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皆さん、こんにちは。たがけいこの、今日もコーチング日和、スタートです。
はい。ということで、今回も伊藤優子がお邪魔しております。
はい。さっきのスタートのスが、ちょっと明確に言えなかったのが、今悔やまれています。
本当?
はい。だけど、このまま言っちゃいます。
はい。大丈夫ですよ。バッチリです。さて、今日はどんなテーマでお話しされますか?
はい。ちょっと壮大な話になるかもしれないんですが、
人生観について語ってみたいなと思っております。
いいですね。すっごいざっくりと。太陽にも飛んで行きそうなテーマですけど。
ちなみに、それを話そうと思った理由か、何かきっかけとかあるんですか?
これは別の収録で、目標をどう表現するかっていう、どう捉えているのか、変えてみることによって、そのもの自体が、見え方が変わるよねっていう話とも関連しているような気がするんですけど、
人生についてどう考えているかによって、物事の取り組みやすさとか、チャレンジしやすさっていうのも変わってくるんじゃないかなって思います。
私はどんなふうに捉えているのかっていう、ちょっとふざけて、ふざけんじゃないよって言われるかもしれないですけれども、しゃべってみたいなと思います。
じゃあズバリ、どんなふうに捉えてらっしゃるんですか?
人生ね。簡単に言うと、暇つぶし。壮大な暇つぶし。
分かる。
分かる?
分かる。
はいはい。
壮大な暇つぶしだなと思っている節がありますね。
だからこそ、何をしてもいい。悪いことはダメだけど、何にチャレンジしてもいいし、何に取り組んでもいいし、
誰とどう出会うか、何をするか、そんなところもすべて、その隙間を埋めるものっていう感覚なんですよね。
よこさんはどうですか?分かるっていうの。
分かるって思いながら、今、こけいさんがしゃべってくれたから、そこは同意で、あとね、言いつつ真逆なんだけど、人生に意味はない。
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真逆。
真逆ね。
真逆で、まあでも似てるかな。根本的には、多分、通っている部分もある気がするんだけど、何ていうの。
よくね、運命だとか、それこそ別の回で意味づけの大切さとか言ってる割に、また矛盾に戻っちゃうかもしれないけど、
基本的に人がこの世に生まれたということは偶然であり、そこに運命なんてものはない。
だからこそ、何て言うんだろうな、くだらなく。
くだらなく。
それこそ、ほんと暇つぶしをするぐらいのラフさで、というイメージで持っているから、よくすごく真面目な人は、この世に生まれた命をいただいたんだから、何か意味のあることとか、何か人様の役に立つことって考える方もいらっしゃると思う。
私もそういうふうに考えていたけど、そこになんてない、ただ偶然人は命がこの世に生まれてきたんだよっていうのがあるだけで救われる人もいると思うんですよね。
じゃあ意味がないなら、何もできてないかもしれない自分だってここにいていいし、そこにいるだけでいいも悪いもないという、全肯定につながる気がして。
だからこそ、意味なんてない。そこにあなたがいるっていうのは、ただの偶然だからこそ、本当にそこでダラダラしてもいいし、ぼーっとしてもいいし、役に立たなくてもいい。
退屈になるから、また暇つぶしとして何かやる方が楽しいよねみたいな感じの抜け感が最近、年を取れば取るほど出てきましたね。
そうだよね、若い時はどうしても学校だと成績で測られたり、就職し始めても同期と比べられたり、身近な先輩と比べられたりするから、
一つずつスキルができなきゃいけないっていうところに。そうしないと人生ダメなんじゃないかという感じがするけれども、実際には何年も勝ってみるとそんなに大したことないなって思いますね。
もちろん一生懸命やったっていうのは次の糧になるけれども、それはそれで、うまく埋めたねみたいなそんな感じかもね。
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長いからね、人生は基本的には何かがない限りは続く。ある程度はね。
だからこそさっきもゆう子さんが言ってくれた、やりたいことっていうのはやってもいいし、どんどんこうなったらいいなーをやっちゃえばいいんだよね。
そうなんだよね。そこにさ、やるからには成功しなきゃいけないとか、みんなに迷惑かけちゃいけない、失敗してお金使っちゃったら悪いし、みたいな条件とかも本当にいらないから、
シンプルにね、やりたいみたいな、自分の中で分け終わった感情を最優先、気軽にね、最優先できたらいいなと思いますよね。
そうだね。
私、人生は小説のようなものだと思っていて、これまでの人生が小説の中の前の方に書かれていて、これからどういうふうに自分の人生を書いていこうかなっていうイメージがすごく強いんだよね。
なので、これもキャリアの話をするときには、結構そのキャリア感みたいなね、目標とかもそうだけど、キャリアってどういうイメージ?みたいな時に使ったりするんだけれども、
私の中では、小説の中の主人公が私である。だから、前も喋ったっけ、エッセイのところでね、エッセイとも繋がっている部分が大きいね。
エッセイの場合には、その日あったことを切り取っていくって感じだけど、小説だともうちょっと物語的な、ちょっとフィクションが入っているっていうイメージがあるかな。
もうちょっと客観的かも、そうなってくると。
田垣子という、その一人の人の物語、ストーリーなのかな。そのまま自分の人生みたいな感じ。自分の人生観に繋がっている感覚がありますね。
前の回、以前の回でエッセイを書きたいみたいな、それってさ、お客さんの人生観にもちょっとリンクしているのかもね。
そうかもね。憧れとともにね。そういうのを書きたいっていう憧れとともに、人生観があるから、より魅力的に感じれている。
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私の前の前職の後輩で、私は夏の暑い日に自転車を立ち漕ぎで坂道を登りたいんですっていう方がいて、女性の方で。
この人にとっては人生とか仕事とかってこういう感じなんだなって思ったね。多少負荷がかかったり汗だらだら流しながら登りたいと思ってたから。
なるほどね。それは単純に坂道登りたいということじゃなくて、自分の人生とはこういうイメージっていうことの発言なのか。
人生とはっていうタイトルがついたわけではないけれども、そういうのが好みだっていう。
ありますよね。みなさんどれどれ。大変なのか好きな人もいるからね。
さっきみたいにね、のんびりと時間の流れをゆっくりと感じていたいっていう方もいるでしょうし、ワイワイワイワイ過ごすっていうのがその人生の生きてる感じだよね。
生きてる感じがつながっているのかっていう。人それぞれ違うところだから。
おけいさんは好き?冒頭と一緒かもしれないけど、立ち漕ぎするみたいな感じが好きっていう表現をおけいさんバージョンにすると、おけいさんはどういうのがいい?
どういうのがいいんだろう。文章に書きやすい感じ。
でも文章なんだね。
そうだね。文章に書きやすい行動をしたい。
何それ面白い。
いろんなところ突っ込みたいけど、まず文章に対してのなんかすごい好きみたいなのあるんですか。
なんか美しさみたいな感じるね。
文字として表現されたものが美しいというと。
そうかも。
すごい素敵。
面白い。
ありがとう。そんなに力強く言ってくれると。
面白いね。
本当本出したらいいよエッセイ。まじで。2冊目。
そうなんだ。自分自身だからわかんないんだけどね。
いやだって私そんな風に思ったことないし、思わない。
ゆう子さんが言ったらどんな感じなんだろう。
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なんかそうね。一番思いついたのは、なんかお天気雨の中に飛び込むみたいな感じ。
おー。
言ってたのがいいな。
今の表情。
なぜお天気雨なの?
まあなんか汗に濡れるって大人はしないじゃん。
でもそれをしたいっていう、子供心みたいなタブーじゃないけど、それおかしいよねみたいなことをしたいからするっていうのをしたい。
ただ大雨で暗い空間は嫌だから、晴れそうな雰囲気だけど雨降ってるみたいなのがあるじゃん。
そういう中で、わっ!って降りましたっていうような人生だったらいいな。
すごいゆう子さんぽいわ。ぽいぽい。
すごい面白いね。人生を例えるって面白い。
そうだよね。
意外と会社内でこんなこと言えないじゃん。
そうだね。それを理解できない人もいるじゃん。この言ってることを何やってるの?っていう人もいるじゃん。
それをいい世界観だねって言ってくれる人の前で言えたら面白いね。
そうだよね。
そうそう。
そしてそれが、ちょっとつまんなくなるかもしれないけど、自分の仕事をしている中でも、それってどうやって起こせるのかなって考えてほしいっていうのはあるんだよね。
だから、自分が苦手だなとかちょっと嫌だなとか思った時にも、私それってどう文章に書かれるんだろう?みたいなのを意識する時あるんだよね。
そのことを乗り越えた後にそのことはどう書かれるんだろう?みたいに思ってる。
すごい。
でも初めて言語化しましたね。
同じように考えてる人がいるのかもしれないけど、今のところ初めて出会ったそういう人。
なんとなくそういうのって感覚としてはみんな持ってるんじゃないかな?そのお天気雨に入っていく感覚が何かの瞬間に出てきたりとか、ちょっと嫌だなって思う時にそれをイメージした時にどうなるのかみたいなね。
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お天気雨なんだけど、ちょっと今日果実読めないよねみたいになるのか。
曇ってるんだけどこの後晴れそうな天気なんだよねって思った時に何が変わるのか。
本当にけいさんの文章をどう表現されるかっていうのがすごく私の中では初めての出会いの感覚で。
芸能人とかの日着とかでよくアナウンサーさんがナレーションで彼女は今こうであーでみたいな。
自分でもイメージできるような何かがあった時に自分は例えば女優だとしたらナレーションでゆう子は今パッと押しているとか。
それが文字ってことだよね。文章として。
そうだね。ナレーションっていうのもあるけどどっちかっていうと文章でどう残るかの方が強いかもしれない。
すごい素敵だね。やっちまったなーみたいなこともね。どう描くことができるんだろうみたいな。
実際やったことあるんですか?自分でやったことあるんですか?
自信を持ってないですって言ったら今。
ないです。ないです。
やってみたらいいんじゃない?
そこなんだよね。そこなのですよ。そこの間にはやっぱり何かがあるんだよね。
何かがあるんだね。
自分のだから文章力の無さっていうのもあるのかもしれないし、文章になった瞬間に陳腐化してしまう怖さもあるし。
そうだね。そこまで観察してないっていうのもあるかもしれない。
自分のことが主体的になりすぎてしまって周りの状況とかそういうのも小説って書くじゃない?
部屋はちょっと暗めでみたいなさ、浪漫が漂っていたとか。そういうのをちゃんと書くっていう観察力まではないのかもしれない。
面白い。でもそれを形にしたいという欲求ではないかもしれないしね。
頭の中に描く言語と実際に手で書き出すアウトプットとしての言語ってやっぱりズレがあるじゃない?
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そこまでは求めてない。頭の中でも描く文字としての世界観が好きなのかもしれないし。
そうだね。誰かにそれを書いて欲しいって思ってる節はあるかもしれないし。
難しい。
でも書きたいのかな。やってみないとわからないね。
そうですね。これはコーチ、やってみるのがまずコーチなんじゃないでしょうか。
実験実験。
実験実験。一瞬でもいいからね。切り取った。一回これみたいなのをほんのちょっと200字でもいいから書いてみてもいいかもしれない。
その瞬間はやっぱり忘れたい。次行こうみたいな。
その方に囚われていることが多い。
何かしらの失敗とかネガティブ要素がある部分に文字化っていうことだったのね。今言ってたね。
確かにですね。
それが一番最初に言ったね。壮大な暇つぶしであるっていうところと。
ちょっと外在化してるところってあるね。
難しい言葉。外在化ってなんだ。
外側に置いている。自分がそこに含まれているというよりは、その人生にしてもその日、一日にしても自分が外側から客観的に眺めているみたいな。
そんな感じがあるのか。
いつもそのスタンス?日本。
いつもそのスタンスなのかな。でも暑い時は暑いって感じるし。
遅刻しそうで、わーまずいまずいって言った時も自分自身なんだと思うけどね。
その辺が比べないからわかんないよね。人との。
確かに。難しいよね。
そんな感じでございます。
面白い。ぜひこれを聞いている皆さんも自身の人生は例えるとどういう風にするのがお好み?
ぜひ言語化してほしい。絶対一人一人違うからね。
遊園地ですっていう人もいるかもしれないし。
確かに。海の深海で泳いでますとかね。
あるかもあるかも。
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皆さんアウトプットがめちゃくちゃ大事なんで、せっかくOKさんみたいな面白いチャンネルにたどり着いちゃったんであれば、
ぜひ皆さんOKさんのコメント欄を自由に使っていただいて、皆さんアウトプットやってみてください。
世界が広がっていきますので。
コーチングはアートであるって前に喋ったことがあるけど、アートであるゆえだよね。
言葉遊びから始まって、イメージから入っていってみたいな、そういうアートだなと思います。
本当にね、やればやるほど、そしてOKさんと喋れば喋るほど、コーチングって好きだなって思える。
無限の可能性が。コーチングにあるというよりは、人に無限の可能性があるっていうことを思い出させてくれる感じが。
そうだね、そうかもそうかも。嬉しいな。
一人一人が感じられたら嬉しいなって思いますね。
そうですね。
ありがとうございます。
では、田垣恵子の今日もコーチング料理、今日はここまでです。
聞いてくれてありがとうございます。またね、バイバイ。