テスト結果を見れば、子どもの課題が分かる。
本当にそうでしょうか?
今回は、「テスト結果の分析だけじゃ、あまり意味がないよね」というお話です。
一回のテストで「論説文が苦手」「速さが課題」と決めつけることの危うさや、テスト結果だけでは見えてこない原因について。
大切なのは、一つの結果を細かく分析することではなく、日頃の授業、本人とのやり取り、テストのやり直し、複数回のテスト結果など、さまざまな情報を組み合わせて考えること。
「分析」というより、むしろ「統合」から仮説を立てる。
そんな、テスト結果との向き合い方についてお話ししています。
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https://stand.fm/channels/636afda6b4418c968d1edad8
本当にそうでしょうか?
今回は、「テスト結果の分析だけじゃ、あまり意味がないよね」というお話です。
一回のテストで「論説文が苦手」「速さが課題」と決めつけることの危うさや、テスト結果だけでは見えてこない原因について。
大切なのは、一つの結果を細かく分析することではなく、日頃の授業、本人とのやり取り、テストのやり直し、複数回のテスト結果など、さまざまな情報を組み合わせて考えること。
「分析」というより、むしろ「統合」から仮説を立てる。
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サマリー
テスト結果の分析だけでは、子どもの真の課題を見つけることはできません。一つの結果に囚われず、日頃の授業態度、本人との対話、テストのやり直し、複数回の結果など、様々な情報を統合して仮説を立て、授業で検証していくことが、子どもに合った学びにつながります。
テスト結果の分析だけでは不十分
はい、塾依存から抜ける学びを編集しているマモです。授業の前に必要な学びの土台について発信をしております。 いかがお過ごしいでしょうか。
かなり久しぶりの更新になりましたけれども、 今回はテスト結果の分析だけじゃあまり意味がないよねというお話をしていきます。
私が学習塾の職員として働いているんですけれども、先日とある中学受験生のご家庭からテスト結果を送るので分析してほしいという相談をいただきました。
よくあるというか、たまにあるんですけれども、このテスト結果というのがいわゆる帳表ですね。
各科目の本人の点数や偏差値、順位、そしてこれまで受けた模試との比較や時間軸で見た偏差値の推移。
右側には各科目の問題の単元と本人の正当状況。○△×などで本人がその問題をできたかどうかが分かるようになっていって、そして全体の正当率も載っていると。
そういう帳表があるんですね。この帳表をもとに分析してほしいということなんです。
ただそこで私がお伝えするのが、これだけで正直分析の仕様がないですよということですね。
テストの結果の帳表や問題、解説を見ても分析の仕様ってないんですよね。
というのもあくまでこういった帳表あるいは問題っていうのは分析をするための一つの材料にすぎないからです。
これだけ見ても今回はこうだったからこの子はこういう課題がありますねと、あれこれ仮説を立ててしまう。
これはむしろ変な思い込みを生んでしまう可能性があると思うし、場合によってはデメリットの方が大きいんじゃないかというふうに思っております。
国語の論説文を例にした誤った分析
例えば国語を例に挙げると仮に論説文の正当率が悪かったとします。
じゃあそこで論説文が課題ですね。だから論説文を強化するための授業をしましょうと。
分析と対策を立てると。これよくありがちというかすごく短絡的な分析と対策ですよね。
でも本当にそうかっていうとそんなことがないっていうのがほとんどなんですね。
たまたま今回のテストではその論説文ができなかっただけかもしれない。
できていないこととその人が論説文を苦手あるは課題としているっていうことは必ずしもイコールじゃないんですよ。
例えば全体の正当率を見てみたらその論説文自体がかなり難しくて受験生全体があまり解けていなかった。
そうだとしたらこの子は論説文が苦手だ、課題だと考えるのはちょっと直線的というか短絡的ですよね。
あるいは本人の話を実際やり直しの時に聞いてみると時間が足りなかったっていうこともあります。
例えば物語文に時間をかけすぎてしまった。漢字の書き取りに読み取りに時間をかけてしまった。
その結果最後の論説文に十分な時間をかけられなかった。
そうなると原因は論説文が課題苦手とかではなくて当日の時間配分の問題だった可能性もあるし
あるいはそもそも物語にしろ論説にしろ読むスピードと理解力がやっぱり課題っていうのもあるかもしれない。
だから帳表だけ見てもあるいは問題だけ見ても全然わかんないんですよねこの辺って。
さらに言えば論説文と一口に言ってもいろいろな種類があります。
同じ論説でも例えば哲学に関する文章もあれば歴史に関する文章もある。
宇宙について書かれた文章もありますよね。
そう考えると論説文が課題苦手ですと一括りにしてしまうのもかなり危険な発想だということがわかると思います。
たまたま宇宙分野の文章は得意だけれども哲学系の文章は苦手。
そういうことだって十分にあるんですね。
なので今回のテストで論説文の正当率が悪かったという事実からこの他論説文が苦手だと結論付けることはできないわけです。
むしろそう結論付けてしまう、仮説立ててしまうことがかなり危ういと思います。
算数の速さの問題を例にした誤った分析
算数でも同じようなことよくあります。
例えば速さの問題が解けなかった。
そうするとじゃあ速さが苦手だから速さの対策をしましょうとなる。
もちろんそれが正しい場合もあるし全てを否定できるわけではありません。
でもたまたま今回は時間配分をミスったかもしれない。
最初の方で大問の小問1で計算ミスをしてしまってその後の問題に影響をしたかもしれない。
あるいは速さにも複数のパターンがありますから問題の。
速さ全般が苦手じゃなくて今回出たこのパターンの問題が理解しきれなかっただけかもしれない。
こう考えていくと1回コッキーのテスト結果だけを見て
あれこれ仮説を立てて授業で対策を講じるというのはかなりナンセンスなんじゃないかなという個人的には思っています。
正しい分析と対策の流れ
じゃあどうするのかというとまず1回目のテスト結果はもちろん1各回のテスト結果っていうのはもちろん参考資料としては見る。
ただそれだけで仮説結論というのは出しません。
この結果を踏まえて授業の中で先生と一緒にやり直しをしてそもそもどうしてこういった特定になったのかという原因を探していく。
加えて日頃の授業の様子と照らし合わせる。
そうするとどうもこういうことが言えそうだなという1つの仮説がようやく立ってくるんですね。
そうして初めてじゃあこの仮説が正しいかどうかを分かるために検証しましょう。
そのためにこういう授業をしていこうという流れになるんです。
これが本来の流れかなというふうに思っております。
1回のテスト結果を見てはいこの子の課題はこれですと決めるのではなくて何度もいろんなテスト結果を見てその都度やり直しをして
あるいは日頃の授業での様子も見ながらどうもこういうことが言えそうだというところまで持っていく。
そしてそこから仮説を立てて授業で検証をしていく。
これがテスト結果を使った本来の分析と対策なんじゃないかなと思います。
分析ではなく統合から仮説を立てる
そもそも分析という言葉って物事を分けて考えれば何かが見えてくるというイメージがありますよね。
でも実際正直なところ分けて考えれば必ず何かが出てくるわけでもありません。
むしろ私がやっているのはその逆に近いですね。
日頃の授業での小さな情報、先生方からの情報、本人とのやり取り、テストの結果、やり直しをした時の様子や先生からのフィードバック
そういったいろんな情報を集めてどうもこういうことが言えそうだと考える。
つまり分析というよりむしろ統合に近いんですよね。
いろいろな情報を一つにまとめてそこから仮説を立てる。
そしてその仮説を元に実際に授業卓をやってみる。
その結果をまとめて仮説を修正する。
本来はこういう流れなんじゃないかと私は思っております。
だから私は分析進行みたいなものにはちょっと注意が必要だと考えております。
テスト結果を分析すれば何か課題が見つかるはずだ。
細かく分析すればするほど正しい答えが出てくるはずだと考えてしまう。
でも実際にそうとは限らないし、このケースはほとんどありません。
むしろ分析すれば何かが出てくるだろうという発想だけでテスト結果を細かく見ていくと根拠の弱い仮説を作ってしまうことが多々あると思います。
そしてその仮説を元に、じゃあこの授業をしましょう。
じゃあこの問題を重点的にやりましょうと進めてしまう。
そうすると実際の本人の課題とはずれた授業方針になってしまったり、授学の内容がずれてしまったりする。
だからこそ私はむしろテスト結果を見て、あれこれ分析しすぎることの方が危険な場合もあると思っております。
テスト結果はあくまで一つの材料
テスト結果は確かに大事なんですけれども、あくまでそれは一つの材料。
テスト結果だけで子どもの課題を決めるのではなく、日頃の授業、本人とのやり取り、テストのやり直し、そして複数回のテスト結果
そういったことを組み合わせて、どうもこういうことが言えそうだという仮説を立てる。
そしてその仮説を授業で検証していく。
その方がより本人に合った学びにつながっていくんじゃないかと思っております。
ということで今回はテスト結果の分析だけじゃあんまり意味がないよねというお話をさせていただきました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
それでは良い一日をお過ごしください。
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