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#59 命日に見た夢の話(喪失感は、突然に)
2026-04-27 18:39

#59 命日に見た夢の話(喪失感は、突然に)

雑談タイム:十数年ぶりに新調した眼鏡を1ヶ月足らずで紛失、ショック。また買った。
4月は父の命日の月 / 命日に夢に出てきた懐かしい実家での出来事 / 自分の家ではないと夢の中で悟っている / 誰もいない家にそっと入る夢 / この夢を見る理由は、もしかして親戚との確執で家に入れなくなったからか / もっと大人になりたかった16歳の頃の想い / 当時の自分に必要だった心のケアへの気づき / 街で偶然出会ったあしなが育英会への募金 / 来月は兄の命日の月 / どんな心境になるのかやや不安

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サマリー

今回のエピソードでは、パーソナリティが最近メガネを紛失した話や、コンビニでの小さな失敗談から始まり、4月が父の命日であることに触れ、実家に関する夢を見た経験を語ります。その夢は、親戚との確執から家に入れなくなった過去と関連している可能性を示唆し、16歳当時の自分に必要な心のケアについて考察します。また、街頭での募金活動との偶然の出会いから、支援の重要性を再認識し、来月は兄の命日を迎えるにあたっての心境を語っています。

最近の出来事とショックな出来事
喪失感は突然に、第59回目の配信です。今回は、命日に見た夢の話です。
なんか前回の更新から1ヶ月近く経ってしまって、ここ数ヶ月、ちょっとそぞこぼっている今日この頃ではございますけども、皆様いかがお過ごしでしょうか。
急に暑くなったり、今日は割と涼しかったりとかしてたんですけど、服が決まらないなーっていう感じもあって、
あと私ね、本当にショックなことがあって、大したことというか、ただの落とし物なんですけど、10数年ぶりにメガネを作ったんですよ、3月、2月の割に。
それ3月の1日か2日ぐらいに受け取ってきて、もう10数年ぶりにメガネ作ったと思って、なんかパソコンの文字が見づらくなってしまって、
文字を大きくしたら見えるとかそういう問題ではなくね、ピントを合わせる力がなんか弱まっている感じ、なので、まぁちょっとメガネを作ったわけですよ。
でも結構かっこいいなーと思って、なのに4月の1ヶ月ちょっとぐらい経ってからね、なくしてしまったんです。
しかもメガネだけじゃなくて、ケースも一緒になくしたね。
で、ケースって言っても普通のメガネの中が結構小さめじゃなくて、私のメガネ、折りたためない感じのメガネの中がビヨンビヨンってしてて、
だから、なんかそれをそのままビヨンビヨンってしたまま入れるケースだから、結構デカめなんですよ。
ガジェットケースみたいな。ガジェットケースって逆にわかんないの?わかんないけど。
結構分厚めで、だからこれ落としようがないっていうか、落としたら絶対結構わかるし、バックの中でもわりと邪魔な感じのぐらいの大きさだったのに、
一体どこでなくしたのか全くわかんなくて、なんか会社に置いてきてしまったのかちょっとわかんないけど、それでショックと思って。
まあでも、せっかく作って編みやすいなとかと思ってたから、パソコンやるときだけ身を使おうと思って。
しょうがないから、昔のメガネのフレームがたまたま見つかったから、それにもう一回同じ度数のフレーム、度数のレンズ入れてもらって作ったんですけど、
結局なんか、最初作ったのが2万3千円ぐらいだったよ。それでもう一回1万ちょっとって、なんか3万とかもかかってな。
で、どんなお金と思ってもしょうがないなと思いながら、今月に買おうと思った理由は、今月誕生日付きでクーポンが使えるっていうから、せっかくクーポン使えるから、今月にしちゃおうと思って作ってきたわけなんですけど。
あとこの間は、これちょっとちっちゃいことですけど、コンビニでカフェオレを買って、蓋する前に上のクリームや牛乳みたいなのを飲みたいなと思って、蓋開けて飲んでたの。
そしたら、ちょうどコンビニから出るときに見てなかったのね、自動ドアがちょうど閉まる寸前でボーンってぶつかって、ビチャーみたいな感じで半分ぐらいこぼしたみたいな。
それでなんかコンビニの人にすごい謝ってすいません、こぼしてしまったのでお掃除をお願いいたしますみたいな感じで来て、なんか今月付いてないなみたいな感じで、今4月を過ごしているわけなんですが。
父の命日と実家に関する夢
まあまあ、そんなくだらない話はどうでもおいておいて、本題ですけども、今月はなんですが、目日の月でもあってお父さんの、32年とか経って、まあ32年も経ってしまったんだなと思って、
16歳でまあ亡くなったからもう倍ね、倍?倍?そうそう、ので、なんかまあ昔みたくなんかこう目日が辛くなるとか、まあそんなのは割と、そう、虚無感みたいなのを私はずっと持っていて、
その目日の月の近くになる。4月に入るちょっと前ぐらいに、まあちょっと何回も話したことあると思うんですが、いつもなんかこうやる気がなくなるとか、なんか無になる、虚無感って自分では表現してたんですけども、なってきて、もう何をしてもなんかちょっとなんか朝起きた瞬間に辛いみたいな感じになることがずっと続いていて、
それがね、ちょっと亡くなった、亡くなって10年目みたいな、だから32年の中の22年ぐらいはずっとそれだった。で、今、その虚無感的なものがなくなって、あ、今年で10年目なのかと思って、もう10年経つんだ虚無感なくなってと思って、
まあ結構長い月日が経ったなぁと思って、お父さん死んでからも長い月日だったけど、虚無感に悩まされてたあれから10年も経ってるって、まあ結構長いなぁって。
まあそれで、いつもその、毎日にあんまり夢とか見なかったんですけど、今年は初めて、なんかこう、昔住んでた実家にいる夢を見たんですね。
結構その夢は何度も見ていて、ちょっとシチュエーションがちょっとちょっと違うんですけど、今回は家の中にいたしいて、で、うちの家ってなんかおばあちゃんが住んでいた、おばあちゃんのお店、自衛局だったんでお店が1階にあって、2階におばあちゃんが住んでいて、
それで渡り廊下みたいなのを通って、私たち家族が住んでいるビルの方に行くみたいな、なんか作りで、でその渡り廊下からこう下ってって、それでなんかおばあちゃんの部屋の前の通路とかを通ったときに、なんかいない雰囲気はもうすごい感じていて、かつ、でもね、いる雰囲気もあるんですよ、物が置いてあったりとか。
でもそこで私は、もうこの家は自分の家じゃないっていう認識をすごくしているんですよ。だから、おばあちゃんまだいるんだな、なんか懐かしいな、みたいな風に思っていて、で階段下がって行って、でその玄関のところで、なんか仕事場もあって、すごい懐かしいな、でも私この家、もう自分の家じゃないんだよなって頭の中で認識していて、思ってるっていうか、もうただの自覚をそういう風にしているっていうか。
それで、なんかそこから出て行って、今は乗り物に乗っていて、でそしたら乗り物の運転手さんとかも、なんかこの、その家から出てきている私のことを、分かってはいるけども、この家の住人じゃないってことも分かってるっていう感じで、あ、いるんだ、みたいな感じに、なんかチラッと見られてるの。
それで、まあ多分その住人の人も乗っていて、誰々さんみたいなことを呼ばれて、でそしたら私は、あ、今はこう何々さんって方がこの家に住んでいるんだな、みたいな感じで終わるっていうね、夢を見て。
だからなんだって話ではあるんですが、よく見る、すごく多くはないけど、よく見る夢なんですよ。その実家の近くの通路、実家の近くの道に行って、今はもうないんですよ、家ね、もう他の建物も建ってるし別の人が住んでるんですけど、
そこに行って、実際、私、自分が住んでた時の家があって、お店もまだやっていて、外から私はそれを見ていて、なんかああ、うちだ、みたいな。でももう自分家じゃないんだよなーって、やっぱ思ってるの、それは。毎回そうで。
で、なんかね、不法侵入するんですよね、私、何回も。なぜかね、うまく入る、なんかすぐ、鍵は絶対開けてないんだけど、開けたのかな、開いてたのかな、わかんないけど入ってて、なんか、でも絶対誰もいないんです。
誰もいなくて、仕事も待ちてるわけじゃなくて、そこで仕事場の奥まで行ったりとかして、一回は繋がっているんですよ、自分のお店と自分たちが住んでるビルの。でも今思うとなんであれ繋がってんだろう。
繋がってて、自分たちが住んでるビルの方に行く手間でいつも笑ったりとかしたりとか、あとその入り口から入ってて、おばあちゃんの家の胸の方の2階上がっていく。でもね、その夢はいつも誰とも会わない夢。
ただただ認識してるのは、もうこの家は自分の家じゃないっていう。だから死んだとか死んでないとかそういうこともなく、なんかその夢を見て、なんかすごい寂しくなるというか、一体この夢はどんな意味があるのかなって思いながらいつも調べないでいる。
夢ってなんかこう、たまに調べたりとかするけど、結構真逆のことも書いてあったりするじゃないですか。だから調べて特に納得するっていうか、不運そうなんだで終わるから、たぶん調べなかったんだろうね。
ただ、その夢ぐらいしか私はあんまり父親のこともお兄ちゃんのも家のこととか本当に見ないんですよね。
前なんか見た、いつだろう、お父さんと家族で南米かなんかに行ってて、それで一緒に帰ってくるみたいな夢をなんか見て、なんだこれって思いながら起きた。で、その中でもなんだこれって思ってる自分がいたみたいな。
そういうへんてこりんな夢なんだろうと思いながら起きて、特に意味もない、なさそうな感じもするから調べることもなく、ただ本当こう、さっきから話をしている、家の前に行って、この家は自分の家じゃないっていう認識をしているあの夢は多分数十回は見てると思う。
なんか、今思い出したけど、その周りに住んでいる人と会いそうになって隠れたみたいなのは確かあった。こそこそというか後ろめたさみたいな、勝手に入っちゃうわけだから。
でもあの家自体は自分の家だったのに、あ、わかった。自分の家だったんですけど、お父さん死んでから渡り廊下を渡ってしたくなって、お風呂があったりとかしたんですけど、
なんかね、おばあちゃんの方の親戚、いわゆるおばあちゃんの子供たち、親戚とおばあちゃんと家で関係が悪くなってしまって、それからそこを閉められてしまったの。確か鍵閉められて、お風呂入れなくなっちゃったんだよね。いきなり何も言わずに閉められちゃった。
っていうのがあって、だからか。だからお店側の方のお家はもう自分のじゃないっていう認識をした夢を見てるのかもしれないな。結構ショックだったのかもな。割とショックだった。
最初は鍵閉められちゃって意味がわかんないから、ちょっと間からお風呂に入れたりしたから、そこから入ってなんかしたけども、だんだんそれもしてはいけないみたいになって、しょうがないから自分たちのビルの方の、
1階は駐車場だったんですけど、駐車場の横あたりにお風呂ボックスみたいなのが出来上がって、そこにお風呂入りに行くみたいなことをしてて、そう思うとお母さん本当にいろんなことをやらなきゃいけなくて大変だったなーってしみじみ思う。
16歳当時の心境と心のケア
だからなんかこう、私は16歳だったんですけど、なんか最初に、最初というか、とても強く思っていたのが、もっと自分が大人だったらよかったっていう気持ちがすっごいね、強かったんですよ。
お兄ちゃんと年齢が逆ならよかったって。お兄ちゃんその時19、20とかぐらいで。お兄ちゃんが役に立たないとかそういうことではなくて、なんかその自分がもっといろんなことができたのになって、すごい思ったの。
今思うと19歳20歳だったとしても、何ができたのかっていうのはすごい疑問だけども、だからなんかこう、もっと自分は大人にならなきゃいけないとか、そんなことが先行して、かつなんかこう、
遺族の悲しみとか、そういうケアとかにはどこにもつながることができなかったから、だいぶ後になって、もっと早く必要だったんだなーっていうのを思ったわけだけども、なんかちょうど昨日までだったのかな。
足永育英会って知ってますかね、交通維持とか自治維持をサポートする小学金とかを。なんかその子たちが街頭で募金活動をするっていうのは事前にニュースに知ってて、それで二駅ぐらいで出会って、最初なんか電車でこう、もう改札入っちゃうときに声が聞こえてきて、
あ、これはそういえばニュースで見てもしかしたら足永ではないかと思って、もう一回出て、そうしたら足永育英会の人たちが募金活動をしてて、これはと思って募金して、で、昨日もかな、昨日も募金活動してる声が聞こえてきて、
なんか何も考えずにこう募金してっていう、なんか自分もあの頃からね、足永育英会があったから、なんかの縁でね、もし繋がれてたら、こう信頼する大人、まあ結構大変らしいのは大変らしいのに、その小学金とか返さなきゃいけないとかいうので、もちろんそのいろんな大変さはあるのも、
まあわからないね、ながらも認識しつつ、こう何もわからない自分に近くで伴奏してくれるような大人が近くにいてくれた可能性もあったんだなーって思うから、
一時期毎月の定額寄付とかもしてたんだけど、今はちょっと辞めてしまったから、まあ会えたら募金しようと思ってたら、2カ所でハワイで来て募金してきて、なんか今もね、今もあったら中で大変なことを抱えてる子たちが少しでも力になればいいなーと思って、
自分がその明日に付近にそういうのと出会ったりとかして、まあいろいろ考えることもありつつ、でもやっぱりもう虚無感みたいなのがなくて、自然にお父さんのことを思い出せるとかできる感じの今年は明日の月でした。
兄の命日と今後の心境
実は来月はね、本当にお兄ちゃんの目日があって、お兄ちゃんの目日はなんかちょっとまだよくわかんない。なんかよくわかんない。
もうでも何年?9年とか経つんですけど、長いのか短いのかがちょっとわかんなくて、10年っていう普通の単位からしたら長いんだけど、
自分にとって、さっき虚無感といった20数年あるっていうのがあるから、10年が長いのか短いのかっていうのがちょっとよくわかんないし、
お兄ちゃんのなんかはね、ちょっとまだなんか何かしらのわだかまりがやっぱりあるみたいのは認識しているので、
ただお父さんの時のこのよくわからない20数年の虚無感っていうざっくりとしたわかんないぼやんっていう感じではなくて、何かしらあるっていうのがわかっているだけで、
全然そのやってくるものを受け入れる体制が違うっていうのはもうここ何年もわかっていることだから、来たら来たで、
ちょっと今すぐにパッと歌詞が出てこなくてあれなんだけど、
アムロ奈美恵さんの話またしてるんだけど、アムロさんのテンペストっていう曲があって、そこにそんなような歌詞があるんですよ。
だがなんか割と5月はテンペストを聞いてしまうことが結構多いなって感じです。
まだおこつをずれてないことを話すのもどうかなって感じなんですけど、
その話はもうすぐに5月が訪れるので、何かあったらお話ししようかなと思っています。
今日はこのあたりで終わりにしたいと思います。またねー。
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