店員さんにめっちゃ板脚で、
俺当時、日本語ラップめっちゃ好きすぎて、
ネットで拾った情報の確認をその店員さんに、
この人たちって、このフューチャリングしてる人はどっかグループ入ってんすか?
とかめっちゃ聞いて、
ああ、なんでもやすみ。
めっちゃ申し訳ないけど。
でもネットはあるけど、SNSはないぐらいの俺は、
若い時、2000年前後ぐらいのMSCとかMC館とかが出始めたときって、
ネットはあるけど、まだ一般人がそんな使えない。
頑張ってブログぐらいやったから、情報がなくて。
ヒップホップの人はやんねーからさ、ブログとかあんま。
SDジャンクスターとかのりきおとかをめっちゃ、
この人たちは何人なんですか?みたいな。
わかんないぞ、正確にはみたいな。
うわ、最高!みたいな。
かっけー!
それで、燃えたところに、お客さんとしてデイリーしたんですか?
お客さんでデイリーしてて、そっから自分でも一瞬バンドやったんですけど、
誘われて。
でも、上手くいかなくて、バンドはもういいかなーってなってて、
だけど、やる側にはやりたいってなってて、
何かしらやりてーなーって。
で、友達とイベントを立ち上げて、ライブの企画をやったんですよ。
そのライブハウスでのバンドライブを企画する人ってある?
そうですそうです。
なんか、一時期めっちゃ流行って、高校生とかでもバンバン企画してたんですよ。
後ろちょっと異常だった、変な場所だったんですけど。
いいね。強い街だった。
素人バンバンイベント企画してた。
でも正直、東京とかさ、東名阪とかじゃないと俺は偏見だけど、
スモールタウンの方がそういうのやりやすいし、
正直大人もさ、回す人もそんな少ないから、やりたいのさ、面白がって手伝ってくれたりはするよね。
熱意だけでいける状態。何のノウハウもなくても、熱意だけでいけちゃう感じだった。
それが高校ぐらい?
それが20歳ぐらい。20歳、21歳。もうちょっと後かな。
高校出た後は?
専門学校にしたんですよ。
城野の。もうなくなっちゃったんですけど。情報系の専門学校。
じゃあそこ行きながら、そんな感じでライブ企画したりして、いわゆる企画屋をやってたんですね。
そうです、そうです。おもろ。ギャラ払って。
それだと集客があって成り立つ系でしょ?赤が出たり黒が出たりするけど。
大変だな。
やってました。
でもそれ結構、今となってはさ、イベントのDJもやるけどオーガナイズもやるわけで、めっちゃ役立ってるよね。
そうです。まさにそこの経験が。
誰に連絡をするとか、誰にいつまでに、どのような、みたいな。
言い方あるけど、串楼だとさ、じゃあ札幌呼びますとかさ、なってもじゃあ宿の手配だ、コーツの手配とか、
この人は手配しなくていいから全部渡すパターンねとかさ、いろいろあるわけじゃん。
はー。で、そのイベントをやってたと。
やってましたね。
で、イベントと一緒にジンも作ってて。
ジン。まあ調査室ね、いろいろ。
調査室。リトルプレスも。
なんかちょっと今よりも全然流行るもんね。
いや、そうだよね。
友達とイベントの度にジンを作って。
それどういう内容の。
僕らが撮った写真と、またインタビューの説明した。
あ、じゃあその出てもらったの、バンドの人とか。
あとはその時の、串楼大学2個あるんですけど、法律大学と教育大学。
その経営本部の子たちの執行役員呼んで、
串楼の大学の経営本部の子たちにインタビューしちゃった。
へー、おもろい。それまだ家にある?
あ、いやあったかなー。
めっちゃ読みたい。
どっかにありますね。
おもしろー。
持っていったとこも。
貴重な資料だよ。それでも串楼バンドシーン的にも貴重だよね、たぶんね。
でもなんか、僕らやっぱり、あんまりプロプスなかったですけど。
あ、そうなんだ。
なんかやっぱり地元の身内感みたいなのが嫌で、いろいろ尖ってた部分もあったので、
なんかあんまりプロプスもなく、でも市街にはちょっとずつ紹介されて。
へー、おもしろい。
それをいくつぐらいまで?
いや、20…25ぐらいまでだったかな。
でも高校ぐらいからそんなことやってたらさ、5年以上10年以下ぐらいはさ、そういう生活というか。
そうです。ライブハウスに毎週行って。
ライブハウスどっぷり人間だったってことだよね。
そうですそうです。
DJキャリアの始まりとアニリミへの傾倒
そっからアニリミに行き着くまでがめっちゃおもろくて。
いやー、そうっすね。
いや、なんだっけな。
だからイベントのときに転換DJも間にやってたんだけど。
それは箱にある機材で。
そうです。CDJM。めっちゃ古い。350かな。
あー、ギリ350多いね、ライブハウスのイメージだけど。
700とかCD入る。
で、なんか刺して、とりあえず音とかとかかけて。
あー、そうですそうです。
じゃあその、右と左に交互にかけて、特に1曲終わった、はい次みたいな。
そうです。まさに。
ミックスもなく。
フル掛けしてる感じ。
連続曲かける。
本当にあれだね、ライブの前の幕間というか。
そうですそうです。
100位レースEって感じだね。
セレクター。
あー、まあまあそういうパーティーはありだなとは思っているんだが。
じゃあフルシャックでかけて、そっから、
なんか、なんだっけな。
なんか、なんだっけ。
や、やめたんですよ企画を。イベントをやめたんですよ。
あー、そのイベント、企画屋というか。
やること。その中田がしてやめたんですよ。
あー、その一緒にやけた人とね。
中田がしてやめて。
で、その時までバンドどっぷりでライブハウス付けだったのが、
なんか行きづらくなって、行かなくなったんですよ。
あー、まあその企画屋を辞めてから。
で、たぶん、バンドってなってるときに初めて来たのがたぶん豆腐ビーツの彗星なんですよね。
あー。
彗星に出会って、そっからロストリケード買って。
おー。
で、同時期に星野源のそして生活は続くを読んで。
で、同時期に。
なんかサブカルの波が襲ってきた。
その同時期にバナナムーンゴールド。
俺も毎週聞いてます。今でも聞いてます。
バナナムーンゴールドを聞いてて、そしたら星野源が日村さんの誕生日毎年曲作ってる。
ふざけた曲をね。
ふざけて悪口言ってるけどめっちゃ歌うめえな。
この人何の、あ、この本の人じゃん。
それ知らなかったのそのリンク。
知らなかった。
で、なんか面白そうだなと思って買って知らなくて。
で、そっから
同時期っす。だから豆腐ビーツからマルチネとかバーって掘ってってインターネットレベル掘ってく。
そうだ。そういう時期だったね。
で、星野源も掘ってく。で、ストレンジャー聞いて酒ロック聞いて。
みたいな風にこう2方向でバーって行ってるときに。
で、マルチネキースはそのイベントをYouStream、今あんまりもうないんでしたっけ?
いや、ある、名前だけあるんじゃないかな?サイトはないけど。
で、YouStreamでマルチネの東京っていうイベント。
はー面白。マルチネの東京って何年だ?
えっとですね、2010、いや18、7?かな。
マルチネ東京っていつでしたっけ?
で、そこからそれで岡田田のDJ見たんですよ。
あー配信で。
配信で。で、もうなんだこれはみたいな。
あ、そこで。
2014っすね。
2014。初めて、まあ言ったらだけど、ちゃんとしたDJミックスをするDJプレイを聞いたのはその岡田田なんだ。岡田田さんのストレイ。
タキシードとか、タキシードのDo Itとか、クローメオみたいなのを聞いて、そっからディスコファンクにめっちゃハマるんですよね。
あー、そっちに行くんだ。
そうです。ディスコファンク聞いてて、そっからフューチャーファンクに行くんですよ。
おもろ。
で、だからブルのマウス。
一瞬近づいたけど、なんかまたアニリミから遠ざかってる感じ。
そうなんですよ。だからディスコファンクと、だからMomotownとかめっちゃ聞いてたんですよ。
おもろ。
で、だからMomotownとかめっちゃ聞いてて、そっからディスコファンク聞いてて、だからアイズレブラザーズとか、ちょっとファンク寄りになってたりとか、あとはスライとか、スライ・スコーン・ハット・ザ・スコーン・ファンクが。
なんとなくしか知らねえな。
そっちを聞いてて、だけど、それで、あれです。セイント・ペプシにハマるんですよ。フューチャーファンク。
だから、スカイラー・スペンスって名前になって、また戻ったんですけど。
へー。
だからペプシにハマって、で、この得体の知れなさはなんなんだろう?みたいな。フューチャーファンクの。
そう。
なんか匿名性というか。
あー、そうなんだ。
あとはマクロス82・99とかっていう人たちがいて、それも日本のアンリーの曲とかをサンプリングして。
あー、めっちゃ流行ったよね。
めっちゃ流行ったんで。
日本の昔のポップス。
だから、僕はベイパーウェイブから入ったんじゃなくて、ディスコファンクとかからそのままフューチャーファンクに行ったんですよね。
で、そこでフューチャーファンク好きでずっと聴いてて、なんでアニメに行ったんだったかな?
その時点でさ、そもそもアニメを見ていたの?
いない。だから、いわゆる有名度コース。
まあまあ、それから流行ってたような。
そうです。とあるけとかは、見てて。それもあったな。公立大学の経音部の先輩とめっちゃ仲良くて。
ほう。
その人たちがオタクだったんですよ、めちゃくちゃ。
へー。
そう。それで、めっちゃアニメ見て、「カズマ、あれ見たか?」って言われて。
あー、はい。
ちょっと話し合わせるのにめっちゃ見たりとかしてて。それである程度アニメは聴いてたんですけど。見たりとかしてたんですけど。
音楽のそっちもありつつ、アニメは有名度コースとか先輩のオススメとかをちらちら見てたみたいな。
全然近づかないね。
そんなもんちゃそんなもんなんだけどな、人間。
なんか、くしろのアニメバーみたいなとこで、友達が通ってる。
へー。
そこで、マスターがモグラに行ってきたんだと。秋葉原モグラに行ってきたと。
おー。
で、僕も生披露とあったんですよ。
あ、思い出した。
マルチネ周りか。
豊富ビーツ周りとか。
マルチネ行くじゃないですか。で、僕、電波組にもハマるんですよ。
あー、じゃあもう出てくるね。
そう、そこ、そうだそうだ。
ティアステ、ティアステでね。
電波組にハマって、電波組の日本武道館とかの客入れのDJをDMさんやってたんですよ。
あー、そうだね。
で、DMさんのミックスをサンクラで聴いて。
あー。
アニソンとかでもこんなことできるんだ。
あー、なるほどね。
で、どうやらアニソンリミックスっていうのがあるらしいってなって。
あー。
でも、実体は分かんないから、DMさんのミックスだけずっと聴いてて。
で、そしたらアニメバーに友達が通ってて、そこのマスターがモグラに行ってきて、こういうイベント、クショルームやりたいってなったから、
あ、じゃあちょっとやってみたいかもってなって。
へー。
で、そこで、機材自分で買って。
それは当時は400とか。
400です。400を買って。
すごいな。
始めた時に400があったんだな。
でも、マスターはトラクターを使ってたんですよ。
あー、俺も最初はトラクターを使ってた。
で、トラクターのコントローラーがマジで使いづらくてなんか。
あー、S2とかS4とかね。
なんかよく分かんなかったんだけど。
当時あったね。
で、マスターはもうデスクトップでDJって言ってたんですよね。
おもろすぎる。
そのバーにあるデスクトップに。
動く必要、そこでしかやらないなら別にいいからね。
で、カズマ君たちここに曲入れてやんなよってなってやってたんだけど、もうちょっと自分でやりたいってなって。
で、その時には僕MacBook Pro持ってたんだよ。
それでレコードボックスもついてたんで、ライセンスついてたから400買ってやりだしてが最初かな。
でもその時原曲やってましたよ。
あー、まあまだそのサンクラで同行とか。
でも、てことはその辺ってことはマルチネ見て、今マルチネが20周年とかだから、
キャリア的には6年?コロナ2年くらい前?
7年、8年。実はアニメーション始めて、確か次で7周年なんですけど、7周年入ったのかな。
だけど、もうちょっと前からやってたんですよ。
じゃあそこで原曲で400でやって、でもそのモグラに行ってきたっていうオーナーが、マスターがやりたいって言ったことは、それはやったの?
やりました。そのバー仕切りのイベントに僕出て、やって。
それじゃあ人前始めてDJだった?
そうですそうです。
400で。
400ね、インフラペースもついてるから繋いじゃったのか。
で、その時にアイドルマスター、だからシンデレラガールズにもハマってたんだよ。
それをひたすらレンタルで借りまくったから、全部借りたと思いますよ。
アイマスの音源全部借りたんじゃないかな。
で、そこでアニメーション一発目の花神龍カプット卓軍なんですよ。一発目そこのバーでやったんですよ。
あ、そうなんだ。それがそのイベント?ではないんですか?
じゃないですよ。
それも礎としてあって。
それもやる前段として、ビス子さんって。
いらっしゃいました。
ビス子さんがクシロに転勤でいらっしゃってる。たまたま。
で、僕今一緒にやってる六骨っていうやつと、たまたまなんかのイベントで会って。
クシロの?
クシロのイベントで。それもですね、ちょっと細かく言うと。何て言うんだっけ?
佐野和也さんがいらっしゃって。
お名前はどうしております?
佐野和也くんが最果てってイベントを同等でやってたんですけど。
それをクシロでやるときにDJで是非って言ってくださって。
それアニメーション前?
前です、前。で、その時に六骨くんとビス子さんが来てて、たまたま。
遊びに?
遊びに。で、それも同時に来てて。知らない、お互い知らない。
でも六骨くんはその時からアニメ見詳しくて、「え、ビス子さんですよね?」みたいな。
はい、みたいな。
で、なって、六骨くん。で、俺ら全然わかんないから。
え、そんなすごい人なんすか?ってなって。いや、すごい人っすよってなって。
そしたらビス子さんが、ちょっとイベントやりません?みたいな。クシロで言ってくれて。
アニメーションやるぞってなったら、ビス子さんが転機しちゃったんですよ。
辛っ。
一ヶ月ぐらいでもう。で、残された我々どうする?ってなって。
SLみたいだな。
そしたらビス子さんが、いや、じゃあゲストのまでは繋ぐから、誰呼びたい?ってなって。
あ、じゃあ札幌とのブッキングをやるわっていう。
そう、誰呼びたい?ってなって。
ありがたいっすね。
で、僕はその時から、花上さんのお名前はフライヤーとかで見てたんですよ。
ちょっと花上さん呼びたいっす。
なるほど。
で、そしたら相性いいメンバー呼ぶねってなって、カプットさんとタックンさん。
地球界半分。
へー。
それを呼んでアニメーションやるじゃないですか。
それがじゃあ初めてだからさっき言ってたのを考えると。
2019。
2018、9だ。
18、8だっけ?
確か8かな?
コロナ前だった。
コロナギリ前だった。
へー。
そう。で、もう僕はだからイキってたわけですよ、その時は。
ちょっとDJかじってるし。
初めて上手くいったかどうかは別としてさ、
盛り上げはしてたんで。
DJとしてちょっと人を沸かせると、
調子に乗るよね。
めちゃめちゃ調子に乗ってて。
DJとか音楽に関しては全能感が出てるよね。
めっちゃ調子に乗ってて。
で、ロッコツクはもうその時からアニメ見やってたんですよ。
ロッコツクはロッコツクんで、DJはもうやっていって。
やってたんす。
カズマくんより長く、もっと前からやってた。
だから、どこにも出てないけど家で一人でやってた。
俺も1年くらいそんな感じだった。
で、ディグってたけど。
やる場所がないって感じだよね。
それで、ちょっと調子に乗ってて、ゲスト3人来てやってもらうじゃないですか。
僕一発目やったんすけど、全然受けなかったですよね、まず。
クシロのお客さんに。
めっちゃ緊張して、全然上手くいかなくて。
で、その後に3人やってもらったんすけど、
もう目ん玉飛び出るくらいで。
この人たち何やってんの?って思うぐらい。
もう凄すぎたんす。
何やってるかわかんないよね、上手い人のDJ聞くと。
花神さんとかカプトさんはタックンさんのDJを初めて見る。
しかも、クラブミュージック的なノリの初めて感じるはずなのに、
お客さんドカワキしたんす。
いわゆるアニリミ文脈で。
全く知らん人たちが。
アニリミを普段聞いてないようなお客さんが、その3人のプレイで。
でも、知ってる曲だけど、クラブミュージックやんけ。
なんやコレ、ドーン!みたいな。
ドカーン!ってなって、バカ盛りだった。
アニメバー崩壊。
めっちゃ狭いとこあったんすけど、人パンパンで。
その時、友達もみんな来てくれたんすね。
あかずまくんとロッコツクさんが。
イベントやったら行くよって。
行くよってなったんすけど。
で、ちょっと顔出して帰るつもりだった子たちも、
結局朝まで行って。
ヤバ!最高じゃん!
一発目からすごかったんすよ。
もうもうもう。
それはハマるね。
オーガナイズ自体にも。
楽しかった気持ちよりも悔しかったんすよね。
僕は。
何をやってたんだ俺は。
何を。
ちょっと調子乗ってたこともあり、分かる。
何をやってたと。
分かるわー。
食らうよなー。
で、食らって。
その時も調子乗って、1回目やって、次の月に2回目やる予定だったんすよ。
ミスコさん、その時出てくださいって。
帯広のゲストの方達も呼んでたんですけど。
そっから僕、1回目終わった後から2回目まで、
仕事中ずーっとサンクラで曲を落としまくるみたいな気分。
仕事中?
仕事しない。もう職務放棄。
おもろすぎる。
で、事務系だったんで。
まあまあね、やることやれば。
あとは職場におりますが。
サンクラをブワーッと落として。
食膜パソコンで。
落としまくる。今じゃ絶対ダメだけど。
おもろすぎる。
それが結構衝撃は、
その3人にマジ食らったのが最初なんだ。
で、アニソンリミックスに系統してたのがそこです。
完全に。
やっぱハマるとガーっていくんだね。
もうその3人がすごすぎた。
えーすげーおもろい。
花上さんなんてまだ二十歳ぐらい?
あーそっか。
二十歳とは違うわ。
19くらい?
大学入ったくらいかな?
僕お酒飲めないんでって言ってたわけですよ。
あーじゃあまあそんぐらいだね。
18くらい。
大学入った後ぐらいか。
カプットさんもまだ全然。
大若二十代。
タックさんも二十代。
本当に食らって。
いやーもう。
衝撃でしょ。
なんか覚えてないっすよ。
自分がやったことは。
消えた記憶が。
なんかバカ滑ったなってだけですよ。
人間ってさ、忘れるんですよ。
滑った記憶だけはあるけど、
俺は何をして滑ったのかっていう。
そこですね。
おもれー。
アニリミで、イベントを一本でやろうってなったのがそこです。
コロナ禍での活動と札幌でのDJ
あーそっか。
というかアニメーションの1,2と続いて。
そっからアニメーションは続けていき。
で、コロナ禍入りですね。
あーそっかそっか。
コロナ禍はどうしたの?
コロナ禍は僕らはすぐ配信機材買いました。
おー。
それはアーティメとか。
えーと、僕もともとカメラ持ってたんで。
あーそうだよね。
一眼持ってたんで。
キャプチャーとか。
そうですよ。
6個付く。だからもう、あれ、なんでしたっけ配信ソフトなんでしたっけ。
OBS。
OBSとかもいち早く入れて、あとオーディオインターフェイスも買い、
多分UR44かな。
で、6個付くからネイティブインステレメンツも買ったりとかして、
僕はUR44買って。
おもれー。
で、もう配信にしよう。
配信をやろうってなって。
そっからやったりとか。
あとおっさんたち、いわゆる地球回路のメンバーを呼んだときも、
お客さん10人とか。
あ、それコロナかっけ?
かです。
かなんだ。
かでもうギリッキのライン狙いながら。
あーその、マジこれやべんじゃねぐらいのとこだ。
そうそう。来てくれて、心意気のある人でしたんで。
来てくれて、それからは会場移して、
コワーキングスペースでやったんですよ。
コワーキングスペースで音出すの結構あれだけど、
別に借りれば貸切とかでやってたんだ。
そうです。そのとき出会った人が、
シロのレジェンド的なヒップホップの人で、
ザ・クエスチョン・ラブっていう清水さんっていう方が、
地域のことのお仕事やってて、
それでそこで出会って、
カズマ君さ、俺スピーカーとかもあるからやっちゃえ。
やろうぜ。
ヒップホップだなー。
場所なんてどこだってできるからよ。
音が出ればいいんだぜみたいな。
パーティーやろうぜって。
おもれー。
そこで結構やりましたね。
1年くらいそこでやってたのかな。
で、そこ閉まっちゃって。
で、コロナがあったんで結構。
で、それをコロナをしのぎつつ。
で、コロナあって、ここ2,3年くらいか。
も、クシロでやりつつ。
でもなんか、東京じゃない、札幌にもちょこちょこ来てはいた。
そうですね。北海道アニクラ感謝祭に。
年末にいつもやってる。
だから俺はそれをすげー思う。
多分当時カズマ君と面識はあったと思うんだけど。
え、でもどこで出会いましたかね。
いやわかんないんだよ。アニクラ玉にぐんとかかな、わかんない。
雑把学じゃないですか。
あ、そうかも。
いやでもその時にはもう初めましてじゃなかったと思うんだよ。
確か札幌来てたよね多分ね、もうね。
あ、でも俺、アニマーかなんかで話しかけられた気がするな。
あ、そうかも。
カズマ君だよね、みたいな。
なんか2年くらい前の北アニかな、3年前かな。
で、メインでアニメーションで2人でやってるのを結構早い時間だったんだよね。
で俺は北アニは朝まで申し訳なくていなくて、なんか今は引っ越したからいいんだけど、
本当に王国直後くらいに行って、知り合いの皆様に紅蓮のご挨拶をして終電くらいで帰るっていう時に、
ちょうどそのメインでやってて。
やってるな、おいおいやってるなあいつら。
でもその時はもう、あの2人がアニメーションなんだとは思ってなかったけど、
カズマ君と露骨君やってるねって感じだから。
その時はもう知ってたんだよ確か。
それが一方的に知ってたのか、面識があったのかちょっとわかんないけど。
僕はでも一方的に多分知ってたんですよ。
ノーランスカート名義の時のフライヤーとかを見てた。
だからその時はもう知ってたと思うんだよな。
でその北アニでちょこちょこ札幌来つつで、
後ろでコロナ禍系も逆算にすると1年半くらいか。
でまぁそんなことから札幌に来て、
そっから札幌でDJ活動を起きそうっていう感じか。
はー面白いなあ。
アニメに協働してて。
でもその一方でザパークとかだからさ、
アニメ以外にもJ-POPとかは聴いてたわけじゃなくて。
だから面白いよな、これが。
ポップスはやっぱ好きっすね。
ヤクシロとかも。
俺も田舎に住んでたから、
引っ越し転勤族だったから、
田舎のやりやすさとやりづらさとさ、
札幌が都会かどうかっていうのもあるけど、
札幌のやりやすさやりづらさみたいなのは、
どっちも知ってるとさ、
なんかあーみたいな感じはあるよね。
まず一元では箱借りれないですからね。
基本的にはやっぱり。
でも札幌もそうだと。
システムができてるところはさ、
たぶん誰でもとは言わんけど、
知事を通して、
初めてなんですけどってお金を払えば難しいけど、
札幌以外の街ってそうもいかない。
北海道だと。
そんな気がする。
たぶん朝日川とかでも、
こんちゃあおがしがさいって、
たぶんまず誰ってなるから。
まずパーティーに来いよ。
札幌もそうだとは思うよ。
結局無からはさ、
出るにしても、
オーガナイズするにもできないから。
だからそういうのが、
狂馬くんはすげえ。
さっきの話を聞くと、
俺から話しかけることがあるんだなって、
俺今思ってる。
でも俺話しかけられたと思うんですよ。
たぶんでかいからだと思う。
たぶん僕は戸上さんの顔を認識してないから。
文字でしか知らないから。
だからたぶん、
僕が出てるかなんかの、
たとえば北で来いよとかかな。
かもしんないね。
アニマで出たりとか。
空いてれば行くって感じのパーティーだから。
もしかしたらそこぐらいから、
で、
ザパークで共演して。
だってあれ去年とかじゃなかった?
2年ぐらい前だったっけ?
ハイホーさんのね。
俺札幌来る前に一回共演しなかったかな。
あのザパーク札幌来る前?
たぶんあれはもう来てたと思うよ。
11月にやったやつは来てて、
3月…
あ、でもな。
人間って覚えてないよね。
お兄さんと同時期だった気がするんですよね。
そうなんだ。
ソウルさんと、
お兄さん…
あ、違うわ。あれじゃない?
お兄さんがザパークに僕が後ろから行ってる時に来てくださって、
で、
紹介してくれたんじゃなかったっけ?
違うかな。
でもね、確か、
カズマ君やるぞみたいな話お兄さんから聞いたのかな。
なんか僕、すごいDJを褒めてくださって、
めっちゃいいねってなって、
で、一緒にイベントやってるアイドルとかの楽曲作りで、
それでISに呼んだんだ。
そうかも、お兄さん。
俺がね、自分から話しかけないの多分。
で、それで何かで会って、
だからハイホーだった気がするんだよな。
で、現在に至ったというわけですが、
ジェットジップワンに繋がるということで、
その話は次回にしたいと思いますので、
終わりです。ありがとうございます。