みなさん、こんばんは。あした使える聴くネタ帳 | マーケターの真夜中ラジオの時間です。
この番組は、あらほうマーケター2人が最近気になるトピックを取り上げ、それぞれのマーケ感で掘り下げていきます。
最近話題の1人マーケターをはじめ、情報や知見が少ない中で、牛を摩擦するみなさんのヒントになる視点をお届けしていきます。
淡路市までコピーライターをやってます、きもです。よろしくお願いします。
スタートアップの思いを文化に変える戦略マーケターチーム、株式会社エールコネット代表の宮本です。よろしくお願いします。
今日のテーマは、欲望を超えた衝動・偏愛を見つけて、サービス化&マーケティングしていくには、です。
このテーマを取り上げた理由は何でしょうか。
ちょうど前回メタパの話して、前回哲学のテーマも出てきたので、
AI時代における人間の幸せな生き方というものを、170回で取り上げないわけにはいかないと。
流れ来てるね。
流れ来てます。まさにですね、クロードを作っているアンソロピックのCEOのダリオ・アモデさんはね、
今後5から10年以内にAIがもたらす未来というのを予測してまして、
まずは、途上国が先進国水準へ急速に追いつくと、途上国のGDPが年率20%成長しますよと。
すげえな。インド株買わないといけないね。
確かにそうだね。
いやいや、買ってるだけで絶対上がんないんだけど。
これからです、これから。
人間の寿命、約150歳に伸びると。ほぼ全ての感染症が予防治療可能に、ガンの死亡率が95%以上減少すると。
すげえ。
すごいよ。
やばい。
150はやばい。俺、もう45やから人生半分は過ぎたかなと思ったけど、150になったら人生3分の1になるからね。
やばいな。マラソン大会、急に42.195から92.144に勝ったみたいなね。
ゴールがめっちゃ伴ってるみたいな。
そうですよ。
それからAIが全作業を人間より安価に代替すると。
現在の経済システムは通用しなくなって、ベーシックインカムとかの新経済構造に移行すると。
人間関係趣味を通じて意味を再定義するようなことが残されていくというような時代になる。
毎哲学は必要だね。
毎哲学そうなんですよ。哲学ないとやることなくなるんですよ。
やることないよね。一人一人自分をRPGの主人公に見立てて、再定義していかないとやばいね。
たとえば古代ギリシャとか哲学が流行った時って実際そうで、当時は奴隷がたくさんできたことによって、
働かなくても食えてる人がたくさん出てきて、
でもぼーっとしておくのは人間としてできないから哲学を考え始めたっていうのがギリシャ哲学とかが生まれた背景なので、
やっぱりAIが出てきてそっちの時代に来るのは必然かなと。
これまではサラリーマンを普通にしていれば一定社会的承認も得られて、それなりに充実した生活が送られたと思うんですよね。
書類を右から左に回すような仕事だったりとか、刊行を押すだけの仕事でも給料ももらえるし、一定社会的承認も得られてって形だったと思うんですが、
そういった作業はどんどんAIがやってくれて、人間がやることは何かを欲望として、
これやりたいなと思って、それを行動に移すというところだけが残されていくだろうなと思います。
今回はそんな欲望の中でも深い欲望である偏愛とか衝動というものを取り上げたいなと思ってます。
これはあれだよね。だから、エージェントに任せられないもんね。
そうそうそう、AIエージェントに任せられない。
衝動、偏愛。エージェントは偏愛できないもんね。
偏愛できない。
衝動も抱けないもんね。
抱けない。
勝手に抱いてんじゃないよ、衝動って。
その抱いた衝動を実現するところはすごく上手にやってくれますけどね。
でも抱くということはやっぱり人間に残されていく。
例えば大谷選手は野球をもうすごくストイックにやり続けているし、
漫画の地っていう地動説を追い求めた人の漫画とかだと、
その地動説というものを証明するために命がけでやっていくという人たちだったりとか、
僕らも明けたの真夜中ラジオを170回もやってるわけなので、
ちょっと衝動に近くなってきてますよね。
クレイジーだね。
30回くらいならね、なんかいいよねってなるけど、
170になってくると結構クレイジー。
アンビリーバブルだね。
アンビリーバブルになってきたかなと。
そういう人には、なんでそんなことをそんな熱量でと思われることに取り組む衝動というものがありますよねと。
そういったものに人は惹かれる部分があるし、人生を劇的に変える力もあるので、
そんな衝動というものをどうやって自分で見つけたらいいのか。
そして衝動というものが見つかったときにそれをサービスに作って、
マーケティングするにはどうしたらいいのかっていうのを考えられたらなと思ってます。
それやりたい理由は大きく2つあって、
まず衝動で生まれた商品っていうのをマーケティングしたいというところも僕自身があって、
毎回ラジオで話してますが、僕の会社はスタートアップの思いを文化に変えるということなので、
これは思いというのは衝動に近いわけなので、
そういった思いを文化として人に伝えることで一般的にしていきたいと。
僕がDNAのときにやったエニカの個人関係者もまさに衝動で作られたようなサービスだったなと思ってます。
あとはそういった衝動で作られたサービスをマーケティングすることっていうのはレベルが高いけれども、
それがゆえにすごく面白いなというふうに思ってます。
今回これを取り上げる中では、
すごく面白かったのでぜひ皆さんも読んでほしいなと思ってるんですが、
人生のレールを外れる衝動の見つけ方というチクマ・プリマー新書というところから、
谷川よしひろさんが出されている本を参考にお話をしてます。
この方、スマホ時代の哲学という本も以前取り上げたりしていて、
懐かしいね。
その話もしましたよね。これもすごく面白かった。
1年前ぐらいですよね。
去年の夏ぐらいだったと思いますね。
この本すごく面白いのは、一章一章一緒に考えていく感じなんですよね。
どの本編でも、衝動とは何かとか、
偏愛とは何か、それをどう見つけるのかっていう、
あれが一章一章に分かれていて、
その一章の中で過去の哲学の人の話とかも踏まえながら、
衝動というものを定義をして、
一章一章それをまとめて、
その一章のまとめを受けて次二章で偏愛を考えましょうとか、
次三章で衝動をどう作っていこうかみたいな感じで、
ただ単にインプットがあるというよりは、
本を読みながら自分も考えながら読めるような本なので、
結構ね、哲学って難しいじゃないですか。
イルケゴール出てきたりとか、ニーチェ出てきたりすると、
もう頭ぐちゃぐちゃになってよくわからないけれども。
この人の方はね、そういう哲学的なことを取り上げながら、
すごく読みやすいのでいいなと思っています。
この人の方もだから衝動を扱いながら偏愛も扱ってるんだ。
そうですそうですそうです。
衝動と偏愛を扱ってますね。
僕偏愛取れられたのは悪いことじゃなかったんだね。
偏愛はね、すごくいい観点だったと思います。
確信が持てましたよ。
間違いないと思います。
読みながらジンボさんと言ってることが近いなと思うところもあったので、
さすがだなと思いました。
直感的に適当に喋ってる。
あってたと思います。
本編先に収録しましたが、
ジンボさん的に今回の内容、どの辺りが明日使える企画ネタになりそうですか?
今回の話は前回の僕の毎説学とか、
岸くんもこの次の回にあたるところの話とかと、
結構地続きなんですけど、
ここ結構ど真ん中なんじゃないかなと思って、
衝動とか偏愛とか、
本音みたいなところかな。
そこで自分を深掘りしましょうっていうところが、
めちゃくちゃどんな気がしていて、
みんなそうなりたいし、そこに憧れもあると思って、
そこかなと思うんだよね。
哲学をファッションではなくて、
日常化するみたいなところ。
それが哲学でももはやないよねみたいな感じだと思うんだけど、
それが言語化するのが衝動とか偏愛とか本音とか、
その辺の言葉になっていくと思うんだけど、
それを突き詰めることが現代の哲学だと思うんだよね。
自分ってなんなのよ、みたいな。
それを10年20年単位じゃなくて、
数年とか数ヶ月単位でバンバン変わる世の中で、
既存の枠組みとかに縛られている必要性なんて一切なくて、
でも世の中に合わせる必要もなくて、
だって数年で数ヶ月で変わるんだから。
変わりますね。
だからど真ん中の自分を見つけるのが一番、
逆に近道やんみたいな話を言われてると思うんだよね。
だからまずそこにアクセスしましょうっていう話かなと思ってて、
だから今一番哲学がカジュアルになってるし、
一人一人の個人のものになってるし、
それが一番馬力を生む原動力になってるし、
それを証明する人たちたくさん出てるし、
大谷翔平そうだし、物語もそうだよね。
フリーレイとかもそういう話になってるし、
支持される物語とか、
大谷翔平もあれ物語だと思うんだよね。
そうね、あれもマンガで描けないぐらいの物語よね。
そう、たぶんああいう人ぐらいの人が、
たぶん2000年後も残るんだと思うんだよね。
なるほどね。
あのレベルはたぶん残ると思うよ。
だから僕らは、
クリスチャンだったらイエス・キリストに会いたいなとか、
イエス・キリストだったらブッダに会いたいなとか、
みんな思うと思うけど、
大丈夫よ、合ってるよ。
大谷翔平に?
合ってるよみたいな感じはあるけどね。
なるほどね。
たぶんイエス・キリストの時代に、
イエス・キリストの場合で、
僕らは全員弟子を裏切ったわけだから、
気づいてなかったんだよ、みんな。
イエス・キリストの目の前にいたのに、
感動してなかったね、あんまり。
確かにね、そうだね。
そういう話だから、
今、大谷はたぶんイエスよりインパクト残してるから、
たぶん5000年後ぐらいは残ると思うけどね。
それはすごい。
人類が続いてればね、
核融合があれば続けるって気はするけど、
そんな転換点かなと思う時の、
仕切り直しというかね、
新たな素養って感じがしましたね。
確かに。
AIとかに行ったりとか、
僕ら人間がどんどんデータ化されていってると思ってて、
レコメンドとか、
でも実は人間ってデータ化じゃないんだよ、
自分自身らしさがあるんだということを、
昔よりすごく欲望として持ちながら、
ただそれを形にできないっていう苦しさというか、
自分らしさ見つけ、
世の中的にも自分らしさを見つけようって言われて、
逆に悩むっていうのがある気がしていて、
そういうところに、
この衝動というところで、
自分らしさというものを見つけやすくなるといいなって思いましたね。
そうだね。
自分らしさ見つけろっていうのは、
自由な感じがしていいように思われてるけど、
特に日本人みたいな人たちにとっては、
一番苦手だし苦行だったわけじゃないですかね。
結局自分らしさ見つからなかったわけですよ。
結局ね、
教科の授業を減らしても何しても見つからなかったわけで、
だからやっぱり日々の何かが変えないといけないんだよね。
それを自分に向き合うみたいなところだよね。
衝動とか何をイライラするの、ワクワクするのみたいなところの積み重ねの先にしかないと思ってね。
それが大事なんだよって言ってくることがすごい大事だと思うんだよね。
じゃないとね、
それは雑練だとかこれまで言われてきたわけじゃない。
そうなんだよね。
それよりも大学に入っていい会社に入れみたいな。
そうじゃないよみたいな。
じゃなくて自分の中の何か沸き立つものを察することが大事ですよっていう方に来てるから、
世の中はね、良くなってきてるんじゃないでしょうか。
方向としてはね、こっちに時代が動いてきてる感じはしますね。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。
本編は約36分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
よろしくお願いします。
さて、宮本さんの今週のピックアップテーマはこちら。
欲望を超えた衝動・偏愛を見つけてサービス化・パーケティングしていくには?です。
さあ、どんな内容なんでしょうか。
オープニングでも話したように、衝動とか偏愛とかっていう言葉を使って、
欲望よりも深いものっていうことをなんとなく言いましたが、
衝動って何なのかな。
まさにこの本の書かれている人生のレールを外れる衝動の見つけ方っていう本なので、
この衝動を取り上げた本だったんですが、
この衝動の定義としては、
人にはなんでそんなことをそんな熱量でと思われることに取り組む衝動、
自分ではコントロールしきれない情熱があるというものらしいです。
僕ね、ジンボさん淡路島移住するときそれを感じたんですよね。
急に淡路島移住するみたいな。
急だったな。
助走は一切なかったけど、
助走なしで跳ねてもめっちゃ跳ねるみたいな感じがありましたね。
前の会社を辞めて、
淡路島に行くねみたいな感じで、農場で一緒に話をしてて、
大丈夫かな?精神病でいきなり意思決定ブレまぐれになっているのかなと思うぐらい。
本当に淡路島の移住は僕の中では、いきなりなんでそんなことをそんな熱量でだったんですね。
ですよね。
完全に確信があったので、
ふと思いつきで移住しようと思ったんだけど、
そこからブレる気がしなかったんだよね。
そういうのは過去にも何回かあって、
たぶん元々考えているからだと思うね。
自分の根っこの部分を常に毎日毎日確認しているから、
そこで何かを発露したことに対して、
これは答えだなって思ったらそれは答えなんだよって思っている感じがあるかな。
なるほど。
衝動じゃないんだよね。
衝動でもあるけど、衝動でもない感じがする。
衝動として、淡路島に行くということは急ではあったけど、
衝動的ではあったけれども、ずっと自分の中で眠っていた何かがあったってことだね。
そう。社会人になってからずっとずっと思い描いていたものはずっとあったわけね。
そういう意味で言うと、10年以上考えていたものだったわけ。
それがいろいろ整ったので、今しかないなって思っていた。
そっかそっか。確かにアトリエライフへの憧れとか言ってたよね。
そうそう。以前も話したけど、社会人3年目に図志の芸術館のアトリエに行って、
憧れちゃったみたいな話があって、そこからずっと考えていたので、
そこからで言うと多分10年ぐらい経っているんだよね。
12年3年経っているから、そういう意味では衝動ではなくて、今だなって感じだったんだけど、
周りの人から見たら、衝動的なんじゃないか。
衝動だった。
衝動移住じゃないか、みたいな懸念はあったかもね。
前からそういう田舎暮らしがしたいんですって言っている人だったら、
あ、ついに夢を叶えるんですねって感じだったけど、
じんぼさんはね、どこだっけ、住んでたところ。
下北?
下北大好き人間だから、ずっと都会で住むんやと思ってたよ。
下北おじさん、江本明晋さんぐらいの感じで。
歩いてたらだいたいあの人だったね。
下北にうっかり行ったら、だいたい発見されるからな。
見つけたみたいな。
意外でしたね。
そういうのが衝動ですと。
その衝動ってどうやったら見つけられるのかなって。
じんぼさんにとっては、淡路島に行ったことで人生も変わったし、面パンも最強なわけじゃないですか。
見つけれてね、すごい良かったなと思うんですけど。
よく本当にやりたいこと探したり、自分探しをしたりとかして、
衝動的な、自分はこれを本当にやりたいんだっていうことを見つけるってことはね、
若い頃とか20代の頃もね、自分探しとか言ったりしたりするけども。
よくあるじゃないですか、そういうのを探そうみたいな。
キャリアデザインとか。
ただ、僕たちってよく起こりがちなのが、やりたいことっていうのを憧れから考えてしまうっていうふうに本にも書いていて、
例えばアイドルになってみたいとか、社長になってみたいとか、お金持ちになってみたいとか、海外旅行に行ってみたいとか、
なんとなくみんながいいということを自分がやりたいことだとすり替えがちだと思うんですよね。
そうだね。
でも衝動はその逆で、自分、他の人には、え、なんでそんなことを、そんな熱量出たから、
他の人には分からないけど自分にとっては超これは大事なんだということをやっていくということなので、
将来の夢とかキャリアデザインで描けるものではないというふうにおっしゃってます。
なので、世間的な賢明さとか理屈とは違う意味で、ある意味で人生のレールを外れる欲望とも衝動は言えるでしょう。
なるほど。
そうです。
不安はなかったですか?ジンボさん、淡路島に行く上で。ある意味人生のレールを外れるわけじゃないですか。
東京でね、普通のサラリーマンやってたのが独立をして、独立するだけじゃなく住む場所も変え、
東京にいたらね、人間関係もあるから仕事があるかもしれないけど、淡路島でね、周りにあるのは田んぼと山しかないからね。
そうやな。不安は一切なかったんだよね。
でも、その間に養われたものは多分そこかもしれないね。
最初はね、就職活動をして広告台で入りましたとかいうときって、完全に社会のレールに乗ってるじゃないですか。
自分の価値観なんて。
一応ね、大学の中ではこういう世界に入りたいというのを意思決定をしたんだけど、
とはいえ、広告台で当時は言うたら勝者くらい肌型だったわけで、
分かりやすい判断基準というか、ほぼ何も考えてないくらいのバカみたいな判断で、
言ったと言えば言ったみたいな感じではあるので、
そのときに何かを意思決定したとかっていう感じではないよね。
だからその後でいろいろ考えていく中で、
自分なりの社会としての一般論としてのルールはこうだけど、
自分はこうだよねみたいなところは自信を持って決断できるようになったのは良かったんじゃないかな。
それは多分、一個一個のブランドを預かってこうすべきとかって、
ブランドの意思を代行してきたみたいなところがでかいと思うんだよね。
それによって意思決定というか、大きな意思を自分の人生においても自信を持って下せるようになった感じはするけどね。
じゃあそのクライアントのブランディングとかコンセプトとかそういうのを考えている中で、
自分の人生のコンセプトの考え方も固まっていったみたいな感じなのかな。
多分そうだね。意思の行使の仕方に自信がついたみたいなところがあるんじゃないかな。
このブランドこうすべきだ、だから自分の人生はこうすべきだっていうのは、
多分それと違った感じはすると思うけどね。
面白いね。なるほどね。
衝動みたいなやりたいことみたいなところで、
よく同じ文脈で語られるのがモチベーションって言葉もよく語られて、
モチベーションが高かったらできるとかそういう話もあって、
じゃあ本当にモチベーションなのかっていうので、
モチベーション3.0って本がありまして、それが引用されてるんですけど、
モチベーションって3段階ありますという形で、
1.0は食事とか睡眠とかの生理的な動機と、
2.0はインセンティブによる動機、
3.0は自分の内から湧き出るやりたいという動機っていうのがあるそうで、
ジンモさんのね、淡路島移住も、1,2,3の中では3だけど、
でも3で定義するにはちょっとこう、何て言うかな、
定義が曖昧すぎるというか、確かに自分の内から湧き出るやりたいという動機ではあるが、
淡路島行くほどじゃなくね?みたいな。
ちょっとこれじゃ説明しきれないんじゃないのかっていうのはこの著者の考えです。
それがモチベーションでは衝動は説明できなくて、
そのモチベーションとかそういう一般的な他の人でも言えるようなものとは違う、
ある意味自分の、自分を表現するものとしての衝動みたいなところが人生であるじゃないのかというのをおっしゃってますね。
なるほど。
だから自分の意思決定は一個その自己表現としての衝動なんであるっていう解釈なんだね。
そうそうそう。だからそういう意味では衝動というものを、
え、なんでそんなことをそんな熱量で?と思われるから、
自分の中ではもうめちゃくちゃそれをやるべきだと思ってるけど、
他の人には理解できないものっていう感じですね。
なるほどね。
そして自分自身もそのことに、自分がそれに熱量を込めることにびっくりするっていう部分もあるって言っていて、
その中で、まさに本の中でそうそうのフリーレンが取り上げられてるわけですよ。
本の中で取り上げられてた?
本の中で取り上げられてるんですよ。
なるほど。伊藤さんのあれかと思ってたわ。
僕じゃなくて本の中でこのそうそうのフリーレンで、
ハイターっていうね。その勇者一行と旅をしていた僧侶のハイター。
お酒をたくさん飲んでしまう生草坊主のハイターね。
なんでフリーレンの世界では僧侶はだいたいダメなんだろうね。
そうだね。
いつ一番真面目なキャラなはずなんだよね。
確かに。綺麗なお姉さん好きだったりするもんね。
酒飲んだり賭け事したりとかね。僧侶そうだね。僧侶ダメだね。
僧侶が常にダメなんだよね。
あの世界では。
ギャップかな。
この本の中で衝動の一つの例として書かれてあるのが、
その僧侶のハイターはなぜそうそうのフリーレンの主人公であるフェルンを助けたのか。
フェルンは村に住んでいて親も殺されて孤児になっていて死のうとしていたところをハイターに助けられて、
そのままハイターはフェルンを引き取り大きくなるまで育って、
でも自分が死ぬ時にもうこれ以上フェルンを育てられないなという時にフリーレンにフェルンを託して亡くなるというストーリーではあるんですが、
この時にハイターがフェルンを助ける時に言ったセリフがこの本の中にそのまま引用されているんですよね。
なんて言ったかというと、村も全部亡くなって孤児となったフェルンが自分で死のうとしていた時にハイターが言った言葉が、
今死ぬのはもったいないと思いますよと、もうずいぶん前になりますが古くからの友人を亡くしましてね、
私と違ってひたすらに真っ直ぐで困っている人を決して見捨てられないような人間でした。
私は彼とは違うのでおとなしく余生を過ごそうと思っていたのですが、ある時ふと気がついてしまいまして、
私がこのまま死んだら彼から学んだ勇気や意志や友情や大切な思い出までこの世からなくなってしまうのではないかと、
あなたの中にも大切な思い出があるとすれば死ぬのはもったいないと思いますっていうセリフを言って、
フェルンを人生をかけて助けるというか育てていくっていうことをするんですよね。
もうその時も酒飲みながら言ってたからね。
酔っ払ってたんかな、衝動じゃなくて。ただ酔っていただけ。
そうじゃない、1.5ぐらいじゃないの。
衝動1.5ぐらい。
ただ飲んで酔っ払っていただけ。
いやでもね、まさにここに書いてある通りハイターは、私は彼とは違うのでおとなしく余生を過ごそうと思っていたって書いてるんですよね。
フェルンを救おうとなんてそれまで全く思っていなかったけれども、
でもフェルンの境遇を見た時に、自分自身でも驚いたことなんだけど、
ヒンメルのことを思い出し、ここでヒンメルだったら救う人だろうし、
これをしないのはいけないんじゃないのかという衝動で動くというのがあって、
そういうことって確かに人生の中でたまに起こるよなって思うんですよね。
たまに起こるね。だから勝手に体が動いてしまうみたいなことってあると思うけどね。
そうですよね。
たぶんそれが、この全東洋、小賢しい理性だよね。
小賢しい理性をたぶんぶっ越えてきてる感じなんだと思うけどね。
あーそうね。
ハイターとしては、自分もそうなりたいなってずっとヒンメルを見て思ってたんだろうね。
いつかはこうなりたい、こんなやつになりたいなって。
たぶん年上だと思うね、見た目的にはね。
たぶん10歳くらいハイターの上なんだけど、ヒンメルかっこいいなと思ってたはずだよね。
あーそうね、思ってたと思う。
なので、そこのいつかこんな人間になりたいなっていうのが育ってたんだよね。
育ってたと思う。
ハイターって正確的に、例えばエピソードの中でヒンメルが勇者になって魔王を倒すって言った時に、
ハイターは、「いや、あなたには無理ですよ。」って最初言ったんですよね。
で、後で、「あの時そう言ったのはごめん。」っていうシーンがあるんですよ。
だから、ハイターは比較的性格として、現実主義的というか、さっきのおとなしく余生を過ごそうと思ったと同じように、
普通にある意味人生のレールに乗っていったらよくて、全然違うことをするとか、衝動に基づいて行動するなんて実は損じゃない。
どうなるのよって思ってるハイターがヒンメルと旅をしている中で、何かの影響を受けてヒンメルと同じような行動をするようになるっていう。
で、衝動を起こすっていうところはすごい面白いなと。
そういうのってね、さっきジェンボンさんが言ったとおり、その前等用、この小賢しい脳というか、
海外旅行行ってみたいとか、かわいい子と付き合いたいとか、そういうのを欲望の強さとかで呼んでて、
強い欲望とか、こういうことやりたい、高級車買いたい、フェラーリ買いたいみたいな強い欲望と違って、
その衝動とかってのは深い欲望であると。
深さってのは何かっていうと、個人的に細かく特定化されていて、他の人がどう思おうが、自分としてはこれをやりたいんだと思う。
他人に影響を受けないような、そういう欲望が衝動じゃないかというふうに言っていると。
その衝動とは、その衝動をどう見つけるのかっていうところで、
衝動を見つけるために変愛ということを見つけて、変愛から衝動を見つけようというふうにこの本では書いてあるんですけど、
まず変愛というものがあって、それは自分、人生のレールを外れて楽しく暮らしている人が身につけている、
そういうきめ細かく特定された自分自身の偏った好みや趣味っていうふうに言っていて、
これやりたいなと思って実際やっていることが変愛ですと。
なので衝動が具体的な行動になると変愛になるっていうふうに言っていて、
さっきのジンボさんの話で言うと、淡路島に移住をするというのは多分変愛の行動におことしているので、
でもその変愛に至るまでにはその衝動というものがずっと10年間実はあって、
なんとなくこういう生活をしたいな、それって自分の他人がこれやった方がいいよねとか憧れじゃなく自分自身の中であったものが、
このやりたい衝動って淡路島移住なんだって気づいたときにそれが変愛になるって感じかな。
なるほどね。常に僕は下北沢の14年間衝動と向き合っていたわけだね。
それを抑えたり、眺めたりしながら、衝動は育っていてみたいなところだったんだね。
で、ある瞬間何で気づいたんですか?淡路島移住いいじゃんって。
普通にパソナーのニュース。
完全にリモートになってパソナーのニュースで気づいたけど、それまで一切東京から去るつもりはなかったし、
リモートがない前提だったから、東京から去るという選択肢が頭になかったのね。
そこだね。一気にフワッフワッと色んなものが、諸条件が変わったので、あれ変わったなーみたいな。
急に晴れてるなーみたいな。目の前に道が見えてるぞーみたいな感じだったね。
なるほどね。
そういう形で、衝動であり偏愛をどう見つけるかっていうようなところですね。
偏愛みたいな形で淡路島移住が見つかった時はいいけれども、
神保さんの中で衝動っていうものをずっと下北で温めてきたわけじゃないですか。
それを温めてきたからこそ、パソナーのニュースとかリモートになった瞬間に、
これは淡路島移住できるじゃんっていうふうに繋がったというのがあると思うので、
そういう意味で衝動をどう見つけるかっていうと、自分の中でいくつか細かい偏愛が、
淡路島移住みたいな大きいものじゃなくても、これ他の人は言わないけど、僕はこれが好きだな、
例えばこのラジオをよく聞いてくれているフガシさんっていうのはすごい先頭好きだったりとかするとか、
人それぞれ偏愛なものがあると思うので、その偏愛というものを言語化をして、
それを一般化していけば衝動を言い当てられるっていうふうに言ってます。
なので自分が価値判断をした時に、何を特別に好み、何を特別に嫌がっているのかっていうのを
セルフインタビューをしていくことで、少しずつ自分の中の衝動なるものっていうものに気づいていき、
衝動が形になっていくと偏愛のタイミングが見つかった時に、その偏愛とのめり込めるみたいなところがあるということを本で書かれていました。
ただ、じゃあ誰もがその偏愛を見つけられるかっていうと、そうではなくて、
そういった衝動を感じられる体に変えておく必要があるっていうふうに書かれていて、
確かに外部からの刺激に影響を受けない人は受けなくて、
いやもう僕はずっと偉大役に入っていい企業に入って普通で生きていくのがいいんですっていう人は多分衝動を感じにくいと思うので、
そういう意味では他人に影響を受けやすい状態を作って、小さな挑戦をたくさんして自分が何に偏愛するのかを知る必要があるというふうに言っています。
これめちゃめちゃ前回の僕の毎説学とリンクするんですけど、
腹落ちとか腹具合を確かめるみたいなことを日々やっていかないと、やっぱり自分の理性と腹具合が乖離していくんだよね。
だからこれやっていうのを見つけた時にこれやって反応できなくなっちゃう。
常に今がどんな状況であってもやっぱり本音だよね。
自分の本音みたいな真相真理みたいなところでやっぱりこうやりたいみたいなのは持っているので、
そことの具合調整確認は常に対話しとくべきだなっていう感じがするよね。
そうですね。だからそれがないと例えばいろんな漫画とかジモさんも映画とか色々見たりしてるけれども、
なんとなく見てこれ良かったなって終わってたら一個一個腹落ちしないじゃないですか。
自分の好き嫌いがね、はっきりしていかないので、
一個一個見てこの部分好きだなとかこの部分好きじゃないなっていうものを見つけていく、区別していくっていうのがすごく大事なんだろうなと思いますね。
そのためには実際に体験をして、これは自分に合ってる合ってないもいいけれども、
まさにジモさんが映画とかを見ているように物語を見ることでもその物語のストーリーによって追体験ができるので、
例えばキルケゴールによると聖書っていうものは物語という形でをもつにさせる力を持っていて、
だから多くの人の人生を変える力を持っているというふうに言っているので、
古典でも映画でも小説でもそういうものを見て、自分が何に感じるのか何に感じないのかっていうのを積み重ねて、
衝動を感じやすい体に変えておくっていうのが必要であるっていうふうに言ってて、
この辺ジモさんの言ってることとつながってるなーって思いましたね。
なんかあのフリネもそうだけど、ヒンメルもやっぱりちょっとキリストっぽく描かれてるんだよね。
なるほどね。
やっぱりキリストならどうするか、イエスならどうするかっていうのを常にキリスト教信者は考えるし、
教科に集まる意味もそこにあって、別に集まれなくてもいいわけじゃん。
せっかくの日曜日ドライブしたいじゃんねとかあるし、別に酒飲めるわけでもないんだから、古典中なんだし。
確かにね。
聖書だってね、そんなアニメーションも絵もついてないけど、みんな一生懸命読むわけだけど、
やっぱこう、イエスの臨場感とかその辺を確認するために集まってるのかなって感じがするよね。
なるほどね。
それってやっぱりあの人だったらどうするかっていうことを考えながら、
みんなね、人それぞれじゃん。エルディス・プレスリーが好きだったり、ビッシュのアイダージェンドが好きだったりとか、
人それぞれ好きだったりしたら違うけど、同じ人を語れるというか、モデルにして解像度を高めていけるっていう体験は、
それはそれでリッチだと思うので。
なるほどね。
それによって自分ならどうするかっていう、フリーレイもそうだよね。
インメルならどうするかが一個のテーマなわけじゃないですか。
それの感覚を描いてる感じがするんだよね、作品って。
そうですね。
だからね、ヒンメルはたまにしか出てこないけれども、すごい存在感が常にありますよね。
そうなんだよね。
だから僕の仮説なんだけど、イエス・キリストはめちゃくちゃイケメンだったって思ってるんですよ。
見た目がね。
見た目がめちゃくちゃイケメンだったと思ってるんだね。
できないと成立しないと思ってるんだけど。
そうなんだ。
やっぱこう、足腰立たない病に侵された末期の女性が、イエスに会うとすっくと立ってみたいな話とか、奇跡とかっていっぱいあるけど、
普通にあると思うんだよね。
調子悪くてもキムタクがファッと来たらすっくと立つと思うんだよね、みんなね。
みたいな感じとかね。
あとキリストでいうと、酒飲みでっていう悪口とかたくさん残ってるんだけど、
逆に言うと多分すごい面白い人だったんだと思うんだよね。
お酒飲んで宴会場で爆笑をバンバン撮る、例え話の話いっぱい出てくる。
からしだれの例えとかいっぱい出てくるけど、例え話できる人は頭が良くて面白い人なんですよ。
だからカリスマになったと思うんだけど、イケメンで話がおもろい、これはね、やっぱカリスマになるよみたいなことだと思う。
だからヒンベルもイケメンに描かれてるけど、
話もおもしろいというかちょっとでひょうきんな動像がね、いろんな恰好したりとかひょうきんなとこがあってね、愛されキャラだね。
だからああいうのって結構大事だと思うんだよね。
なんていうかな、担ぎやすいというか、愛されやすいというか、
リーダーとしては完全無欠な貴重面のやつよりはああいう感じの方がいいと思うんだよね。
だから他の弟子とかが担ぎやすかったりとか、いろんな角度で語りやすかったりとかすると思うから、
その辺がこのカリスマが生まれる原因だと思うんだよね。
なるほどね。でもそういうカリスマがいてくれたことで、キリストというカリスマがいたことで、
キリストならどうするかということを多くの弟子たちが考えて、救われた人がきっとすごいたくさんいるわけじゃないですか。亡くなった後もね。
そうだね。
やっぱそれはすごいよね。
2000年前だからね。亡くなりになったのがね。
そうそうそう。
どんだけ影響力があるんだという話ですよね。
いや本当にですね。でもそういう人を憧れというか、そういう自分の衝動を見つけて、
自分なりの人生を歩むのがいいんじゃないかと思って、
もう一個フリーレイの話がこの本に書いてあっていいなと思ったんですけど、
衝動的にこれやりたいっていうのが見つからないと寂しくなってくると言っていて、
寂しくなってスマホを見ているとインスタとかTikTokでどんどんいろんな情報流れてきたりとか、
通知が来てそれ見てとかって寂しさは解消されないけど、なんとなくダラダラと快楽を得るっていう風になってしまうのが今は良くないなと思っていて、
フリーレイもね、何の意味もない魔法を探すっていうことをずっとやり続けているわけじゃないですか。
あれはエルフという何千年という長大な時間を生きる種族っていうのは絶対にサメジサンに直面することを避けられないと。
友達も全員いなくなるし、当然ね。
その中でフリーレイっていうのは変愛に基づく趣味を追求していく。
くだらない魔法を集め続けるということの楽しさを生活の中心に置くことで、
寂しくなるであろう長い人生というものを悠々と過ごしているのではないかという風に書かれていて、
そういう面もあるかもなと思いましたね。
なるほどね。
それはあるけど、エルフ自体なんか淡々としている感じもあるよね。
確かに。寂しさを感じるのかっていうね。
人間のおせっかいの感じもするけどね。
なるほどね。
それはそれで僕はね、だからこの著者の見方とはちょっと違うけど、
おせっかいっていいなと思うんだよね。
おせっかい。
でも自分の想像力の範囲でベストをつくそうとしてるじゃん。
その人がそうかどうかとかは別にどっちでもいいというかさ、
別に外れた外れたでいいじゃんっていうのもいいんじゃない。
でも自分だったらこうだな、フリーレイ、千年後寂しいだろうなって思えるその想像力は、
でも千年後のフリーレイ、このあたり100年後だけど届いてるじゃんちゃんとね。
届いてる届いてる確実にね。
その時のさ、当日のフリーレイには一切届いてないじゃん。
届いてない、気づいてないよね。
なんでこんなことするんだろうって常に思ってるけど、
なんでこんなアホみたいな像像ばっかり作ってんのみたいな、うんざりみたいな。
だから愛ってそういうもんだと思うんだよね。
なるほどね。
なんかそういうところ、なんか本すげえ本質的なところを描いてる感じがするよね。
する、本当にフリーレイはね。
なんていうかな、哲学的というか人間理解がね、深くて。
面白いなあという形で。
まあまあね、これまで衝動どう見つけるのかっていうところ、
あの本を紹介しながら説明してきたんですが、
ちょっとこの本には書いてなかったんですけど、
せっかくマーケターの真夜中ラジオに行ったので、
衝動によって作られたサービスをどうマーケティングすればいいのかという話を最後にしたいなと思ってます。
まさに絵に飼って個人感化シェアというところで、
衝動によって作られた、当時誰もこんなサービスうまくいかないだろうって言ってたところをある程度まで大きくしたというところがあるんですけど、
それをやっていく中では小さなファン作りから始めていくということで、
初期は本当に車好きの人たちを集めるために、
最初の200人のオーナーを集めるために本当に一人一人会って友人紹介してもらったりとか、
その時僕はいなかったんですけど、大黒不動のパーキングエリアに行っていい車持ってる人に話しかけたりみたいなことをしてた。
大黒不動ってサザンオールスターズの歌詞でしか聞いたことがなかった。
あそこにあるパーキングエリアに行って。
そういうところは結構車好きがよく集まってたりする場所ではあるんですけど、そういうところでやったりとか、
車好き同士でマイカーを見合う楽しさっていうのがこのサービスはあるなということを見つけていったと。
でもそういう小さなファンの衝動っていうのは、衝動はさっき説明した通り他人には理解しづらいところなので、
こんな衝動を得られるよっていうふうに言ってもなかなか他の人はやらないと。
淡路島移住どうですかって言ってもなかなか人は動かないというところなので、
その小さなファンっていうところを一般の人の欲望と結びつけるということが必要だなと思ってます。
何かの時だと車の維持費を軽減したいっていう一般的な欲望をフックにして参加をしてもらって、
一回参加をしてみると、車好き同士でマイカーを褒め合う楽しさみたいなところに変わる楽しさを感じて、
より深くハマってくれる人とかもいて、サービス大きくなっていったなというふうに思うので、
2段階ファン作りをして、ファンの欲望と一般の人の欲望っていうのをうまく結びつけてサービスを大きくしていくっていう流れが、
こういう衝動で作られたサービスをマーケティングするには大事なんじゃないかなと思ってます。
なるほどね。
なんか、すごい懐かしい話になるんですけど、
第、適当ですけど、30回目ぐらいにヨンさんとの話の中で出てきたのが、
エニカを事業構想のタイミングで、
まずDNAの会長、ナンバー・トムコさんに提案しましたと。
その時にナンバーさんは、誰がこんな自分の車を貸すのよみたいなことを言ったと。
その事業部長か責任者は、立ち上げたかった人は、あんたはターゲットじゃないと。
言って黙らせるっていうね。
騙されて。
そうだよね、みたいな。
でもそういう人もいるんですと。確実にいるんですって確信を持って言って通した。
その時にその人が黙ってしまったら、サービス自体が生まれてなかった。
生まれてなかったね。
でもその時に、あなたはターゲットじゃないんですって言い切れる、その信念って何かって言ったら、
その人の中でずっとあった、何かしら浄土の積み重ねだと思うんだよね。
その蓄積のパワーだと思うんだよね。
それが、ナンバーさんと言うよりも思いつきで言ってるだろう。
だって今言ったんだから。今提案したことでリアクションで返しているんだから。
これに負けるわけにはいかないって思えるのは、やっぱり信念だと思うんだよね。
信念ですね。
一丁一石では身につかない、何かしらの確信があって、そこなんだろうなって思うんだよね。
確かに。
浄土っていろんな意味があるけど、この本で言う浄土の意味は、エネルギーみたいな意味帯の浄土なんだよね。
それはリチウム電池的な設備が充電されていくので、積み重なっていくと大きなエネルギーになっていくので、
一般的な浄土とは全然違いがあるよね。
理屈とか何かしらでは還元できない、説明できない、でもすごい力みたいなのは人間にはあると思うんだけど、
その辺の多分根源なんだろうなって気がするね。
これはAIでは絶対できない、人間だからこそのある意味非合理的な考えというか、そこがいいんでしょうね。
インド人もびっくり的な感じで、AIもびっくりな感じで。
一般的にはそんなこと考えませんよっていうのが多分AIの答え。
ナンバーさんの質問とかAIっぽいじゃないですか。そんなサービス誰がやるんですかとかってね。
AIっぽいよね。
誰が自分の車なんて貸すの?汚されたらどうするの?至極的に真っ当ですが。
それを超えた理屈を超えた人もいるんですよと。
そこだね。特にマーケットがあるじゃないですか。
100人に97人は自分の車を貸したくないと思っても、3人が貸したいと思ったらそこはそこでマーケットなんだって話だよね。
そうなんです。
そこの信念だよね。
皆さんは今回の話を聞いてどんなことを考えましたか?
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さて今週の明日使える低ネタ超マーケターの前中ラジオもそろそろ締めるお時間となります。
本編で偏愛とか衝動とかって話をしたんですけど、やっぱこういう誰もが納得できる文明的なというか合理的ではない個人が感じるものとか文化的なものっていうのかな。
一部の人はすごくいいと思うようなものとか伝統とかそういうのもいいなと感じた体験がありましてですね。
ちょうど子供が私立中学に入ったんですけど、これが100年以上続く私立中学で。
ブルジョア人だな。
いやいやいやいや別にそんなことはないんですけど。
その入学式の伝統と格式みたいな感じてですね。
伝統と格式とかも日々感じることないじゃないですか。僕らの生活の中で。
伝統と格式はないな。
ないでしょ。だからそういうものって結構軽視してたわけよ。別に伝統とかいるみたいなAIの時代にみたいなそんな感覚だったし、むしろ古くさくて良くないじゃんみたいなそんな感じで思ってたんですけど。
でも俺の中ではこれも偏愛の一つだなと思って。伝統とか格式とかそういうものって確かに別に全ての人がそれを納得しているわけじゃないし、でもそれを誇りに思う人もいるというものとして。
人生の形作る豊かさの一つのものだなっていうのを感じて、こういうのもいいよなって思いましたね。
伝統と偏愛だね。
偏愛そう。こういうものって結構これまで30年くらい軽視されてきたものだと思うんですよね。伝統とか格式とかってどんどん時代がすごいスピードで動いていって。
過去を否定して新しいものが生まれるからね。新しいものが生まれ続けた30年間だったので、むしろ過去は否定され続けてきた30年間でもあったかもね。
それがそのAIが出てきて、その過去を否定し続けた先に、あれ?なんか何も残らないぞみたいな。コスパタイパー追いも止めた先に結局メンパでぐるっと一周回って元に戻ってるじゃんみたいな。
そういう感じがやっぱ最近特にしますね。
そうだね。これやっぱり伝統回帰に戻るんだろうかね。
一つの価値として感じましたね。
中学受験の時も積極的にやったわけじゃないですよね。どっちかというと、うちの住んでるエリアは小学生のクラスの6割が私立の中学に行くんですよね。場所的に。
だから受験しない方が意思決定がいる。4割側に入るってことなので、じゃあ受験するかっていうぐらいの感じで受験してみたりしたんですけど、結果これはこれでいいかなって思ったね。
だからカルチャーに入るってことだもんね。
そうなんだよね。
公立高校にはカルチャー、中学にはカルチャーないと思うから。
ないないない。むしろ良くないよね。多様性を受け入れないといけない。誰もが入れなきゃいけないから、カルチャーではなく文明的というか合理的で汎用的であるべきで。
開かれてるべきだからね。むしろ私立はこのカルチャーに染まれますかっていうところだから、はいっていう人が入ってくるからね。
そうそうそう、それをねできるのは面白いなぁと思いましたね。そうかこういう手段もあるなぁと思いましたね。カルチャーに入るっていうね。
だから多分同窓とかもやっぱり結びつき強いなシリーズもあると思うね。
確かにそうっすね。大学もそうっすもんね。僕、半大のOB会とか一回も行ったことないし、なんか結びつきとか、僕がね、あの真面目な学生だったからっていうのもあるけど、全然ないけどね。
そう、僕もだからこの収録の3日前にまた半額のサンダーキャンパス、丸1時間かけて散歩しましたけど。
すごいね、遠いのに。
やっぱね、めちゃめちゃ好きなんだよね、やっぱね。
そうっすよね、ジモさん好きですよね、大学ね。
桜の季節は東京にいたときは帰れなかったわけじゃない。東京にいたときに仮に間隔に行けたとしてもゴールデンウィークとかお盆とか年末年始じゃないですか。
桜の季節って自分が入学したとき以来なんだよね。
なるほどね。
そう、だからすごい感動して、なんか3年前くらいに一回行って、あ、なんでこんなに違って見えるのかなって思ったら、あ、そうだ、今日桜咲いてるわ、間隔にって思った。
そっからはなるべくその季節には行くようにしてて、それは26年前に自分が入ったときの気持ちを思い出すためですよね。
いいですね。
僕もだからめちゃくちゃ意思決定して韓国に入ったから、8年間くらいその高校から韓国入学者いなかったわけ。
あ、そうなんだ。
俺は地球を救うみたいな感じで、すごい意思を設定して、それだったら一定いいとこに行かなきゃいけないみたいな感じで、全然勉強したことなかった子だったんだけど、野球少年だしみたいな。
で、そっからこう、ある日確然と後二の夏くらいに、俺はクソ勉強するのであるって決めて、野球の練習とかもだんだんダルくなっていったんだけど、
朝練でバッティングマシーンにボール入れながら単語帳を見るみたいな日々を過ごして。
すごいね、衝動だねそれは。
一年半かけて、だから8年ぶりかな?しかも8年ぶりに野球部二人を連れて、いきなり8年ぶりに三人が韓国に入るみたいな奇跡が。
じんもさんだけじゃなくそれに影響を受けて入った人がいるってことですか?
そうそうそう。
へーすごいね。
それ以外だから大体偏差値50くらいの大学に行くような高校だったのね。
すごい。
そう、だからこうだみたいな。で、ナラティブ?ストーリー?こうシュンタンみたいな。で、一緒に行こうぜみたいな感じでやると、別にそのね、学生なんていうの、野球部だって勉強しないじゃないですか、普通は。
野球が大変だからね。
だからなんだけど、その年は妙に野球部の出来が良くて、野球部の顧問が教育者としてすごい人気が収穫される体育の先生だったんだけど。
すごいね、それは。だからヒンメルならそうするの、じんもさんならそうするみたいな感じでね、みんな頑張って勉強したわけだ。
そうだね、めっちゃ勉強してる。なんかそういうのがあるのもあるけど、やっぱり母校にはなんかすごいナミナミならぬ思いというか、最初にその意思決定をして、絶対無理だなと思ってた。目標叶えた場所なので、まだにすごく原点回帰というか、なんかそんな感じだよね。
確かめる感じで行くから、その時の気持ちに戻れる感じがする。夢からたーってずっと思ってたから、1年間ずっと思ったんだよね。
でも大事ですよね。受験とかもどっちかと言えば否定的だったわけですよ。小学校6年生からね、受験勉強なんかしてどうすんねんと別にね、いい大学に行ったら人生良くなるわけでもない時代に、中学をそんなにみたいな風に思ってたりしたけど、
でもまあ、別にどのところに入るかどうか別にして、受験をして頑張って自分の目指したところに行けたんだとか、そういう感覚ってやっぱり人生豊かにするよなーって思いましたね。
うーん、そうだね。結局は成功体験だし、あと一個もすごい締め切り力だと思うんだよね。そこを守ったっていうのを社会人全員が理解できる、共感できる途上じゃん。受験とかって。
まあ途中で調子悪いとか失敗したりサボったりなんかやる気なことしたりするけど、締め切りに間に合わせる人なんだ。この人はっていうのが多分受験に成功した人の共通な体験だと思うので、そこの資格だと思うんだよな。この人は締め切りに間に合わせる人なんですね。
明日使える聞くネタ帳マーケターの前中ラジオでは、マーケティングに役立つ情報を毎週配信していきます。ポドキャストをフォローするとマーケターとしての知見が毎週溜まっていくので、ぜひフォローしてみてください。ではまた来週の土曜日、ポドキャストでお会いしましょう。さよなら。