私はずっと、焼肉に対して怒ってきた。
「なぜ高い金を払って、客である私が肉を焼くという重労働を担わなければならないのか」と。
ホールスタッフの大学生活エンジョイ一軍!!みたいなバイトたちの暇そうな手つきとだるそうな顔を睨み、アルバイト代を請求したい気分でトングを握る。それが私の焼肉観だった。
しかし、島にあるディープな焼肉屋は、そんな私の「怒り製造機」としての牙を、いとも容易く抜いてしまった。そこは、花びらの枚数が異常に多い謎の昭和食器や、絶対灰皿だろっていう器、サーフボードを握りつぶしたような形の皿が並ぶ昭和から時が止まった不思議な空間。
焼肉屋なのに、注文を受けてから皮を包む餃子があり、注文を受けてから野菜を切り始める野菜炒めもあって、みじん切りから始まるケチャップべちょべちょのオムライスがある。
このサイドメニューの本気の手間暇を昭和のスケスケレースカーテンから、厨房の中が丸見えなので、実際に目に見ることができる。この姿を見ているから、「むしろ私に焼肉を妬かせてくだせえ!!!」という気持ちになる。というか、肉をキッチンにまで取りにすらいってしまう。
肉は生に下すだけだからこの時間があるんだろ・・?と思わせない肉の旨さ。これね、昭和ばーちゃんフィルターかかってなくても、全力で上手いと思える美味しさ。東京で食べたら1500円の肉が2万とれるはず。本当に。大袈裟じゃなく。
美味しいと、柔らかい、旨みがあるが全て崩されず両立されている。
最近の肉はとろける=美味しいという評価軸になってるでしょ。それだとわたあめでいいじゃん。もっと肉の旨み感じたい!!!肉の繊維が挟まってもいいんだよ!フロス使おう!それだけ丁寧に歯を磨いていったとしても歯医者さんに毎回言われるでしょ。「フロス使ってくださいね」って。
だから、フロス使おう。
肉を食べよう。繊維を歯の隙間に入れよう。
作業が落ち着くと、厨房から出てきてカウンターに立って、店のおばあちゃんがみかんを「皮ごとバキッと割って」食べながらテレビ見たり、調理したり。
その姿を見て、私はハッとした。忙しい合間にみかんがカピカピにならないよう、食べる分だけ都度剥く。それは、かつての「生きることに必死だった時代」の合理的な知恵だ。のんきに白い筋を取っている現代の私たちの豊かさを、そのみかんの剥き方が教えてくれる。
当たり前のように、みかんをズルむき状態にしてから食べてる豊かさ。令和だ。
私は生きるのが遅い。大学生になれば自然にバーベキューをして彼氏ができると思っていたけれど、そんなのは自分で動かなければ手に入らないものだと今更気づく。でも、いいのだ。その分遅れて青春がやってくる。老後の楽しみわっしょい。
80歳になったとき、私は海でバーベキューをしているだろう。バチェラーに出てくるようなプールサイドでスイカジュース飲んでるだろう。人よりだいぶ遅足の私の人生は、きっと老後に一番のピークがくる。
パンチを繰り返す焼肉のお供に、おでんの優しさが欲しい。
タンパク質を食べてるというのに、タンパク質が欲しくなるのでゆで卵はマスト。
おでんの時だけは半熟が許されない、古風な卵スタイル。焼肉の脂をおでんの出汁で流し込み、古風な薄黄身が溶け出し少し濁った汁を啜る。その後に焼肉のタレご飯。結局濃い味で蓋をする。
焼肉は、店を出てからも終わらなすぎるのがいいところであり、悪いところ。
服に染み付いた煙の匂いを嗅ぎながら「洗濯物が増えたな」と呟くお風呂上がりに、その真のクライマックスはやってくる。
焼肉を食べた後のおならは、焼肉のタレの匂いがするのは純粋にハッピー。おならをしてむしろ深呼吸するのは焼肉の後だけ。しゃぶしゃぶのごまポンや、居酒屋の刺身醤油では決してこうはいかない。焼肉のタレだけが、体内の「特別な裏口」を通る権利を得ているのではないか。やっぱり、焼肉のたれは調味料の王者なんだろうね。
まるで甲子園のシード権を手に入れたエリート選手のように、焼肉のタレは消化という過酷なトーナメントを悠々と勝ち抜き、純粋な香りを保ったまま「お土産」として外の世界へ放たれる。おならをするたびに「今日のタレは甘かったな」と今日という日をリフレクションできる。こんなに幸せな排出物が他にあるだろうか。焼肉のダクトと焼肉後のオナラのタレの香りは同じ。
食後、血糖値が上がって頭が働かなくなる私は、ただのゲップのお披露目会のようなラジオを恐れていた。でも、幸せなときに幸せだと言うことが、参列者を無視した結婚式のようだとしても、この「タレの匂い」という豊かさと、大好きな焼肉屋のおばあちゃんのみかんの剥き方は脳裏に刻まなきゃ。
ケチャップが濃すぎるオムライスのケチャップは口に含んで溜めておいて、帰りのカラオケで頼んだポテトにつけたらいい。
【食い意地ラジオについて】
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。
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