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2026-10-09 15:38

JP#3|なぜ清水寺は、崖の上に舞台を作ったのか?【京都編】

「清水の舞台から飛び降りる」。

この言葉どおり、江戸時代には本当に舞台から飛び降りた人たちがいました。なぜ人々は、高さ13メートルの舞台から飛んだのか。そもそも、なぜ崖の上に舞台を作ったのか。その答えは、清水寺に祀られている「観音様」にありました。


▼ この回で分かること

・「清水寺」という名前の由来と、坂上田村麻呂との関係

・釘を1本も使わずに建てられた舞台の秘密

・神社とお寺の違い(見分け方とお参りの仕方)

・観音様とは? なぜ人々は観音様に頼ったのか

・清水寺を訪れるときのコツ(狛犬、奥の院、音羽の滝)


▼ 目次

オープニング

778年、清らかな水から始まった寺

神社とお寺の違い

観音様とは?

なぜ人々は観音様に頼ったのか

現地で楽しむコツ

エンディング


▼ 次回

JP#4|なぜ三十三間堂には、1001体も観音像があるのか?【京都編】


▼ パーソナリティ

新井大貴|福井県在住の英語コーチ。全国通訳案内士を目指して勉強中。TOEIC 930点、英検準1級。


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サマリー

京都・東山の清水寺が、778年に清らかな泉を探した僧・延鎮の活動から始まり、坂上田村麻呂によって観音様を祀る寺として発展した経緯を紹介します。崖に張り出した舞台は、斜面に柱を組み、釘を1本も使わずに建てられています。舞台が観音様に芸能を届ける場だったことや、江戸時代に234人が飛び降り、その約85%が助かったという記録にも触れます。後半では、神社と寺の見分け方や参拝方法、観音様の役割、清水寺の見どころとして仁王門の狛犬、奥の院、音羽の滝を説明します。

清水寺の始まりと舞台の構造
万華鏡 Mangekyo, Japan through history.
さて、今回訪れるのは京都の東、東山にある清水寺です。
清水の舞台から飛び降りる、思い切って大きな決断をすることを日本語ではこういうふうに言います。
この言葉は知っていても、実際に舞台に立ったことがある人は意外と少ないかもしれません。
舞台の高さは崖の下からおよそ13メートル、だいたい4階建てのビルくらいの高さとなっています。
ではここで一つ質問です。この舞台から本当に飛び降りた人っていたと思いますか?
実はいたんですよね。それも一人や二人ではありません。
ではなぜ当時の人々はこの高さから飛び降りたのか?
そしてそもそもなぜ崖の上にこんな舞台を作ったのか?
今回はその答えを探しに行きます。
清水寺の始まりからお伝えしていくと、清水寺は778年に設立されたと伝えられていて、
奈良で修行していた延陳というお坊さんがある夜、夢の中でお告げを受けます。
北へ行き、清らかな泉を探しなさい。
そしてたどり着いたのが今の清水寺のある山、おとわ山でした。
つまり清水寺はもともと水から始まったお寺です。
このお寺を大きくしたのが坂上田村麻呂という武将です。
第一回で平安京を作った関武天皇の話をしました。
坂上田村麻呂はその関武天皇に仕えた武将で、
正位大将軍として東北地方への遠征を任された人物としても知られています。
田村丸は延陳と出会って深く心を動かされ、観音様を建て祀るお堂を建てたと伝えられています。
ここから清水寺は都の人々に親しまれるそんなお寺へとなっていきます。
今ここで出てきた観音様、実はこれが今回の話の一番の鍵となります。
後半でじっくりお話ししていきます。
今の清水寺の建物は平安時代のものではありません。
清水寺は長い歴史の中で何度も火事で焼けています。
つまりもう400年近くあの場所に立ち続けています。
1994年には古都京都の文化財の一つとしてユネスコの世界遺産に登録されました。
その本堂の前に張り出しているのがあの舞台となっています。
舞台は崖の斜面に太い木の柱を何本も建て、その上に板を張って作られています。
この建て方を掛け作りと言いまして驚くポイントとしては、
なんと釘を一本も使わずに木を組み合わせるだけで建てられているというところですね。
自分が実際にこの本堂の中に入った時に舞台小柱そういうふうに書かれた古い大きな柱が展示されていました。
これはかつて舞台を支えていた柱でして、
釘を使わない木の組み方だからこそ古くなった柱を取り替えながら舞台は何百年も守られてきました。
神社とお寺の違い
その舞台を作ったのか、その答えを知るにはまずお寺という場所について少し知っておく必要があります。
ここで前回の伏見稲荷大社を思い出してほしいのですが、
伏見稲荷は神社、それに対して清水寺はお寺です。
どちらもお参りをする場所なのですが、実は建て祀られているものが全く違います。
神社に建て祀られているのは日本に古くからいる神様、伏見稲荷ならお米の神様である大稲荷さん、
狐はその神様の使いでした。
一方でお寺に建て祀られているのは仏様です。
見分け方の目安としては鳥居です。鳥居があるのは神社、お寺には普通鳥居はありません。
前回の伏見稲荷にも秀吉が寄進した大きな門がありまして、
門は神社にもお寺にもあるので目印になるのは鳥居の方です。
もう一つお参りの仕方も違っていて、
神社では基本的には二礼二拍手一礼、二回お辞儀をして二回手を叩き、最後にもう一度お辞儀をします。
一方お寺では手を叩きません。静かに手を合わせるだけです。
神社では手を叩く、お寺では叩かない、これを覚えておくだけで日本のお参りがぐっと身近になります。
観音様の役割と信仰
そして清水寺に建て祀られている仏様こそ先ほど出てきた観音様なんです。
観音様、正式には観世音菩薩と言います。
観世音というのは世の中の音を見るという意味でして、つまり困っている人の声を聞きつけて助けに来てくれる仏様です。
この仏様には大きく二種類ありまして、一つはすでに悟りを開いた如来、第一回話した奈良の大仏はこちらとなっています。
もう一つが悟りを目指しながらも目の前の人々を救うことを優先している菩薩、観音様はこの菩薩に相当します。
ちなみに観音様は実在した人物ではなく、仏教の教えの中で語られる慈悲の仏様です。
救う相手に合わせて姿を変えます。
仏教の中では三十三の姿に代わって救いに来ると説かれています。
なので観音様には色々な種類がありまして、
例えば、頭の上に十一の顔を持ち、あらゆる方向を見守る十一面観音、千本の手でより多くの人を救う千手観音、
人の悩みの数だけ観音様の姿があると言ってもいいかもしれません。
清水寺の御本尊はこの二つを合わせた十一面千手観音です。
ただし普段は扉の奥に隠された秘仏でして、公開されるのは原則として三十三年に一度だけ。
ここでも三十三という数字が出てきましたね。
ではなぜ人々はこれほど観音様に頼ったのか。
それは観音様が今生きているこの世の悩み、これを助けてくれる仏様だったからです。
例えば、病気や火事、水害、あるいはお産などです。
御経には観音様の名前を唱えれば、火の中でも水の中でも救われる、そういうふうに書かれています。
身分に関係なく誰でも頼れる仏様だったんです。
その人気を表すのが西国三十三所、関西にある三十三の観音様のお寺をめぐる巡礼で、清水寺はその十六番目に値します。
飛び降りの記録と舞台の意味
ここでようやく舞台の話に戻りまして、清水寺は清らかな水が湧く山から始まったお寺です。
なので本堂も平らな土地ではなく音羽の滝が流れる山の斜面に建てられました。
そこで斜面から空中に張り出す形で作られたのがあの舞台です。
つまりあの舞台というのは観音様に見てもらうためのステージだったんです。
では最初の問いに戻ります。本当に飛び降りた人はいたのか。
江戸時代の記録によると舞台から飛び降りた人がなんと234人も残っています。
ではなぜ彼らは飛び降りたのか。観音様に命を預けて飛び降りれば願いが叶うと信じていたからです。
困った人を必ず助けてくれる観音様ならきっと守ってくれる、そう信じて人々は飛んだんです。
驚くのはそのうちの約85%の人が助かっていることです。
下には木々が生い茂り地面も柔らかかったためだと言われています。
ただ亡くなった人もいたので1872年明治時代になって京都府が禁止しました。
清水の舞台から飛び降りるこの言葉の裏には観音様に全てを託した当時の人々の姿があったんです。
清水寺を歩く三つのポイント
最後に清水寺を訪れる時のポイント3つ、歩く順番で紹介していきます。
一つ目は入り口の赤い門、仁王門の前で狛犬の口を見てみてください。
狛犬は普通、片方が口を開けたあ、もう片方が口を閉じたうんのペアになっています。
あうんの呼吸のあのあうんです。
ところが清水寺の狛犬は二頭とも口を開けているんです。
自分も初めて見た時は思わず二度見しまして、その理由にはいくつか説があるそうです。
二つ目、舞台に立った後は奥の院の前まで歩いてぜひ振り返ってみてください。
舞台の上にいると舞台そのものは足元なので見えません。
奥の院からなら崖に張り出した舞台の全体が見えます。
写真やポスターでよく見るあの景色というのはここから撮られています。
晴れていれば舞台の向こう側にある京都タワーも見えます。
そして三つ目、坂を降りたところにある音羽の滝ですね。
清水寺の名前の由来になったあの水です。
滝は三つの流れに分かれていて、それぞれ楽行、恋愛、長寿のご利益があるとよく言われています。
ただ三つ全部飲むと欲張りでご利益がなくなるとも言われているので気をつけてください。
今回は清水寺にまつわるお話でした。
清らかな水から始まったお寺、崖に張り出した舞台というのは観音様に芸能を届けるためのステージ。
そして江戸時代の人々はその観音様を信じて舞台から飛び降りていきました。
次回はその観音様がなんと千一体も並んでいるお寺へと移っていきます。
それは三十三間堂です。
今日この放送で出てきた三十三という数字の意味ももう少し深くわかっていくそんな内容となっています。
最後に少しだけお知らせさせてください。
自分は今英語を学び直したい方に向けて英語コーチングを行っています。
学生の頃の英語をもう一度やり直したい、日本のことを英語で話せるようになりたいという方はぜひ概要欄からチェックしてみてください。
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最後まで聞いていただきありがとうございました。
お相手はパーソナリティの新井大貴でした。
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