あんぱんの美味しさは、あの白ごまに100%込められていると、私は本気で思っている。
薄皮粒あんぱんは別の話だ。あれはもう完成された球体なので議論の余地はない。
私が言っているのは、昔ながらの、ちょっと乾いた表面のあんぱんの話だ。
上に、白ごまが、ポン、ポン、ポン、と10粒くらい。
多すぎない。
少なすぎない。
絶妙に「責任を負わされている数」だけ乗っている。
あれを、最後まで残しておく。
絶対に先に食べない。
あんぱんを食べ進めていくと、最後に、ごまの地層(あんぱんの中心部分)に到達する。
そこだけ、あんこのおいしさが明らかに違う。
同じあんこなのに、
同じパンなのに、
なぜか、そこだけ、信じられないくらい美味しい。
きっと、あそこに全部込めているんだと思う。
パン職人の気合とか、人生とか、祈りとか。
ざるそばの刻み海苔もそう。
中心で、湿気を吸って、
世界一居心地が悪そうに固まっている。(パセリも)
あの、黒い密集地帯。
あそこを、最後に、そばと一緒に流し込む。
ラーメンの海苔もそうだ。
最後の一口の麺を、海苔で巻いて食べる。
あの瞬間のために、ラーメンを食べていると言ってもいい。
のり系を最後に食べるせいで、
結果、私は、いつも歯に何かついている。
人生の大事な部分を最後に回収しようとする人間は、
だいたい歯に何かついている。
【私を救ってくれた錦糸卵の話】
北海道の朝食バイキング。
2700円。
震えながら会場に行った。
前日の夜ご飯の誘いを断って、抜いて、
スクワットまでして、
胃を空にして、
完璧な状態で臨んだ。
なのに、刺身は、冷凍だった。
少しシャリッとしていた。しょっぱかった。
世界が、静かに終わった。
そのとき、錦糸卵だけが、味を持っていなかった。
味を持っていないことが、救いだった。
しょっぱくない。
主張しない。
ただ、うつくしいぴしっとしたひだで、そこにいる。
錦糸卵が、私の絶望を中和してくれた。
あれ以来、錦糸卵は、私の中で、
主役になった。
⸻
多分、私は、少ないものを信じている。
量が少ないもの。
上に、少しだけ乗っているもの。
最後まで残ってしまうもの。
それらはきっと、
「本当の部分」なんじゃないかと思っている。
そして今日も私は、
歯に海苔をつけたままずっとしゃべってる。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!