学びの楽屋、この番組は、学ぶ力を再創造する、をミッションに掲げる、株式会社Learner'sLearnerの黒川君治と大谷直樹が、これからの学びやリーダーシップの在り方を、面白がりながら、取り直してみるビデオポッドキャストです。
こんにちは、Learner's Learnerの大谷直樹です。
黒川君治です。
今回は2回にわたってお送りしてきた、一応リーダーを探求しようという、まとめというか最終回ですね。
前回、前々回と市川力さんと、我々Learner's Learnerのメンバーで大阪を巡っていった、日本の学びの源流をたどるという旅について、色々話してきているんですが、
今回、最終回ということで、続きとまとめ的なものを話していきたいと思います。
まとまるんかな。
鶴橋モーニング行き。
そっから、玉作りだ。
玉作り。
玉作りから降りて、ふらふら歩いて、真田山、真田丸のね、大阪冬の陣やったっけ、夏の陣やったっけ。
夏の陣かね。
夏の陣か。そこの舞台になったところを歩いていってる中で、お墓があったよね。
そうそう。
陸軍のね。
日本陸軍のお墓。これももう完全にたまたまだよな。
さまよいたどり着いたみたいな感じだったよね。
こんなとこにお墓あるって思ったら、めちゃくちゃ広い範囲で、ブワーって墓石が立ってるみたいな。
それがたぶん西南戦争。西南戦争って書いてなかったけど、要は西郷さんが起こした。
鹿児島の。
薩摩って書いてたよね。
亡くなられた墓が結構あったりとか。
戦争の時代、日清日露の時に亡くなられた方の墓がバーっと並んでて。
そういう時に昨日の江戸時代の安定した時に教育に流れがいったけど、
やっぱり戦争の時代にあれぐらいフラットで自由な学びってできたのかっていう話とかになってて。
平和っていうものとか、一人一人の自由民主的な学びっていうのが一体何なのかみたいなところもそこも自然と考えてた記憶はある。
全部台無しにするよねみたいなのがすごくわかるし、大量の墓石を目の前にすると教育なんか起きないよなとか。
平和を保ち続けるのはやっぱり教育だよなみたいなのも戻ってくるのもすごい思ったし。
たまたまね、行ったその墓地で。
そこから開徳堂にまだたどり着かなくて、木村賢家堂っていう人がいたんだよね。
この人も大阪の江戸時代に学びのサロンを作ってたんだよね。
商人だよね。
商人、木村賢家堂っていう。その人のお墓に行こうって話になって、お墓を参りに行くっていう。
これ初めて聞いたんですけど、日本語で相対って言うんだって言ってた。
個人のね。
個人のお墓を参ることを相対って言って、歴史家の人とかはみんな相対から始めるって言ってたよね。
掃除するに苔。
掃除するに苔か。
苔を掃除する、相対って言う。
個人のお墓の苔をきれいに磨いて清めることを相対と言います。
まさか相対すると思ってなかったけど、相対って木村賢家堂の墓があるからって言って。
この人の学びのサロンには本当にいろんなジャンルの人たちが出たり入ったりとかしていたっていう話で行ったんですよね。
じゃあそこもまた、これもほんますごいなと思うんですけど、たまたま庭師さんが来てて。
庭師の人に木村賢家堂の墓どこですかってリキさんが聞いて。
ちょっと住職呼びますねって言われて、住職のお上さんが出てきていただいて。
どこですか木村賢家堂の墓ってさ、リキさんの目の前にあったっていう。
それですよって言われて。
目の前にあるんですね。
そこから木村賢家堂の、もちろん僕らが本にもあんま乗らないようなエピソードトークがお上さんからもぶわーっと話してもらって。
相当な遊び人やったっていう話でした。
墓の側面に愛人がいたって漢文で書かれてて。
そんなんお墓に書きます?って言われて。
どんな人やったんかって、それだけで大体想像つきますよねみたいな。
いろんなものを幕府から没収されたけど、それでも遊んでたっていう話とか。
遊びながらいろんな人に、友達もめっちゃ多かったんだよね。
絵描きとかね。
絵描きとか。
友達のお墓が近く、同じ敷地内に何個かあってみたいな。
これもあえて置いてるみたいな話とか。
学びと遊びみたいなところで、仲間と学ぶっていうのが何なのかみたいなのを自然と考えてたよね。
あとはサロンっていう場の出来がいいのかなとか。
ずっと学校作りたいって言ってるよね。
小学校みたいなものを作るのかとか、私塾で行くのかとかさ、いろんなアプローチあって。
サロンか、みたいなのを少し思ったりとか。
個人の、特に江戸時代の人たちで、結構シュッと似顔絵が、筆で描かれた似顔絵が残ってるんだけど、
木村賢家堂は笑ってんだよな。
そうそうそうそう。
笑ってるでしょって。
あの時代の人で笑ってる。
笑ってそれ残す人っていうのがほとんどいない。
それぐらい愉快な人やったっていう話とかで。
あそこでもだから一つ大阪の町人の文化で、金儲けだけじゃなく、いろんな文化とか趣味思考とか、
学問とか、人体を開いていくと何があるのかとか、そういうのも結構やってたっていう話とか。
すごい面白かったよね。
ようやくじゃあ行きましょうつって、海徳堂カフェに行ったんやっけ。
いや、その前に海徳堂作った中井理研とか、中井さんの墓、そこを早退した後に、
そば食べて海徳堂カフェに行ったんだよ。
その墓見るだけで感動するわけよね俺ら。
な。
これが畜産か、畜産の墓だーっつって。
えーっつって。あ、修和もいるとか言ってた。
そこの墓が、畜産中井って、下の名前が上に来て、苗字が下に入ってる墓で、
当時珍しいんちゃうかっていうところにやたらもう一人行ってた住県が気になって、
そればっかり言ってた。なんであれが反対なんやつ。
りきさんも俺らもなんでなんやろなーって。
あれはね、すごいあしらわれてたよね、全員に。
そうですねーって。
なんか反対やなーって。
唯一今回だから課題図書みたいな感じで事前に渡された、自由学問都市大阪海徳堂っていう本があって、
その宮川先生が出された本があって、
それは知識としては読んで、で散々一日二日目午前回ってきてるから、
海徳堂カフェって見るだけで、やばいってなるよね。
嬉しいよなー。
そのカフェがどういう場所で誰が経営してるかも全然知らされてないからさ、
そんなのあるんやと思って、パッて入ったらこの課題図書の著者が先生がいらっしゃって、
あれもあえて言ってなかったのかな。
いや俺には、最後カフェ行きましょうだけやった。
なるほどね。
でも旅中にきっといる、絶対いるって言ってた。
で、アポ撮ってんのかなと思ったのね。
もちろん撮ってなくてさ。
でも絶対いるからって。言ったらほんまにって。
すごいよね。
怖なったもん俺。
ずっと言ってたやん、資料館であの人出てきましたねとか言って。
で、観山楼であの2人担当の方も出てきてくれてとかって。
寺では説明してくれたし、最後ラスボスが多分出てくると思いますよとか言いながらさ。
言ってたな。
ラスボスみたいな。したら宮川先生が出てきて。
ありがたみが違うよね。
アプリシエーション的な深さが違うというか。
で、じゃあ観山楼はどんな場所だったのかっていうのを、
それこそ研究してる人にやっと色々聞かせてもらったら、
なんかもう一個一個のコメントが、
あ、そうなんですねっていう感じで受けれないというかさ。
そうね。
だからなんやとか、なんで、
そう、なんていうのかなあれ繋がりが、
一個一個聞いてて面白かったよな。
で、研究ずっとされてきてる人だから、
どんな様子でさ、みんながその解読堂で勉強してたかも、
もちろん文献を読みながらさ、かなりことかまかに知ってはったやん。
それを教えてくれたりすると、
一回その空間、まあそれは解読堂じゃないけどさ、観山楼みたいなところに行ってるから、
その当時の始熟の雰囲気みたいなのがさ、自分の中で体感としてあるやん。
そうするとその話聞くだけでさ、染み込み方が違うというかさ。
当時使ってた教科書も出してくれたでしょ。
コギ、コギ、コギ堂、コギ書って言ってたっけ、コギ書。
そこに当時の人が赤で書いてんねんな。
そうそうそう、教科書にメモ書きしてて。
そこはだから最後、なんであんなにみんな学びを面白がったのかっていう質問に対して、
そう何もなかったし、言われなかったからじゃないですかって、
学べとも何とも言われなかったから、
人間っていうのは学びたいものなんじゃないですかっていう風に言ってて。
で孔子が言ってたら、詩曰く、学びて時にこれを習う。
よろこばしからずやん、みたいな。
最初のね。
そう、結局だから学んで試してみたいな。
それが本当に嬉しい、人間が生きる上で嬉しさなんじゃないですかっていう話と、
リキさんが前日鶴橋で言ってた、学びやる時にとにかく邪魔しないことって。
もう全員持ってるから、あれしろこれしろって言った瞬間に奪っちゃうから、
邪魔しないことなんだって言われたことともうめちゃくちゃつながるなと思って震えた俺だから。
かといってそれをそのままやれっていうメッセージでもないしさ。
これを俺らが受け取って、
どうやって目の前の課題にさ、仕事だったりいろんな業務に追われる中でその視点を持ち続けるかっていうか、
どういうバランスでそれを発動させるのかみたいなのが、次の問いよね。
それやるのが、那木さんたちの仕事じゃないですかみたいな。
なんかそういう時間だったなと思うから。
いつでも遊びに来てくださいって最後に宮賀先生も言ってくれてたし、
大阪っていう場所で自然と学びがどんな立場であろうと起こしていくっていう。
生まれてたっていうのは嬉しいよな。
こういう歴史を学ぶとさ、無理な新しいムーブメントを作ろうとしてるわけでは全くなくて、
本来やってきたことを、またそのタイミングが来たからこれからまたやろうみたいな、
もう少し引きで見るとさ、すごいそういうふうに思えたし。
で最後、開徳堂の記念の石碑まで行ったよね。
石碑までね、淀屋橋の石碑まで行って。
集合してすぐその石碑行ったら、全然違ってたと思う。
ただの石。
あーこれかーっつって。なんで建物ないやろうなーみたいなさ。
確かに。
っていうノリで俺もさ、最初やっぱ福岡から新幹線行くときに、これ実は建物ないんでしょみたいな。
石碑見に行って何学べるんやろうみたいなの、ちょっと思ったりしてたから。
実はこういろいろあって、寄り道していろんなもの繋いで、最後この先生に会って話聞いた上で行って、
感動?なんかすごい表現むずいねんけど、感動するし、なんだろう、
その石碑からコンテンツを学んでるわけではないんだけど、
なんかこの体験からさ、いろんなものを学んで紡ぎ出していこうみたいな力は加わるよね。
こういう体験ってさ。
だから何のフレームワークを学んでるわけでもないし、解釈法とかさ、視点を、セオリーを学んでるわけじゃないけど、
とにかく学んで抽出しようみたいなドライブをかけてもらってる感覚はあって、
それがめっちゃ大事よねってすごい思うよね。
もちろん最後も一人一人感想を言ったりとかも全くなく、
じゃあ、もう最高でした。では、行きます!みたいな感じで終わったな。
だから初日でも結構夜思ってたけどさ、振り返りみたいにしないから、
どっかオンラインでやりましょうとかって言うんだけど、
でも自然とさ、お互い何となくの関心だったり問いを持ってるよね。
俺からすると学校を作るためにどういう仕掛けがいいだろうとかさ。
そういう問いだったり関心テーマがあるから、それフィルターにして結構自分の中で消化進むし、
あれだけの体験をすると。
だからそれでいいんやなみたいなのはすごい思うよね。
確実的にこのメッセージをこのフレームワークの使い方を持ち帰ってください、このプログラムではみたいな。
するとやっぱり全部禁止に整えて出さなきゃいけないけど、届けなきゃいけないけど、
それぞれ違う持ち帰り方でいいっていう、
まあシンズいいよね、単級学習のね、アクティブラーニングの。
だからやっぱ道具的な学びっていうのと全く違うというか。
だから俺らが体験したことって、
ほんま教科書で見たら、書類で見たら学べることかもしれへんけど、
どうやってそれを知ったのかっていうとこが全然違うやん。
知ってることと、どうやってそれを知ったのか知るのかっていう、
この校舎の体験がやっぱすごい大事なんやなって思うと、
なんかこう、探究学習とか地の探究とか、国際バカローレやってあるやん。
あれもセオリー・オブ・ナレッジっていう一つの塊があんねんけど、
知ってることじゃなくて、何からそれを知ったのかっていうのが結構問いのフレーズで。
だから知らない間にただ知ってることを、
なんかどうやって自分はそれを知るっていうところに行ったのかっていう、
このプロセスを丁寧に見ないと、バイアスだったりとか、
正解をただ言ってるだけだったりとかするから、
ここをどれくらいちゃんと自分で認知しながら、感覚で体験とともに語れるかっていうのが、
本当の探究学習なのかもしれんし、それがリフレイムするっていうことかもしれんし、
冒頭の企業の話かもしれんけどさ。
そこら辺に繋がってくるなっていうのは改めて思った。
そうね。
これだってもう翌日福岡帰って子供たちとこれやったからね、フィールドブログ。
一日中公園、大堀公園っていう福岡にあるめっちゃ大きな公園を一周しながら、子供にカメラも出せて。
で、俺自身がめちゃくちゃ面白がりだから。
見てこの葉っぱ!みたいな。こっちの葉っぱとかだって違う!みたいな。
初期値入れて。
初期値2,3発入れたら面白くらい面白がってさ。
全然普段見ない看板とかさ、書かれてる文字とかさ、アテンションがいくみたいな。
すげえいい体験。
やっぱ一個気をつけなあかんのはさ、文科省の探究的なって言ってたじゃん。
たぶんこれから受験とか何か合格するために、もうすでに起こってると思うんだけど、探究学習をちゃんとやってないと、そこでいい点取らないと受験受からないってなってくると、
受かるために探究学習をどうやって収めるかみたいになってくると、
この地の起こり方、俺らが今回体験した探究の起こり方と、
受かるための探究の起こり方っていうのは同じ言葉でも全く質が異なるから、
でも限られた時間の中で学校は探究学習提供しなあかんってなると、
もうちょっとシステマチックにさ、このタイミングでこれ入れて、これ入れてってなってくると、
今回やってたらちょっとトイレ行っていいですかって言ってさ、そこで1時間面白がるみたいなことやられへんわけよ。
そうだね。
そう、そうなったらもう、あ、そっかこれちゃんとクライテリア満たすために探究をどういう風に消化しないといけないかみたいなのの力学で、
だから真逆のことを次要求しちゃうからさ。
そういうのめっちゃ自覚しとかないといけないな、大人側がね。
そう、大人側が。
どうしても教育機関が存在してる以上さ、そのエントリーの門があるし、
それから卒業したっていう資格付与の構造があるからさ、
どうしてもそこを通れるかみたいな序列がついていくやん。
うん。
真逆の精神というか。
うん。
だから結構分けた方がいいのかもね。
ああ、そうだよな。
やるときはやるんですよみたいな、好きかどうかとかいいからやれみたいな、
わからんけどそういうまあ、その業務文化みたいなのどこの会社に行ってもやっぱりどっかあるし、
でもやっぱふとしたときにちょっと外れられるというか、
うん。
この楽しみにもう一回自分で自覚して戻れるみたいな、
分かれてる方がもしかしたらいいのかなって。
だからやっぱ最初の起こり方っていうのがそういう意味ではめっちゃ大事なんやなと思う。
うん。
まさにそれをだから人生の始めの方で堪能しきっといた方がいいよね。
そう。だから邪魔されず思いっきり味わっていいっていう、
なんかそんな体験みたいなのは、
まあリキさんと一緒なのか一緒になのかわからんし、
でもLLとしてはなんかこのセンスというかこの感覚、今持ってる感覚は何らかの形で届けたいし、
やっぱ純粋楽しい。
楽しい。
楽しい、なんかもう何のためとか関係なく。
そうなんだよね、この何のためっていうのがやっぱつくから色々ややこしくするし、
いろんな教育手法があったり子供の可能性を自由に伸ばすみたいなその方向でいろんな教育が組まれるけど、
だってそうした方が社会的に経済的に将来成功するからみたいな、
そういうナレティブにくっつけられちゃうからどんどん歪んでくる感じがしてて、
楽しさとしてまずそれを伝えたいみたいなのがあるし、
その道具的な学びからのダッキャットみたいなのがすごく大事だし、
一方でとはいえ泥にまみれてやらなきゃいけない仕事みたいなのにどう向き合うかみたいなのもめっちゃ大事だから、
生き生きできるみたいなのがすごい大事よね。
はい、いやー喋ったね。
喋りましたね、だいぶ。
めちゃくちゃ喋ったね。
でも分からん、もうちょっと寝かして喋ったらまた違うこと出てくるかもしれんっていうようなそんな本当に体験やった?
そうよね。
なんかこれをエッセンス紡ぎ出して試してみたい、新しい学びの場を作ってみたいもあるし、
これシリーズものとしてこの源流を辿る旅は続いていくみたいな。
続いていくね。
次回は関東?
千葉、千葉ね。千葉にこれ一個面白いとこあるんですよって言ってたのと、
あとどこって言ってたかな、山形って言ってたかな、新潟って言ってたかな、
ちょっとなんかリキさんリサーチによるといくつかがあると、そこを思いっきりやっぱり行くことが大事だから。
ここでお届けできればなと思うんですけど。
そうですね、僕らだけじゃなくて。
もうリキさん来てもらってもね、ここに。
そうね、とかミネルバーのさ、一緒に活動してくれてるファカルティとか関係者の人とかね、
そういう人たちと一緒に学びの旅ができればいいなっていう感じですね。
はい、ということでここまでお聞きいただき本当にありがとうございました。
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