00:05
おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、自分に向き合い、国家公務員を早期退職した経験と森の力を手がかりに、これからの生き方を描くヒントをお話ししています。
今日からというかですね、私の来た道っていうのを少しお話をしてみようかなと思います。
なぜかというとですね、先日、茨城佳林さんの公開コンサルライブっていうのにね、お邪魔をさせていただいて、自分のプロフィールっていうのをお話をしたわけなんですけれども、自分がこうすっかり忘れていたりとか、それからそんなことは大したことはないかなと思って、何かそっと蓋を閉じていたみたいなことを、ある意味、こうね、何か思い出させていただいて、
そういった自分の来た道っていうのが、今にも繋がっているし、それから私のことを知っていただいたり、それから繋がっていただくためのね、やはり手がかりになるんだなっていうことをしみじみ、この間のライブで感じさせていただいてですね、
ところで私は一体どんな道を歩んできたのかみたいなことを、時々こうやってお話ししてみることにしようかなと思いました。
今日はですね、主に進路選択っていう意味で、私は目標を描くことが昔から苦手だったっていうね、そんなテーマでお話ししようかなと思います。
学生時代、皆さんがこうね、じゃあ高校から進学するのか、それから社会に出ていくのか、社会に出ていくための勉強に入っていくのかとか、いろいろな選択があったと思うんですけれども、
私はその高校からね、その先っていうことを、自分がどういう社会人になっていきたいかということを本当に描けなかったんですよね。
すごく自分のこの未来像みたいなのを描くのが本当に苦手でした。
私の妹が4歳違いでいるんですが、彼女は高校の時から社会福祉系のっていうようなイメージがあって、
それに向けてボランティア活動もしていたりとか、その準備もして進学先も福祉系の大学に行き、そちらの道へっていう感じで、
私はそんな妹をうらやましく思いながら、私は自分の進路選択どうしたらいいんだろうっていうふうにすごく困ってた記憶があるんですよね。
何かこんな仕事をしたいとか、こんな人生を歩みたいって描けなくて、ひとまず好きなことであった世界史の方に行く。
03:04
それが果たして何に役に立つのかとか、それが社会に出てどんなふうに使えるかとか全くこれまたわからないまま、
ひとまず世界史が好きだからっていう理由で私学科に進学しました。
私学科に進学をして、みんながね、人気の西洋史とかね、イギリス史、フランス史、ドイツ史とかね、
あとは中国史、日本史、この辺りが比較的多いかなと。
あとは英米ですかね、アメリカ史とかでしたかね、当時人気があったのが。
そんな中ですね、何を打ち迷ったか、インド史っていうね、この辺に何か私のアマノジャックっぷりがいろいろ出てくるんですけど、
なんか私変わったことをしたいっていうとか、あと時々なんかすごく、え、何それみたいな選択を確かにしてはきたんですよ。
高校時代は女子校で、すごいミッション系の学校とかだったのに、なんか急に思い立って剣道をやりたくなって、
なんかすごくミッションスクールなのにお坊さんのコーチが来ている剣道部に入って、
裸足でタイヤを引いて手押し車をしてうさぎ飛びをする昭和のスポコンマッシグラな剣道部に入ってたんですよね。
そこで青春した後に、大学に入った時にはなぜかお芝居をしたくなって学生劇団に入ってました。
1年半ぐらい演劇活動してたんですよね、意外とガチに。
本当に公演前、夏と冬の公演の前は1週間ぐらい泊り込みで、要は舞台を作る仕込みをしたりとか、
その公演の仕上げをするってことで、大学にも行かず、お家にも帰らず泊り込んでいるっていうね、
ガチの演劇を1年半ぐらいやり、そこでこれまた一定期間やりきったら、
急に私、大学に行ったのに何してるんだろうって言われに帰って、勉強したいと思うようになって、
そこで私学科のインド史っていうところに行ったわけですね。
ただ昔の古代のインドに関心があるというより、インドの近現代の社会問題に私は関心があって、
それは私学科の領域だけでは終えないと思って、
3年生からは社会学科の授業っていうのをすごい取ってて、
開発経済学とか、それからあと経済系のこととかですね、
そうした授業とかを急に取り出して、それでインドのことをテーマにしつつ、
インドの近現代の社会課題に何かこうね、自分が興味関心があるってことで、
06:03
そちらを研究の対象にみたいな感じにしてました。
インド史のゼミはすごく少人数で4,5人しかいなかった記憶があり、
私とそれからインドのことを、私に興味を引いてくれた1ヶ月間、
先にインドに行って、それでね、旅行をしていた話をしてくれて、
私を急速にインドに興味を持たせてくれた、今でも30年代のお友達のMちゃんと、
私がインドのことをやっていて、あと記憶が定かではちょっとないんだけれども、
確か中東系のことをやっている方とアフリカ系のことをやっている方がいた気がします。
とにかく4,5人しかいない小さなゼミでした。
非常勤講師の女性の先生が外部から来てくださっていました。
そんな中でですね、先生の授業もすごい楽しくて、
インドの新聞の分析とかね、結婚記事みたいなのがあるんですよ。
当時お見合い文化のインドではですね、結婚広告っていうのが何かありまして、
それで自分はここにいてこうでこうでみたいな、
それでカーストは何々でとか、カーストは問わないみたいな、
そういう結婚広告みたいなことから見るインド社会とか、
文化祭ではサリーを着て何かやるとかね、
そういう感じで少人数ながら、
すごく私は楽しいインド紙ゼミをすごく過ごした記憶があり、
一方全然バックグラウンドがないのに、
3年から編入も考えたけど編入はしないで単位だけを取ることに決めた、
社会学科系の授業にも頻繁に行って、社会学科のゼミにも属して、
それで開発経済系のところとかにも行っても、
バックグラウンドがなさすぎてついていくのが必死だったっていう、
そんな記憶があります。
そんなこんなで意外と3年生から学生劇団で1,2年すっかり遊びほうけていったところから、
急に心を入れ替えて勉強するようになり、
卒業論文を意外ともうガチにですね、何かやる気になって、
それでインドの西にあるグジャラート州にあるアーメダバードっていう町の、
貧困女性のための自営業協同組合みたいなところ、
セルフエンプロイドウーマンズアソシエーション、
略してSEWAって言うんですけど、そこを取り上げてっていうのをやってました。
これ当時ですね、こういう社会運動みたいなのが結構あって、
バングラディッシュのグラミン銀行とかっていうのが有名だったんですけど、
貧しい方々はなかなか一般的な銀行からお金を貸していただいたりすることが難しい。
そういう中で、なかなか生活体験っていうのが難しいっていうことを、
貧しい方々にも手入れでお金を貸すとか、
09:03
それからいろいろと貸しやすい形で貸し付けをするとか、
それからなかなか雇用条件とか守られない中で、
自営の方たちが自分で、いろいろと取り立てとかに合わないように生活を整えていく、
自分たちの商売を成り立たせるための、
そのために集まって共同組合活動をするみたいな、そんな感じの団体だったんですけど、
それの世話をテーマにして、
なんと現地取材をしようというふうなことを思い立ってしまって、
それで一人で行くのはさすがに怖すぎるし、大変そうだったので、
そこに強力な助っ人の一学年下のめちゃくちゃ優秀な英語も堪能なバングラディッシュのことを
当時やっていた後輩さんがいて、
その後輩さんが一緒に行ってくれるということで、
アーメダバードの世話に一緒に行くということをやったんですよね。
インドに当時2週間行きました。寝台列車とかに乗って。
よくやりましたよね、そういうこと。
それで現地の世話に行ったら、
ちょうど他の大学の大学院から研究に来ていたフィールドワークをするという女性の方がいて、
その方が事前に取材とかのいろいろアポ取りとかをしていたので、
そこに乗っからせてもらって一緒に見学させてもらうみたいなことをやった記憶があります。
すごく覚えているのは、アーメダバードの車で行ったかなり乾燥地帯の郊外みたいなところに行って、
そこで女性にインタビューするみたいなことを、
英語とグジャラート語と言っていて、現地の通訳を頼んでいる大学院の方が話を聞くところを、
私一緒に近くで見せていただくみたいな感じだったんですけど、
そこの現地の女性が泣き出してしまったんですよね。
ポロポロと泣いてしまって、
やっぱりそういう経験がなさすぎて緊張されてしまったってこともあったみたいでしたし、
あとはおそらく自分のことについて自分で話すっていうことをあまりやったことがないっていうね。
してや外国の人が来て通訳入るとはゆえ、自分のことを話すっていうことが、
すごく彼女にとっては緊張するシチュエーションだったみたいなんですよね。
私はそれをすごく鮮烈に覚えてるんですよね。
やっぱり自分のことを話すっていうことが慣れてないとか、それから怖いっていうふうに思う。
12:01
それだけ自分自身のことについて語る機会が本当になかったんだろうなっていうふうに感じたんですよね。
私が今コーチングっていう仕事をしていて、
これって皆さんに自分自身のことを話していただくっていう、そういう時間なんですけれども、
あの時のインタビューを受けようとして、それで緊張のあまり泣き出してしまったあの時の女性の光景を思い出すと、
自分のことを話せる場が安心してあるっていうことはやっぱりすごく大切なことだと思いますし、
そうしたシーンっていうのが今どこか自分の奥底にもそういえばあったなっていうことを思い出しました。
こんな話が果たしていったい今何にって思いますけれども、
でもちょっと自分の中でもそういった過去があったなってことを思い出しながら今日はお話ししました。
13分も使ってしまいました。
聞いていただいた皆さんどうもありがとうございました。
週末、どうか良い1日をお過ごしください。
キャッスでした。