▼お悩み相談・リクエストボックス
https://forms.gle/mmwtAribqPbMZCxj8
お盆は単なる連休ではなく、数え切れないほどのご縁に感謝し「命の尊さ」を再確認する大切な期間です。
栃木県・蓮城院の副住職コウブンです。今回は、お盆の正式名称「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の本来の意味や、先祖供養がなぜ大切なのかについてお話ししました。
30代前まで遡ると、私たちの先祖はなんと1億人。誰一人欠けても今の自分は存在しません。一杯のご飯が目の前に届くまでの道のりも同じです。そんな奇跡のような繋がりに気づくと、自然と「ありがたい」という気持ちが湧いてくるはずです。
このお盆は「ありがとうキャンペーン」として、身近な人や物事に感謝を伝えてみませんか?当たり前だと思っている日常の尊さを、一緒に見つめ直してみましょう。
#副住職 #蓮城院 #お盆 #仏教 #感謝
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
https://forms.gle/mmwtAribqPbMZCxj8
お盆は単なる連休ではなく、数え切れないほどのご縁に感謝し「命の尊さ」を再確認する大切な期間です。
栃木県・蓮城院の副住職コウブンです。今回は、お盆の正式名称「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の本来の意味や、先祖供養がなぜ大切なのかについてお話ししました。
30代前まで遡ると、私たちの先祖はなんと1億人。誰一人欠けても今の自分は存在しません。一杯のご飯が目の前に届くまでの道のりも同じです。そんな奇跡のような繋がりに気づくと、自然と「ありがたい」という気持ちが湧いてくるはずです。
このお盆は「ありがとうキャンペーン」として、身近な人や物事に感謝を伝えてみませんか?当たり前だと思っている日常の尊さを、一緒に見つめ直してみましょう。
#副住職 #蓮城院 #お盆 #仏教 #感謝
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
お盆は単なる連休ではなく、ご先祖様や日々の食事が当たり前ではない奇跡の繋がりであることを再確認する期間です。30代前まで遡ると1億人ものご先祖様が存在し、一杯のご飯が食卓に届くまでにも多くの人々の力と自然の恵みが必要です。このお盆の時期に、普段当たり前と思っている命や物事への感謝の気持ちを改めて持ち、「ありがとうキャンペーン」として身近な人や物事に感謝を伝えてみましょう。
お盆の時期と本来の意味
どうも、コウブンです。
都心遺県の片田舎にある蓮城院というお寺で、福住職をしております。
今日はですね、8月の10日ということで、
お盆の連休を取っている方も多いんじゃないかなということで、お盆のお話をしようかなと思います。
あんまり興味ないよっていう方も多いかもしれませんが、
できれば聞いてください。一応それなりにいい話になるのかなというふうに思っております。
お盆、皆さん、勤めている方は特に連休なんか取っている方が多いんじゃないかなと思うんですよ。
自営業の方はなかなかそういうわけにはいかないかもしれませんが、
やっぱりいわゆるサラリーマンをやっている方はね、
会社の方針でそういった連休というものがこの時期にあてられるということが多いんじゃないかなと思うんです。
このお盆というのは、そもそもそういった連休のための期間ではないんですよ。
そうですよね。それは分かりますよね、なんとなくね。
お墓参り、いわゆる専属用ですね。そういったものをちゃんと行う。しっかり行う。
というのがね、多い。多いじゃないです。そういうものをもともと行ってきた時期なんですよね。
これはね、仏教では正式名称がありましてね、正式名称があって、裏盆絵というんですね。
裏盆絵という、そういった儀式、その期間ですね。裏盆絵の期間。
これがいわゆるお盆なんです。そうなんですよ。
仏教行事だったんですね、実は。
そのご先祖様をお墓参りをして、お迎えに行って、自宅まで一緒に帰ってきて、一緒に過ごして、また16日になってお送りするというようなそういうものをね。
だから13日から16日の4日間ですね、行われるものなんです。
皆さんやってますか?ちゃんと。
和歌屋ではお寺というのもあってね、そこまで熱心にやってるかって言ったらそうでもないんですけど、あまり言っちゃいけないですね。
ちゃんともちろんお迎えはしてますよ、お寺の敷地ですけど。
お寺の敷地、すぐ、お寺の、一応、和歌屋のお墓があるんですよ。和歌屋のお墓って言ったらいいのかな。
そこに行って、お迎え行って、自宅に住んでいく。
だいたいね、20メートル、30メートル、あまり帰ってきた気もしないんじゃないかなと、そんな風に思うんですが、
そのようなことを一応やっております。
そういったことをね、どこまできちんとやるかというのはそれぞれでしょうけども、
先祖供養の大切さ
やっていただくとね、やっぱりね、なんとなく気持ちが違うんじゃないかなって思うんですよ。
少なくても、そのお墓参りをして、お墓をきれいにしてね、あとは自宅にも来たら食べ物を備えて、
そういった一連の行いをする、そういった準備をするとか、そういったことをすることによって、
ちょっとね、その個人様との思いで、ご先祖様というか、自分の近しい人だったらね、
例えば自分の親とか、そういった方が、ことを思い出すきっかけになるんじゃないかなと思うんです。
これがやっぱり一番、お墓にとってはお墓の時期で一番大事なことだと私は思うんですよ。
いなくなってしまった方のことを思う期間、これがお墓なんですね。
じゃあなんで、そういったいなくなってしまったことを思う必要があるのかという部分ですよね。
それはやっぱり、私たちが今生きている、今ここに命があるという事実に対して、
どこからつきたんだろうかという部分を考えるきっかけになるからじゃないかなと思うんですよ。
だって私たち、ある日突然この世に生まれたわけではないんですよね。
いろんな原因があって、いろんな要因があって生まれてきたし、いろんな関係性があってね、生まれてきたし、
そして今命がある、今生きているという事は、いろんな後縁があってその命が繋ぎ止められているという事実があるんですよね。
それを、この先祖居をいなくなってしまったことを思うことによって、
自分はそういう人たちの力によって今生きているんだな、そういったことを改めて考える期間なんだなという風に思うんですよ。
ご先祖様の数と命の繋がり
具体的に言いますと、自分たち今生まれている、生きているという事は、必ず親の世代がおりますよね。
様々な事情があって、親に会えない、あるいは親を見たことがない、そういう方もいらっしゃると思います。
でも、生物として、事実として見ると必ず親の世代というのはあるんですよね、どんな事情があったとしても。
家庭の事情は1回抜きにしまして、感情的な部分も1回抜きにしまして、事実として親の世代がおるということですよね。
そして親の世代は2人です。
そして親の親、おじいちゃんおばあちゃんの世代、2世代前と言ったらいいのかな。
おじいちゃんおばあちゃんの世代は4人になりますよね。
さらに親、ひいおじいちゃんひいおばあちゃんの世代、これは8人です。
なんだかだんだん増えてきましたよね。
そんな形でどんどんどんどん遡っていくと、10代前になるとおおよそ1000人です。
1024だったかな。
ちょっとごめんなさい、計算してみればわかるんですが。
とにかくそれぐらいの数になりますね。
さらにもう10代。
20代前、自分から数えて20代前の世代、何人いるかわかりますか。
すぐわかった人です。
計算早いですよ。
だいたい100万人です。
すごくないですか。100万ですよ。
私の住んでいる栃木県の桃ヶ市というところは、確か人口何万人だったかな。
6万人だか7万人だかそれぐらいだった気がします。
はるかに私の住んでいる地域のよりも多い人数、これが20代前になるともういるということですよね。
さらにもう10代。
くどいですけど30代前ってどれくらいかわかりますか。
なんと1億人ぐらいになります。
1億ですよ、1億。
日本の総人口までもうちょっとでとろくってそれぐらいの数。
30代前。
だいたい30代前になるとどれくらい昔でしょうか。
なかなか難しいところですけども。
1世代がおおよそ30年と考えまして。
そうすると100年で3世代とちょっとですよね。
ということはおおよそ1000年で30代前ですね。
1000年という時間。
これで1億年ぐらいのご先祖様がいるという事実。
すごいですよね。
1000年というと相当古いですけども。
でもまさか1億という数はなかなか想像できないですよね。
それぐらいたくさんのご先祖様、私たちにはつながっているということですよね。
一杯のご飯ができるまでの道のり
それと私たち生きているということは食べ物を食べているわけですから。
食べ物が私たちが食べるまでの過程。
そこをちょっと考えてみますと。
例えばお茶碗いっぱいのご飯がありますよね。
それが食べられるまでの過程を少し考えてみます。
どこからスタートするか難しいんですけど。
種もみからにしましょう。
種からね。
種がまず発芽しますよね。
発芽します。
発芽するためには太陽の力、水の力、そういったものが必要ですよね。
発芽しました。
これが苗になりますよね。
その苗を田んぼに植えるわけです。
農家さんの力で植えられますよね。
植えられた苗どうなるか。
今度は太陽の力、風、あとは土の中の栄養素、水の素ですね。
そんな様々な力が作用して様々な栄養をいただいてすくすくと育っていきます。
育った苗がだんだんと稲穂になりますね。
稲穂になってきたもの。
これちょうど収穫時期と言ったらいいのかな。
黄金色になってきて、実がちょうど良い大きさになった時に収穫をするわけです。
いわゆる収穫をして、その前に脱穀をします。
脱穀は今はすぐさま成米所に持っていったとしましょう。
まず脱穀をします。
脱穀をして成米をします。
成米したお米を袋詰めして店頭に並べます。
店頭に並んだものを買う人がいます。
スーパーだったりお米屋さんだったり。
買ってきたお米を今度は調理をする方がいます。
誰が調理するか。お父さんかお母さんかもしれません。
あるいは自分かもしれません。それは分かりませんが。
とにかく調理をする。
調理をしてやっと目の前のお茶碗にご飯が現れるというわけでございます。
このお茶碗いっぱいのご飯を食べられるまでにも相当な時間と労力がかかっているという事実があるんですよね。
ということは私たちは今ここに命があるというのは
そういった様々な御縁があるんだという事実があるということですよね。
命が生まれてくるまでにご先祖様たくさんのご先祖様も命のバトンで今自分はここに生まれている。
そしてたくさんの人がいろんな努力をしたおかげで
いろんな働きがあって食べ物が得られ
そして自分はそれを食べて命をつなぐことができる。
そういう事実がある。
そういったたくさんの御縁があって私たちは今生きている。
そういう事実があるんですよね。
命の奇跡と感謝の気持ち
なのでこのお盆の時期というのは
ご先祖様はどういう人だったのかなという。
そんな所から今自分が命があるというのはどういう事なんだろう。
そういう所まで少し視野を向けていただいて
いつもよりも今自分の命に対して目を向けてみる。
今命がある事に対して目を向けてみるという事。
それが大事なんじゃないかな。
そういう態度が大事なんじゃないかなと思うんですよ。
そして今自分の命がここにあるという事実。
それは自分の力じゃなくて大きなたくさんの様々な力があるという事ですから
その様々な力が働いてきた事に対して
やっぱり感謝の念を持っていただくというのが一番だと思うんですよね。
だって何かが一つでもくれば
何かが一つでも欠ければ
自分は今ここに存在しないという事ですから
おじいちゃんおばあちゃんの
さらにおじいちゃんおばあちゃん
一億人の三十代の前の一億人のご先祖様
その方が一人でも欠けたら
自分はもしかしたら居なかったかもしれない。
お米でもそうですよ。ご飯とかも食べ物だって
何かその
例えばお米が成長する過程で
何かしらの悪い要因ですね。
自然災害とか
そういったものがあった場合お米はきちんと成長できずに
その胃の目の前に来るはずだったらお米は来ないかもしれない。
そういった事を考えたら
今目の前に命が
今生きている自分の命というのは
とても奇跡的なんだ。ありえない。
通常であれば。
でもありえないものがあるからありがたいんですよね。
今自分がここに自分の命がある
それはとてもありがたいことなんだということですよね。
そこまで広げていただくのは
そこまで考えを持っていただくことがやっぱりお盆は
お盆の時期が大事じゃないかなと思うんですよ。
ありがとうキャンペーンの実践
話は長くなりましたけども
シンプルにギュッとすると
お盆の時期これはね
やっぱりありがとうという気持ちを
いつもよりも持ってもらう時期
つまりありがとうのキャンペーン時期ですよね。
そんな風に思って過ごしていただければなと思います。
なので今週は特に
いつもよりもありがとうと言ってみる
これをどんどん実践してみてください。
当たり前だと思わないです。
ちょっとでもことでもありがたい。
なんなら声に出したりもらった方もいいかもしれませんね。
ありがとう。
ちょっと気持ち悪いと呼ばれるかもしれませんが
それでも恥ずかしがらずに言ってみてください。
ありがとう。
ありがとうと言えばやっぱりね
言う方も言われる方も気持ちがいいですよ。
そう思います。私は少なくてもそう思っています。
なのでそういった形でね
気持ちよくこのお盆の時期を過ごしてくださいますよう
よろしくお願いしたいと思います。
こんなところで今日は終わりたいと思います。
今日はお盆についてのお話でした。
またこのようなお話を聞きたい場合は
どうぞリクエストよろしくお願いいたします。
では連常院副住職の幸文でした。
ではではまたね。
16:31
コメント
スクロール