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わざと、不完全な言葉を使わせる──音のワークショップでやっていること
2026-10-01 13:40

わざと、不完全な言葉を使わせる──音のワークショップでやっていること

聞こえた音に名前をつけてもらいます。必ず、言い切れないものが残ります。

その残りこそが前意識です。もどかしさが、そこを指しています。

記号接地という言葉が、1990年からあります。

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https://note.com/masafumikomatsu/n/n906848502466
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00:01
おはようございます、小松正史です。
今日、また大学に行く道中で撮影しています。
今日も収録です。
収録で、10回目まで終わって、11回目、12回目、
5回目まで終わっています。
収録すると、喋ることが固定されますよね。
この教材を数年使うみたいなんですけど、
耐久性は良いかもしれないけど、即時性っていうのかな。
昨日何があったとか、最新の話とか、
それはなかなか対面じゃないと難しいんですけど、
その兼ね合いをどう導き出すかっていうのは、
結構大変だなと思っております。
ちょっと息切れしているのは、少し走ったから。
ということで、ギリギリな感じで、今日は収録でございます。
そして、今日は難しい話になっちゃうんですけども、
記号設置みたいな話をしたいと思うんですよね。
記号の設置っていうのは、設すると地だから、地面の地でね。
そういう言葉があるんですよね。
これ、スバンハーナットっていう認知科学者が作った言葉なんですね。
1990年、だから今からもう36年くらい前なんですけど、
作った言葉でね。
これ何かというと、コンピューターに人間の感覚とか、
そういう身体を伴う感じ方ってありますよね。
それを言葉とか記号とか数値にする場合に、
情報がすごく減っていくじゃないですか。
そういう情報が減るっていうことが問題というよりも、
データとして機械、コンピューターっていうのは、
人の感覚を使った言葉とか、
本当は知ってるんじゃないかっていうような世界観ってありますよね。
生身の人間が生活している中でね。
そういうものがなかなか記号化していくと、
要約とか簡略化せざるを得ないわけですから、
どうしても抜け落ちてしまうわけですよね。
だからそこの欠点と言ったら仕方ないんだけど、
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そういう特徴を踏まえた上で、
情報処理をしてくださいよっていうような話なんですよね。
僕がそれをいつも思っているのは、
全意識と意識の話なんですけど、
意識の上に上がっているものっていうのは、
割と言葉にしやすいですよね。
特に意味とか記号化されたものっていうのは、
そのままコピペとかね、
転用は可能なわけで、
全然多くの人に伝わるような形のね、
意味として伝達することができますよね。
でもその感覚で、全意識で感じたら、
なんとなくモワッとしているとか、
昔の特定の何がしを思い起こすとかね、
そういう言葉にはできないけれども、
確実に人間が感じているような感覚世界ってありますけど、
それをピックアップするっていうのは、
非常にコンピューターできないですよね。
困難ですよね。
ただでも音の大事な部分ってそこにあるので、
意味は捉えられるけど、
響きによって人の感情とか情動が動くわけなんで、
そこをね、どのように言葉っていうね、
体系で伝えることができるのかっていうのは、
本当にずっと課題で、
正確に伝えることはありえないわけなんですけどね。
その言葉にならないモワッとした全意識を、
人に伝えたりとか表現するために、
音のワークショップは結構有効っていうことは伝えてますよね。
聞こえてきた音を名前付けするとか、
言葉、文章で細かく表現するとかね、
オノマトペで表現もそうだと思うんだけど、
そうしたことっていうのは、
どうしてもコンピューター不得意なんですよね。
今回書こうとしている新書っていうのは、
そのあたりの重要性をしっかりと伝えないとね。
なんで響きを感じるのが重要なのかとかね。
それは結果的には共感し合えないからじゃないですかね。
共感とか共鳴とかっていう心理現象が人間にはあるけれども、
そこの分かち合いができてこそ、
音の人間と人間のコミュニケーションの中で、
より有効に伝わっていくわけなんですよね。
そこがね、やっぱりすごくちゃんと訓練というか、
磨いていかないと、これこそが完成の磨き方だと思うんですけど、
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そこがね、ちゃんとしてないと、
ちゃんとっていうのは何度も何度も試行錯誤したり、
不完全ながら挑んでいくということですよね。
それがないとね、どうしてもね、
表層的な音の伝え方になってしまうっていうことですね。
表層的なものでも別に構わないんだけど、
より深い感じ方とか、感動の深さですよね。
そこまではすごく至らないんですよね。
だから僕はなかなか記号設置みたいな概念は知らなかったんだけどね。
ちょっとそんなあたりを聞いていくと、
今まで学生もだし、ワークショップした一般の方もそうだし、
壁にぶち当たるっていうのがね、
どうしたら自分の感覚みたいなものを言葉に変換するんだろうっていうね。
変換できないからこそね、完全に。
そこで葛藤する段階には何があるかっていうことなんですよね。
先ほどの学者さんのね、
ハーナッドっていう人は3つぐらいのプロセスを考えてるみたいですよ。
まずね、聞こえてきた音だったら音がありますよね。
その音の部分をですね、まずは把握するというか、
意味は伴ってないんだけども、
響き的なものをですね、
特徴を掴むっていうか、なぞるって言ってもいいかな、
トレースみたいな感じかな。
だからオノマトペなんかはトレースには最適ですよね。
それをまずやるのが第一段階あるわけですよね。
そこから他の人にも分かるというか、
共通的な記号をそこから抜き取るっていうことをするんだと思うんですよね。
第2段階ね。
車の音がダーッとかブブーッとなった場合は、
それが車の音っていうことでですね、
やっていくわけなんだけど、
車の音、ちょっと通行止めだな、ここ大丈夫かな。
まあいいや。
そういうふうにラベリングで名前付けするっていうような、
名前付けの前にこれが車の音だっていう、
範囲を決めるって感じかな。
車の音なのかバイクの音なのか分からないからね。
そんなあたりをね、やっていくことが非常に重要で、
車の音がそうじゃないかを精査するのが第2段階ね。
その後で決定するんですよ。記号として。
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これは車の音だっていうふうにね。
決めるのが第3段階。
そこが第一と。
今のゴロゴロっていうのも一応コンクリートを運ぶときの音なんだけど、
あれが何の音に聞こえるかっていうことですよね。
機械の音なのかバイクなのか車なのか。
でも視覚情報で車っていうふうに僕は言ったからね。
車だけどそこが分からないわけですよ。
共感を探していくっていう段階がすごくね、
難しいところがあるのかなと思っておりますね。
ということでまたいつもの横断歩道だ。
交通量の多い。
いやーやっぱね、立川大学は丘の上ですね本当に。
かなり丘の上があるので。
やばいな。
こっからさらに登りますからね。
ヒーヒーって言ってるな。
そういうね、歯などの記号設置をしっかりと意識しないと
ワークショップのあれ作れないよね。
すごいワークショップでもね、
全意識的なものを感じるっていうのは普段ないから、
記号化する。
いつもの人間って記号的にやりとりしてるじゃないですか。
記号的なものをピックアップしたんだけど、
ちょっと残り物があるっていうか、
残り物って言ったら全意識に失礼ですけど、
ちょっと救いきれなかった金とか銀とかがあるとするならばね、
もどかしさが出るでしょ。
伝わらないなとか、
ちょっとモヤモヤするっていうのがあると思うんだけど、
そのモヤモヤ感が全意識ってことだよね。
モヤモヤしたものっていうのがどうしても残ってるというか、
それこそが全意識で捉えてた大事な音の世界なのかなと思うので、
そこの全意識に気づかせるために記号をあえてね、
不完全な記号を使わせて、
その差分を感じてもらうっていうのが音イクの大事なところなのかなと思って、
今ちょっと言語化していたという。
結構今日はうまく言語化できるな。
俺もね、うまく言語化できる人、そうじゃない人あるんですよ。
それもなんか生き物みたいな感じだけれども、
記号設置がうまくいく人、記号設置が全然うまくいかない人ってあるんだよね。
何でか知らないけど。
これ何なんでしょうね。
別に寝不足だから記号設置ができづらいとか、
もう絶好調だからね、体調。
記号設置ができるわけではない。
ここがね、僕ずっと喋ったりとか文章を書いたりとかね、
音の表現したりしてる時に七不思議だよね。
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自分のコントロールいかないよねっていう感じで。
ここが一番、いつも大学就く直前にはぁーって言ってますよね。
まあそういう感じですよね。
まあということで記号設置の話。
あとは身体的な言葉っていうのがあって、
人の身体をうまく反映するような言葉ってありますけど、
それってね、無人像にはないっていうこともあるんですよね。
つまり限られた言葉であっても、
あの身体がゼーゼーするとか、
しんどいけどそこでキュンとするとかね。
なんかね、決まってるんですよね。
だから無理に自分が新しくね、
造語を作らなくてもいいんじゃないかなっていうのはね、
ちょっと思ったので。
ここ安心材料だよね。
だから音の表現の先人たちのね、
面白い表現がありますよね。
そういうのに触れていくことは大事。
ボキャブラリーを増やすのは大事だけども、
たくさん増やしたからといって、
記号設置がうまくいくとは限らないっていうね。
なんかやっぱり筆の止めどころとか、
感覚の置きどころっていうのがやっぱり人にはあって、
そこがね、
なんとも生物を扱ってるような感じになるということなんですよね。
ということで今日はですね、
記号設置についてちょっとお話をしてみました。
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