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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは旅好きの勤め人のやすが、残りの人生を自分らしく生きるをテーマに、日々の出来事や試行錯誤を現在進行形でお話ししているチャンネルです。
今日はですね、痛みについて、体の方の痛みですね、についてちょっと考えてみたいと思います。
というのは、先日私が実家に帰った時に父と話をした中で、父の腰痛ということについて話をしたんですね。
父は長年、結構70近くまでデスクワークをしていた人なので、腰痛に悩まされてきたんですよね。
もし父に腰痛がなかったらということを考えた時に、実は腰痛があるからこそやっていることっていうのがあるんだなっていうのをね、話をしていて改めて気づいたんですね。
父は腰痛があるっていうことによって、結局同じ姿勢をずっととっていると体が固まってきちゃって、どんどん痛くなってきてしまうので、結局同じ姿勢をとらずに体の体勢を変えるとか、
あとずっと固まっていると良くないらしいので、散歩にも必ず行くようにするとかですね、逆に楽だと思われる姿勢をずっとしていると、それはそれで辛くなるそうなんですね。
なので頻繁に体勢を変えるっていうようなこととかですね、結局体を怠けさせることができない状態になっているっていうことなんですが、
これは広がりって考えると、すごく腰痛って辛いものだし、痛みって絶対普通は嫌なので、どうにかしたいって思いますよね。
で、その痛みがあることによって、ただ実は痛みがなかったらきっともっと楽をしている。
父の年代ですから、もう外に出かけるとか散歩をこまめにするとか、やりたくなかったかもしれないと思うわけですよ、あえて好き好んで。
ただもう父は、自分が腰痛が嫌だからということで歩きに行くとか、あと細々と続けている卓球を筋力低下しないようにということで続けていたりとかしているのは、
実はその腰痛があるからこそ体を動かすモチベーションになっているっていう、すごく逆説的だけれども、
帰っておそらくなかったら、もっと何もしないで家にいた人になっていたんじゃないかなというふうに思ったんですよね。
一方、私が最近悩まされているのは膝の痛みなんですけれども、この膝がだんだん痛みが出てきちゃって、なかなか困っているんですよね。
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背骨医院に通ったりとか実はし始めているんですが、その膝の痛みに関して、これは私に何を教えてくれているんでしょうっていうふうに考えたりしています。
この考え方は以前、ゼロトレブのイベントで生体師のトモミ先生という方のお話の時に、
この痛みが教えてくれるメッセージ、もっと愛で私たちにメッセージを送ってくれているっていう話があって、
排除しようとするものではなく、何かこれが私に痛みがメッセージを伝えてくれていて、
それを感じ取れる自分でいることがもしかしたら大切なのかと思ったりするんですよね。
痛わる部分であったり、だけれども膝を大事にしすぎても弱まっちゃうというところもあって、
この頃合いというのがめちゃくちゃ難しいですよね。
使わなすぎてもダメだし、使いすぎてもダメっていうね。
もう人生が後半戦になってくると、何かいろいろな結局、体の部位に不具合が出る、痛みが出る、
あちこちが硬くなる、痛くなるっていうね、こういうところと自分の体をどういうふうに使っていくか、
大切にしていくか、そういう部分がものすごく大切になっていくんだろうなというふうに改めて思いました。
実は痛みがあるからこそ、結果的にはないよりも健康的な生活をしている部分も、
もしかしたらあるのかもしれないと思うと、痛みを目の敵にしてはいけないのかなとも思ったりしています。
でも痛みはやっぱり辛いです。できれば亡くなりたいとも思う、そんな気持ちもあります。
今日は痛みについて考えてみました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。吉でした。