2/4、この日にみんなレストランとか予約したり、外食の予定入れたらいいよ!!!!!!
計画に計画を重ね、半年ぶりに足を踏み入れた聖域「ミッキーハウス」。そこで私を待っていたのは、ランチプレートという名の、もはや狂気を感じるほどのサービス精神だった。王道デミグラスハンバーグ、生姜焼き、自立するタイプのクリームコロッケ、そしてナポリタン、ちゃんと色が濃いインゲン。値上げという名の「適正な進化」を遂げてもなお、1,000円を切るその価格設定に、私は拝まずにはいられない。
【皿オンナプキンオンスープ皿!愛してる】
スープの皿の下にさらにもう一枚皿を重ね、その間に紙ナプキンを一枚噛ませる。この、洗い物を増やすことを厭わない「無駄な豊かさ」こそが、洋食屋のプライドだ。
しかし、そこで私は一つの異変に気づく。
コーンポタージュに浮かぶクルトンが、かつてないほど巨大に見えるのだ。
普通、大人になれば世界は小さく見えるものだ。それなのに、クルトンが大きく見える。これは老化による背骨の湾曲のせいか、それとも私の食い意地が視神経をバグらせているのか。洋食屋ならではの、粒立ったご飯をポタージュに浸し、粉チーズを振りかけて勝手な「リゾット」を構築しながら、私は思う。この巨大化した(ように見える)クルトンを、どのタイミングで救出するか。カリカリのままか、しっとり染み込ませるか・・・・・この一瞬の迷いこそが、洋食という名の遊園地における最大の難問!結局いつも悩んでる間にどっか行っちゃう。
大好きな店ほど、フラれるのが怖い。満席で断られたときの絶望感は、他に愛する人がいるのに結婚式を挙げてしまうドラマの主人公のような虚無感に近い。
だからこそ、私は2月4日、節分の翌日という日付を選んだ。
“私の完璧な考察”
→前日に恵方巻きという「米の暴力」に晒された人々は、翌日は必然的にパスタやラーメンといった「米以外」を欲する。さらに、節分豆をボリボリと食べ尽くした彼らの喉は砂漠のように枯れ果て、こぞって汁物を求めて彷徨うはずだ。彼らは家で「マルちゃん正麺」の袋を破り、汁を啜ることに必死で、洋食屋という贅沢な選択肢からは脱落していく。
思った通り、ミッキーハウスは珍しく静かだった。テーブル席が一つ、私を待つように開いている。計画通りの勝利だ。
鉄板の上では、生姜焼きのタレとナポリタンのケチャップが、しなしなの玉ねぎを介して手を取り合っている。分厚い生姜焼きには「メイン」としての権威を求めないが、このプレートの中での「薄切りプラ版」のような生姜焼きの佇まいは、ナポリタンとの最強のデュオを組んでいる。生姜焼きはとんてきの肉じゃなくて、薄切りで、雑であって欲しいの!!
タルタルソースがかかっているとても嬉しいクリームコロッケの両端を落とし、中心の「密集地帯」を最後に食べる。そのクリームで汚れたナイフでハンバーグを切り、デミグラスとクリームを共犯関係にさせる。満腹という名の「何をしていても楽しい」多幸感の中で、私は昨日の節分な〜んにもしなかった反省を忘れていた。世の中の残った節分豆たちよ、私の喉はタルタルが添えてある贅沢クリームコロッケと、濃密なコーンスープ、そしてサービスが細かすぎるが故に一口ごとに水を入れてくれるおばちゃんのおかげで喉潤いまくってるので私が救ってやる!!!!!!!!
【食い意地ラジオについて】
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
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