大好きなお店で最後に出された、苦みのない完璧な柚子皮の砂糖煮。
サーフボードのような形をしたトゥルトゥルの皮。苦味など微塵もなく、温かいお茶と口の中で手を取り合う完璧な調和。思わず「美味しいです」と伝えた私に、大将は事も無げに言った。
大将の「剥いて煮るだけですよ」という軽やかな言葉に、私はルフィが海賊王を夢見るような純粋さで踊らされた。いや、けどそうは言っても、多少はめんどくさそうなこともわかってたよ。ルフィより大人なので。
そうはいっても、難しいんでしょ〜と思いながらも、大将から頂いた言葉を素直に受け取ってしまった。
美人が「肌断食(肌に何も塗らないこと)」をしてると聞けば、私も肌断食をしてきた。
しかし、普段スキンケアを怠っている私は「肌断食」にはならない。ただの日常なので、断食でもなんでもなかった。
いつも頑張ってる人が言う言葉でありやる行為なんだよ。
料理人が言う「だけ」もそうである。
慣れすぎて、やりすぎて「だけ」になっているので、やったこともない私がやると、それはそれはもう引越しレベルの重労働。
しかし。。。お店ではたった一つしか食べれないものを家でたらふく食べれたらどれほど楽しいだろうと思ったのと、この時の幸せに頭の中のシュミレーションでは一瞬でいけたので、対象の言葉を信じて、砂糖煮込みを作ることにした。
柑橘を手にもっただけで正直めんどくさかったし、包丁を入れるたびに諦めようと何度も思った。
私が今、ゴールを「砂糖煮込みを作ること」ではなく「柑橘をそのまま食べること」にしたらどれだけ楽か。
だけどやると決めた以上、手が止まらずに、剥く作業の大変さを「これが終わればあとは煮るだけだし」とポジティブに乗り越えた昨日の自分を、今の私は全力で止めたい。
鍋に火を入れた瞬間、煮るだけだからと目を離した隙に、コンロが「ピーピー」と冷酷な警告音を鳴らす。焦げつきアラーム。それは、私の甘い見通しを嘲笑う叱責だった。焦げを「これが正解だ」と自分に言い聞かせ、分散させ、誤魔化す絶望。その間にも、砂糖まみれの洗い物は増え、コンロは強敵・ベタベタに占領されていく。
スマホを持って立って、ひたすら砂糖煮込み・・・と言う名のジャムを見守る時間は、もはやリラックスタイムではなく「監視」という名の重労働だ。保母さん。
プロの「だけ」は、何万回という反復の上に成り立つ「呼吸」のようなものであって、初心者の「だけ」には、迷いと義務感と後悔がぎっしり詰まっている。味見をした瞬間の「全然できてない」という絶望。あの大将の柚子皮には、ポン酢から余った皮だけでなく、私の想像もつかないほどの「見守りの時間」が凝縮されていたのだ。
出来上がったのは、ドロドロの塊と、砂糖でベッタベタになったキッチン、そして信じられない量の洗い物だった。
ふと我に返り、私はアヲハタのジャムを思い浮かべる。果肉がゴロッと入り、あの完璧な透明感を保ったジャムが、わずか四百円ほどで売られている。イチゴ一パックを自分で買うより、はるかに安くて確実だ。私たちは一体、何を求めてコンロの前で数時間を無駄にしているのだろうか。
かつて私は、安さだけを求めてドラッグストアで九十九円の紙パックジャムを買っていた時期があった。ギンガムチェックのパッケージは可愛い。しかし、あのゼラチンだかペクチンだか分からない嘘の塊で固められたジャムを、パンは決して受け入れなかった。パンの気泡が「こんな嘘のジャム、馴染みたくねえぞ」と反骨精神を剥き出しにし、互いに反発し合っていた。
あのとき、プラス三百円をケチったばかりに、私のパンは悲しい思いをしていたのだ。ジャムだけではない。のりたまの代わりに安すぎるふりかけを選んだとき、ご飯だって悲しんでいる。
今回、料理人の「だけ」を信じて痛感した。専門家の「だけ」は、何千回という反復に裏打ちされた特権的な言葉なのだ。素人が専門家と同じ土俵に上がろうとしてはいけない。素人は、専門家が作り上げた素晴らしい「成果物」の、良き利用者であればそれでいい。
瓶詰め作業を前に、アヲハタのロゴが頭をよぎる。このベタベタの思い出は、二度とジャムを作らないという誓いとともに、ゆっくりと味わうことにしよう。と思ったけどゆっくり味わっていたら後悔ばかり生まれそうな味なので、カモフラージュしつつ無理やり食べ続けよう。
【食い意地ラジオについて】
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
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