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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。
このチャンネルは、旅好きの勤め人、私、やすが、日々の出来事、試行錯誤などについてお話をしているチャンネルです。
よかったらお聞きください。
私が朝、参加をしております、ゼロ秒思考をトレーニングする、ゼロトレーブの今日のテーマが、
思い込みと可能性、ということに関してのお題だったんですね。
非常に考えさせられるテーマだったので、お話をしてみようかと思います。
いろいろなご質問の中で、最後に、可能性は無限にあると考えるときは、どんなときですか、という質問があって、
これが私にとっては、旅なんですよ。
私の中では、非常にしっくりくるイメージがあるんですけれども、
例えば、私がインドに行ったときとかにですね、なんか私、すごい自由だって思ったんですよ。
正直、日本よりも不便だし、あらゆることがなんだけれども、大変なんだけれども、私、すごい自由って思ったんですよね。
この客説的な感覚って何だろうっていうふうに思ったときに、
ここでは私が誰も知らなくて、今ここにいることを、ほとんどの人が私と接点がない人たちで、
でも私、今ここで、なんかガンガンのカオスの中にオート陸車がやってきて、地元の人と一緒に乗っかって、
それで、これから行くっていうときに、
なんか私って、実は無限の可能性に満ちてるんだって、やっぱその時思ったんですよね。
私は実は、なんかここでね、ある日突然、私インドに住むことにしましたとか、
私ここで暮らすことにしてみますっていうことも、できないわけじゃなくて、
ただ私は日本で暮らして、日本で今の仕事をして、日本で生きててっていう、
こう当たり前のルーティンを送っているっていうことは、
なんか全て、実は私が選んで、そういう暮らしをしているだけ、
またはもう私の中にプログラムされていて、もう考えなくてもそういう生き方をしているっていうことなんだけれども、
旅に突然行って、で全く違う価値観とか、そういうところに行ったときに、
もう全然なんか、私は実はこういう暮らしや、こういうところに行くこともできるんだって、
何か私の中の枠が取り外される感じがすごくするんですよね。
そんな話をとある講座の中で喋っていたら、
なんかそれは何か、私にとっての抑圧が強すぎて、旅の中でめちゃめちゃ自分を解放するっていう、
何かそのオンとオフが激しすぎるというか、
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ちょっとそういう意味で、私がすごくそこ行って大丈夫みたいな、
なんか結構刺激的な旅を年々求めるようになっているっていうのは、
もしかしたら、そういうもう抑圧が強すぎて、
そうなんて言うんですかね、刺激的なことじゃないと自分にとって満足がいかない状態になっちゃった、
激辛料理を、辛い料理を食べないと満足できない。
辛い料理が好きってわけではないんですけど、比喩的な例えとして、
要は刺激が自分にとって強烈なものでないと満足できないみたいな、
なんかすごいそういう、何ですかね、日常の中で満足がいかなすぎてしまって、
そういう激しさを求めてしまうみたいな、極端な感じに行きすぎてるんじゃないかみたいな。
これはでも正直そういう指摘があった時に、
なんか思い当たるなって思う部分もあってですね、
私の中ではうーんってまた非常に感慨させられました。
そうなんですよね。
だから私はインドの混沌とか、モロッコでラクダギ乗るとか、
イランで黒ずくめの皆さんに囲まれるとか、
なんかすごく全然違う世界観に行きたがるようにすごくなって、近年そうなんですけど、
あれですね、だからそれだけ自分が自分の可能性は本当にいろいろあるのにっていうことをすごく確かめたくって、
わざわざそういうところに行こうとしてるのかもっていう、
何か私旅好きの務めに旅が好きですって言ってて、
その旅もなんだかどんどんそこ行って大丈夫みたいなところに行きたがるようになっているけれども、
そこは私の日常の中が抑圧されているというか、
私の中でもっと自由になりたいとか、
もっと無限の可能性に自分があるんだっていうことを再確認したくて選んでるのかもっていうふうに思ったりしました。
はい、何かわかりにくいですかね。
あえて極端なことをやってですね、私はまだこんな可能性もあるんだってことを確かめに実は行ってるんじゃないかと、
そういう仮説が生まれている今日この頃です。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
ヤシでした。