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禅に学ぶ「言葉にしすぎない」優しさ:以心伝心(いしんでんしん)
2026-08-01 06:30

禅に学ぶ「言葉にしすぎない」優しさ:以心伝心(いしんでんしん)

夫婦で中央アルプスへ登山に行き、過酷な状況の中で再確認した「以心伝心」のコミュニケーションについてお話しします。

栃木県にある蓮城院の副住職、コウブンです。
今週は妻と二人で、長野県の千畳敷カールへ行ってきました。

息が切れるほど苦しい登り坂では、次第に会話がなくなります。
しかし、沈黙の中で相手の呼吸や歩幅に耳を澄ませると、不思議と言葉以上に相手の状態が伝わってくるのです。

「言葉にしすぎない優しさ」が生む、心と心の通じ合い。
修行のような登山を通じて肌で感じた、仏教用語でもある「以心伝心」の本質をお届けします。

大切なパートナーとの向き合い方のヒントになれば幸いです。

【訂正とお詫び】
配信のなかで「南アルプスにある千畳敷カール」とお話ししておりますが、正しくは「中央アルプス」にございます。私の言い間違いでございました。お詫びして訂正いたします。

#副住職 #蓮城院 #禅 #登山 #以心伝心
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サマリー

蓮城院の副住職であるコウブンさんが、妻と中央アルプスへ登山に行った体験を語る。過酷な登山道で言葉が少なくなっても、相手の呼吸や歩幅から状態を察し、以心伝心のコミュニケーションが成立することを感じた。言葉にしすぎない優しさがお互いの心を繋ぐことを、登山を通して実感したエピソード。

中央アルプスへの登山旅行
どうも、コウブンです。 栃木県の片田舎にある蓮城院というお寺で副住職をしております。
はい、今日は金曜日ですね。早いなぁ。 なんかもうあっという間。今週はね、ちょっとねお出かけしてたから特に早く
感じました。 どこに出かけてたかというと、
実はね、あの夫婦で旅行行ってきたんです。 長野県の方に行ってきたんですよね。
で、何をしてきたかというと、あのね、中央アルプス。 中央アルプスってわかります?
長野県には3つアルプスと呼ばれる、 あの高い山があって、北アルプス、中央アルプス、南アルプス。
その中の南アルプスというところに行ってきました。 南アルプスの中にある
戦場敷カールって呼ばれるね、すごくね、あの 景色の良いところ。
はい、そこに行ってきたんですよね。 いやいや、すごくね、あの天気にも恵まれて綺麗でした。
これを聞いている方、登山が好きな方は 限定にはなってしまうんですけど、
ぜひとも行っていただきたいですね。 やっぱりね、その自然の雄大さ。
それをね、感じるのはね、やっぱり現地に行くことですよね。 特に山は感じやすいので、自然の雄大さ。
もちろんね、山だけが全てじゃないんですけど、 ただ山に行くとね、
自分のちっぽけさ、
山の雄大さ、
なんかね、その自然のたくましさみたいなものを肌で感じる。 目で見て、音で聞いて、肌で感じる。
まあそういうね、互換を使って感じられたなぁと、 そんな風に思ったんですよね。
登山中の以心伝心
で、今回、私はね、妻と2人で行ってきたわけなんですけども、
うちはね、子供がいないんで、 旅行行くってなるとね、妻と2人。
これが基本なんですが、特に今回、 登山に行ってね、
感じたことがあったんですよね。 で、それはどういうことかというと、
登山って特にね、登り。 登りっていうのはめちゃくちゃ体力使うんですよ。
片足上げるのも本当つらいくらいのね、
呼吸がね、乱れるというかね、 ハーハー言いながら登っていくわけなんですけども、
まあやっぱりね、自分が苦しいように、 妻もやっぱり苦しいわけですよ。
で、最初は楽しくお喋りしながら登ってるんですけど、 だんだんだんだんね、余裕がなくなってきて、
体力的に余裕がなくなってきて、 黙ってね、ただただ登ってるわけですよ。
時々周りを見てね、綺麗だねとは言うんですが、 その実、体力が削られて疲れたという思いをしながら登ってるんですよね。
で、その中で呼吸の具合とか、音で聞きながらね、 どういった呼吸をしてるかなとか聞きながら、
あとは足の歩幅の、歩を進めるタイミングですね。 そういったところからどれくらい疲れてるかなっていうことをね、
だんだんだんだんね、分かってくるようになってくるんですよね。 不思議なもんで。
そろそろもう、あのうちの奥さんは限界かな、 あるいは自分がもう限界だなっていうのをどことなく伝えるためにちょっとね、
いつもよりも大げさに、 ちょっと呼吸をしてみたりとか、ふーとかね。
そんなことで、いつの間にかね、言葉を交わさなくても相手の具合っていうのがね、 分かるようになってくるんですよね。
これね、なんだろう、これぞ維新伝心かなってちょっと思ったんですよね。 維新伝心って知ってますか?皆さんこの言葉。
維新伝心というのは、言葉に表しきれないような思いを伝えるというような意味ですよね。
自分の感情、気持ち、そういったものを全て言葉で表すというのは非常に難しいんですよね。 それでも伝わった。これを維新伝心と言うんですよね。
そんな感覚がね、やっぱりね、その登壇中に感じたというわけなんですよね。
そろそろ相手はどうなのかな、そんなことを考えながら。
またこっちの思いをどうやったら伝えたらいいかな、そんなことを考えながらね。 そういったことを繰り返しているうちに、だんだんと分かるようになってくる。
で、その時思ったのが、そうやってね、お互いこう黙って、 語らないで、言葉を使いすぎないでコミュニケーションをとるっていうのも大事だなって思ったんですよね。
でもやっぱり、だからね、思いが伝わるとやっぱり嬉しいですよ。
特に維新伝心、そういった、なんて言うんでしょう、お互いの様子をね、特にこうはっきり聞くわけでもなく、そろそろかなって、
上がってんじゃん、そろそろ休もうかっていうね、そのちょっと短いやり取り。
その中に二人の思いが交差するという、そういったところが非常に心地よいなと、そんな風に思いました。
言葉にしすぎない、そういう優しさもあるというようなところでございました。
パートナーとのコミュニケーションへの示唆
どうかね、これを聞いている皆さんもちょっとね、パートナーとコミュニケーションをとる手法の一つにそんなものがあるんだと思いながらね、
チャレンジしてみてもらえるとね、いいんじゃないかな、そんな風に思ったわけでございます。
はい、というわけで今日はちょっとプライベートのお話でした。
というわけで、練状院副住職の幸文でした。
ではではまたね。
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