1. 森×コーチングで"自分らしく生きるヒント"
  2. #1636 私の来た道⑧入院して、..
#1636  私の来た道⑧入院して、正直ほっとした私がいました
2026-09-09 16:03

#1636 私の来た道⑧入院して、正直ほっとした私がいました

私の来た道シリーズの8本目です。
監督署で窓口業務の班長の仕事をしていた時のお話をしました。

【タイムスタンプ】
オープニング
人事係のあと、都心の労働基準監督署へ
3年目、適用担当の班長に
   「適用」=会社が労働保険に入る手続き
はじめて部下、それも、いきなり5人
非常勤の3人は全員はじめて、年上の皆さま
仕事の教え方が、わからなかった
土日に、手書きの研修資料をつくる
怖かったのは「もう無理です」と言われること
そして、その年の人間ドックで
内視鏡下の手術で、10日ほどの入院
入院して、やっと一息つけた気が
数年後、今度は心のほうで止まることに

―――――――――

【前回までの配信】
#1607 私の来た道①
剣道部、学生劇団、インド史、卒論インド旅🇮🇳
https://stand.fm/episodes/6a7fc12e0fec258038d91500

#1608 私の来た道②
どん底20代、一発逆転を狙い国家公務員へ
https://stand.fm/episodes/6a81408c69b7b3018ef779cb

#1612 私の来た道③
入った理由と、辞められなかった理由が同じでした
https://stand.fm/episodes/6a84ed4b6304277dccb50d6f

#1623 私の来た道④
「わかる人出してください‼️」情けなくて泣いた日
https://stand.fm/episodes/6a9227194125ba7af33045e8

#1624 私の来た道⑤
日本最大の労基署、困難事案ばかりの係に異動して
https://stand.fm/episodes/6a93b867a6d7f7aefd642186

#1626 私の来た道⑥
「こっちが被害者だ‼️」怒っている人の間に立って
https://stand.fm/episodes/6a94bfef5d15b0d3902758cf

#1629 私の来た道⑦今日が無事終わればいい。それだけを願った日
https://stand.fm/episodes/6a98b24667c70ec831e126cd

―――――――――

コーチング講座の雰囲気を無料で体験できます(zoom使用)。

📍日時(私の担当分です)
2026年9月17日(木)

▼体験会申込フォーム  
https://coachingplayce.com/taiken/  
※日程の一覧から「鈴木康予」の回をお選びください

📍2026年9月27日(日)開講【残席1名】
▼入門講座申し込みフォーム
https://coachingplayce.com/coaching_beginner/

【各種ご案内】
👉活動案内
▶ https://lit.link/morisanpo

#コーチング
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/60e2f92004bb1691c1b4de8a

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、自分に向き合い、国家公務員を早期退職した経験と森の力を手がかりに、これからの生き方を描くヒントをお話ししています。
少し前からですね、私の来た道ということで、自分がこれまでどんな仕事をしてきたのか、それをですね、少しずつお話ししています。
前回ですね、私が厚生労働省の株組織、労働局というところに入って、それでいくつかの移動を経験して、人事係というですね、人事系の業務をやっていたときのお話をしました。
その後のお話を今日はします。
人事係の3年間が終わった後に、また現場の労働基準監督署に移動になりました。
この移動先というのは、当時私にはまだ初めてで、都心のですね、労働基準監督署、会社の本社機能とかが集まっているようなですね、そういった忙しい監督署でした。
そこで私3年間勤務したんですが、1年目と2年目は、以前もお話ししたことがある、相手がある事故、事件の労災給付を主に担当する第三者行為災害という、この担当をしていました。
今日はですね、3年目に私が担当することになった、適用担当のね、ここの班長をしていたときの話、ここについてお話をします。
この適用というね、皆さんにとっては若干聞き慣れない言葉かと思うんですが、これは事業主さんが労働者の方を雇ったときに、労働保険に加入をするということが法律上の義務なんですけれども、
この事業主さんが労働保険に入る手続きをする、これが監督署の中の適用担当という、そういうお仕事でした。
労働保険関係成立届とか、労働保険両親国書とかっていうのを預かったり、それがいろんなジャンルによってですね、建設業の場合はこうとかですね、
その以外の一般の事業はこうとか、手続きの流れがあります。
私このときですね、初めて部下の方ができるっていう、この20代後半にこの行政に入りまして、十数年間ですね、上司の方がいて、そして私っていう、
後輩的な方はいたけれども部下っていう、そういう配置はなかったんですが、ここで初めてですね、部下の方を持つっていう、
ただそれがもういきなり5人の部下がつくっていうね、結構自分にとってはいきなりハードルが上がったんですけど、職員の方がお二人、それから非常勤職員の方が3人だったんですね。
03:07
なおかつですね、このときは非常勤職員の方が皆さん全員新人さんだったんですよ。
初めてこの業界に入ってくる方々、皆さんは、私が当時40ちょっとだったんですけれども、おそらく年齢ちょっとはっきり覚えてないんですが、50代後半から60代後半ぐらいまで、
他の世界で長く働いてこられた方で、社会のことはもちろん私よりよくご存知だけれども、このお仕事に関しては完全に初めてっていうね、そうした皆さんたちだったんです。
私はこのお三方を中心に窓口に出ていただく、電話を取っていただく、毎日毎日都心の監督署なのでたくさんお客様が来るんですよね。
そんな中ですね、対応していただかなくてはいけない、書類を間違いなく預かりをする、不備のないようにっていう。
これはですね、もうなかなか当時の私には、えーっていう、全員新人さんでそれで私大丈夫ですかみたいなすごいプレッシャーをまた感じたわけです。
で、こう仕事の教え方っていうことも分からなくて、経験がなかったんですね。
自分が適応担当で窓口に出ていた若手時代はもちろんあるんですけれども、それとは別にこの仕事について初めての方にいかに分かるようにお伝えするかっていう。
で、それ最初やっぱり慣れなくって、私が昔教えていただいたように郵便をやりながら覚えていけばいいかみたいにね、なんかちょっと考えちゃったんですけど。
で、当時のね、他の班の課長さんがそんな私を見て、あなた何そんなことやってる場合ですかみたいな感じで言われてですね、
あの研修やらなきゃダメでしょっていう感じで言われて、あ、そっかっていうふうに思って。
でも研修資料なんてないわけですよね。
そのマニュアル、公的なマニュアルあるけれども、初めての方が見て分かるようなものにはなってないんですよね、残念ながら。
で、どこかに集まってみんな集めてくれて集合して研修してくださるなんてこともないので、あ、これ私がやらなきゃいけないの?みたいなことで、
で、私ですね、もうその週末覚えてますよ。
土日にですね、休み休日編上でですね、自分が手作りのその保険関係整理しとどけとか申告書とか、
当時預からなきゃいけない書類の、必ず窓口に持ち込まれるであろう書類を全部手書きでですね、
こんなふうに書きますとか、で、このところがチェックポイントみたいな、
なんかその書き方みたいなのをね、なんか手作りで作ってそれをコピーして、
06:01
それでお三方にね、こう集まっていただいて、
それで集合研修的な小さなミニ研修みたいなのをやって覚えていただくみたいなね、やったんですよ。
当然ながらそんなの話1回聞いたぐらいで覚えられるものでもないので、
で、日々日々窓口で一緒に出たりとか、それからこの書類を預かって大丈夫かみたいな質問答えたりとか、
で、なんかあればもちろんすぐ出ていくとか、そんな感じでですね、
もうなんか記憶ちょっとないぐらい、多分もう窓口業務で手一杯で、
お三方に最初覚えていただくその立ち上げの部分が大変だったなって記憶があります。
ただ、もちろんそのお三方ですね、社会経験も豊富ですし、
そのある程度書類の見方とかポイントとか慣れてくだされば、
それでご自分たちでね、お一人で出ていってということができるようになっていって、
で、もちろんなんかあれば私出ますみたいな感じにだんだんなっていた記憶があります。
私がこの時に一番危惧していたことは、
そのお三方にもう無理ですって、辞めますって言われないっていうそれでしたね。
もう一番怖かったのは、こんな仕事私には無理ですとか覚えられませんとか、
ちょっともう無理なんで辞めますって言って辞められてしまうことが一番怖かったですね。
で、それを避けるためにいかにですね、はい大丈夫ですって言って、
はいもう徐々に覚えていきましょうって言って、
何かあったら言ってください、呼んでくださいって言って、
もうなんかそうやって、もう無理ですということにならないようにということだけはすごく気にしていた記憶があります。
窓口なんでやっぱりいろんなことがあるんですよね。
お客様も多様な方が来ますし、
以前私窓口で労災請求書を持ち込んでいただいた外国人の方に、
目の前で書類破られて撒かれた話したことあったと思うんですけど、
本当にそういったこともやっぱり、それは強烈体験でしたけど、あるんじゃあるんですよね。
いろんなやっぱりちょっとね、圧を感じるようなとか、
はい、怒ってしまわれるとかっていうこともなるべくないようにと思いながらも、
そういったこともなくはないっていう。
そういう中でですね、もう無理ですっていう風にならないようにするっていうことはすごく気を使っていた覚えがあります。
なんかすごい自分の至らなさをどうやってカバーすればいいかわからないから、
頻繁にお菓子とか買ってた覚えがありますね。
お菓子買って配ったりとか、
そうやってなんか、はい、いつもありがとうございますとか言って、
お土産を買うとかお菓子を買うとか、
そんなことをやった記憶もありますよね。
少しでも何かやめないでいてもらうためにっていう。
09:05
それで、そんなことを何かやっていて、
監督署の業務はですね、その時にまた大変だったのが、
監督署自体を引っ越すっていうことも当たった年度でですね、
すごく遠くじゃないんですけれども、
意外とすぐ近くの建物に何か移動するみたいな。
ただ距離ではなくてですね、監督署自体が移動すること自体がめちゃくちゃ大変っていう。
なぜなら自分の引っ越しのものをただ業者さんに詰めて出してくださいってだけじゃなくて、
それ以外のいろんな行政書類みたいなものがいっぱいあって、
当然ながら移動先に同じスペースがあるわけではないので、
それどれ持って行ってどれ持って行かないとか、
これをどこの配置にするとか、
そうしたことを、これは私だけじゃ別に全然なくって、
上の方とかがいろいろ考えてくれたものを、
それを新しい職場で列車類がなくなったりとか、
それからどこかに行っちゃわないようにみたいなことで、
新しい監督署のそこに配置をして、
そこの新しい環境にまたなれるみたいなね。
その引っ越しっていうのもその年度にあって、まあまあ大変だったと。
あとは自分が初めての立場、班長的なことになって、
労働保険料の申告のシーズンみたいな、
6月から7月に保険料の確定申告、JM署の確定申告の
労働保険版みたいな感じなんですが、
労働保険料を年度更新といって、
申告を年度の切り替えみたいなのを、
事業主さんから申告書預かって、
それチェックしてっていうようなことをやるんですが、
この時に一気にお客様も増えますし、
郵便物もどっと増えるんですが、
この時期に応援に、
社会保険労務士の方とかにも来ていただきます。
その社会保険労務士の方々の特設会場を設けて、
その特設会場の割り振りであるとか、
それから先生方の対応とかですね、
そうしたこともやるみたいな。
そんなこんなをね、なんかしていて、
それで、私この年の人間ドッグで、
十二指腸腺臭っていう病気が見つかったんですよね。
私、健康にはまあまあ自信があって、
人間ドッグとかでもほとんどあんまり、
なんか引っかかったこととかがなかったので、
すごくびっくりして、
初めてやった胃カメラだったんですよ、この時。
胃カメラも、その時つらすぎて、
もう二度とやりませんって、
言い放って帰った記憶があります。
でも、その初めてやった胃カメラ検査でですね、
十二指腸腺臭が見つかって、
これは内視強化で早めに取った方がいい、
という話になったんですよね。
で、量生化・悪性化、その当時は分からなかったんですが、
結局、十二指腸がんっていう風に
12:00
悪性転化したりとかした場合には、
すごくかなり大掛かりな手術になってしまうっていう
リスクなどなどを聞かされですね、
もう本当になんか、はぁーっていう、
自分にその入院とか手術っていう言葉が、
当時の私には何か皆無だったので、
すごく何かびっくりしたのと、
もちろん不安にもなって、
いろんなことも調べたんですよね、当時。
専門書とかそうした雑誌みたいなのとかも何か調べて、
で、もう分からなかったので、
有明のがんセンターに行って、
セカンドオピニオンを聞いた記憶があります。
実際に行きました。
で、その時セカンドオピニオンを聞いて、
実際に自分の病院に来ても、
同じ話、手術を進めると思うってことを言われて、
やっぱりこれをやっといた方がいいのかなということで、
手術することにしたんです。
で、この時にね、
内視強化での入院手術ということで、
確か10日から2週間弱だったかな、
ある程度、少なくとも10日ぐらいは入院した記憶があるんですよね。
で、こんなこともあり、
それで入院の直前には、
これまた適用担当の取りまとめの班長的ポジションの人がやらなくてはいけない、
会計検査員の保険料調査対応みたいなのもあって、
これは職員に調査担当を割り振ることから、
その調査に行っていただく事業所さんをリストからピックアップして、
当日会計検査員の方が来て、
それで調査に職員行ってもらうために、
どういう道筋で行ったらいいかみたいなことを、
なんか私自分で現地まで行って、
それ歩いて、
なんかこの順番とか作ってみたいなこととかもやって、
なんてこともね、なんかすごいやってたんですよね。
その会計検査員の調査対応が終わって、
それでそれを局に報告してみたいな時に、
それでいよいよ入院しますみたいな感じになって、
何かあった時には、
すいません、こういう事情でしばらく入院します、
みたいなことをお話しした記憶があります。
ということでですね、
一言で言うと、
なんか変な話ですけど、
私入院した時に、
なんかやっと一息つけたって言ったらなんですが、
20代後半からこの行政生活入って、
自分の中では常に、
いつもいつもいっぱいいっぱいな気分だったと、
なんか常に自分の能力の限界というか、
限界を超えるような感じの、
本当にこんなことをやるの?みたいなことを、
当てがわれたりした記憶がままありですね。
でもそれを必死でこなしてきた中で、
15:00
この入院の時にですね、
なんか初めて有休休暇以外に、
休んでいいよっていうか、
休むしかないよねっていうことになったわけですよね。
これが私が仕事をして走り出してから、
初めて仕事をしなくていいと言ってもらった、
そんな感じだった。
もうその30点前で役所に入って、
5ヶ月で移動して、
そこからずっと次の場所、
次の仕事、
次の担当って、
もうなんか止まることが一度もないっていう、
そんな感じで来た中で、
この順一市町選手の入院で、
初めて止まったっていう感じです。
この後、私は数年経ってから、
今度心を壊すっていうことになるんですが、
またその話が出てくるまでは、
まだしばらく続きます。
ということで、長くなりました。
皆さんにとって、
今日もどうか良い1日になりますように。
お聞きいただきありがとうございました。
安でした。
16:03

コメント

スクロール