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#545 自由になりたいのにならないのは痛みを伴うから
2026-04-11 20:08

#545 自由になりたいのにならないのは痛みを伴うから

「自由になりたい」と願う人は多いですが、実際に行動できる人は少数です。

なぜなら、本当の自由には「痛み」と「罪悪感」が伴うからです。

来週、また福岡へ出張に行きます。
娘に伝えると「また?」と嫌な顔をされました。

自分が自由に行動するほど、家族に負担を強いているのではないか。そして現実問題として、好き勝手に行動していれば手元のお金だって減っていきます。

自分の選択に伴う痛みは引き受けるべきですが、周囲がどう思うか、娘がどう感じるかは、アドラー心理学でいう「相手の課題」です。

本当に自由になるためには、「自分で決めた痛みを引き受ける覚悟」と、「相手の課題に起因する罪悪感をどれだけ手放せるか」にかかっています。

短期的な「かわいそう」という感情に負けて自由を諦めることは、人生単位で見れば誰のためにもなりません。

私が「自由に生きていい」と自分に許可を出せなければ、子どももまた自由に生きられないからです。

「うちのママは好き勝手やってるよな」と思われるくらいでちょうどいい。

母親が自由に生きる背中を見せることこそが、子どもが「やりたいことを我慢しない大人」になるための最大の教育だと信じています。

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00:05
こんにちは、人生加速コーチのなおこです。このチャンネルでは管理職を捨てて、ライフコーチとして独立した私のリアルをお届けしていきます。
今、外の公園で話していまして、さっき言った通り散歩をしながら鳥をチェックしたり、
おながちゃんの群れに出会ってホクホクしたところであります。 水浴びシーンまで見れちゃって、かなりラッキーな感じなんですが、
今日はですね、自由に生きるって痛みが伴うなっていう風に思った話をしたいと思います。
多分、世の中のほとんどの人は、自由になりたいなとか、自分の自由に行きたいなって思っている、もしくは思ったことがある人がほとんどなんじゃないかなと思うんですよ。
でも、本当に自由に生きる、自由になるということがいいことばっかりなんだったら、多分ほとんどの人がやってると思うんですよ。
なんですけど、実際はほとんどの人が自由な生き方を選ばないという選択をしているわけじゃないですか。
自由になりたいんだったら、なればいいのにっていう話なんだけど、なればいいのにならないということは、やっぱりならない理由があるんだと思うんですよ。
で、私が最近その理由って、こういうことだよなっていうふうに思うのが、やっぱり自由になる、自由に生きるには、やっぱりそれと引き換えに、
痛みとか、罪悪感とか、後ろめたさみたいなものが、やっぱり伴うから、だからそれを味わうぐらいだったら、自由にならなくていいや、今の不自由でいいやを選んでしまうということなんだろうなと、最近思ってまして。
例えばですけど、私は最近、仕事もかなり好きにやらせていただいている方だと思うんですが、先月、タイミングセッションを受けに北九州に行ってきまして、また来週ですね、また行くんですよ、お話しアナウンサーのリアルお話し会ということで、15日に開催されるんですが、
それも日帰りで、ちょっと朝早く出て行って、夜遅く帰ってくるっていう、出張に行ってくるという話を娘にしたら、また?みたいな、すごい嫌な顔をされまして、
03:01
えー無理なんだけど、とか、めっちゃ文句言われて、いや、こっちも無理なんですけど、みたいな、別に無理じゃないじゃん、みたいな、そういうやりとりがあったんですけど、夫は何も言わないでくれますけど、どう思ってるかは知りませんがね、少なくともそういう反論はしないでくれるんですけど、娘は結構露骨に、えー?みたいな感じになるわけですよ。
っていうやっぱり反応をされると、なんか申し訳ないなーとか、なんかいろいろ我慢させてるのかなーとか、やっぱり人ですから、チクッとするわけですよ、当然。
まあそれにね、普段私がやっていることを、まあ弟か娘にお願いするわけですから、まあ物理的な負荷をね、与えているということは、まあそれは事実ではありますよね。そのことに対する、自分の心の痛みですよね。
これは相手の課題を背負いすぎているということでもあると思うんですけどね。相手が大変だ、相手が嫌だと思うということに対して、自分がそれを解決しようとする、解消しようとする、もしくはそう感じないように、自分が行動を変えてあげる、みたいなことって、なんかちょっと相手の課題を背負いすぎなのかなと思うんですけど、
仮にそれを手放せたとしても、まあその好き勝手ね、あっちこっちに行ったりとか、飛行機乗ったり泊まりで行ったりとかっていうふうにしていると、まあお金が普通に減っていくわけですよ。
それをペイできるほどの売り上げがすぐ返ってくるかって言ったら、そんなことはない世界ですから、まあ普通にお金が減っていきますよ、っていう痛みもありますよね。私はこういう自由な生き方をしていると、当然その安定収入というものはないわけですから、
自分のお金が減っていくプラス、場合によっては家族にそれをまた背負ってもらうみたいな、家族にフォローしてもらう、サポートしてもらうという状況も十分にあるわけじゃないですか、っていうまたそこに痛みも発生するわけですよ。
自由に生きるということは、好き勝手やらせてもらうということは、あるいは家族とかじゃなくて、独身の方だったりしても、将来の自分に対してお金の不安とか、こんなことやってていいんだろうかみたいな、
ちゃんと安定した収入を得て、将来のために貯金してあげた方が、将来の自分にとって痛みが少ないんじゃないかって思うところもやっぱりありますよね。それに、やっぱり働き盛りのね、30代、40代、大体私の周辺の方、放送を聞いている方ってそれぐらいの世代だと思うんですけど、
06:09
いわゆる働き盛りなわけじゃないですか。毎日周りの人がお勤めしていて、頑張って働いていて、っていう中で、自分だけ浮世離れしてプラプラしているみたいな、みんなが当たり前にやっていることをやっていない自分みたいな、
そういうものにも、別に悪口言われたりとかはほとんどしないと思いますけど、でもなんか、あの人何やってるんだろうねみたいな感じに見られたりとか、不思議そうな目で見られたりするわけじゃないですか。
私なんかこんな金髪の頭してるし、日中プラプラその辺歩き回っているし、何してるのかな、あの人みたいな感じなわけですよ。双眼鏡を持って木の中とか色々見てるし、怪しいじゃないですか、明らかに。
日本って同調圧力とか、変わった人に対するなんか受け入れられなさみたいなところって、海外と比べても、やっぱりなんかあまり柔軟性がないところがあるような気がして、
だから自由に生きれば生きるほど、そういう周りからの見られ方とかを気にしちゃうとやっぱり自由にできないし、周りの感情とかに気を使っていたら何もできないなぁと思うわけなので、
やっぱり自由に生きるということは、それを手放すとか無視するとか、そういう覚悟が必要なのかなと思うんですよね。やっぱり何か言われたり、特に身近な人からは理解されなかったりするわけですから、
やっぱりそこの痛みを伴ってまで自由になりたいかと問われると、そこまでだったら死ななくていいかもってなる人が大半なのかなと思いました。
あと、この話をしてて思い出したんですけど、私3社勤めていて、2社目の会社、ベンチャー企業にいたときの標語というか、合言葉みたいなやつに、自由と責任という言葉があったんですよ。
ベンチャー企業ですから、何でもかんでもマニュアル通りみたいな感じではなくて、結構個人の裁量に任せてもらう部分って多かったんですけど、でもその自由は責任を果たした上での自由だよっていうニュアンスだったんですよね。
09:26
会社で責任って何って言ったら、基本的には売り上げですよね。目標をきちんと達成しているとか、その会社で決められたやるべきことをやった上で、その中では自由にやっていいよっていうことだと思うんですよ。
やる意味、わかりやすいのかなと思って、これさえやれば売り上げのためだったら何でもやっていいっていう倫理感はね、そこに欠ける方もいらっしゃいましたけれども、基本的にはちゃんとね、これをやってればいいですよっていうものが会社の中で定義されているわけじゃないですか。
それってすごいわかりやすいのかなと思うんですけど、その考え方を個人企業に当てはめて考えたときに、ここまでやればOKだよっていう、ここまでやれば責任を果たしているよっていうラインを誰も決めてくれないわけじゃないですか。
それを自分で決めなければいけない。
もしくは、責任を果たすということをどう定義するかにもよるんですが、仮に家族を養うとか、家族に対して安定収入を持ってくるみたいな、そういうことが責任。
あるいは子どもとかね、家庭を守るとか、家庭をとどこりなく運営するみたいなことに自分の責任を定義するとしたら、どこまでその責任を果たすかみたいな、責任を果たさないという選択をする自由もあるわけじゃないですか。
自分でそこを全部定義しなきゃいけないということが多分、精神的な負荷が大きいんだろうなと思うんですよね。でもそれが自由ってことなんですよね、本当の意味で。自分で決めなければいけない。自由であるためには自分で決めなければいけないんですよね。
どこまで責任を果たすか、どこまで相手の期待に応えるか応えないか、それも全部決めるということが本当の自由な生き方なんだろうなと。それができて初めてできるみたいな感じですかね。
やっぱりその痛みと向き合う上で、目線が短期的なもの、短期的な感情、目の前の感情に、自分の感情あるいは相手の感情に引っ張られてしまうと、やっぱりどうしてもそこまでだったらいいやっていう風になってしまうような気がして。
12:21
例えばさっきの娘の例えで言うと、私が出張に行くことに対して、「え?」みたいな反応をされる、ネガティブな反応をされるわけですけど、でもその今の娘の感情に寄り添って、私がもし自由な出張に行くことをやめてしまったとしたら、その場は丸く収まるのかもしれないんですけど、
でも長期、自分の人生単位で考えた時に、まず私自身はあの時行っておけばよかったっていう後悔をしたり、そこでもしかしたら行っていたら得られたかもしれない出会い、チャンスがなかったとか、
なかったんじゃないかっていう、ずっと後悔を引きずって生きていくことにもなると思いますし、あとは娘にとっても、私はやっぱり自分の生き方がね、一番親というのは身近な存在ですから、大人ですから、
親がどう生きていたかっていうことはすごい子供の生き方、大人になってからにも反映されると思うんですけど、そう考えると、私が自分に自由に生きていいんだという許可を出せなければ、きっと娘も自由に生きていいんだって思えない大人になりやすいんじゃないかなと思うんですよ。
娘が大人になった時に、なんかママもだいぶ好き勝手やってたしなって思えれば、じゃあ私も好きにやっていいかっていう風になると思うんですよね。
よく子供は親の言う通りにはならないが、親のする通りにはなるみたいな言葉がありますけど、だから親がどう生きているかの方が何を言っているかよりも大事っていう風に考えると、じゃあ私が自由に生きてあげることが大きく、娘も大人になった時に自由に生きれる、生きやすい子になるのかなと思ってるんで、
そう考えると、じゃあ私が今好きにやるという選択をした方が、お互いの人生単位にとっては多少手前でネガティブな感情があったとしてもいいんじゃないかなと思うわけですよ。
15:04
そういう風に考えないと何もできない気がする。
お金についてもそうですよね。やっぱり今の自分に自由に使わせてあげられなかったら、いくら貯金しても結局老後、いくら何歳になってもずっと老後のために貯金しているみたいな、実際いるらしいじゃないですか。
80代ぐらいになっても老後のために貯金していますみたいな人もいるって言うじゃないですか。結局、もう亡くなりになる時に貯金の大半を使い切れずに亡くなっていく方が特に日本人は多いっていう風に言いますけど、別に残された家族に対してお金を残しておく必要ってないと思うんですよ。
その年になってね。だって自分が寿命を全うするぐらいの年齢になった時は、自分の子供も相応のシニアにはなっているわけじゃないですか。そのシニアにお金を残しておく必要はあまりないのかなと思うんですよ。
今使えなかったら、たぶん将来は使ってあげられないんだろうなーって思いますし、昨日の財布の対談でライフコーチケイコさんに来ていただいて、三鷹のイベントについて話していただいたんですけど、その時ケイコさんが言っていたことですごい印象に残ったのが、
ケイコさんは福岡から三鷹東京まで飛行機に乗って前回も来てくれたし、また5月も来てくれる予定なんですけど、飛行機代ぐらい出せなくて起業とかできないからみたいなことを言っていて、本当にそうだなって思ったんですけど、
やっぱり生き方を大きく変えようと思った時には、それも相応の痛みが伴うわけなんですが、その手前のすり傷さえ恐れていたら、何もできないよねみたいなことだと思うんですよ。
子供とかも、怪我をさせないようにさせないようにって言って、全部親が先回りしていたら、小さな傷、怪我を負うという体験をしなければ、いざっていう時にもっと大怪我しちゃったりするみたいなことってあるじゃないですか。
やっぱり転んだりとかする中で体の使い方っていうのを覚えていて、子供強くなるわけなんですけど、それを全部親が転ばせないようにっていうふうに先回りして、何もやらせないとかいうふうにしちゃうと、本当に何にも挑戦できない子になっちゃうみたいなことがあると思うんですけど、それは自分自身に対しても同じだなと思うんですよね。
18:05
やっぱり小さい怪我を恐れて何もしないって言ったら、最後に残るのは何もしなかった人生みたいな、何も傷は負わなかったけど代わりに何のチャレンジもできなかった人生みたいなものが多分残るだけだと思うので、最後に一番大きな痛みがやってくるみたいな。
それはやっぱり嫌だなって思うんですよね。
そう思ってめっちゃくしゃみした。目の前のマンションのおじさん。
そうなるくらいだったら、今動いておこうかな。何かやっておこうかなって思いますね。
そうはなりたくないな、こうはなりたくないなっていう終わりを描くと、そうならないためだったら何でも今やるわみたいな感じになると思うので、
7つの習慣でも終わりから始めるとか終わりから描くとか言いますけど、やっぱり最悪の未来を想定したら、そうなるくらいだったら今の痛みなんて必要経費だよねみたいな、そんな風に考えられるような気がします。
はい、そろそろ娘がバスケの練習から帰ってくる頃なので、ごめんね、終わりにしたいと思います。
最後に告知だけさせてください。
ヒルスナック4月22日に開催します。
あと、お話屋のお父さんとのリアルセミナーを5月24日日曜日の午前中に市街で開催します。
今、申し込みページ準備しておりますので、もう少々お待ちください。
はい、以上です。最後まで聞いていただいた方は、いいねとまた聞きたい方はフォローお願いします。
本日もお聞きいただきましてありがとうございました。
20:08

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