あれ言われるじゃないですか。なんか、なんか、俺もよく言われるんですよ。
ダンス、ダンサーと一緒になんか踊ってよ、みたいな。
そうそうそうそう。
なんかもう、ほんと嫌なんですけど、ちょろっとなんかやったりはするんですけど、
おー、ぐらいで終わっちゃう。
まぁまぁまぁまぁまぁ。
まぁ、でもさ、それはね、あれなんだけど、ちょっとその、テクニカル的なことを見せることができないっていうのは、
そうですね。
お話し家さんだったらちょっとね、謎かけとかさ、ちょろっと見せるとかも、まぁまぁ、それでも難しいとは思うんだけど、
そういう即興性、大道芸性的なものにすごく憧れが。
そっか、そうですよね。
うちらがおい料理を言うわけにはいかないですからね。
そうそうそうそう。
いや、単純に、わ、すごいですね。
わさすごいって言われたいだけなんだけど、なんかそういうのがね。
何かあるんすか、なんかその、明確なこういうのやってみたいな、みたいな。
ないない。
いや、でもそう、ないなー。
そういうのでテクニカル的なことで見せるのは、本職がいいと思うから。
あー。
なんか、趣味でやってるものをね、見せても、それは趣味だから。
そうですね。
だからやっぱりちょっとね、本職でやってるものを、ちらっとさわりを見せるみたいなことができるのは、うらやましくて。
あとは単純にその大道芸的なものっていうのは、その分、その時にパッとできなきゃいけないわけで。
はい。
われわれみたいに、なんかお話をもらって、セリフを覚えて、読み込んで、練習して、みたいなことをせずに、
あ、じゃあちょっと曲流すんで、これで音ってみてくださいって言われて、
あーすげーって思わせなきゃいけないっていう、この大変さは、好きでなと思うんだけど、憧れはあるんだけど、
あそこに行き着くまでにまた10年とかかかるわけじゃん、みたいなことを思うことは。
そうですね。
確かに。
すごいけど、そこのすごさに憧れるんだけど。
なんかね、縦をやってみてくださいってのは難しいんだろうけど、あの大道芸性を持ってるってのは、うらやましいって、単純に思っちゃう。
あれいいですよね、確かに。ジャグリングの、そのジャグラーの人たちとか。
そうそうそう、そういうの、そういうの、そういうの。
じゃあこれとこれとこれで、ブブブイみたいな。わーすげーみたいな。
まあなんか、持ってる人とかいるじゃないですか、常々。
そうそうそうそう。
なんかボール持ってたりとか、ヨヨを持ってたりとか、ああいうのはいいですよね。
いや、マジシャンの友達でさ、こう、マジシャンなんですか、すごいですね、ちょっとなんかできます?
ああ、いいですよ。
じゃあちょっとそのペットボトル借りていいですか?
ああ、はい。
ポーンってやって、ペットボトルの中に10円がポーンって落ちるとか。
えー!なるじゃん、なるじゃん。
で、それはなんか話してたと思うんだけど、すごいって言われたりとかもあるんだけど、
なんかそこに至る技術とか、そこにいるお客さんをパッと喜ばせられるとかに憧れてるのかもしれない。
はいはいはい。
うん。
その本当に一瞬の出来事ですよね。
そう。で、やっぱそこにいるお客さんを喜ばせられないっていうのはちょっとなんか悔しいのかもしれない。
そうですね。確かになんか残念がられるんですよね、なんかやってよって。
そうそうそうそう。
いや、ちょっと今はできないっすって。何もないっすもんみたいな。
ああ、そっかみたいな。
そうそうそうそう。
それはちょっとなんか悪いなーって感じがするから。
基本的に我々サービス精神があるじゃないですか。
うん。
だからなんかこうお客さんに求められたら喜ばせようとは思うんだけど、
そこのために準備が必要だったりするのにちょっとうーんって感じて、
ああ、じゃあいいですよって言って、じゃあギターあるんでギターで。
うん。
コピーですけど。
はい。
ああ、すげーってなったりするのって、やっぱお客さんがいい気分になる時間を作れるっていうのに憧れてるのかもしれないと思う。
やっぱ何年かやんねえとな。
でもあのパントマイムとか見てると、やっぱお客さんのさ、行き交うお客さんの前でその大道芸に登るんだけど、
行き交うお客さんの前でなんかやるって、一番ハードトレーニングじゃん。
そうですよね。
絶対できないもんね。
我々そういうことをやる機会ってあんまないじゃないですか。
即興芸でいうと、もうね、えっとなんだっけ。
インプロ。
インプロ。
インプロビゼーションか。
みたいなものもあるし、それをね、メインでやってる方もいるんだけど、どちらかというとそれぐらいだよね。
そうですね。
即興でお芝居を作っていくっていうのは。
インプロですね。
行き交うお客さんの前で大道芸的にっていうのはあんまりないですよね。
やっても、お笑いみたく、鴨の一角で居酒屋の一角で清浄とかいうぐらいで、流動的なお客様の前でっていうことはあんまり基本的にないから。
そういうの前でやっていて、パッと目につく技術とか芸を見せるっていうのには憧れがある。
憧れありますね。
ずっと泊まってるのすらできないもん。
いや、そうですよ。
よく流れてくる。
リビングスタチューみたいなやつが泊まってる。
スタチューっていうのが。
スタチュー。
あれはね、難しいよね。絶対できない。
瞬きしちゃうよね。
しちゃいますよ。
どうやってんのって思って。
ドライアイですか。
ドライアイはね、特に乾いちゃうから。
全然ドライアイで思い出したけど、俺もドライアイだからさ、舞台でさ、目をずっと開けてよってね、30秒とか大事な話を聞いてるから、開けてる。
最中にドライアイで目が乾いてきて、コンタクトが肩を外れてくる。
危ない。
そっか。
コンタクトだとね、危ないですね。
ソフトでも外れちゃうから。
そっか、そうですよね。
絶対そんなスタチューなんかできねえと思ってた。
絶対できない。
あんなのはできない。
なるじゃない。
そう考えるとやっぱりそういう技術ね、多分永遠の憧れだね。
そういうことですよね。
そういう場を想定してやってないからね、我々もね。そういうのに向けて技術をね、トレーニングしたりすればある程度できるようになるかもしれないんだけど、そういうのは基本的に想定しない職業だから、難しいだろうなと思って。
そうですよね。
即興でね、なんかほら、我々エチュードなんかをね、練習で即興劇として、ある程度テーマ与えられたり与えられなかったりして、やったりこと、番組だったら筋無しとかね、ああいうのをやってはするんだけれど、それもやっぱり定点観測でね、見てるお客さんがいる状態でアドリでつなぐっていう。
あれも技術だから。
まあ即興性、即興芸ではないとね。
そうですよね。
とは思うからな。
確かに。近いっちゃ近いんでしょうけどね。
あれをね、ちゃんとやる自信はあるんだけど、面白いものになるかどうかはね、わかんないかなと思いながら見てるけど。
なんとかフェスティバルとかでさ、パッと行って、行きかお客さんの前でやるって。やってみたいけどな、出せるものはないな。
そうですね、ないな。
踊りもないか?踊りはある?
踊ってる人もいますけどね。
でもそれをね、じゃあこれから踊りますって言ってやるもんね、だいたいね。
そうですね、はいはい。
ストリートでね、みたいなことは。
でもストリートっていうのが近いかもしれないね。
そうですね。
ストリートで見せられるものみたいなことに関しては、いいなあと思うんですよ。
決まっててもなんとか、ブラスバンドとかがさ、更新してるのもかっこいいなと思うし。
かっこいい、あれもかっこいいですよね。
ストリートピアノ。
あります。
しじきめちゃめちゃ流行りますって。
流行ったよ。
仕込みとは言わないんだけど、ある程度作ってんだけど、見てるお客さんから飛び込みで、
違う楽器が入ったり、バイオリンとかサックスがピアノに入って、即興でパンパンパンってやって。
ああ、オペーションが。
いいなあ。
あれめちゃくちゃいいっすよね。
あれかっこいいなあと思って。
すって去っていくわけですよ。
めちゃくちゃかっこいい。
ああいうの最高に憧れるわ。
そうですね。
トランペットとかやってて、ストリートピアノとか見て、ああ、あの曲かみたいな。
一緒にセッションとかしたいっすもんね。
ルパン三世どうですかって。
めちゃくちゃいい。
ああいうの見たら、でもあれっていうのこそ即興芸術だよなって思う。
そうですよね。
そこにお客さんがパッて来て、それは言語の壁も越えちゃうしみたいなこと見ちゃうと、
あれはほんとアメイジングですよ。
いや、いいなあ。
その頃さ、ニューヨークとかだとさ、歌も含めてとかやったりとかしてると、
そういう文化圏って、そこだけ見てるとやっぱいいね。
いいっすよね。
かっこいいよなあ。
そこのかっこよさにしびれるね。
あれはしびれちゃうなあ。
ちょっと前、下手なピアノ、ストリートピアノ弾くなみたいなこと言われたけど。
ありましたね。
それはそれで別問題ね。
上手いやつだけ弾きたいというよりは。
それも遊びで子供が弾いたっていいんだけど。
全然いいんですよ。
あの即興性は羨ましいなあ。
かっこいいっすよね。
ストリートピアノはね。
いいっすよね。ささっと帰りたい。
そうそう。
もしかして、有名な方ですかみたいな。
エセックスくらいした。
そこまでワンセットかな。
そうなんですよ。
この自己顕示欲みたいな。
ちょっと後ろ髪は引かれたい。
でもなんもなかったら寂しいから。
誰も声かけてくれないみたいな。
あれあれで寂しい。
そこまでストーリーにしてるのが我々だよ。
ダメなんですよ。
そんなの求めてるがダメなんですよ。
そうですね。
そういうのを感じる。
でも路上ライブもそうだよね。
そうですね。
弾き語りの人とかね。
絶対できない。
絶対できないです。
なんか下北祭とかね、詩を朗読してる人とかいるじゃん。
昔、漫画とか読んでる人がいらっしゃいましたよね。
ああいうのもできない。
知り合いに長篠朗読をやる人がいて、
居酒屋のところで、
中から選んでもらって朗読をしてほしいかっていう。
お客さんに選んでもらったやつをその場で朗読するっていう。
なるほどね。
ってやってる方がいて。
今まではまだ見に行けてないんですけど、
面白いから今度行こうよって。
長篠朗読詩。
そこまでできたらかっこいいなって。
そこまでできたらすごいね。
そうですね。
それは懐かしいかも、うちらの即興的なものとしては。
本を何冊か持ってて、
じゃあこれ選んでください、読みますよみたいな。
そうですね。
それは新しいね。
前から言われてるんだろうけど。
確かにそれは目からうろこかもね。
いいな。
いいね、そういうのは。
そういうのいいな。
なるほどな。
確かに漫画読んでる人とかもすごいテンションですもんね。
あれね、大声。
あれ、下北沢じゃなきゃできないんだろうな。
でしょうね。
下北沢で血が。
あれは全然本当。
漫画をこう、ロードコインに出して。
いっぱい漫画が前にあって、
で、この北斗の拳のここを読んでくださいみたいな。
そこをすんごいハイテンションで読んでくれる。
すごいですね。
効果音とかも、ギギギギギとかも、ちゃんと読んでくれる。
ヒヤーとか言いながら。
やってくれる。
すごい。
名物だよね。
そうですよね。
今あんのかな。
いやもう今見ないですね、あの人。
再開発に伴い。
そうですね。
行き前開発に伴い。
ガードしたらね、やられてたんですけどね。
もうなんか占いの人とかもいなくなっちゃったしね。
いないですよね。
そういう、いわゆるアングラ感みたいなのがなくなりつつあるからね。
寂しいっちゃ寂しいけどね。
そうですね。
手相占いとかもあんま見なくなりましたね。
あれもストリートだね。
そうですよ。
確かにストリートですね。
あれもストリート。
ストリート術ですね、あの。
怖いね、あれもね。
あれもね。
何かわけわかんない人が来てさ、占ってくださいって言ってさ。
そうですよ。
で占うんすか、ストリートですよね。
あれもストリートだね。
しかも発信できないもんね、ここに。
占いますっていう、なんかねテーブルがあるだけで。
ぐらいの。
結構そういうストリートに憧れるのがあんのかも、俺。
石売ってる人とかもできないもん、俺。
あー。
はいはい。いますよね。
露天性だね。
石に塗ってさ、塗ってる人いたじゃない。
いましたね。
ああいうの、まあ今はその法律的に、条例的にできないんだけど、
ああいうのね、すげえわかんなくなって、ね、わかんないからやろうって言って、
いやできねえなあと思って。
そうですよね。
対応できる気がしないもんね。
はいはい。
ちょっとそれもできないな。
その辺のストリート、
あ、でも今もう見ないしなあ。
見ないですね。
そうですね。
あんまりほんといなくなったなあ。
石、まあまあね、色紙に石描いたりとかもいましたよね。
似顔絵描きますね。
似顔絵描きますとか、はい。
ここはもうね、道具船とかにもいらっしゃるもんね。
そうですね。
だからそういうのにも憧れるから、やっぱストリート的な、
あ、でもストリートに出ること自体に憧れがあんのかも。
街という場所で。
そうそう。
俺一人でストリートに出るっていうことに憧れがあんのかも。
何かに守ってもらわないと表現できない。
守ってるとは思ってないんだけど、
何かに関わってる中で活動するのが基本なんだけど、
身一つでストリートに表現者として出ていくとか、
大助として出ていって何かを言うとかに憧れがあんのかもしれない。
はいはいはい。
そっか、それはありますね。
そうそう。
絶対。
それが一番近い感覚かな。
やれって言われて一番できなそうなところだから、
できないものにやっぱ憧れを感じるから。
そうですね、ほんとにそう。
どちらかでそっちのほうに近いんじゃないかな、俺のその、
心理的には。
無理だもんな。
弾き語りで何かオリジナル曲、
自分がこっそり書いてるやつに曲つけて弾き語りとか、
メンタル相当すごくないと無理よ。
役でやってくださいって言われたらできるのよ。
そうなんですよね。
そうですね。
こういう役があるんで、
即興でやる役をストリートでやってくださいって言われたら、
これはできるのよ。
そうなんですよ。
ストリートで出ていくことに、
すごい抵抗ができる。
そうなんですけどね。
あれってほんと不思議ですよね。
バックダンサーとかもやるんですけど、
バックダンサーって船原孝道なんですよ。
言ってしまえば。
役じゃないから、
カッコつけれないんですよね。
キザな感じで踊るとか、
っていうのはあるんですけど、
どうしても自分が出ちゃうっていうか、
ちょっと照れくさいくなっちゃうんですよね。
見えゆく見えゆくみたいな。
だからバックダンサーっていう役で、
踊ってるっていう考えを持って、
踊らないとウインクとかできない。
そうだよね。
コーラスラインみたいな。
セクシーな衣装着てバックダンサーで踊るっていうの。
個人でやったら恥ずかしいけど、
そうなんですよ。
こういうステージングに割り当てられてるから、
できるみたいなことはあるかもしれないね。
不思議ですよね。
本当だから俺って役者なんだなって思います。
役がないとできない。
ただでも相方とかはダンサーだから、
いや全然そんなこと考えたことないっすねみたいな。
いやもううちらうちらでダンサーだから、
全然もうカッコつけれますけどみたいな。
その感覚がほんとないみたいな。
そうそう、そういうのもあるよね。
なりきらなきゃダメなんでしょうね、うちらは。
そうそう、なんか一枚かぶんないとできない。
だけど、練習っていうか養成所自体はさ、
もっと自分をさらけ出せみたいなことを言われたりするわけじゃん。
そういうとこの葛藤だったんだなと今考えると思う。
だからクラウンの人たちもそんな感じですもんね。
赤い鼻をつけたら飼われるみたいな。
マスクだね。
マスクとかで。
そうだね、そういうのはあるかもしれないね。
確かに俺なんかマスクかぶったら牢状でできる気はする。
プロレスラーにもなれる気がする。
なれる気がします。
そういう人格をやっぱり一枚かぶるとできるっていうのは。
多分それは人によってそれぞれなんだろうけどね。
前回言ったみたいな、
自己表現を欲求にしてるのかみたいな、
差分なんだと思うんだけど、個性なんだと思うんだけど。
そうだよな、そういう即興性ね、憧れるな。
でも無理だよな。
船原貴道じゃ無理。
俺の小松大輔じゃ無理。
絶対無理ですよ。
私もできないですね、恥ずかしくて。
それこそワークショップのアシスタントとかをやる機会があって。
ペットボトルやったよね。
あれとかもそうでしたね。
時間で子供に接しなきゃいけないっていうので、
すごい、こういうの私恥ずかしくなっちゃうタイプなんだって気づいて。
演劇関係者で見ててくれる人とかもいたので、
そういう方からやっぱり、こういう作るのが大好きな子っていうのを、
役を自分で作っちゃえばいいよっていう。
やっぱりそういう。
はるこお姉さんだよって。
そういう感じの1個キャラクターを作って、
それにいつもハマっていけば、恥ずかしくないと思うよっていうのを作ってくれて。
はっ!って思いました。
無理よね、絶対自分じゃ無理。
結局職業的にそうやってないと、続けられないじゃん。
持たないじゃん、メンバーが。
ずっと個人で社会とぶつかり続けるのは無理だから。
無理ですね。
そういう防衛的なこともあると思うんだけど、
基本的にはそこつらいっすって思っちゃう。
そこに憧れな。