はい。
それが今回一番のキーワードであるテンプレートという考え方。
社会人になって初対面の人と接する機会が爆発的に増える中で、このテンプレートが彼女を支えることになったと。
はい。このテンプレートというのは、簡単に言うと、初対面の相手に対する初期対応マニュアルを自分の中に作っておくというものです。
初期対応マニュアル。
年齢、性別、職業、雰囲気といった限られた情報から相手をいくつかのパターンに分類して、このタイプの人にはまずこういう態度で接してみようという仮の対応を決めておくと。
でもそれってまさに社会が問題視しているアンコンシャスバイアスそのものをむしろ積極的に使おうってことじゃないですか。
はい。そうなんです。
年配の人はITが苦手だろうとか、若い女性はこういう話題が好きだろうとか、一歩間違えればただのステレオタイプで相手を見てしまうことになって、すごく危険な考え方にも聞こえますが。
素晴らしい指摘です。まさにその点がこの話の確信なんです。
語り手自身もこれがバイアスの一種であることは明確に認めています。ただここでの目的が差別や決めつけではないという点が重要なんですね。
目的が違う。
あくまであのアイスクリーム屋でのトラウマから学んだ、自分の物差しで無防備に突っ込むのは危険だという教訓に基づいた自己防衛策なんです。
自己防衛ですか。
はい。相手の価値観、つまり物差しが全くわからない状態で自分の巣を全開に深く関わろうとすると、またいつかのように理不尽に傷つけられるかもしれない。
そのリスクを避けるために、まずは当たり障りのない、失礼のない、最低限の対応を脊髄反射にできるようにしておく。
そのための仮の型がテンプレート。まあ鎧のようなものですね。
なるほど。鎧ですか。面白いですね。僕はどちらかというと逆で、潜入感を持たないように、なるべくまっさらな状態で人に会うことを心がけてきたつもりでした。
でも正直に言うと、それって時々ものすごく疲れるんですよね。相手はどんな人だろう、何を話せばいいだろうって毎回ゼロから探り合いになるから。
そうなんですよ。その疲労こそがテンプレートが防いでくれるものの一つなんです。
なるほど。
何の情報もないまっさらな状態でいるより、ある程度の仮説、つまりテンプレートがあった方が初動で大きな間違いを犯すリスクを減らせる。
うんうん。
そして、その仮説がもし間違っていたとしても、ああ、この人はこのテンプレートには当てはまらない、別のタイプの人なんだなと、冷静に情報を修正していけばいい。
最初から深く感情移入しないことで、評価のずれが生じても深く傷つかずに済むわけです。
つまり、テンプレートは最終的な答えではなくて、
そうですそうです。
あくまで関係性を始めるための足掛かりみたいなものなんですね。
相手を理解するまでの間、自分を守ってくれる一時的なシェルターというか。
その通りです。
そして、この話がさらに深まっていくのは、この非常に実践的な処生術が、もっとスピリチュラルな周波数という概念につながっていくところなんですよ。
来ましたね、周波数。
このポッドカストの重要なテーマです。
ええ。
テンプレートという鎧は、一体何から私たちを本当に守っているのか、
それが相手からの批判や評価だけではないという話になっていく?
ええ。ソースでは、同じ出来事も捉える人の周波数によって意味が全く変わってくると説明されています。
はい。
例えば、仕事で大きなミスをしたという出来事があったとします。
うわあ、考えただけでも意外痛くなりますね。
この出来事を低い周波数で捉えると、それは単なる不運、失敗、自分の無能さの証明になります。
ああ。
なんで私はくっかりこんな目に合うんだ、という自己否定や被害者意識のループに陥ってしまう。
わかります。一度そっちにはまると、なかなか抜け出せないんですよね。
しかし、同じ出来事を高い周波数、つまりより俯瞰的なメタ認知の視点で捉え直すと解釈が変わってくる。
ほう。
例えば、このやり方ではうまくいかないということを宇宙が教えてくれた。
もっと良い方向に進むための方向転換の合図だ、と解釈できる。
なるほど。出来事そのものは同じなのに、意味合いが180度ポジティブになる。
失敗がただの失敗じゃなくて、学びの機会に変わるわけですね。
そして、ここからが重要なんですが、人間関係において、この周波数が非常に大きなリスクになり得るのが同調の瞬間なんです。
同調ですか?友達の悩み相談に乗っている時とか?
まさに。ソースでは、合わせ癖がある人、という表現が使われていましたが、
例えば、友人がもう最悪、仕事辞めたい、と低い周波数で話している時に深く共感しすぎて、
自分もその最悪だ、という周波数にチャンネルを合わせてしまう。
そうすると、自分自身の周波数もその低いレベルに引きずられてしまう、というんです。
それは経験あります。誰かの愚痴をずっと聞いていたら、自分まで気分がドーンと落ち込んじゃって、
その日一日なんだかついてないことばっかり起きる、みたいな。
あれって、気のせいじゃなくて、エネルギーレベルで実際に何か起きているってことなんですね。
その考え方に立つと、テンプレートという鎧が持っている、もう一つ、そしておそらくもっと本質的な役割が見えてきます。
それは、相手のネガティブなエネルギー、つまり低い周波数に無防備に同調してしまうことから、
自分自身の心地よい状態を守るための防衛シールドとしての機能です。
なるほど。だから、相手の物差しがわかるまでは深く関わらない、だったのか。
そういうことなんです。
それは、相手を拒絶しているわけでも、冷たく突き放しているわけでもなく、
自分のエネルギー状態、自分の周波数を高く保つための積極的な自己防衛だったんですね。
その通りです。特に、感受性が豊かで共感しやすい人ほど、相手の周波数に自分を下げてまで寄り添おうとしてしまいがちです。
ああ、わかります。
しかし、それでは自分自身が消耗し、凶倒れになってしまう。それでは本末転倒ですよね。
確かに。
誰かを助けたいなら、まずは自分が安定した高い周波数にいることが最優先。
そのためのバリアとして、あのテンプレートが機能するわけです。
いやー、面白いですね。
アイスクリーム屋での個人的なトラウマから生まれた対人関係の諸施術が実は、
自分へのエネルギーを守るためのスピリチュアルな防具でもあった、と。
点と点が繋がった感じがします。
一見ネガティブなものとされがちなバイアスや決めつけという行為が、
視点を変えれば自分という存在の根幹を守り、
結果的に他者との健全な関係を築くための知恵になり得る。
この逆転の発想がこの話の最も魅力的な部分だと思います。
そうなってくると、最初のテンプレートは危険じゃないかっていう僕の疑問も少し見え方が変わってきますね。
はい。ここでのテンプレートは決して冷淡さや高級的な偏見を推奨するものではありません。
あくまで初期装備の汎用的な鎧です。
汎用的な鎧。
そして相手と少しずつコミュニケーションを重ねて、
その人の物差しや人柄が安全に理解できてから、
その人専用の優しさのテンプレートに微調整していけばいい。
これは非常に現実的でかつ優しいアプローチなんです。
なるほど。最初に使うのは既製品のテンプレートだけど、
相手のことが分かってきたら、その人専用のオーダーメイドの対応に切り替えていく、と。
ええ、まさに。
それなら、最初のバイアスも最終的には、
相手への深い理解や思いやりにつながっていく可能性があるわけですね。
そうなんです。
最初から完璧な相互理解という高いゴールを目指すのではなく、
まずはお互いが傷つかない安全な距離を保つ。
そのための仮の足場として、一時的にバイアスを利用する。
これは、情報も価値観も多様で複雑な現代社会を消耗せずに生き抜くための、
非常に洗練された戦略だと言えるかもしれない。