私は激怒している。
一番好きな和食店の大将に対して。値段以上すぎる食材とサービスと個室という素晴らしいお店、人柄も常に謙虚で素敵な方なんだけど、私は怒ってるよ。3日間。キッチンに立ちながら、焦げたジャムを見て、ずっと怒ってるよ。
ことの始まりは、大好きな和食店の大将が放った「煮るだけですよ」という甘い罠。皮を剥いて砂糖で煮る、ただそれだけ。その言葉を信じた私は、ルフィが海賊王を夢見るような純粋さで柑橘と向き合った。しかし、いざ包丁を握れば、本来一分で済むはずの皮剥きに二十分を費やし、鍋に火をかければ焦げ付き防止センサーが「お前、ずっと見てろよ」と言わんばかりにピーピーと私を叱りつける。
スマホ片手に漫画を読もうにも、意識のすべてが鍋に吸い取られ、赤ちゃんを世話しているような義務感で頭が回らない。結局、出来上がったのは「カラスが漁った後のゴミ袋の皮」のようなパサパサの成れの果てだった。
大将の言う「だけ」は、初心者の私には決して到達できない神の領域だったのだ。煮込みを、ただ煮込むだけと思うな。それが私の血の滲むような教訓となった。そして、こういう手間暇フードは全て市販の恩恵を授かろう。
この激闘!ジャム作り体験のおかげで私はより一層和食店に行った時の感謝を増大することができるだろう。怒りが感謝に変わる。やっぱり消費者さいこ〜〜〜〜〜〜!!!!!!この激動は私がよき消費者になるために必要な経験だったんだろうね!!
話は変わり、私のホーム、デパ地下。隙あらばデパ地下話がしたい。そして願わくばデパ地下に住みたいよ〜。デパ地下の地下とか。パラサイトしたい〜。デパ地下で最後まで残った惣菜たちどーなってんのよ!!!!見せて見なさい!!!私が食べ尽くすから!!!!!!!!!
今日はおこわの話。
デパ地下には映画館のポップコーンのように私を誘惑する「おこわ」のショーケースがある。
しかし、デパ地下は貴族の遊び場だ。スペアリブを頼めば、骨の重さまで金に換算され、葉っぱ一枚のサラダがデジタル計量器の上で驚異的な数字を叩き出す。「このゼロの単位、間違ってないか?」と腰を抜かしつつも、私は炊き立てのおこわを手に取る。
冬のライフハックとして、私は温かいおこわをお腹にあて、カイロ代わりにすることにしている。ポットのお湯を膝の上で我が子のように抱きしめる喜び(ついには服を濡らして極寒を味わうリスクを孕んでいても)と同じで、温もりは抱きしめるものなのだ。
デパ地下のおこわは一口で消える。しかし、私の実家には、食べても食べても地下から湧き出してくる「デッッッッッカイ魔法のおこわ」を授けてくれる、90歳の祖母がいる。
彼女には不思議な能力がある。インドにルーツがあるわけでもないのに、なぜか「サモサ」を皮から完璧に作り上げるのだ。他のインド料理は何も知らないのに、サモサだけは手が覚えている。我が家のファミリーヒストリーを遡れば、一瞬だけ現れては消えたインド人がサモサの製法だけを刻み込んでいったのでは。彼女のサモサはとても美しく、美味しい。
彼女の料理は、すべてが「無限」だ。食い意地が止まらない私に常に夢を与えてくれる。
お正月、三段重のおせちを当日朝の数時間で作り上げるその手際は、伝説のバイトリーダーのよう。
重箱の中のレンコンを褒めれば背後から巨大タッパーが、エビを愛でれば追加の援軍が現れる。お祝いの席はいつの間にか、重箱を包囲するタッパーの要塞と化す。
そうそう、何が言いたかったのかというと、おこわでもサモサでもなく、このおばあがかつて作ってくれた「リンゴジャム」のこと。素晴らしかったの。
とろとろで、この世のものとは思えないほど優しかった。りんごは風邪の時に食べるイメージのものだったけどこの優しさが所以するのだろう・・・!優しさフード。りんごの笑顔が見えたよ。
これの作り方を聞いた時も、「ストーブの上に置いてただけだよ」といっていた。この時も私は安易に「だけ」を信じて呑気にジャムを作ったが失敗したよ。
その「だけ」には、90年という歳月をかけて手から染み出したエキスと、煮込み料理を見守り続けてきた慈愛の結晶が詰まっている。
私が自宅で焦がした「パサパサの皮」を見つめながら思う。専門家や、ベテランの言う「だけ」は信じてはいけない。けれど、その「だけ」を愛おしみ、制作過程ごと味わうことこそが、食を愛するということなのかもしれない。いつか私も、あのおこわを無限に湧き出させ、サモサを魔法のように包めるようになるだろうか。それまでは、デパ地下の無慈悲な計りに怯えながら、しばらくは、デパ地下のことを「見る専」させてもらい、実家に帰ったときにおばあたちの夢幻の教授に浸っていたい。
【食い意地ラジオについて】
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
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