「中学受験させるの?」という質問への違和感
みなさんこんにちは、ローリスク・ミドルリターンがもっとー!のアラフォー会社員のあすです。
今日は、子育てに関する話で、
中学受験させるの?っていう質問に対して、私がちょっと違和感を持っていた、そんな話をしてみようと思います。
で、この違和感の正体は何なのか、ということをお話ししてみようと思います。
これ、中学受験させるの?っていう中学受験を例にとってますけど、
例えば、習い事を何にさせているの?とか、そういう感じです。
どこがポイントかわかりますか?
子供との向き合い方にご興味がある方、ぜひご意見をお聞かせいただきたいので、最後までお聞きいただけると嬉しいです。
「させる」という言葉に込められた意味
この番組では、愛者精神満載で、長方な会社員あすが、
心も体もしなやかに楽しながら、育児も仕事もしなやかに、
毎日を楽しく過ごすことや気づきを、お友達にお話しするようにシェアしています。
中学受験させるの?習い事、何させているの?
これよく会話で出ますよね。
お子さんいらっしゃる方、質問を受けたり、質問をしたりしているかもしれないなと思います。
私もこれね、聞かれたことがあります。
聞かれるたびに、答えるときに、おっという違和感があって、
それが何なのかというところをちょっと考えてみました。
別に中学受験させるかとか、習い事の中学受験や習い事って、それがどうのこうのという話ではなくて、
中学受験させるの?習い事、何させているの?っていう、
させるっていう言葉に対して、私は違和感があるんだなって思いました。
例えば、中学受験させるの?って聞かれたときに、
させるって親が子供にさせることだから、
させることは私、うちはね、させるかどうかは、させることはしない。
子供が受験したいかどうかだと思っているから、
今のところ、息子はするつもりないみたいだよ、みたいな答えになるわけです。
あとは、習い事、何させているの?っていう質問も、
別にさせてないの?させてるわけじゃないの?と思って、
うちの子供は、この習い事をしているよ。
これがやりたいって言って、これをやっているよっていう回答になるから、
させてるの?とかいうのが、すごく私は引っかかりがあって、
答えるたびに、中学受験させるよとかさせないよっていう答え方をするのがすごく気持ち悪いから、
そういう答え方はしてないですし、習い事もこれこれさせてるよっていう言い方はしていないです。
なので、さっき言ったような感じでは、息子はこれをやろうとしているよとか、
彼は中学受験をするつもりはないみたいですよっていう答えになります。
すごい手細かい話で、結構私言葉って大事だなと思いながら使っているし、
こういうところに引っかかるっていうのは、言葉の意味合いみたいなことが大事だと思っているからだなって自分で思うんですけど、
させるっていう言葉を使うということは、親か子供に対して何かをやらせるっていう、
コントロールするみたいな意味合いを含む気がしています。
そして、意図して、そういうつもりはないかもしれないですけどね。
ないかもしれないんだけど、させるっていう言葉を使うっていうことは、何かしら親の意図がそこに働いているのではないかなと。
無意識に使っているとすると働いている、無意識にそれがそういう意図が働いているんじゃないかなってちょっと思うんですよね。
子供の意思を尊重する子育て
結構私は中学受験に対しては、そこがちょっと違和感が自分はありまして、
子供を別にやりたいって思っていない、むしろ塾なんか行きたくないって思っているのに、
親がさせるっていうパターンはやっぱり中学受験においては多い気がしています。
だからさせるっていう言葉になりがちなのかなと思うんですけど、
中学受験に関しては賛美両論あるからなんともここでは議論はしませんけれども、
私は習い事も中学受験も子供のことだから、子供の人生のことだから、
どこまで理解しているかわからないけれども、子供とちゃんと対話をして、
子供の意思を聞いて、子供の意思で選び取るっていうことを意識しているので、
親が何かをさせるということは基本的にはしないという方針でやっております。
一人の人間として見ているというかね、と思います。
習い事もなのでさせるってさ、させてる人もいると思いますよ。
いる気がする。別にやりたいと言ってないのに何々させるとかね、やっぱあると思うし、
だからこういう言葉になるのかなってちょっと思うし、
だけどやっぱりギャルの子供だから、子供の意思ってやっぱり大事なんじゃないかなと、
私は思っているので、させるっていう言葉を使うことに対してやっぱり違和感が、
だからあるんだろうなというふうに思い至りましたという、
自分の違和感がなぜどこから来るのかっていう考察なんですけれども、
これを無意識に別に親がね、無理やりさせてるわけじゃない。
中学受験もさせようとしてるわけじゃないし、
習い事も別に親がさせようと思ってさせてるわけじゃないですよっていう方ももちろんいらっしゃると思うんですけど、
そうだとしてもやっぱりさせるっていう言葉を使ってしまうと、
やっぱり親が何かしらコントロールしてるっていうのがさ、無意識にというか出ちゃうと思うんですよね。
だから結構割とここに言葉の使い方って大事なんじゃないかなと私は思っています。
させる、させられてるって感じになると思うんですよね。
結構ね、息子のお友達の話を聞いてても、塾行きたくないけど行かされてるとかさ、
いう声は結構聞きますのでね。
中学受験の話は難しいところではありますけれども、
中学受験を例にとりましたが、させるっていう言葉の使い方はちょっと今一度、
自分は何て言ってるかなっていうところを考えてみたら、
何か子供との向き合い方の参考に、きっかけになるかなというふうに思いましたので、
シェアさせていただきました。
ジブン表現塾の紹介
ということで最後になりますけれども、
子供の表現とか対話力みたいなものを私は伸ばしたいなって思っていて、
自分表現塾というアートと対話を通して自分の考えを出していく、
自分の感性に気づいていく、自分の気持ちに気づいていく、
そんな習い事を子供がしております。
リアルワークショップが東京で4月26日に開催予定です。
自分表現塾の塾長の小池真美子さんと、
私がもうすごくファンでずっと子供を塾をしている親の立場ではありますが、
共同開催という形で東京で開催予定になっております。
まだ詳細のページなどはできていないんですけれども、
概要欄に自分表現塾ってどんなこと?というホームページのリンクを貼っておきますので、
もしご興味がある方はそちらを覗いていただけると嬉しいです。
はい、ということで今日は中学受験させるのっていう言葉の違和感について、
なぜ私がそう思うのか、そして言葉の使い方って大事なんじゃないかという風に考えたお話をシェアしてみました。
何かご参考になった方がいたら嬉しいです。
それでは明日もローリスクミドルリターンで過ごせますように。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
アスでした。バイバイ。