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感想
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はい、塾依存から抜ける学びを編集しているマモスです。 授業の前に必要な学びの土台について発信をしております。
いかがお過ごしでしょうか。 今回ちょっと刺激的な話をしていこうかなと思っています。
勝手に自分でハードルを上げてしまいましたけれども、 タイトル、内容としては
読書しているだけでは国語は伸びません。 というものです。
例えば、うちの子は本が好きですとか毎日本を読んでいます。 でも全然国語の成績よくありません。
という方向けですね。 結論から言うと、やっぱりそれだけでは成績にはほとんど関係ありません。
ということですね。 これ何でかというと、読書にも質があるからですね。要は中身があると。
例えば小学6年生の男の子がいるとします。 この人は読書はしております。
でも読んでいる本の内容は小3から小4の人でも読めるような簡単な自動小説ばかり。
これはこれで楽しい読書だとは思います。 でも負荷がかかってないんですよね。
入試問題の文章というのはそんなに優しくありません。 小学生からするとまあまあ難しい文章を普通に出してきたりするんですよね。
抽象度も高いし論理も複雑な場合があります。 なので今の自分と同じのレベルの文章を安心して楽に読み続けているだけでは国語力というのはほとんど伸びないんですよね。
一方で伸びる人は何が違うかっていうと少し背伸びをしています。 若干難しい本を読んだり実用書も読んだりします。
理解しきれない部分があったとしても読み進める。 そして何よりこっち側のここですね。
わからないを捨てないということです。 伸びない子はよくわからないなでその本を閉じちゃうんですよ。
伸びる人というのはよくわからないでもなんとなくこういうことかなっていう 自分なりに仮説を立てて読み進めるんですよね。
国語力の正体というのは語彙力でも読書量でもなくて自分が考えるには不明瞭さ、よくわからないものに耐える力だと思っています。
そしてこれは読書だけの話じゃないですね。 日常のコミュニケーションでも一緒だと思っています。
私はあえて小学生にはよくわからない、ちょっと難しい言葉を使うことがあります。 これはわざとなんですよね。
すぐに理解できないような言葉を使ったり質問を投げたりします。 すると反応は2つに分かれるんですよ。面白いことに。
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なかなか伸びない人はわからないで止まったり終わります。 思考停止ですね。
要は後は理解しようとしない。でも伸びる人というのは なんかこういう感じですかねみたいな感じで自分の解釈を言ったりするんですよ。
でこれ正直全然解釈違くても完璧じゃなくてもいいんですよね。 大事なのは何かようわからんけれども
なんとなくで自分で考え続けようとする姿勢だと思っています。 これがある人というのは伸びると思いますね。
もちろんこれは絶対に伸びるとは言い切れないけれども、自分がこれまで200組以上の生徒、家庭と接してきた中でこの不明瞭さに耐えるというか
わからない耐えて何とか分かろうとする、できるようにするという姿勢、学習スタンスがある人がいなかっていうのは今後の伸びに大きく関わります。
これ家庭でも一緒だと思うんですよね。読書と家庭の会話って。
全部子供の今のレベルに合わせすぎると子供の思考というか知識は広がらないんですよね。
少し抽象的な言葉、少し難しい概念、それを投げた時に子供がなんとなくこういうことかなと考える時間、これが知識、知性が伸びる瞬間だと思います。
今の人が子供がわからないからそれを排除してしまうのか、これわからんけれどもなんとなく近づこうとするのか、この差が後々の学力の差になりますね。
読書も会話も一緒で、これいかに世界観を広げるかだと思っています。
それは子供が持っている今の知識や考え方じゃ通用しないものに出てきた時、わからないものに世界に出た時にどういうスタンスで受け入れるか、あるいはもう受け入れないのか、これの違いだと思いますね。
もうすでに分かっていることを理解だけを求めるのか、少々苦しいけれども頑張って理解しようと挑戦するのか、
確実に伸びる人というのは校舎を選んでいます。わからない、抽象的で曖昧、はっきりしない、そこから逃げない力、なんとか向き進む力ですね。
これがないと入試問題というのはなかなか厳しいですね。中学受験に限らず後々の受験もそうですし、受験に限らず仕事でもきそうかなというふうに思います。
はい、だから
だから自分も生徒に難しい言葉をさっきも言ったように使うし、あえて理解できない問いをかけたりしますね。これ混乱させるためじゃなくて認知の耐久力を鍛えるためですね。混乱するんですけどね。
わからないものに出会った時って最初パニック混乱するんですよ。でもそこに耐えて自分の認知、知識、思考をブラッシュアップするっていうのが大事ですね。
わからないからやめるっていう発想だと国語も数学も社会も全部止まると思いますし、読書が国語に結びつくかどうかは
結びつくわけじゃないですね。結びつかないですね。だからそこで結びつける、読書を結果に結びつけるかどうかは
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差数とかじゃなくて、この本が今の自分よりちょっと難しいのか、わからない部分を抱えたまま考え続けられているか否かここだと思いますね。
ただ安心して楽に読める文章だけ読んでいても成績は変わらないと。少し苦しいなっていう文章にいかに向き合えるか
ここに差が出ると思いますね。なんかめっちゃ一丁前に物語ってますけれども、正直これ自分自身も言えることだと思います。
自分も知性は大したことはないので、まだまだ過ぎるのでですね、いろんな複雑な本を読んでるんですけど、それでもなんとか耐えて読むみたいな
すごい抽象的な本もなんとか今耐えて読もうとしているところですね。子供を反面教師に、過去の自分を反面教師に、なんとか今も自分自身も向き合っているという状態です。
読書というのはそもそも素晴らしい習慣ですよね。いろんなメリットがあります。
でも目的が成績向上ならやり方を間違えると意味がありませんよということですね。
別に楽に楽しい本を読むのは大いに結構だと思います。それが娯楽で趣味であれば何も言うことはありません。
ただちょっとでも読書を成績向上に結びつけたいなっていうことであれば、今回の話の内容というのは楽に役に立つと思いますという話ですね。
いかに伸びる人というのは本を読んでいるだけでなく自分の理解力の限界を押し広げているという感じでした。
今日は少し厳しめに強めにお話をさせてもらいました。参考になれば嬉しいです。最後までお聞きいただきありがとうございました。それでは良い一日をお過ごしください。
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