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まちほくラボの 八枚おろし
この番組は自然豊かな高原エリアでつながるが合言葉 政治自然環境福祉文化芸術
子どもの育成などそれぞれの分野の人たちが集代わりで登場し 自由に未来語りをします
この番組は小渕沢のまちほくラボ株式会社の提供でお送りします
はいリスナーの皆さん明けましておめでとうございます アンクル順の言いたい放題の時間今年もやってまいりました
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます えっとね
2026年の一発目なんで何を話そうかなぁと 結構悩んだんですけども
今回はですねちょっと目先を変えまして 移住者の目線
で北斗市政を考えてみたいなと思います
僕も移住者なんですけど 僕は横浜から北斗市に移住したのは
1978年昭和53年の2月でした ですからこの春で48年目になります
北斗市の八丁 それは当時ですね北駒郡っていうふうに呼ばれてましたね
北駒郡の 町とか村でした
で 僕ね結構憧れてて八ヶ岳の奈落に
南六にいつか住みたいっていうふうにね 中学生の頃から思ってたんですけど
その夢がね実現したわけです 結構喜んでて
その後まあいろいろなことがわかってくるんですけど 当時はまあそんなことは全然わかってません
で 何で憧れの八ヶ岳に住みたいと思ったのかっていうことなんですけど
実は僕はあの小学生の頃から 今でいう鳥鉄ってやつでした
それも蒸気機関車ばっかり追っかけてましたね
僕が中学生の頃まではね横浜でもね蒸気機関車が現役で走ってたんです
その横浜の蒸気機関車はね1970年 これね昭和45年ですけど
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引退したんですね
そのことはまあだいたいわかってたので その2年ぐらい前から
僕のターゲットはね小店になってたんですよ
で中学とか高校時代はもう何度も何度も 小店のねC56っていう蒸気機関車の写真とか
通りに通ってきていたんですけども
その時一番印象が強かったのがね 1969年だと思うんですよね
まだ春先寒い時で
えーとね新宿発23時55分っていう 各駅停車の長野行きだったかなっていうのがあって
それが八王子を0時43分に出るんです
それに乗るとね小口沢に朝5時ぐらいかな 着くんですよ
でそれから神戸線の始発までが こういう時間あるって言うんで
探検家って駅前の商店街をテクテク下って行ってみたら
小さなお堂があったんですよ 矢野堂ですよね
そこから見たね南アルプスの明け方の山山ですね
これの景色が素晴らしくてね
こんな景色を見ながら暮らせたらいいなってなんとなく思った
これは鮮明に覚えてますね
でそれから大学を卒業するまで9年あって
その夢が本当になったんだけども
それはね就職することになった企業の農場が小口沢にあったからなんですけど
実はね小口沢に農場があったからその企業を選んだっていうのが本音です
さて前置きが長くなっちゃったんだけども
早い話がね小口沢の景色に惚れて移住したと言っても言い過ぎじゃないんですね
すぐに小口沢駅の裏骨ですよね
部屋を借りて6年ぐらいいたのかな
その頃は若かったし仕事のことで頭いっぱいパイでね
移住者として何か考えるなんてことは全然なかったんです
ただまあ当時はコンビニも一軒もなくて
日々の食べ物なんかはね週に1回長坂に1軒あったスーパーに行くしかなくて
ええとこに来ちゃったなって思ったことは覚えてます
ただその頃ねまだ今よりもずっと自然が豊かでね
この豊かな自然がいかに大事かっていうことを分かりやすく見せたいなと思って
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その勤務してた農場の敷地だけでね
採集できるちょうちょの標本を作ってたということがありました
1種類につきオスとメスとウラとオモテ
合計4等の標本をちゃんとした標本箱に小箱を作りました
もっと撮れたのかもしれないけども仕事しながらですから
でその標本をその後小淵さん離れる時が来るんですけども
当時の町長にねその種種を説明して役場に寄贈したんです
多分25種類くらいはいたと思うんですよね
中には4等取れなかったやつもありましたから
でもね中には緑シジミの類のね言ってみれば希少種ですよね
そんなのもいました
何年か後にたまたまその標本を目にすることがあったんですけど
全く管理されてなくてボロッボロの状態で棚の下で埃かぶってたんです
その時思ったのは
その時の町長以下役場の人たちっていうのは
ちょろちょろの標本なんかどうでもよくてさ
豊かな自然でお腹いっぱいにならんでしょっていう程度の認識だったんだろうなって思いましたよ
何年か経って転勤で赴任した後からやつがたけに戻ってきて
4年後にサラリーム生活を辞めて
自分で花を作り始めたんですけども
その頃からやっと隣近所の人付き合いっていうのができるようになってきたんですね
特に僕が住むところっていうのはほぼ100%移住者でした
困ったのはゴミをどう処分するかということですよね
皆さんご存知のとおりですけども
当時移住者がゴミを出すというと
地元の自治会みたいな組織に所属してそこのゴミステーションに出すか
あるいは邪魔でゴミステーションを作るっていう方法もあったし
それから民間の回収業者と契約するという選択肢もあったわけです
ある時に僕が暮らす地域の移住者たちが10人くらい集まって
ゴミ対策についてどうしようって話し合ったことがあったんですけども
それがきっかけで最終的に自分たちで地区を作ろうという話が持ち上がって
数年かけて当時の村長と掛け合って独立した地区ですね
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僕らのところは地区って呼んでいましたけどできることになったんです
そのおかげでゴミステーションができて
今は正式に新しい行政区として活動するようになったんですけども
今は北投市や八町全てで決まった日に総合支所に持っていけば
地元の組織に所属していない人でもゴミを出すことができるんだけれども
それまでは僕は個人的に民間業者と契約して収集してもらっていたんです
そんなことがあって他の地域からゴミ問題どうやったら解決できるんだろうか
あるいは新しい地区ってどうやったら作ったのというような相談をいろいろ受けたんですけども
結局どこも住民同士の意見がまとまらなくてなかなかうまくいかなかったみたいです
その点ね僕たちの新しい行政区の誕生というのは
移住者がまとまってうまくいった稀なケースなんだろうなと思います
ではちょっとここで音楽にしましょう
三好鉄政 涙をふいてお聴きください
この地区とか区っていう問題なんですけどね
市はね移住者が転入してきますね
でその時に移住者としては地元の市長なんかにね
いろいろ相談することが多いと思うんですけども
その地区とか場所によっては区とか組とか言うんだろうと思うんだけども
そういうところに所属した方がいいですよみたいなことを言うんですって
言うんだけど移住者の中にはね近所付き合いが煩しいなとか
あるいは地区のいろんな行事に参加するのめんどくせえなとかっていろんなことがあって
嫌がる人もいるんですよ
その結果組織に参加しないというケースも出てくるわけでしょ
市は組織に参加するようにという
促すだけで詳しい活動内容とか
加入した場合のメリットデメリット説明というのはほとんどないみたいなんですよ
だから移住者としては判断に迷うんでしょうね
当然そうだと思うんですよ
でねただねこの行政区っていうもののあり方自体にも
僕は問題があるんじゃないかなと思ってて
というのはね場所によって違いがあるかもしれないんだけれども
この庁内会的な組織っていうのはね三つの性格を持っていることが多いんですよ
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一つはねそのいわゆる北都市っていう行政の株組織だっていうこと
どういうことかというと市の情報つまり
広報だったり議会代表だったりっていうその各種配り物とかね
そういうのがこの組織を通じて配られるわけですよ
だから逆に言えば組織に所属していない住民にとっては市の情報が届きにくい
つまり極端なことを言うとすると行政サービスに差が出ちゃうということになるんですね
それから財産区っていうか問題があります
これも地域によって違いはあるんでしょうけど
中にはものすごい金額の資金を持つ財産区っていうのがあって
そこに移住者を入れるっていうことはもうその組織を長く運営してきた地元の人にとっては
抵抗があるっていうことは理解できるんです
移住者にしてもそういう組織に加入したいって思うのはちょっと敷居が高いですよね
それと3つ目は純粋に地域のコミュニティっていう役割
これだけだったら結構俺も入ろうかなって思う人いると思うんですけど
この3つの性格が一体になってるっていうところに
その移住者が参加しにくくなってる大きな要因になってるんじゃないかなという気がします
この組織の在り方を見直さない限り
移住者と古くからある地元のコミュニティとの融合がなかなか進まないっていうことになるんだろうなと思うんですけど
ただ人口が減る中で組織が3つに分かれるとすると
運営に必要な役員の数も増えますから
今度は役員の成り手がいないじゃんかということにもなりかねなくて
そう簡単にはいかないということになると思います
とはいえ北斗市は移住者を一生懸命呼び込もうとしてるわけでしょ
だからそうなってみるとやっぱり移住者にとって行政サービスに差があるっていう状況は
何とかしなくちゃ本当はいけないわけですよね
例えばゴミにしても自分で支所に持ってけば捨てられるよっていうふうにはなりましたけど
そもそも支所まで持ってけないっていう高齢者だっているわけじゃないですか
そういう人にゴミを捨てるためにいちいちデマンドバス予約しろって言うのかっていうことでしょ
それも難しいですね
そのデマンドバスなんですけど
前もちょっと話したんだけど
北斗市が公共交通の整備に着手したのは確か平成21年度だったんですよ
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最初の3年間は国の補助を受けて
さらに1年間市費を投じて市のお金を投じて継続したけども
結局見送りになっていわゆる路線バスだけになっちゃった
その後ね
平成29年の秋から地域公共交通を考えるワークショップが開かれるようになって
もう1回公共交通について考えようという組織が作られて今に至っているんですけども
最初に問題になった課題っていうのは
15年経っても未だに解決できてないっていうのはいくつかあるんです
中には当日予約ができないとか
ドアトゥドア絶対にいるでしょっていう課題があるんですけども
しからは何でそういう課題が解消できないのかっていう
納得のいくような明確な説明がないんですね
で先月18日にAIによる予約システムについての勉強会っていうのがあって
当日予約の可能性がそれによってできるっていうことは分かったんです
ところがドアトゥドアについては
これねタクシー業界との住み分けが難しいっていうことが理由だということが
市から改めて説明があったんですね
まあまあそれもやむを得ないといえばやむを得ないんですけども
ちょっとそれだけでははいわかりましたっていうのもちょっと言いにくいなっていう内容ですよね
この公共交通の問題は去年の8月にここでお話したことなんですけども
1年後つまり今年の夏頃には
何が改善されて何が相変わらずなのかっていうお話ができたらなと思ってます
冒頭で申し上げましたけど
北都市って景観は素晴らしい
だから例えば今は東京や名古屋大阪といった大都市圏までそんなに遠くないじゃないですか
自然だってまだまだ豊かですよ
でねそういうところにじゃあ移住しようって言って来てみたら
車がなかったら買い物にも病院にも満足に行けないじゃんかとか
いうふうになるとねこれ話が違うよなってことになっちゃいますよね
何もね都会並みにバスを走らせろっていうことを言ってるわけじゃないんだけれども
今のデマンドっていうのはね目的地以外の乗り降りができないとか
バス停まで歩ってこいとか
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そういういくつもの制約があって
デマンドというものを中途半端に知ってる人がね
北都市の今の状態を知ったら移住考えちゃうよなっていう人がいても不思議じゃないわけですよ
だから北都市が本気で移住者に来てもらおうと思ったら
やっぱりもうちょっとね突っ込んで公共交通考えないと
ダメなんじゃないのかなっていうふうに思います
時間がなくなってくるんで
次の話題に行く前にもう一曲音楽行きましょうかね
同じ三好鉄声ですごい男の歌を聴いてください
それとね今日実は一番言いたかったことと言っても言い過ぎじゃないんですけど
移住者としてって言ってもいいんだろうな
やっぱり言いたいのはね
移住者の出身の市議会議員をもっと増やそうよって思うんですよ
僕自身が移住者ってことはさっきも言いましたけど
北都市が誕生するときに市議会も誕生したんですけども
僕最初の移住者出身の議員だったんですね
その後少しずつ移住者の議員というのは増えてきて
一時は4人いた時代もありました
なんで僕がそう思うかっていうとね
一つには都市全体を見ても移住者が増えてて
それに伴って住人の考え方もどんどん変化しているわけでしょ
それなのにね議会は今20人の議員いるんだけども
移住者の議員3人15%ですよ
今までのね言い方悪いけども
村社会の時代の議会っていうのは支持者をはじめとした
親兄弟とか友人とか先輩後輩たちの考え方に
なんとなくやっぱり忖度するわけですよ
本来議員とか議会の役割であるべき
いろいろな議論がねしにくいっていう変化が生まれかねませんでしたね
よく言われるしがらみってやつですけど
そのしがらみのない議員がね増えることで
より一層汚い議論が活発になるわけです
行政の側もそうなんですけど市長以下ほとんどの職員も
そうした環境の中で育ってきた人たちなんで
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行政と立法という独立した立場の
いわゆる関係性がね
本当に悪く言えば
慣れ合いのような関係になっちゃう場合があるわけです
でねそれを象徴するだろうなと思うのはね
例えば今でもそうなんだけども
例えば北投市長もそうだし近隣の市長もそうなんだけども
一緒に議員が一緒にね写真撮ってね
それをSNSに上げちゃったりするわけですよ
まあそれ親しくするなとは言わないけれども
僕に言わせればねそういうことをするとね
いかにその議員がね議員としての役割を理解してないかっていうことを
世に晒しちゃってるとしか見えないんですよね
もちろん年中見解しろなんて言ってるわけじゃないんだけども
市長なり要するにその行政と立法の立場の違いっていうものをね
もう少し考えないとダメだと思う
ちょっと話が逸れたかな
そうは言ってもね北投市議会も4期目5期目
それから今期も市長が変わったでしょ
そうするとね
議員間の対立はね僕らの時代よりずっと減りましたけども
だからといって議会がずっと良くなったってわけじゃなくて
終わりはないわけですよ
これでいいっていうわけじゃない
移住者の議員がいるって言ってもみんな新人ですから
まだまだ発信力も発言力もそんなに強くない
勉強することは山のようにあるわけなんで
是非とも頑張ってほしいなと思います
それから市民の責任これも考えなくちゃいけないなと思う
市民もねしがらみにとらわれないで
本来議員会あるいは議員の役は役名のはずの市長ですよね
それに対してちゃんと批判的にチェックができているのかということを
市民がチェックするっていうのが我々の仕事ですから
我々市民もまたしがらみにとらわれないようにしなくちゃいけないということですよね
そこらへんはねしっかり自覚して臨まないといけないなというふうに思います
移住者もよく北斗市でのことは分かんないって言うんだけども
これはそれですげえ無責任だなと思う
温泉の料金だとか水道料金だとかデマンドバスのこともそうだし
小中学校の党配合のことなんかも
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つまり市民生活に直結することのほとんどは
北斗市長が提案してや北斗市議員会が議決して決まるんですよ
だからそのプロセスを分かんないって言って知らん顔しちゃった後でね
それは困るって騒いでも後の祭りです
だからこそ今進んで中学校の党配合だって
現在の2項案を考え直してくれっていう書面がね
いっぱい集まってきてるわけですよ
それから議員たちにお願いしたこともあるんです
さっきもちょっと言ったけど20人のうちの議員がいてね
そのうちちゃんと議会の活動報告なんかをしてるのはね
僕が知る限りでは女性議員が1人だけです
何がしっかりしてるかというと
その議員さんはいろんな媒体を通じて情報を発信してる
SNSとかYouTubeはもちろんですけども
紙媒体でもやってるんですね
ですから議員はいろんな活動をしていろんなことを考えてるんだから
できるだけ広くお年寄りにも分かるような形で
情報を発信してほしいと思います
ということで2026年の始発はここまでにしましょう
改めて今年も皆様にとって良い年でありますように
ではバイバイ
この番組は小渕沢のマチホクラボ株式会社の提供でお送りしました