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どうも、木曜日の11時にニュースレターをお届けしています、キタノドロップです。
今日はですね、沖縄のSoeさんがプロレスのお話をしていたので、私もかぶせていきます。
おそらく過去一マニアックな話になるんですけど、気にせずいきましょう。
ということでですね、何の話をしようかと考えていたところ、最近ですね、スピノザの診察室って本を読んでたんですよね。
こちらですね、京都のお医者さんが主人公の小説なんですよ。
これを読んでて、そうだ、京都のプロレスの話をしようということで、今に至ります。
京都でプロレスってイメージないと思うんですけど、1996年とか7年くらいの京都って、めちゃめちゃプロレスがすごかったんですよ。
私も本を読んで知ったんですけど、当時の京都最強のレスラー、ターナー・ザ・インサート選手がめっちゃ強かったんで、ちょっとその話をします。
ターナー・ザ・インサート選手ですね。立名館大学プロレス同好会に所属する選手で、本名、田中さんですね。現在の新日本プロレスの社長となっております。
田中さん、大学時代はプロレス同好会に入っておりまして、
3年生の時にリングネームをターナー・ザ・インサートに変えました。
ターナー・ザ・インサート選手の1個上には、京都統一タッグ王者の初代チャンピオン、伊豆淵選手がいらっしゃったんですよ。
伊豆淵選手って誰やねんって話なんですけど、現在のレーザー・ラモンRG選手です。
日本で一番あるあるを言ってるあるあるの第一人者ですね。レーザー・ラモンRGさんが当時の京都統一タッグ王者に君臨しておりました。
ターナー・ザ・インサート選手、どんな選手だったかっていうと、めちゃくちゃ派手だったと書いております。
新日本プロレスって団体に入ったんですけど、田中選手が新日本プロレスにチャラいという概念を持ち込んだ人と言われております。正直私もそう思ってます。
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田中選手はめっちゃチャラくてですね、2006年7年くらいにチャンピオンだったんですけど、ちょっと私はあんまり好きじゃなかったです。
チャラチャラしてたんで。そのチャラい人が大学時代に何をやってたかっていうと、めっちゃ派手な技してたんですよね。
多分高道のく選手に憧れてたと思うんですけど、場外にプランチャー・スイシータっていう腕伸ばしてビョーンって飛んでいく技をやったり、
コーナーのトップから、コーナーってリングの四つ角にボッコ立っているじゃないですか。あれコーナーって言うんですけど、
そのボッコの一番上に相手を抱えて上がって、そこからよいしょって道のくドライバーで相手をマットに叩きつけてたんですよね。
なだれ式道のくドライバーってやっちゃダメなんですよ。なんでダメかっていうと、めちゃめちゃ痛いからです。
そんなことをターナー・ザ・インサート選手やっておりました。結構ヤバい選手ですね。
その活躍が日本中に広まりまして、とりあえず学生プロレスで敵なしぐらいの選手だったようです。
3年生の時に京都統一ヘビー級のチャンピオンとなりまして、何度か防衛をしております。
その中で試合をしたのがギブアップ・スミタニ選手ですね。
このスミタニ選手も多分誰やねんって思われると思うんですけど、
NFT界隈で言うと2002年にハードアニマルジェネレイティブという、HAGというジェネのコレクションを出したレーザーラモン、HGさんですね。
こちらがギブアップ・スミタニ選手として、同社大学のプロレス同好会に所属しておりまして、
京都統一ヘビー級チャンピオンをかけてターナー・ザ・インサート選手と戦っております。
これ大丈夫ですかね?マニアックすぎないですかね?なんか不安になってきました。
その最強時代のターナー・ザ・インサート選手、プロレスの同好会なんですけど、
新日本プロレスの入門テストにも合格しておりまして、就職先が内定しておりました。
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本人は大学を辞めて、新日本プロレスに就職しようと思ってたらしいんですけど、
優しい長州さんが大学は出ておいた方がいいよってアドバイスしたことで、そこから猛勉強して立命館大学を卒業するという流れになっております。
今回マニアックな話でしたが、懐かしいハードアニマルディネレティブの話ができたので楽しかったです。
私はこのNFT持ってなかったんですけど、当時みんな買っててちょっと羨ましいなぁと思っておりました。
最後まで聴いていただき誠にありがとうございます。また聴いてください。