ということで、ちょっとお待ちください。
今日お時間あります?
大丈夫ですよ。
店長がメニュー持ってきて、ゆっくりお話できたらなと思って。
ありがとうございます。
ギツさん、このお店は至高の喫茶店といいまして、
お客様がメニューから選んだテーマについてお話ししましょうっていうお店なんですけれども、
ギツさんも何かお話していかれますか?
ぜひよろしくお願いします。
ありがとうございます。
好き、趣味、発見、マニマニラジオのギツさんに提供したいメニューはですね、
好き、趣味、発見、マニマニラジオ!
イエーイ!それがでも聞きたかった!
そういう流れだっけ?
綺麗にリズムになったか。
どちらのメニューからお話しされますか?
じゃあまずは好きからお願いします。
ありがとうございます。
好き、趣味、入りました!
ありがとうございます。
お待たせいただきます。
店長の辻リーヌと愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の趣向を深めていく喫茶店です。
ちょっとまず名前、ギツさんっていう名前から聞いてもいいですか?
なんでギツさんなんですか?
これは高校の頃からこういうあだ名で呼ばれてて、
本名をちょっともじったようなあだ名で、
いつもギツさんって呼ばれてるんで、
ポッドキャストとかでもギツさんって名乗るようになりましたね。
高校の時についてからもうずっと定着してるってことですか?
私生活というか。
そうですね。
高校以降に知り合った人はもうみんなギツさんって呼んでくれてますね。
そうか。
なるほど。
私、ギツさんっていう名前もそうなんですけど、
この番組名がめっちゃ気になってて、
好き、趣味、発見っていうのも、
なんか結構志向の喫茶店でテーマにしたことあるワードとかも入ってて、
になるんですけど、
このまにまにっていうワードってあんまり聞かないというか、
てか私がこれまにまにって聞いて思い出すのは百人一首なんですよね。
まさにそうですね。
菅原道真でしたっけ?
あってます?
確かそうだったと思うんですけど、神のまにまにって。
すごいじゃん。
分かっちゃうんだ。
逆にそれしか知らないと思って。
賢いじゃん。
賢いじゃん。
誰がこれ考え、このまにまにって誰がつけたのかなってずっと気になってて、
しかもそれがマってアイコンにもなってるから、
きっと大事なのかこれを結構アイデンティティとして持ってたりするのかなと思って。
そうですね。
番組名を2人で決めるときに、
チャットGPTを使って壁打ちというかアイデア出しをしてる中で、
とりあえず好きとか趣味っていうワードは入れたいよねみたいな、
あと発見もいいよねみたいな感じになってて、
その後ろに呼びやすい名前をつけるみたいな形でどんどんアイデアを固めていく中で、
出てきたのがまにまにっていうワードだったんで、
このまにまにっていう言葉の意味自体は知ってたんで、
なんかこれいいよねみたいな、呼びやすいしみたいな感じで。
はい。
どんな意味ですか?
えっと、なんとかのままにみたいな、
神のまにまにであれば、神のおぼしめしどうげんにじゃないけど、
思うままにみたいな。
私もそんな認識です。
はい。
まにまにいいね。
まりまりちゃん似てるね。
まりまりちゃんがまにまにって言うとさ、
ずっとオープニング、ちょっとカンダフルしてまりまりって言いたいなってずっと、
思ってたんだ。
思ってたんだ。
ぜひぜひ。
名前かぶってる気がする。
違ったら申し訳ないんだけど、グレーの歌詞にまにまにってなんか出てこなかったっけ?
そうだね、みんな聞いたことあんのね、まにまにをね。
あったっけ?
グレーの歌詞ありそう。
ありそうだよね。
誰かグレー歌詞で検索してください。
いなかったらごめん。勘違いだったらごめん。
気になる?調べる?
なんかてるさんの声でまにまに言ってた気がするなと思うんだけど。
なんかありそうな気がする。
他の歌でもあった歌詞かな。
あ、ある?
結構じゃあ歌詞にも、100人一首も元々は歌だからね。
今調べたら、初音ミクが出てきました。
すごいみんな使ってんじゃん。素敵な技なんだねやっぱね。
ねー。
そういう意味なんだ。
でも取ってきたのが100人一首って、さすがって気がする。
歌に刺さるね。
刺さるわ。
歌に刺さるね、それね。
素敵だ。
しかも最後なんやね、100人一首の下の句の最後で神のまにまにっていうので。
余韻があるね。
そう、なんか、そうね。
あんまりみんな覚えようとして覚えるところではないから余計に、今みたいになんか、
あ、そういうのあったねーぐらいのなんか、引っかかる感じ。
じゃあ、そういう番組をやってる岸さんが、
番組名にも入ってる好きについて、
ちょっと深掘っていきたいなと思うんですけど、
岸さんの好き。
岸さんも、がみおちゃんも好きなもの多いから、
ああいう番組をやってるのかなって思ってて。
私が悩みに悩んで、この番組を始めたワードじゃねえかってずっと思ってて。
好きって何かわからんくなったっていうのが第一回のテーマやったんですけど、
久しぶりにね、2周年を迎えたんで、久しぶりにこのテーマについて語ろうかなって思うんですけど、
ちょっと岸さんにとっての好きってどういうものなのかなっていうのを聞いてもいいですか?
そうですね。
やっぱ自分を豊かにしてくれるものじゃないですか。
もちろんグラデーションがあるんですけど、これがなかったら死ぬみたいなぐらい好きなものもあれば、
なんか最近ちょっとこれいいんだよなって思ってるぐらいの好きもあるんですけど、
ただどれも決してマイナスにはなってないというか、
全部がプラスになって自分の人生を彩ってくれるようなものっていうのが好きなんじゃないかなっていうふうに思ってますね。
豊かにしてくれるもの。
なるほど。岸さんってやっぱあれですよね、文学的ですよね。
うん、そんな気がしている。
なんか言葉にするのが上手いというか、なんかね、言語家ともなんかちょっと、
言語家の一部なんやけど、なんか言語家にもいろんな方向性がある気がして、
岸さんのそれは文学的だなってなんかエッセイもね、書かれてるっていうのもあって、
いや豊かに、岸さんがそうだな、好きと、これを好きだなって思うのって結構早いタイプですか?
そうですね、結構早いと思いますね。
割と出会った瞬間とかもありますか?
はい、結構感覚で生きているところあるんで、直感でというか。
ほうほうほう、意外、それは意外かも。
もっと熟考してそうな、知性派だから。
いや、知性、知性だから。
思考をね、フル回転させるぜ、そうな感じかなという。
うん、かなーって勝手に思ってたけど。
好きに関しては結構直感で決まっちゃったりしてますね、本当に。
いやでもそのほうが、そりゃ好きって感覚なんで、感覚に忠実に生きているほうが好きなものも増えるし。
そうですね、だからこそ自分の番組でそれを言語化していくのがやっぱり楽しいみたいなところもありますよね。
じゃあ好きだなって思うときって、どこにピンとくるんですか?
どこに?
なんだろう、見た目とか雰囲気とか、どこが刺さりやすいですか?
傾向があるかみたいな?
そうそう、語感の差どれに一番大切にくるのかなとか、感覚で言ったら。
一番はやっぱり資格じゃないですか、情報量の差で言うと。
確かに。
ただやっぱり好きなものにもいろいろ種類があるんで、例えば料理とかやったりとか、音楽でやったりもするんで、資格に頼らない情報もキャッチして好きだなって思うことはあるので。
感性が優だからね。
それはあるかもしれないですね。感受性が高いというか、わかんないんですけど。あんまり自分で言うのも恥ずかしいんですけど。
大事大事。
好きがね、好きを感じやすい人ってきっとそうなのかもね。感受性豊か。
それはあるでしょうね。やっぱ、ある種の思い込みでもあるんで。
なんか後で、あ、これ違ったな、好きと思ったけど違ったなとかっていうことはあるんですか、逆に。
あー、なんだろう、例えばこう、作品は好きなんだけど、なんかこう、作者の発言とか言動に燃やるみたいな。
なんか結構そういう外部情報が入ってきて、ちょっと評価が変わるみたいなことはたまにあったりしますし、それこそ例えばゲームとかも長く続けてると飽きてきちゃったりする。
飽きてくるんだけど好きみたいな、好きの形がちょっとずつ変わっていくというか、好きなんだけどちょっと今はなーみたいな、結構変わったりはしますね。
自分の中で起こったこともあるし、この外部的な要因もあるしみたいな。
じゃあその時々の自分に合わせて、好きも好きの形も変わっていくし、その好きの対象との距離感とかも変わっていくみたいな感じですかね。
そうですね。
例えばこう目覚ましのアラームで好きな曲をずっとかけてるとなんかそれがなんか嫌な記憶と結びついちゃうみたいな、あったりするじゃないですか。
この曲がかかるとなんか起きなきゃいけなくなりたいな。
それやっちゃダメって聞くよね。
寝たいのにみたいな。流れてきたら起きなきゃ。
好きな曲が嫌いになるやつね。
そういうこともあるので、やっぱそれも結構感受性なのかなっていう。
感受性とかそう豊かにしてくれるものって言って、豊かさって何だろうとかずっと思ったんだけど、感情の豊かっていう言葉も今出てきたけど、気持ちが動くものみたいな。
気持ちがいい方に動くものでいいのかな。
そうですね、なんていうのかな。例えば、私結構カレーが好きなんですけど。
カレー?食べる方のカレー?
食べる方のカレーが好きで。
食べない方のカレーとは。
食べない方のカレーって何?
エイジング。
魚とかを選んだんだけど。
そういうカレー。
華やかな方。
年老いていく方のカレーとか。
そう、いろいろなカレーが浮かんでしまって。
魚のカレーが出てきたけど、これ食べれる?
カレーで?
食べる方でも二つあった。
カレーいっぱいあるやん。
ちょっと待って、今カレーっていうの聞いたからか、もうマニマニラジャーのこのマの色がカレー。
やばい。
カレーの色質ね。
カレーだった。
面白いな。
すいません、カレーがお好きなんですね。
だから、食卓にカレーが出てくると嬉しいとか、例えば何食べようかなって思ったときにカレーないかなって探してみたくなるとか。
同じ栄養があれば何でもいいって思ってる場合と、好きなものを食べて生活したいって思ってるので、ちょっと幸せの総量みたいなのが変わってくるのかなっていう気がしてて。
食事をただの栄養補給って考える人と、おいしいもの食べてちょっと気分を上げようとか、そう考えてる人ではまたちょっとライフスタイルが違ってくるんじゃないかなっていう気はしてるので。
好きなものが多ければ、いろんな場面でちょっと幸せになる場面が増えるんじゃないかなっていうような。
っていうのが、豊かさっていうところの正体というか、そこに繋がってくるのかなっていう気がしてますね。
好きを周りに食べらせることで、幸せの遭遇率増えるみたいな感じのイメージが。
そうそうね。
豊かにしてくれるものが好きなのと、好きっていうのは豊かにしてくれるっていうのと、豊かなものが好きなのかは同じ意味?
え?違うんじゃない?
違うよね。
今のは豊かにしてくれるものが好きなのかなってちょっと考えちゃった。
でもどっちも同じ?別?
例えばですけど、さっきのカレーの話に戻すと、カレー自体を食べてるときも幸せなんですけど、
例えば今日の夕飯カレーにしようかなって思うと、夕飯までの時間もちょっと幸せに感じるじゃないですか。
待ち遠しいというか。
そういう意味でカレー自体が豊かにしてくれるっていう食事自体の時間もあるし、
カレーが好きだからこそ他の時間も幸せに過ごせるじゃないですけど、
これが終わったらカレー食べれるなとか、
例えばそれがお酒であってもなんでもいいんですけど、これが終わったらご褒美的なものがあるってなると、
ちょっとそれまでの時間も頑張れるとか、そういう意味で人生が豊かになっていく部分もあるのかなっていう気はしてて。
見える世界が変わるというかね。
カレーがある世界とカレーがない世界の違いを今感じました。
カレーの例えが適切だったのかなと。
不安になってきてるんですけど。
なるほどね。そういうふうに捉えてるんですね。
いい豊かさね。
面白い。
だいぶ豊かさっていうのもみんなきっと感覚が違うんだろうなって聞きながら思ってて。
それはあるかもしれないですね。
豊かさっていうテーマでしゃべれそうなぐらい。
しゃべれる。
好きから私も始まっての豊かさの方がわかりやすいなって自分の中で思うんですけど、
好きがくれる豊かさって彩りが添えられるっていうか周りに。
だからなんか気持ちがそれで豊かになるみたいなのを聞きながらイメージしてて。
またでもギサの話を聞いてたらまたちょっと違う見え方をしてて面白いなって思ってて。
なんか好きは反応で、そのものに対する自分の反応で、
豊かさはそれとの関係性によって生まれる二次的な感情というか。
副次的な効果が。
効果。
のような気がしてて。
確かにそうですね。
好きが先にあって、
それと触れる、それと触れる中で出てくる次の感情みたいな。
のなんか僧侶みたいな意味で豊かさの僧侶みたいな感じで言ってるのかなって思って。
だからそれのエネルギー源じゃないけど、
好きに忠実に生きてる人ってどうなんだろう。
その好きを摂取することによって生まれる二次的な豊かさとか、
他にもきっと好きから生まれる感情ってあるような気がするけど、
そういうのを楽しめる人とかなのかなって。
思ったりしたな、今。
まさにそうですよね。
洋服が好きな人であれば、服を着替えるたびにいろいろ自分の中で感情が分けおごってきたりとか、
出かけるたびに楽しくなったりとかっていうことはあったりするかなと思うんで。
好きなものによっていろんな場面で自分の中で気分が盛り上がるものが増えていくっていうのが。
いいところだなって思いますね。
好きって感情だけど、それをどういうところが好きとか、なんでそれが好きとか、
そういう言語化をすることで、それを通して自分が見えてくるみたいなところもあるのかなと思って。
確かにそうですね。
人によって自分の好きなもののことについて話すのが好きな人と、
そうでもなくて、わりと秘めてて一人で楽しむ方が好きみたいな人とかもいて、
でもどちらかといえば自分の好きなものについてしゃべるのが好きな人が多いと私は認識してるんやけど、
それによって好きを共有できるとかいろんなこともあるけど、
まずそれを言葉に発することによって、
自分がもう一回、僕はこれが好きなんだな、私はこういうとこが好きなんだなみたいな、
自分をもう一回認識できる行為なのかなっていうのはすごく、
そういう意味で好きなものに触れるとかって、
そういう、自分を取り戻すじゃないけど、
そういう効果もあっていいのかなって思いました。
1年前ぐらいの初めは、自分がわからなかったってこと?