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東日本大震災から15年 原発事故の会見で記者が聞けなかった「最悪のシナリオ」|2026年3月10日収録
2026-03-11 46:08

東日本大震災から15年 原発事故の会見で記者が聞けなかった「最悪のシナリオ」|2026年3月10日収録

東日本大震災から15年。当時、経済産業省担当として東京電力福島第1原発事故の記者会見を連日取材した植田祐一編集局次長が、あの日の緊迫した場面を振り返ります。全電源喪失からメルトダウンへと危機が連鎖する中、「最悪のシナリオ」を聞けなかった記者たち。パニックを恐れ「うまくいかなかったら?」ではなく「それでうまういくんですね」としか質問できない重圧。「今も答えは出ない」という植田編集局次長が、報道の使命と葛藤を話します。

◆出演:植田祐一(編集局次長)、坂本雄大(販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/編集:三笘真理子(報道センター)

◆収録日:2026年3月10日

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#東日本大震災 #福島第一原発 #報道の使命 #聞く西日本新聞 #西日本新聞Podcast

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00:02
聞く西日本新聞。この番組では、西日本新聞のベテラン記者が気になるニュースを解説します。
こんにちは、福岡のニュースアプリ西日本新聞Bの横山智則です。
坂本です。 上田です。 今日もよろしくお願いします。
3月10日です。 そうですね。
で、配信は11日と。
まあ、11日に配信になるように今日収録をしようと、2、3週間前に決めましたけど、
やっぱり3.11、そうですね。 私にとってはちょっともう本当に忘れられない日ですね。
九州の皆さんにとってどうか知りませんか? そうなんですよ。
あの日という話をするとき、九州は正直のんびりしてたと思いますよ。
それこそ九州の人の文脈でいくと、12日の日が九州新幹線の開業、そうなんですよ。
美歌なんかで、ある種そのお祭り前夜みたいな雰囲気があったと思いますよ。 福岡の街っていうのは、あの日っていうのは。
そうですね。 だからやっぱりこのお話をするときに、収録前にもちょっと言いましたけど、
本当の実像をきちんと自分が理解できてるんだろうかっていう引け目はあります。 九州にいる人間としていうとですね。
揺れもしてないしね。 そうなんですよ。 揺れた? 揺れてない? いや、揺れてない。
ニュースを見て、おーすごいことが起こった、どこやろうかっていうようなところからスタートですよね。
そうですよね。 上田さんは東京にいらっしゃったの?
僕は揺れた瞬間は、
国会のですね、官邸の、官邸とか国会のすぐ近くに国会記者会館ってあるんですけど、
そこにマスコミが各社部屋を構えていて、
そこで参議院の予算委員会を見てましたね。テレビでやってましたけどね。
決算委員会だった。決算委員会を見てて、
この日は当時、菅直人首長でしたけども、外国人献金問題でかなり窮地に立たされるっていうような局面だったんですよね。
僕は経済産業省の担当だったんで、それを直接別に見る必要もなかったんだけれども、
この日なんか午後に、この日確か統一地方選の年だったよね。
なので、統一地方選の関係で、どこかにインタビューに行く予定だった。
指揮者かなんかの人にインタビューに行く予定で、それまでちょっと国会をね、
中継を見てたところで、ドアーッと揺れて、揺れ始めて、その時部屋に3人いましたけどね、私含めて。
なんかバーッと揺れ始めたんで、これヤバくないですかって一人が言って、
03:03
まあ大丈夫だよって、東京地震が多いですからね、大丈夫だよって。
ちょっと尋常じゃない揺れ方をしたんで、ヤバいってこれ外出よって言って、
西日本新聞の部屋はそのビルの3階だったんですけど、階段でダーッと降りてですね、
だからもう各社全員、みんな外に避難して出てて、
国会の周りに巨大なイチョウ並木があるんですけども、そのイチョウの巨木がですね、
もうマッチ棒が揺れるみたいにピョンピョン、ピョンピョン揺れてるわけですよ。
とんでもない揺れで、と思ってたら、総理の謝列が国会から官邸に猛スピードで入っていきましたよね。
これも国会もすぐ中断して、危機対応ですかね。
あの時で東京で震度5とかだったと思いますが、東京もとんでもない揺れでしたけれども、
もちろんそれに比較にならないぐらい東北新現地近くは揺れ、
揺れたことそのものよりも津波の被害の方がとてつもなく甚大な被害になりましたけれども、
これはとんでもないことが起きたなということで、私もそのまま官邸の端っこからですね、
海岸のところから霞ヶ崎の坂を降りる形なんですけど、
だーっと走っていって、経産省に行って、経産省の何階、もうちょっと忘れましたけど、
多分9階ぐらいだったかな、記者室があるんですが、
もう当然エレベーターも動いてないし、そこまでもうハーハー言いながら上がっていって、
で、ちょっとしたら津波の映像がニュースで流れてきて、これはとんでもないことになったなと思ってたら、
すぐ記者会見やりますという連絡が入り、福島第一原発が全電源喪失していると。
当時ですね、今原子力規制庁という独立した機関が原子力の原発の規制を担当していますけれども、
当時は原子力保安院というのがあって、原子力安全保安院というのは経産省の中の組織としていて、
これが一つ日本の原子力行政のおかしなところだったと言われているところではあるんですけど、
つまり経済産業省というのは原子力発電を推進する側でもあるわけですね。
06:05
これは資源エネルギー庁というのが経産省の参加にあるので、
一方で原子力安全保安院という規制する省庁も経産省の中にあると。
推進する省と規制する部署が同じ経済産業省の参加の中にあるということで、
独立性がおかしいと甘くなりがちだということで、後に批判されて、
今の原子力規制庁というのが独立した機関でできたわけですけれども、
その前は保安院だったので、保安院は経産省担当で、僕は経産省なんで、
隣のN町のビルのところまで行って、そこからずっと記者会見が始まりましたけれども、
ずっと2時間おきぐらいに記者会見が設定されるんですけれども、
記者会見そのものが1時間半ぐらいあるので、
全然エンドレスで会見が続いていくような状況になりましたけれども、
とにかくもう戦慄を覚えたというか、
要は津波をかぶって非常用電源が全部動かなくなったわけですね。
原子炉って停止はするんですね。
非常事態があって揺れがあると原子炉は停止するんですが、
燃料棒はカッカカッカしているわけなんで、
これずっと水で冷やし続けないと、何ヶ月も冷やし続けないと冷めないわけですね。
だからずっと水を入れないといけない。水を入れないと蒸発してしまうわけですよ。
なので水をずっと入れ続けておかないと、
発電を停止しても原子炉が水が枯れちゃうと体気になって、
圧力が高まって爆発しちゃうと大変なことになる。
なので水が入らないというのは基本的に全く想定していないことですよね、原子炉にね。
それがある種停電したから水が流れなくなった、入らなくなった。
停電しても非常用電源があるから、非常用電源は回していたら、
非常用電源でポープで水を汲んで注水ができる。
そして非常用電源で回しているうちに本当の電線を復旧させればいいわけで、
これが原発の山手の側にあるところの送電線とかから全部もうひっくり返っちゃっているし、
09:02
ダメになっているし、非常用電源2階とか3階とか高いところに置いておけばよかったのに、
下に置いていたので津波の水がかぶって非常用電源が動かなくなって、
自動でちょっとやる仕組みシステムとかいろいろ詳しく言うとあったりしたんだけど、
注水ができなくなった。
とりあえずはタンクというか原子炉の中に水が入っているので、
だんだん水位が下がっていくわけですよ。
でも燃料棒が剥き出しになりました、中の圧力が原子炉の設計の圧力を超えましたとか、
とんでもない数字がずっと記者会見で出てくるわけですよ。
皆さんもご記憶があると思いますが、それで注水ができないので消防車が行って、
消防車が注水をするということになったんですけど、
消防車が到着したらバルブみたいなのがあわんとか、
何やっているのみたいな話がいっぱいあって、
ガレージとかがれきがあるから近寄れないとか、
で、なんとか注水ができるようになったけれども、
中の圧力が強いから水が入らないようになったんですね。
とにかくやることなすことは何にもうまくいかないわけですよ。
どんどん水位が下がっていく、圧力が高まっていく。
だからこれも原子炉がやばいので、中に外の圧力を逃がさなきゃいけないので、
弁当だとバルブを開けて、これは放射性物質が外に漏れるんだけれども、
そうやって逃がさないとダメだということが…
爆発してなるよりは、少しずつ流れちゃうけど、
少しずつ圧力を下げたほうがいいということですね。
そういうのとかいうのが緊急措置がどんどんどんどん、
それが根津にずっと続いて…。
それはそれで、そのまんま徹夜して、
ずっと翌日の昼の2時過ぎぐらいの記者会見で、
炉心揚油がどうも起きていますと、可能性が高いという発表があり、
これは中村審議官という人がずっと発表していたんだけれども、
炉心揚油というのは、要するにセシウムとか核燃料の物質が外で検出されたわけですよ。
ということは、これはもう核燃料そのものが溶け落ちているということに他ならないので、
炉心揚油だと、メルトダウン、その後みんな知るところになった言葉ですけど、
12:01
が起きているという発表があって、これを2時ぐらいに、
有感に僕も叩き込みました。東京社に電話したんだけど、
全然つながらなくて、もうしょうがないと思って、
本社に電話したら、本社のデスクが出て、
すみません、これから30秒叩き込んでくださいと原稿を読んで、
だからうちの新聞は有感に、メルトダウン、炉心揚油が入っていますよ。
12日有感。
全国でうちだけじゃない。
そしたら、その後、メルトダウンという言葉の刺激が強すぎるというのは、
あれは誤りでしたというか、確証のないままの発表でしたということで、
その発表を原子力保安院でマスコミ対応していた審議官が
後退させられたんですね。
でも、炉心揚油していたんですよ。
結果が来るからですよね。
そういうパニックを起こす理由に、それからずっと西山審議官が出てきてやられました。
この間、東京にいたんだけれども、生きた心地がしなかったですよ。
一番やばいと思ったのは、3月15日ですね。
それまでの間に、1号機とか3号機の建屋がぶっ飛んだというのがあったんです。
皆さんもテレビでご覧になったと思いますけど、水素爆発といわれるやつでバーンといって、
巨大な建屋が全部ぶっ飛んだじゃないですか。
あれが1号機と3号機の建屋が爆発したんですけど、
あれでも僕はそんなに大事だとは思わなかったというか、
チェルノブイリというのはとてつもない事故なんですよね。
あれは要するに原子炉が暴走して、原子炉そのものがぶっ壊れたんです。
爆発的に爆発したわけですよ。
そうすると中の放射性物質が爆発的に飛び散ったわけですよ。
そしてヨーロッパ中を汚染した、ロシアを汚染したということだったんですけど、
ああいうことが起きたとは思わなかったんですね。
知事 同じ爆発でも種類が違うというか。
あれは原子炉から漏れた水素が建屋に充満して、
15:02
それに火花が散ったか何かで水素が爆発したと言って、
原子炉が爆発したわけじゃないんです。
原子炉から漏れた水素に引火して、それがバーンと爆発したという話なので、
原子炉そのものが爆発したわけじゃなかった。
それは分かっていたので、確かに建屋の中に漏れた放射性物質が
外に飛散することにはなったけれども、
原子炉の中に閉じ込められている核燃料物質、とてつもない量、
これが世の中にばら撒かれたということとは全然違うというのは分かったんですよ。
知事 チェルノブイリの時のような爆発ではないということが分かったな。
1号機の災害だった。
だけど15日に2号機の原子炉の一部が破損したというニュースが流れたんですよ。
これね、私15日の未明に初めて家に帰ったんですね。
ずっと徹夜していたのを知っていて。
もうちょっと後退要因というかあれだったので、
15日の未明に1回家に帰ったんですけど、
何かもうすぐ目が覚めちゃって、午前7時ぐらいにニュースを見たら
2号機の核の容器が、核の容器じゃない原子炉の一部が破損して
その原子炉になり、その核の容器になり、圧力計がゼロになっているというニュースが流れた。
これはですよ、圧力計がゼロになっているということは
中身が飛び散ったということなんで、
閉じ込めていたら圧力がずっと高まっているじゃないですか。
圧力が閉じ込めている原子炉、原子炉核の容器の中で
圧力が高まっているということは、逆に言うと漏れていないということですね。
高まって、高まって、高まって、バーンって弾けたら、もう圧力ゼロになっちゃうんでしょ。
そういうことですね。
圧力ゼロになっているというのは、これは大事が起きた。
これは今までの水素爆発とかそんなレベルじゃないと、ついに中身が飛び散ったと思った。
で、後に亡くなりましたけれども、福島第一原発の吉田所長が
もう死んだと思ったと言っていたのはやっぱりその時のことで、私もそういう感想を持って
これはもうまさに東日本解滅だと思いました。
だから、チェルノブイリと同じようなことが起こったと思ったということですね。
思いました。思いました。その時に。
結果的にはそうじゃなかったんですけどね。
それは後に検証すると、だいぶ後になっているんですけど、
破損したと思われたところがそんなに破損していたわけではなく、
18:04
それでバーンと音がしたというのも、実は4号機の爆発の音を取り違えていたのではないかという話で、
そしてその圧力計がゼロになったというのは、
それはその機械が、圧力計そのものがぶっ壊れていった。
なるほど。測る側が壊れているのか。まさかそうかと。
いや、これはずっとわからなかったんですよ。記者会見で。
各原子炉の中で、例えば水位が、まだ燃料棒が水に使っていますとか言っていたのが、
いきなりゼロになりましたとか言っているのも、
計測がちゃんとできているのかできていないのかも定かじゃないような、
だから常にずっとそういう状態だったんですけど、
何か見に行くわけではないんです。
話に戻ってあれですけど、1号機と3号機の水素爆発というのは、
それも後になればあれは水素爆発と言えても、
その時にはもう水素爆発だって分かっていたものなんですよ。
分かっていました。
それは分かっているんですね。
分かっている。だってそれは原子炉になり、原子炉格納用機能。
原子炉って一番燃料が入って、水が入って、一番やばいです。
その原子炉の外側に、とてつもないコンクリートとかで遮蔽している、
なんて言ったらいいのかな、シェルターみたいなものが原子炉格納用機、
原子炉を覆うやつ、とんでもないやつがあるんだけども、
そしてその外側に建て上がっているという構造なんで、
それで二重、三重の防御とかいろいろ言うんだけども、
やばいのは、やっぱり格納用機の外側に出ることだ。
核納用機になり、原子炉の中の圧力はまだ保っていたので、建屋が爆発している。
建屋に縦満したものが爆発したのであって、原子炉そのものが爆発したんじゃないというのは、
圧力計を見れば一目瞭然なんで、それはすぐ分かる。そんなことはない。
はい。すみません。間違った。
でもやっぱりそうですよね。
景気類の数値は報道されるけど、それが果たして正しいかどうかはその時点ではわからないですね。
わからない。
そりゃそうですね。
まあ、これがねえらいことでしたけど、ここからは本番です。
本番に行くまでちょっと長かったけど。
要するにね、僕らはこの危機をちゃんと伝えられたのかっていう話なんですよね。
あの時の記者会見で、ずっとですね、危機が連鎖していくわけですよね。
21:01
はい。
で、今こういう措置をとっています、ああいう措置をとっていますって。
で、普通ですね、こういう時の記者会見って、じゃあそれがうまくいかなかったらどうなるんですか?
って新聞記者って聞くんですね。
何でもだいたい悲観的な方向に物事を聞きますから。
で、それは本当にうまくいくんですか?ダメだったらどうするんですか?
そうですね。
っていうのを聞くんです。
ところがもうこの時は、じゃあそれがうまくいったらこの事態は収束するんですね?
みたいな質問ばっかり出るんですよ。
うーん。
聞き方が違うのわかりますよ。
それがうまくいかなかったらどうするんですか?っていう質問じゃなくて、
うまくいったら収束するんですね?っていう質問になるんですね。
そうなんです。
うーん。
つまりうまくいかなかったらどうなるのかということを聞けない。
聞いちゃいけないって言われてるわけでも何でもないんですよ。
よくこの話になると、政府とメディアが握って情報を隠してたって言われるけど、
そんなことは全くない。
それはない。
政府も出さないようにしてた部分っていうのはもちろんあるけれども、
メディアの方も聞けなくなってたんですよ。
それはね、やっぱりパニックを恐れたんですよ。
自分たちの報道が火をつける形でパニックが起きるのをやっぱり僕らは恐れましたね。
うーん。
実際にそれが最悪のケースとして起こる可能性が高い低いはちょっとわかんないですけど、
煽ってしまうみたいな。
最悪のケース、これがうまくいかなかった時に最悪のケースとしてどういうことが想定されるんですかって、
普通のこと、東京なら聞けるというもんだけど、
それを聞いてですね、仮に政府が、いやこれは東日本が壊滅します。
東京も人が住めなくなります。
例えば言ったとするじゃないですか、その瞬間にパニックが起きますよ。
当然。
そうですね。
そのパニックの引き金を引くような質問をすることに躊躇したね。
みんな、あの場にいる人はみんなやっぱりそれを躊躇した。
まあそういうふうに政府が言うかどうかはわかんない。
たぶん聞いたって言わなかったと思うんだけど、
でもそこでうっとか言い淀んだとか、
沈黙が続いている。
そういうことがあっただけで、
だってずっとテレビも中継していたし、
インターネットとかもずっと中継していましたから、会見のものは。
ある種表情が曇ったっていうことがわかるだけでも、
いわゆる何かこうやばいんじゃないかというメッセージでありますよね。
そのパニックの引き金になる。
24:01
それはね、すごくね、
ああいう重圧感っていうのは、
たぶん僕も最初で最後になってほしいですけど、
全く今まで経験していないことだったし、
それをじゃあ本当に聞くべきだったのかと、
やっぱりあれを聞くべきだったと思うとも言えないね。
正直今でも聞くべきだったとまでは言えないね。
聞くべきだったけど聞けなかったというふうには言えないね。
あの時のあの状況で。
当時、上田さんの原稿には常時5、60人、
新聞、テレビその他含めて記者がいたけど、
おそらく誰も上田さんと同じ気持ちで聞けなかった、聞かなかったみたいな状況にあったと。
と思います。
当時、やばいと思った人たちはというか、
東京はプチパニックは起きていたわけですよ。
新幹線の東京駅に行ったら、とにかく満席になる昼間から。
博多駅とか。
羽田空港に行ったら、
普通、お子様連れの方は優先登場でとか言って、
一番案内されるときは最初に並ぶじゃないですか。
3歳以下のお子様の連れの方は優先登場に並んでくださいって。
あれでずらーって並ぶんだから。
なるほど。
ほとんど家族連れ。
ほとんどそうだということですね。
ほとんど、だからお母さんとちっちゃい子。
で、父ちゃんだけ残って。
とりあえず最初は避難。
実家帰れとかね。どっかに行っとけとかね。
地方出身の人たちが。
間違いなくそう。
普通あれですよね。でもあれ金曜日だったんであれですけど。
平日の昼間はどちらかというとビジネスマンの方が多いですもんね。
普段はね。
普段はですね。
でもそれが全部家族連れみたいな。
で、それがね、一部そういうのを流したところもあったかもしれない。
いや、ほぼほぼ報道されなかった。
そういうパニック的な東京脱出の動きが。
テレビ、新聞。
確かに記憶ないですね。
そうなんですね。
ほぼほぼ報道されなかった。
これはやっぱりパニックを、火に油を注ぐことになるのが目に見えてるから
どこも自粛したね。
これ政府に言われたわけでもなんでもないよ。
やっぱり自分たちの報道でパニックが起きるっていうのを恐れたね、みんな。
なんかそれが逃げてるのは東京脱出がやはり停電してるとか
27:00
ドリルとペーパーがなくなるとか水がなくなるとか
そういうことなので東京から出て行ってますとかっていうような形で
ちょろっと流したところがあったような気もするけどそれは嘘だね。
みんな原発事故がどうなるか分かんないからやっぱり逃げたのよ。
それがリアルとしては起こってたという。
その極めて緊迫した状況があって、でもやっぱりそれは報道できなかったね。
いうことがあってたんですね。
現にその当時ね、これは3月25日の段階だけれども
政府としては最悪のシナリオとして
東京も含めた半径250キロ圏内が避難対象になるという想定をしていたと。
当時の原子力委員長が個人的に作成してたって言って
政府に提出してたというものだけど。
3月25日、1、2週間後みたいな話ですね。
そうですね。
11日からからして。
とにかくどこか一箇所が福島第一原発って
1、2、3、4、5、6、6までやったっけ?7までやったっけ?
そんなにあるんだよ。
5、6とかあるぐらいじゃなかったと思うけど、4がプールか。
1箇所ですよ。
1箇所どこかがもう線量が高くて近寄れないといったとき
全員退避とかになったらもう注水できないじゃないですか。
そうするともう1号機、2号機、3号機、4号機のプールみたいなんで
全部もう1個ずつボカン、ボカン、ボカンってなるしかない
みたいな状況だったんで。
どこかがやられたら全部がもうおしまいになるっていうことですよね。
そういうような大きな想定というか、そういうことになると
本当に東日本解滅っていうのも想定されるっていうのは
これは大げさでもなくて本当に専門家がシミュレーションしていたことなので。
もちろんこれは当時は明らかにならなかったし、極秘で伏せられていました。
1年まで経たなかったけど、9ヶ月か10ヶ月ぐらいして
どこかが報道したことをきっかけに
政府が2012年の1月に一応こういうシミュレーションをしていました。
明らかにしました。
その時はもう収まっているというか収まっていないんだけども
これはヤバい、ヤバいと言って逃げられない。
あの瞬間のパニックと違う。
30:01
全然違うんで、そこから逃げた人は多分あんまりいなかったと思いますけど
パニックがならないことが分かった状態になってから発表していくということだから。
あの時はね、いやちょっとね、ただ言った方が良かったんですかね。どうなんですかね。
本当にね。
そうなんですよね。
いや、これは言わなくて、結果的にはですよ、正解ですよ。
だってそんなことまでなってないじゃないですか。
なってないですね。
でももしね、本当にね、本当に全部爆発して
とてつもない量の放射性物質が東京を含めて東日本に降り注ぐと
そしてその健康被害がですね、起きるというようなことが
仮にドーンって起きてたとしたら
そのシミュレーションというかね、東日本解滅弾に恐れがあるということを出さなかった方が罪ですよね。
そうですね。
政府はシミュレーションまでしてたのにそれを公表しなかった
そのためにこんなことになったってことになりますよね。
もちろんメディアもそれをもっと聞いて
最悪の事態というものをきちんと政府から聞き出して
継承を東京もやばいです、このままではっていうことを含めてだけど
っていうようなことを流しとくべきだったということに当然なりますよね。
そうですね。
そこで救える命を救われなかったっていうことになってたかもしれない。
いわゆる報道しなかったことによって。
しかし私はどうしたらいいのかというのは未だに結論が出ませんね。
あの時に同じところに戻ったとしても
どうすればよかったのかというのは自分でも分からないですね。未だに。
実際今の話もそうですもんね。
結果的に怒ってないのに不安だけ煽ったってことじゃないですか。
不安だけ煽って、そうなんです。
後から何とでも言える話しかもちろんならない。
上田さんのように政府も発表せずマスコミも報道せずに
第三次になったとしたら今の話ですが
3月25日に検討して3月26日にある種報道されて
世間が知ることになったら
それはそれでまだ3月11日の3月25日でしょう。
それこそタダでさえ新幹線やリニューアルなどを
言ってるような段じゃないですよね。
大変なことになってますよね。
みんなで東京に行けから
西日本に逃げようとするわけでしょ。
これはシミュレーションが出たのが3月25日だけど
一番やばかったのは3月15日だから
その時点で最悪のシナリオというのは
33:03
ある程度の人はみんな分かったから。
だから本当だったら3月15日の時点で
これはやっぱりちょっとやばいかもしれませんっていうのが
正直ベースではそうだったと思いますよ。
だって吉田所長がもう死ぬと思ったって言ってるんだよ。
そもそも。
そんな専門家だけじゃなくて俺だってそう思ったんだよ。
これはもう原子炉格納容器の外側に
放射性物質が飛散したと思ったんだよ。
だからパニックを恐れて
というかパニックを回避するために
事実を防ぐというかね
いうことが政府とかあるいはメディアに
許されるのかというか
それは許されないって事後的には
皆さんおっしゃいます。
そうですね。
あの時にでもあの場面にいて
本当にそれが言えたのかというか
よく戦争の話でも
なんで戦争が止められなかったのかとか
いろんなこと言うけれど
戦争のことはね
僕ももちろんわからないけれども
例えば戦時中に
もうこのままでは日本は負けるに決まってますと
早く降伏した方がいいですって
それが客観情勢として分かってても
そういう報道ができたのかと
当時ね、報道規制がされてたり
いろんな言論の自由が抑圧された状況で
そして台本や発表が嘘ばっかりで
ということがあったので
きちんとその選挙が伝わらず
どんどん日本が傷口を広げていった
ということが言われてたけど
マスコミもそれに加担したと言われてたけど
分かってたとして
自由に報道ができたとして
どこまでできたんだろうかっていうのは
やっぱりその時になってみると
やっぱりわからんのじゃないかなっていうのは
僕はこれを体験した今はそういう気もする
今ウクライナの国営メディアでも何でもいいけど
ウクライナのメディアがね
このままじゃ負けますと
36:01
そういう報道ができるのか
そうですよね
そうですよね
言えないですよね
僕たちは編集者じゃないじゃないですか
でも上田さんのそういう話を聞いて
やっぱり見方は変わりますよね
なんかさっき上田さん言われたとおり
事後的には誰だっていうわけですよね
綺麗事だけを言おうとしたら
とりあえず政府もマスコミも
分かっていることは全部教えてくださいと
その上で自分は判断したいんですって
これは個人は思うんですよ
僕は一人とか言い方をしてもおかしいけど
全部教えてくれと
そして俺は俺で判断したいって
隠されとって
そうですよね
だから全てを明らかにした上で
国民に冷静な行動を促すというのが
浄土だろうと
それが筋だろうと
と言い
新聞読者お客さん側の立場
けど自分が
そのことです
さっきの質問の仕方が
変わってしまったっていうところに
リアリティっていうか
真実がそこにあるような気がしましたね
みんなこの先どうなるのかってことは知りたいのに
今何が起きてるんですかとか
どうすればいいんですかとかそんな質問ばっかりするのよ
聞き切らんのよ
同調圧力で聞けないっていう話とは違いますよね
違う違う違う
自分だけが跳ね返ったことを
言うとか言う
そういうことではない
読者目線で言うと僕はその通りだと思います
ある種の多くの人はそう思うと思います
ただ自分が
そういうことですよ
言い方失礼かもしれないですけど
もらう側で行くとそうかもしれないけど
そこの中にいる人間として聞くときに
どういうふうにできるのかというのは
またちょっと違うのかなとか
今日の話を聞いて
ああそういうことがあっているんだというのは
初めて知りましたね
当時江太野さん官邸で官房長官で会見したときに
流行語的になったけれども
現時点で健康に被害は影響はありませんとか言って
39:00
今はそりゃそうやろうと思って
しか言わなかったでしょ
じゃあそれって1ヶ月後はどうなんですかとか
誰も聞きません
現時点で影響はありません
でももうそれ以上誰も何も聞かないよね
答える側もそれ以上のことは言えないしですね
当時のあの状況で行くと
難しいし重いですね
こういう大きな災害のときって
今同じようなことになったときって
どんなふうにどうなんでしょうね
それこそ15年経ってさらにネット社会じゃないですか
ある時そのYouTubeではあることないことみたいな話もあるじゃないですか
で同じことが起こったら
ある種のマスコミが報道しなくても
羽田空港の様子だったり
東京駅の様子っていうのは
映像としては一般的に見られるような気がする
当時よりはね
ただ一方で
その中であっても
新聞に書かれたNHKが言った
民放も言ってるっていう
ある種の情報に対する信頼って
この場面こそ
大事というか
そこが何を言うかっていうのは大きいよね
熊本の地震があるとき
ライオンが逃げたみたいなのもあって
結局あれフェイクであったじゃないですか
しかも今は映像だって作れる時代で
そうなると先ほど言われた通り
余計に
信頼という意味では
大事なことですよね
あの経験はね
30数年の中でも
一番の
未だに自分自身も
そんなに答えが出る話じゃないけど
どうすればよかったのかな
安直な話にすると
あの時書かなかった書けなかったことを
後悔してますって話でもないですよね
42:01
今日の植田さんの話って
だからね
僕実はちょっとチャレンジをしたんですよ
何日か後に
原発事故が起きて
東京から
九州のいろんな企業が
東京シャアとか出してるじゃないですか
九州に本社を置く企業の
東京出先のところが
社員の家族たちを
九州に返す動きが
相次いでますっていう原稿を
出しました
主要な
本社がある企業の東京支店とかに聞いて
本社の方に
今どんどん
東京から九州に戻ってるから
待ち受けてる人たち取材してくれって言って
僕ら東京と本社の方で
こっちの方で
東京から避難する人が相次いでるという原稿を
これがまた社会面の頭とかでドカーンっていくと
本当にまたパニックを煽ることになるので
ちょっと絶妙な大きさぐらいにしてくれってことで
社会面の3番手の3段ぐらいだったんじゃないかという記憶がありますが
一応書きました
それを
西日本新聞の九州の読者が
じいちゃんばあちゃんが新聞読んだら
西日本新聞見たら
東京から帰りらしいぜって
お前ども早く帰ってこいかって
じいちゃんばあちゃんが東京にいる自分の息子とか娘に
電話してくれればいいなと思って
その原稿を書いた
パニックが起きないぐらいの大きさでって思って
それを書いた
なるほど
パニックが起こらないほどの大きさというのは何となく分かる気がします
大事のような書き方はせずに
淡々とと言ったら変ですけど
東京からどんどん
帰ってきようらしいぜって
お前ども早く帰ってこいかって
お前ども早く帰ってこいかって
じいちゃんばあちゃんがそれを言って
東京にいる息子とか娘に連絡してくれたらいいなと思って
東京と限りないんだけど東北とか
東日本絶対に含めた話だけど
でもそういう原稿をする全国社は
ほぼほぼ出てないと思うよね
それにチャレンジできたのは
離れている九州の新聞社だから逆にできたんじゃないかと
そうですね
45:02
確かにその切り口は地方史の切り口かもしれないです
あそこにいて九州の読者のために
俺ができることってなんだろうって思うと
それぐらいしか思い浮かばんかったよ
これを誰かが見とってくれて
自分の知り合いに電話してくれればいいなって
福岡九州の読者の目に触れた上での
そうですね
毎年この季節になるといろいろ思い出すんですけど
そういった意味ではどう報じたかっていうのは
どう報じたか報じなかったかっていうところは
そうですね
ということでこれからも新聞を読むのが楽しくなる
理解が深まる番組をやっていきます
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本日はありがとうございました
46:08

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