1. リブラの 精神科のバックヤード
  2. 保護室隔離、身体的拘束を自ら..
2024-06-17 14:29

保護室隔離、身体的拘束を自ら望む人たちとは

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00:05
はい、おはようございます。バスへの精神科リブラでございます。
もう撮り直さないぞ。もう絶対撮り直さないぞ。
さっきからどんだけクラゲラップの歌うとと思っとんねん。
思ってんねん、我。
馬鹿にすんなよ。
忙しいんやぞ、こっちも。
我。
なんやねん、我。
なんでなんでも我、言うねん、我。
うちの親戚、三重の人だけどですね。
結構ね、我って言いますね。
僕は名古屋ですから言いませんけどね。
僕、名古屋弁のつもりなんですけどね。
結構ね、なんか知らない間にね。
やっぱりね、本籍三重県ですからね。
僕、三重に住んだことないんだけどね。
親戚が三重だもんだから、なんか三重弁で言っちゃうんでね。
自分ではどれが三重弁かよくわからないんですよ。
だけどね、名古屋の人たちがね、あれ、名古屋弁じゃないんじゃないってね。
ん?って変な顔するんでね。
あ、しまった、名古屋弁じゃねえなと思ってね。
名古屋では名古屋弁がレギュラーですからね。
若取安?ね。
名古屋では名古屋弁が普通なんですよ。
名古屋弁以外を話すほうがおかしいんだよ、名古屋ではね。
まあ、そりゃいいんだけどですね。
まあ、今日はですね、もうね、リブラップやってますのでね。
もう何回も声が出なくなってきたんだけど。
もういいやと思ってですね。
何回やってもちょっと間違うんだよな。
自分の書いたやつなのにな、さっき書いたばっかりですけどね。
まあ、いいや。
今日はですね、ちょっとね、精神科のバックヤードでね。
こんなことあるんだよ、知ってますか?の話をちょっとしときましょうか、朝ね。
ぽいんじゃねえよ。
なんだよ、ね。やってみましょう。
あのね、精神科にでは、精神科はですね、
要はその、うんと、まあ、うんと、
折に閉じ込められてるイメージであると思うんですけど。
まあ、そういう感じのものはあるんですよ、やっぱりね。
で、隔離って言ったりするんだけど、保護室って言ったりするんですけど、
まあ、あの、保護するっていうことね。
保護、ね。保護室、ね。
あの、まあ、さすがに折りみたいになってる病院はもう少ないですけど、
まあ、アクリルとか、金属の扉とか、まあ、とにかく出られないようにしてあるわけ。
まあ、それはね、暴れちゃったりする人ね、とかね。
身体的拘束と言ってね、あの、なんか紐みたいのでベッドに結びつけられてる人いるわけ。
で、まあ、それ、あの、なんか暴れちゃったりとかね、自分の頭叩いちゃったりとかね。
保護室に隔離しときゃね、いいかもしれんけどさ、
あの、自分殴り始めちゃったらさ、保護室隔離ではどうしてもないじゃん。
壁に頭ぶちつけるとかさ、あの、やり始めちゃったらさ、
あの、保護室じゃさ、対処できないわけですよ。
保護室の壁、コンクリートとかだからさ、床だってさ、ふわふわじゃないからね。
そんなふわふわの床にしとくの難しいから。
それをね、ビリビリ剥がす人とかいるんだよね。
だからまあ、それなりにツルツルになってて。
03:01
ツルツルにね、頭を打ちつける人とかがいるんだよね。
まあ、だから拘束とか隔離とかって言うんです。
精神保険福祉法っていうので、まあ、そういうことやっていいのは、
まあ、基本的には精神保険していいという資格を持った者しか、
まあ、一応やっちゃいかんってことになってはいるんですが、
まあ、そういう資格、まあ、結構たくさんみんな持ってるからね。僕も持ってますけどね。
てなことでね、まあ、暴れたりね、人殴ったりね、自分殴ったりね、
自殺しようとしたりするとね、止められないからね。
まあ、拘束してもね、身体的拘束をしてもね、保護室に入れても100%は防げないんだけども、
まあ、でも危ないでしょ。ほっとくと死んじゃったりとかね、
誰かを殺しちゃったりとかね、すると困るからね。
まあ、そういう拘束っていうものが精神科にはあります。
あんまりいいことじゃないんだけど、まあ、しょうがないってなことで、まあ、そういうのがあるね。
最近というかね、ちょっと前に、接触障害の女の子に、確か何か身体的拘束をして栄養価なんか入れたのかな、あれが虐待だっつってね、
何かどっかの病院巻けてましたけどね、これは大変だってのはね、
まあ、何かよっぽど違法なことをやったのか知らんけど、
あの、ちらっと見た限りではね、あの、わかんないけど、
まあ、現場でも見てないんで何とも言えんけど、
えーと、接触障害の女の子、若い女の子が入院して身体的拘束したの違法だって言われちゃうとね、
もうちょっとなんかもう、もうちょっと接触障害の子を見れませんねっていうところもたくさん出てくると思いますけど、
結構難しい、まあ、それはね、よくはないんだけど、
でも、まあ、ちょっと詳しい状況からて見てるわけじゃないし、現場見たわけじゃないんで、
わかりませんがね、
接触障害、あの、死んじゃうからね、放っておくと。
全員じゃないですけどね、一部ね、死んじゃう人いますからね、
だって、あの、ご飯食べなかったら栄養失調で死ぬでしょ、ね、
まあ、それは本人の権利だからとか、本人が選んだことだからと言って放っておいていいんであればね、
まあ、そうしろっていうならまあそうするしかないんだけど、
そんなことしていいのかなっていう、放っておいて死んじゃっていいのかしらっていう気がしますけどね、
まあ、それはちょっとどういう状況かしら、わからないんであんまりいろいろ言えませんが、
というようなことでね、まあそういう拘束とかね、あの、隔離っていうのがあるんですよ。
で、まあそういうのを、その、何とかな、
懲罰で使ってはいけないっていうのが一応鉄則になっているんだけど、
まあ場合によっては懲罰みたいになっているようなね、ところはあるもんだから、
まあそういうのはあの、僕ら精神保険師というのは見つけたらこう、
ただしていかなければいけないという、そういうね、責任を負っているわけです。
うん、懲罰に使ってはいけない。
ただ行動療法で使ってはいいわけだから、難しいところですけど、
この行動療法っていうのは、しつけみたいなもんで、
えーと、いいことしたら褒められる、嫌なことしたら叱られるみたいなことで、
いい方に、えーと、行動を変えていくっていう行動療法ね。
まあそういうようなことで、微妙なところはありますけど、
懲罰はダメだけど行動療法はいいっていう、まあ微妙だなっていうのは、
まあ直すためなら嫌がらせはダメっていうことなんでしょうね。
まあそれは非常に難しい線引きがあるわけですけども、
てなことなんですけど、まあそれはそれでいいとして、
06:00
良くないんだけど、まあいいとしてですね。
難しいのはね、めちゃくちゃ難しいのはね、
そういうのじゃないんです。
めちゃくちゃ難しいのは、隔離とか、
拘束を、身体的拘束を結ばれるやつね。
あの、保護室ってあの、牢獄みじゃないけど、
そんなところに隔離されたりね。
拘束っていうのは紐で結ばれたりね。
してほしい、してほしがる人がいるんですよ。
こんなことある?そんなことあると思う?
あるんですよ。
なので、あの、隔離とか拘束してほしいんだけど、
してくれないじゃない?そんなこと人権的に良くないと思ってさ。
普通しないじゃない?だって、しないように指導されてるんだもん。
僕らはなるべく隔離拘束はしないようにって指導されてるし、
さっきの話にも出ましたようにね、
人権侵害だと言って後で訴えられて負ける例まであるんだからね。
あの、
それはしたくないんですよ、基本的には。
なので、身体的拘束なんかしたくはないんだけども、
あの、
ですけど、
してほしがる人がいるわけ。
そうするとさ、隔離拘束してほしくて暴れたりする人がいるわけ。
だって暴れると拘束されたり、隔離されたりするじゃ危ないわけだから。
誰か殴ったりね。
なんで、隔離してくれと言ってね。してくれないんだったら殴ってやると言ってね。
看護師さん殴ったりね。
女の看護師のおっぱい触ったりね。悪いことをしてですね、
隔離されようとする人がいるんですよ。
ねえ、困るでしょ。
首くぐってみたりね、椅子投げてみたりしてね、
早く拘束してくれって言ったり、早く隔離してくれって言ったりするんですよ。
これめちゃくちゃ困るんだよね。
だって殴ったりさ、
むちゃくちゃされたらさ、椅子とか投げられたらさ、
危ないもんね。
だけどね、本人がやってほしいことだったりするんだよね。
こうするとさ、困るわけよね。
ずっと隔離してるの、こっちも困るんだよね。
病院にそんなにたくさんないわけ、拘束の部屋に。
他の人が暴れたときに捕まわないという感じだよね。
なんであいつが捕まうの?俺が捕まえたいとか言う人がいるんだよね。
意味わかんないでしょ。
意味わかんないんですけどね。
でね、考えてみるんですね。
なんで隔離、拘束されたいのかっていう話なんですけどね。
もちろんね、本人に聞いてみないとわからないし、
本人に聞いたってわからないんですけど、本当のこと言うと。
自分の気持ちなんかみんな理解してないから、わからないんだけど。
あのさ、
隔離とか拘束とかってさ、
されるとさ、自由がなくなるじゃないですか。
自由がなくなったらきついでしょ。皆さん嫌でしょ。
自由がないのって嫌じゃん。
このクラギやらナマズやらの人たち、
拘束されるの嫌じゃん。みんな。自由にいきたいじゃん。
っていう人が多いじゃん。そういう人からすると全く想像がつかないと思いますけど、
えっとね、この自由というのはね、
責任を伴うんですよ、基本的には。
09:00
だからさ、大人はさ、自由が多いでしょ。
子供は不自由でしょ。
子供はさ、自由がないんだよ。大人に支配されてるわけ。
でさ、だんだんだんだん自分でできることが増えていくじゃん。
やっていいことがね。ちっちゃい時はさ、
ゲームやる時間もさ、親にさ決められた。
何の自由もなかった。だけどさ、
確かにそうなんだけどさ、そういうゲームやれないっていう点では苦しかったけどさ、
小学校とか中学校とかね、
今に比べたら随分とね、
何にもできない、させてもらえなかったけどね。
今思えばね、今この状態で僕ら大人の状態で、
制限かけられた場所に行ったら、
それは相当苦しいよね。
相当苦しいけどさ、僕ら小学生みたいにさ、いろいろ制限されたら。
だけど皆さん思い出してくださいよ。
小学校の時って苦しかったですか?
幼稚園の時って苦しかったっけ?
もっと遡って、赤ちゃんの時ってさ、苦しいんだっけ?
どうでしょう?
苦しくなかったよね、別に。
楽は楽だったでしょ?
あの時っていうのはね、僕らはさ、
何かもさせてもらえないという権利もなかったんだけど、義務もなかったんだよ。
義務と権利はセットだったりするんですよ。
だからね、僕らね、いろんなことができるじゃん。
いろいろできる力があるじゃん、する力があるから、
権利を使う能力があるから、
義務も果たせるわけよ、平気でね。
だから、義務と権利を両方いただきたいというふうに思うわけね。
セットでもいいから権利をよこせというふうに思うわけですけど、
精神科の患者さんたちの何割かは、
やっぱり社会的に難しい人たちが多くて、
その人たちはね、
いろいろ自由になったらね、
義務が生じるんですよ。
ところが権利はあるんだけどさ、
権利を遂行する力がなかったりするわけよ。
となるとですよ、
あの患者さんたちは義務だけ処分されて、
権利はあるんだけど遂行できないのよ。
やる力がなかったりするから。
こんな理不尽な話はないでしょ、あの人たちからするとさ。
権利お前あるからいいじゃんって言うんだけど、
権利使えないんだもんだって、能力的にみたいな。
お前はさ、義務だけじゃん。義務は果たされないから。
だけど権利はないんだよ。こんなずるい話あるってことですよ。
公器したいわけよ。義務とともに。
公職されてればさ、そんなのさ、赤ちゃんと一緒じゃん。
ご飯も食べれない。両手足結ばれてたら、
赤ちゃんと一緒だよ。だから赤ちゃんと同じぐらいのね、
ことしかできないわけ。そうするとね、
赤ちゃんと同じぐらいの義務しか追わなくていいの。
入院したがる人もいる。
入院したらさ、病院の中でしか暮らせないじゃん。
そしたらさ、社会のことできないじゃん。小学生とかと同じだよ。
幼稚園のことと同じぐらいのことしかやらされてもらえないわけよ。
何かって言うとね、親に聞いてみないとわからん。
12:00
主治医の先生に聞いてみないとわからんとかって看護師の人に言われてさ、
何にもできないの。でも何にも責任を
追わなくていいの。
ということで、もともと何かを遂行する、
施行する、施行する、
力がない人にとっては、義務っていうのはさ、
権利っていうのはさ、何の役にも立たない義務だけを
侵されて損なんだよ。そういう風に考えるとね、
あんまり具合の悪い時とかね、追い込まれてる時はね、
やっぱね、入院したかったりね、もっと言うとね、
拘束されたりして隔離されたがるっていう気持ちはね、
よく考えたらわからなくないんですよ。
だからさ、自分から隔離されようとしたり、
拘束されようとして暴れたりするんだけど、
そんなとこに引きこもってもらったらこいつらは困るわけよ。
元気になって社会に戻っててもらいたいからね、できれば。
なかなかね、非常に難しい方法はないんですけど、
逆の行動両方で拘束されて、
隔離してくれと言っても隔離しないようにするとかね、
のもあるんだけど、基本的にはその人が
そんな風に逃げ込まなくてもいいように
サポートを十分にしてあげるっていうのが結構大事なんですけど、
とはいえね、難しいんだよねというね、
そういう隔離された人がいるっていうね、
でもよくよく考えたらね、自分たちだってね、
子供の時別に苦しくなかったんだ、楽だったんだってことをね、
考えてみるとね、隔離とか拘束も意外と
むしろ隔離してほしい、
拘束してほしいという人の気持ちも、
想像するにそんなにわからなくもないよねという話を今日はしました。
まとめるほどの話でもないかな。
ということでね、皆さんね、今日はこの辺でやめますね。
隔離拘束されたい人もいるんだよという話でした。
難しいんだよと、自分から隔離拘束されようと思って暴らされるとね、
これ隔離拘束せざるを得ないしね、
そんなところで引きこもってもらっては困るんだけど、
出すのは難しいんだよな、自分から入ろうと逃げ込もうとする人をね、
表に出すのは非常に難しいです。
それはね、おかしな話だと一見思うけども、
よく考えてみれば、小学生とか小遅延とかの時、僕らそうだったように、
やっぱりね、権利と義務ね、両方ないのは、
それはそれで楽だっていうことでね、
能力的にあるいは調子が悪くてできない、権利が施行できない人はね、
やっぱり義務も置いたくないという気持ちはわからんでもないよねと、
言ったところでした。
それではみなさんね、この辺にしましょう。
それではみなさん、さようなら。
14:29

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