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こんにちは、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは旅好きの勤め人、私、やすが、日々の出来事、試行錯誤などについてお話をしているチャンネルです。よかったらお聞きください。
昨日、私は価値観と多様性ということについてお話をしたんですけれども、実際にですね、その後、昨日の夜に母と話す機会があって
ああ、こういうことだなというふうに、また改めて思ったような事例があったので、ちょっとお話をしてみようかと思います。
母が自分がやっている習い事の中でのお話なんですが、習い事のレッスンに集まる日があって、その日は先生の代行をする方に教えていただく、そこで皆さんでレッスンする予定だったんだけれども、
その方がですね、おばあさまが亡くなられたということで、そちらに向かわなきゃいけないということで、なので、自分はいけなくなったので、他の皆さん、ただ会場は開けますので、よかったら皆さんで練習に使ってくださいということで、そのまま行かれたということのようなんですね。
その後、母はその会に行かなかった。結局、先生代行の方も来られないしということで行かなかったそうなんですが、何人かの方はそこの場所を使って自主レッスンをしたそうです。
自主レッスンをして、その後にその様子を動画撮影して、母にも送ってくれたり、何人かのメンバーも送ったり、あとは先生代行の方にも送ったりということで、こういうふうにレッスンしましたという形で送ったそうなんですね。
母はそれがどうやらモヤモヤしたらしいと。私にあなたはどう思うというふうに聞いてきたんですよね。
母のお話を聞くには、母はちょうど先生代行の方はおばあさまが亡くなられて、葬儀などに結局対応している状態だと。
そういう時に自分たちのレッスンの様子を報告するとか、そういうのを送るというのはどうなのかというふうに考えて、自分ならそういうことはやらないというふうに思ったようなんですね。
ただ、私はそこでまた思ったんですが、これもその方それぞれにとってのやはり大切にしている価値観が違うということがあるんだろうなと思ったんです。
その動画を送ったその方は、きっとそうやって自分たちのために場所を空けてくれた。
私たちはこのようにレッスンをしましたということを、やはり報告をするということがその方にとって、言ってみると先生代行の方に対する礼を尽くすというような気持ちがあったのかもしれないなと私は想像したんですね。
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こういう時にその良かれと思ってやることっていうのがそれぞれ違うんだなって思ったんですよ。
私の母にとってみると、観光総裁がそういう時に自分たちの出来事を報告するということは控えるべきだと母は思っているようだったんですね。
そこは自分ならあまりしないというか、自分ならしませんと言っていました。
一方、違う考え方の方もいると。
こういう時におそらくこれってどちらが正解っていう話でもなくて、何を大切にするかも違ってっていうことがあると思うんですよね。
私こういう話を聞いてすごいキーワードというかポイントになるのは想像力だなっていうふうに思ったんですよね。
自分が良かれと思ってやったことが、もしかしたら相手にとってはそうではないかもしれないという想像力。
これすごい難しいんですけどね。いつもいつもできることでもないし。
自分にとっていいと思ってやっていることなのだから、まさかネガティブなフィードバックが来た時にびっくりしちゃうとか、
そんな風に受け止められちゃったんだみたいなことって結構経験の中で誰しもあるかと思うんですが、
今回はわからないですよね。
だから受け取られた先生代行の方がその動画を受けた時にどういう気持ちになったかっていうのは、
その方に聞いてみないとわからない話だと思いますし、
ご報告ありがとうございますって感じで本当にさらっと受け取られて、それだけの可能性もあるかもしれませんし、
やはり今そういう気持ちじゃない時にそういうものが送られてきたということで、
もしかしたら気持ちをざわつかせる部分があるかもしれない。
でもこれはわからないんですよね。相手にとってどう受け止められるかっていうことは。
想像力を働かせても不正解ってことがあるし、
必ずしも相手の意図する通りに受け止められないっていうことがあるけれども、
そういう可能性はコミュニケーションには常にあるんだなっていう、
どこかそういうことを想像するっていうことがあるのもあれかなと。
だから私は母との話の中で、母さんはそう捉えるよねと、
でも違う捉え方もする人もいるかもねっていう、
そここそまさに価値観の違いっていう部分があったりするんじゃないかなと。
母はそれを聞いて、そういうものかしらねっていうふうに言ってはりはしてましたよね。
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これが自分にとって、私はそこは大切とか、そこはって思っていることに関して、
違う選択をする方の言動を見たときに、
多分おそらく何かもやつくとかあると思うんですけど、
でもそこはそれがいいとも悪いとも実は言うものではなくて、
それが自分にとって優先していることと違うんだっていう、
逆に言えばそれだけと言えばそれだけなんだっていうね。
そう自分が思ってても相手がそれをまたどう受け止めるかわからないっていうね、
コミュニケーションってこうやって何層にも入り組んだ部分っていうのがあったりするけれども、
だから言葉を使って説明するのもそうですし、
想像力を持って相手の気持ちを汲んでみるっていうのもあるでしょうし、
でも汲んだとしてももしかしたら違うかもしれないってことも想像するっていうのもあるかもしれないし、
ちょっとそんなことについてお話をしてみました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
安でした。