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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。
このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、自分に向き合い、国家公務員を早期退職した経験と森の力を手がかりに、これからの生き方を描くヒントをお話ししています。
今日は、この一日がどうかどうか、何事もなく終わりますように、そのことだけをひたすら願った、そんな時代のお話をします。
私が公務員時代にやっていたことのお話ということで、前回は、労働基準監督署で相手がある事故事件の担当をした、そんなお話をしました。
それでその後なんですが、私は労働局というところの総務部の人事係ということに移動になり、それで人事関係の仕事をそこから3年間することになります。
総務部というのは、組織のトップである局長のお部屋と同じフロアで、ある意味ピリッとした雰囲気の中、人事係というのは職員の方のお給料と人生に関わる機密を扱いまくりの部門で、
そうしたことをいろいろやっていました。
私はここの部門に行くことにという、人事係への打診みたいなことを内々に連絡をいただいたんですけれども、
そのもらった電話を1時間くらい、めちゃくちゃ抵抗して、私には無理とか嫌ですとかって、すごい言って拒んだ記憶があります。
でも拒んだんだけれども、それは聞き入れるということにはならず、人事係に移動になったということがありました。
正直、めちゃくちゃ大変なのを分かっていたというのもありますし、
これで私は定時で帰るということができない世界に、ここから3年間いるんだな、毎日残業の日々なんだろうな、
そんな大変なところにという、そういう思いは正直ありました。
3年間いて、1年目は非常勤職員の方の採用関係の仕事が中心で、
2年目は周りにうかつに中身を話せない書類を1人で悶々と抱える仕事みたいな感じでした。
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さっきお話ししたような昇給とか昇格とか、それから人の評価にかかる人事評価のこととか、
あとは病気休暇の管理とか、そうしたこと。
あとは厚生労働本省の方への報告ものというのがものすごくあるんですけど、
いろんな調査関係とか取りまとめとか、タイトな期限の報告ものを仕上げるみたいな、
それがまたまたプレッシャーでみたいな、そんなことをやっていて。
私がこの当時一番本当にすごいしんどいと思っていたのは、
この内容が果たして本当に合っているのかどうなのかということを確かめることがめちゃくちゃ大変だったということですね。
その内容について分かるのは、ある意味これをやったことがある先輩方だけっていうところもあり、
上司の方たちもかつてはやっていたこともあるけど、その方たちがすごく若かりし頃っていうことなので、
直接の細かなこと、本当にここはこれでいいのかなみたいなことは、
結局去年までそれやったとか一昨年それやったとか、そうした先輩方にお聞きするしかないみたいな。
もちろん本とか読みながら自分なりに勉強するんですけれども、
そこがこれをやれば大丈夫みたいなことがなかなか分かりにくいところもあって、
なのに扱っている内容はめちゃくちゃ重要というところが、
その方のお給料とかその後の職員の方のいろんな処遇に影響してしまうということがすごく怖かったという記憶があります。
そして3年目についにこの労働基準監督官試験という国家公務員試験があるんですけど、
その国家公務員試験を事務方として取り仕切る、そういうお仕事が主担当として回ってきます。
これは当時3年目の職員はそういうことをやるってことが決まってたんですが、
まあまあこれが本当に当時の自分にはめちゃくちゃ怖かったですね。
会場を押さえて幹部の方々に試験官をお願いして、説明会を開いて、
それで応募者数に応じてお部屋割りを考えて、番号札を用意し、
イレギュラーな対応に関してこういうことがあったらこうするみたいなことを段取りして、
それを試験官に入ってくださる方とか補助する方々に当日困らないように伝達をしみたいな。
この労働基準監督官試験って今当時どのくらいだったんだろうってちょっとなかなか数も追えなくなっちゃってるんですけど、
当時日本全国で4000名弱ぐらいの応募者数があって、
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それで実際に会場にいらっしゃるのが半数以下みたいなところもあり、
公務員試験って皆さん閉館するので、申し込み者イコール実際受ける人では全然ないんですよね。
なんで申し込んだけれども当日会場に来ないっていう、そういった方々もたくさんいるので、
だけれども申し込んでいただいたからにはその席は用意しなければいけないということでですね、
たくさんの部屋を一応確保したりはするんだけど、実際には会場にはそこまで来ないみたいなこともあるみたいな。
でもそんなことも考えながらですね、部屋割りをしてみたいなことをいろいろやると。
私はですね、この日の本当に前の日に全然眠りがまともに眠れなかった記憶がありまして、
絶対に遅刻してはいけないし、絶対にこの日の朝にね、なんかこう自分が行かないともろもろが動かないみたいな。
なんかこれ全然その年次もそんなにまだ言ってないし、主任ぐらいの時で大した役職もなくみたいな時代なんですが、
ただなんかそれを一応実務担当者として仕切るっていう立ち位置の時に、なんかものすごくなんかプレッシャーも大きくて、
責任の範囲はかなり大きかった仕事だなというふうには今感じてるんですよね。
で、もうなんかその日のうちにミスなく、はい、枚数を数えてそれでね届けて、
人事院に最後何回ね、終わった後に届けるわけなんですけど、でも届け終わって自分の職場まで戻ってきて、
なんかもうそこでもう夜になんかもうフラフラになってた記憶がありますね。
もうなんかもう本当に心の底から安堵したみたいな。
終わったみたいな、ひとまずなんとか終わったみたいな感じで、そんな時代の話でした。
で、翌日もですね、じゃあ疲れたから休むってわけにいかなくて、ご協力いただいた方々にね、今度お礼をして回るみたいなこととかもあったりで、
事後対応もその後続いていくっていうね、そんな時代です。
まあ監督官試験はね、その後も一次がこれで、で二次試験っていうのは今度面接対応とかっていうのもあって、
でまあこれをこれでまたいろんなことがあり、それからね、またね、まあ次になれば今度人事異動でっていうのことで、
人事異動のあれこれをね、また人に言えないあれこれをいろいろやっていくみたいな。
まあまあ、なんかこういったことをね、なんか思い出して、それで自分で、ああ、磨いたなって思うこととして、
まあなんかね、この時にね、もううまくやりたいとかそんなことは全然思ってなくて、
もうなんかよくやったとか言われたいとか、なんかこれでその後自分が何年後にどうなりたいかとか、
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もう全くそんなこと考えられなくて、もうただただ無事に終わってほしいっていう、もうほんとそれだけだったって思います。
なんか今私はあのコーチっていうことで、皆さんの目標とかありたい姿とかね、
今そうしたことに向かってどう歩んでいこうかみたいなことをお話ししながら、一緒に整理をして考えていくみたいなことをしてるんですけれども、
で、まあね、皆さんのこういったね、何年後かどうな感じになっていたらいいですかみたいなことをね、聞くこともありますが、
まあただですね、やっぱりそうではない時代っていうのがあるんだと。
やっぱり人にはですね、今日が無事に終わりますようにって、もうそれとしか言えない時代っていうのがね、やっぱりあるんじゃないかなと思うんです。
これがあの私の場合はお仕事でしたけど、これがね、育児とかそれから介護とか、
もう本当におそらくね、その方々それぞれがどうかどうか、もう今日がこの一日何とか無事に終わりますようにって、
もうなんかそれだけを考えて、それだけの日々をひたすらこなして、この先に何があるかどうなるかどうできるかなんて考えられないみたいな、
そういう時代っていうのがやっぱりあるんじゃないかなと。
でも、だからね、それでどうなんだっていうことではなく、
まあそういう時代を経てですね、何かまた私って本当はどうしたいのかなとか、
何かそのがむしゃらだった時代がふと息をついた時にね、どういう心境になるかみたいな、
またそれをこうふと考える、考えたくなる、まあそんな時がね、来ることもあるのかなと。
今日はですね、そんな自分の過去の振り返りから、
あの日本当にその日が無事に終わってくれさえすればいいとだけ思えていた、そんな時代のことについてお話をしました。
お聞きいただきありがとうございました。皆様もどうか良い一日をお過ごしください。
安でした。