00:15
なんとなく、仕事で、週金に行ったときに、
なんとなく、僕の好きな、当時、将軍テープスっていうブランドがあるんですけど、
何気に入った喫茶店やったんやけど、なんかそれがピンポイントです。レジにあるっていう。
グッズが。てか、めっちゃマニアックなんですよ、それが、そもそも。
で、僕、お客さんとレジに行って、入り口で出るときに、将軍テープスなんでここにあるんやろって、マジでなったんですよ。
で、その人に正直、すぐ、僕ちょっとトイレ行くんでて、返して、もう一回僕見てたんですよ。
一緒に出ずに。気になりすぎて。将軍あるやん、みたいな。
うん。
すげえ。それがそのココロって、さっきのそのフックとかの流れで紹介されたブランドやって、
そういうのめっちゃチェックしてたんですよ。
はい。
で、うわ、これ若山にあるってなって、
で、その店員さんに、これ誰の趣味ですか?みたいなの聞いたんですよ。
じゃあ、ピアノダンクさんが出てきて、知ってんの?って言われて。
はい。
初めてやわ、言われたん。
何となくそれで、別にそのパフパフの僕とか全然関係なくて、僕がそれに興味を示して、
で、何かこう、分かんないです。その時どう思ってそう思ったんか分かれへんけど、
まあ明日飲みに来てよ、みたいな。
うん。
何かちょっと話したんかもしれんけど、覚えてないけど。
で、そっから何かこう仲良くなって、
はい。
ところで何してんの?日頃みたいな。逆というか。
はい。
で、こんなん作ってたりするんですよ、っていうとか言ってて。
ほんで、
あ。
で、その将軍テープすと、一緒に置いたらいいよ、みたいな。
うーん。
服を言ってくれて。
はい。
で、すぐこう作って持って行って、かなりこうプッシュしてくれて、というか。
へー。
当時は何かもうピアノ2本もこれで行こう、みたいな。
へー。
結構服を買ってもらって。
へー。
何かまあその、その時どう思ってそうされたか、僕も聞いたことはないけど。
うん。
でも何かその時に、何かこう、今までそのレゲエっていう枠の中で、自分らが何をしたり、っていうのが中心だったんが。
はい。
あれで、その時はもう手摺りで自分らでシルク作りやってたし。
何かこう、もっとシンプルに、レゲエとか何かヒップホップって感じの、何かこう服作りとか。
うん。
服を作ってるっていう部分を何かピックアップしてもらってた気がして。
03:00
はい。
そこから何か結構、自分がこうジャンルがあんま関係なくなる瞬間というか。
はー。
っていうところが多分、うん。もう7年ぐらい前、それでも。
へー。
だ、な気がするんですね。
そうなんですね。
うん。
ちょっとそのレゲエシーンを離れてもっと広く届けたいってなった時に。
うん、そうですね。離れ、あのね、まあパフパフも。
はい。
始めた頃は、もう全然そのレゲエの、例えばレゲエのイベントで出展したりとかもちろんしてたし。
はい。
ほんまに皆さんにもほんまお世話になって。
うん。
いろんな人に来ていただいてた流れで。
うん。
だから多分パフパフってレゲエってイメージです、みんな。
うん。
あの、その当時を知ってる方達とか。
はい。
で、今もめっちゃレゲエも好き。
はい。
やし、その当時もまるでやっぱレゲエの知り合いが僕は多いですけど。
でもなんかこう、そっからなんかこう、ジャンルじゃなくて。
うん。
いい音楽はいいとか。
はい。
いい服はかっこいいとか。
うん。
なんかこうある程度こうすごい広い価値観は、その辺ぐらいからちょっと自分も変わってきたのかなっていう印象だったですね。
はい。
うん。
じゃあその広げていくってなった時に動き方もちょっと変わってくる感じですか?
そうっすね。
なんか当時は自分らもその服もとりあえずピュアに置いて。
はい。
ってなって。
うん。
で、ピュアにその行ったLINEから結構いろんなこう人を紹介してもらって。
はい。
で、面白い方もいっぱいおって。
で、まあこう服作ってる子っていうのもこう紹介してもらって。
はい。
で、そっからえーとね、このえーとね、えーとね、この前にまだ語る二つあるんですよ。
はいはい。
ピンクあってブルーあるんですけど。
うん。
そのブルーのLINEがあるんですけど。
はい。
で、その時がそのピュアで出会った時ぐらいで。
で、その時にその当時はそのオリジナルというかNOBのデザインしかやってなかったんですよ。
はい。
僕その時はデザイン専員って言ったじゃないですか。
うん。
人大好きだから。
はい。
なんか一緒にかっこいいデザインの人とパフパフをやってみたい。
あー。
で、そのから自分のコラボLINEっていうのがそっから生まれるんですよ。
ほー。
当時はそのオリジナルだけを。
はい。
やってNOBが絵描いてあと僕がプリントして売るっていうスタイルだったんですよ。
それをNOBが描くLINEをオリジナルLINEとして。
はい。
NOBがこの人かっこいいデザインしてるとか。
うん。
この人すごいとかっていう人をピックアップして一緒になんか服作りませんかと。
一緒に販売しませんかっていうのを企画として立ててるっていうコラボLINEとかが。
06:01
はい。
その時にこうピュアを通じてっていうか。
マインドとしては出てきて。
はい。
その年5人ぐらいのアーティストとやるんですね。
はい。
和歌山を中心に自分の中でこういう人絵すごいなっていう人とかに声掛けさせてもらって。
はい。
それで服もね、僕らもTシャツばっかり作ってたんで。
はい。
十何種類ぐらいのTシャツがあって。
うん。
で、オリジナルとコラボあって。
で、その時にピュアに行ってて。
あの須藤さんっていう。
はい。
いいじゃんっていうその友達。
当時和歌山に移り住んできたとこで。
それもピュアで紹介してもらうんですけど。
その時に須藤さんともコラボするんですけど。
で、その時になんかイベントやった方がいいよみたいなこと言われるんですよ。
はい。
その出すだけじゃなくて。
はい。
出すために知ってもらうイベントをしたらみたいな。
自分たちでイベントを作るっていう。
そう。
って言われたんで。
パフっていう。
はい。
じゃあイベントをやろうかって。
で、ピュアでやろうってなったんですよ。
おーはい。
で、その時に自分らしさってどこやろうって。
自分らってやっぱ演者じゃないんですよ。
僕も別に何かを音楽をやるわけでもないし。
あくまでも音楽というよりかは服を知ってもらったりカルチャーを知ってもらうっていう。
どちらかそのアパレルって僕らは思ってないですけど。
服のポップアップみたいなイベントかなっていう流れで。
で、当時はコラボやってて。
うん。
で、自分らはやっぱレゲエ、その時はレゲエの界隈の知り合いが多かったんで。
はい。
なんかこうオリジナルとコラボの中の各ゲストさんで。
うん。
こうゲストを重々にして音楽のイベントをそこでもやるって言って。
はい。
その時は結構オールジャンルで。
うん。
結構ギター一本の人もおればテクノの人もおったり。
もちろんダンクさんも出てもらったし。
はい。
いろんなこう人らのどちらかその音楽ありきじゃなくて。
うん。
僕は人ありきのイベントをやってたというか。
うん。
この人がデザインすごい良い人、かっこいい。
からその人から滲み出るような繋がりを重々繋ぎにしたら僕は面白いんちゃうかなって思って。
で、当時そのゲストを2人ずつ出してくださいって言って。
はい。
で、僕らも2人出してと。
それを一本にしてイベントするみたいな。
へー。
っていう感じになった時に。
はい。
結果としてですよ。
別に僕はその人がオススメする人は僕は全部良いって思うから。
うん。
結局むちゃくちゃイベントになったんですけど。
はい。
その時に結構なんか、なんかもういろんなジャンル。
結局そのピュアっていうシーンが僕、ピュアと出会って。
いろんな人を紹介してもらって。
で、なんかいろんな人らがおるんやっていうかその。
うん。
レゲエしか知らなくて。
はい。
すごいなんか広い世界がめっちゃあったから。
うん。
で、それがあった時になんかすごいこう勉強になったというか。
09:03
うん。
もっとなんか良いものはいいとか、この人がおもろいとか、
もっとそういうベクトルで見た方がおもろいんじゃないかなって思った時がそこ辺で。
あー。
ジャンルにこだわらなくなったその。
きっかけですね。
きっかけですね。
そう。
その時はほんまにその当時はワクワクしちゃならないっていうイベントの名前が、イベントの名前がそれで。
うん。
で、それをピュアでやって。
はい。
で、当時はそのピュアの奥の会議室みたいなとこがあるんですけど。
はいはいはい。
そこを物販のブースにして。
はい。
で、その時は自分らの服だけじゃなくて、日頃から作られてる作家さんとかのグッズとかも全部一緒くたに置いたセレクトショップを作るって言って。
うーん。
で、その店員さんも僕らが出店して、出店してる身じゃなくて、もう店の中に店員さんもいてて。
僕らはそこじゃなくて、もっと繋がりとかで遊んだりして。
なんていうの?やっぱ出店って終われたらあんま次に繋がらんくて。
はいはい。
もっと違う、一緒にお酒飲んで、なんか次に繋げる話をしよう。
うーん。
っていうのの方が僕はいいと思って。
はい。
でもその、物販は物販。やけどみんな一緒くたにして、一個の価値観として見てもらいましょう。
うん。
あとは音楽もあるし、ピュアの料理もあるし、お酒もあるし。
で、出店もちょっと呼んでたんで、なんかそんな感じで楽しい日を作ろうみたいな。
うーん。
で、こう一周じゃないけど、ちょっとある程度すごい幅広いジャンルの中で、こういろんな方と話しながらっていう流れがその辺かなっていう感じなんかな。
へー。
で、そっから結構それで4年ぐらいやるっすね。
おお。
3回だな。
はい。
ピュアでやったんかな。
うーん。
ちなみに、全然今さらな感じなんですけど、パフパフウェアのその由来とかってあるんですか?
由来はね、特にないっすね。
笑
互換?
いや、まあでも、僕は当時そのココロブランドが好きで。
はい。
ブランドってなんか服っぽいじゃないですか、名前が。
はい。
僕は服って分かる名前にしたいってノブに言って。
はい。
だから僕はウェアっていうのを最後につけたいって言って。
で、でも頭の部分はノブの案で。
はい。
その同音でやりたいって話だったよ。
繰り返しの。
ドキドキとか黙々と。
ワクワクとかって。
だからそのイントネーションって日本だけらしいんですよ。
はい。
12:00
で、いくつか案があって。
で、パフパフにしようってなって。
だからこのブランドロゴはずっと変わってないですね。
これはずっと当時からの定番ロゴというか、ロゴとして残して定番Tとして今もやってますけどね。
その時売上とかってどんな感じだったんですか?
売上はね、結構売ってたっすよ多分。
結構というか何をもって結構あるけど、自分らとしてはどうやったかな。
でもね、当時仕事しながらやったっすけど、少なくて6、7万、8万とか。
毎月。
毎月。
でも多い時はコラボとかしてたっすと、コラボのその人たちの影響っていうのが出てきて、
要は売り先が増えるっていうイメージがあって、
ってなった時に結構、それこそ20万とか。
結構な。
そうっすね。
でもそれで自分らも制作預言がかけてやってるから、
でもそういうのを使ってイベントしたりとか、
割とお金っていう部分は当然続けていくためにポイントになってくるんで、
そこは結構意識してたと思う。
まだそれで食べていこうっていう感じでもなかったんで。
その時の目標としたらどういう感じでやってたんですか?
目標はね、当然売れるっていうのは1個のモチベーションやけど、
なんか、何て言うんですかね。
もちろん作ってて自分たちの考えたものが形になる嬉しさっていうのはあると思うんですけど、
プラスなんかもうちょっとこう思っていきたいとか。
なんかやっぱ自分らの選択肢としてですよ。
例えば東京行ってこれアパレルを2人でとか、
そんなんは全然なくて。
当てたいとか売れてるって感覚も全然、
別に売れてへんしこれでっていうのもあるけど、
どっちかライフスタイルよりで、
まず自分らが着たい服を作るみたいな感覚と、
あとはもうなんか売れたら嬉しいけど、
これで生活はできんやろってなってたんです。
感覚として。
15:00
ライフワークとして続けていけたらいいなみたいな。
これがじゃあ、ほんまにこれで仕事として食うって、
なんぼ売らなあかんねんみたいなとこもあったし、
それをじゃあ和歌山軸にしてできんのかってとこもあったし、
いろいろこれで食おうぜって話をしたことはないけど、
なんとなく、
これで2人の生活ができるかっていうと、
なんかそこではないなみたいな。
感覚としてはなんかあったのかもしれへんけど。
でもなんかその時に、
ウッディーズじゃないけど、
当時はもう自分らで服を割とシルク。
当時は、今でこそパフパフもフルカラーがあったりとかするんですけど、
当時はとにかくシルクスクリーンをっていうので、
全部プリントばっかりやってたんですよ。
で、当時はほんまに、
もともと台所でやってたんが、
僕が家建てるってなって、
とりあえず4畳確保したから、そこプリント部屋にしようって言って、
これで毎日プリントできるぞ。
今まで台所にわざわざ広げるのが大変やって、
風呂場で洗うのもめっちゃ汚れてるやんとかなって、
ちゃんとした部屋がいるんだよ。
倉庫借りても暗いし寒いし、
家の中で部屋を作るのがベストや。
借りてって話も出たんですけど、
そこに行かなあかんって一個めんどない。
やったら僕は家帰った自分の部屋がプリント部屋なんで、
どんな状態でも擦れるっていう状況を作ったんですよ。
それをずっと続けてる時に、
いろんな状況をやったんですけど、
そっからなんとなく、
これでは食えんなみたいな。
とかもあったし、
リビングとかの仕事で、
いろんなジャンルの人と関わる機会が多かったから、
その時にある人というか、
今でもお世話になってるんですけど、
服の卸しというか、
アパレルの卸し屋さんみたいな人が、
たまたま知り合いを通じて会う機会があって、
こんなん僕してるんですよみたいな。
言ってて、
アパレルで食えるかはちょっとわからんけど、
人の作ったら食えるぞみたいな。
なるほど。
ちょっとずつ実はそういう時にも話は来てたけど、
その時は自分のやつをプリントしたいから、
でもそういう人にそう言われた時に、
18:01
人のを作るかっていう流れになって、
そっから割と、
4畳の部屋で人のもちょこちょこ作ってはおったんですよ。
でも全然それはメインじゃなかったけど、
その人にそういう話がパッてあって、
ちょっと間は空くんですけど、
ある時に、
僕本気でこれでご飯食べれるんやったら、
食べたいなって思ったタイミングで向こうから連絡があって、
ちょうど今仕事してくれてるプリント屋さんが、
腰痛いってやめた。
めっちゃ困ってる。
実際要は後継者不足の仕事ってなるんですよ。
やってる人がいない。
もちろん大阪いっぱいおるけど、
和歌山で仕事しようと思って、
近くにおるほうが絶対いい仕事なんですよ。
その時に若い子がいない。
で、やれへんかと。
言われて、
下請けとして受けてくれへんかと。
そのおっちゃんの代わりに、
そのおっちゃんがおらんくて困ってるから、
その人がやってたことをやってくれへんかと。
って流れになるんですね。
それが多分ここ開業して今4年目で、
その前の2年とかやから、
実質今から6、7年前とかかな。
結構同時進行になってきてるんですよ。
この辺から割と。
で、その日から割と人のも作って、
パフパフも作るっていう日々が始まる。
人の作るって機材とか的には大丈夫だったんですか。
それがね、問題で。
問題でというか、
結果擦れてたら、
僕らの業界って何でも。
結局出来上がりが良かったらOKなんですけど、
僕らの時、当時って、
1回に1枚しか擦れないんですよ。
その辺が2回にあったんで、
しかも水けないっすよ、2回で。
で、その時、もうその生活二度としたくないんですけど、
当時は足でカバーしようって。
1枚擦って、
もう1回階段降りて、
外のベランダの水道まで、
これをやるんですよ。
これほんまね、めちゃくちゃ大変な。
ですよね。
これヤバい状況やったんやけど、
でもそれをやって。
何枚ぐらいやったんですか。
えっとね、
これ結構同業種に言うと、
お前らほんまヤバいなって言われるんですけど、
当時1名。
これ20名なんですよ。
これちゃんとした機械なんですけど、
ホビー用って言ったらね、
その当時の作った人怒られますけど、
僕ら真剣にやってるんですよ。
工夫して。
当時は、
21:00
その人がの仕事で、
どこのやつとは言えないですけど、
1万6千枚。
1枚ずつ手摺りで。
ヤバいっすね。
結構地獄で、
でもその時は、
やっぱそれで、
耐えれば固まったお金が入ると。
その時は割ともう、
こういうことをしたいって思ってたんで、
とにかく金貯めると。
なってて、
1万6千枚をするんだと。
ただ当時そのリズムとかも、
正直めっちゃ忙しかったし、
もうだから帰ってきたら、
プリントするって日々なんですよ。
もうこれ日々って僕らの日々。
それ追いつくんですか?
いや、もうね、追いつくしかないというか。
だから、そこにだから、
メディアの仕事と、
人のを作る仕事と、
パフパフも、
どっちかというと3つを掛け持つっていう状況になって、
1万6千枚なんかは、
もうカレンダーに書くんですよ。
だって1万6千枚を2ヶ月後にやってくれって言ってたじゃないですか。
2ヶ月、はい。
でもそれって、
今でこそ機械があって、乾燥機があって、
どんどん乾かして仕上げて、
当時ってそんなのないから、
もう家に敷き詰めるしかない。
家に、家の面積に置くだけ置く。
それで朝起きたら乾いてるっていうのを、
何回するかみたいな計算をするんですよ。
敷き詰めるマックスどれくらいだったんですか?
どれくらい置くのうまい人が入って、
それこそ300とか。
でもそう考えたら、
1万6千を単純に300で割ったら、
追いつけへんから、
もう日曜日は二部制やとか。
もうほんまにすごくね、大変だったですよね。
その仕事を何とか。
もうそういうのを常にこなして、
そういう時はもう、
みんなに協力してもらって、
当然その、
僕らがプリントするわけやけど、
置きに行く人がいるんですよ。
嫁さんもそうやし、
例えば嫁さんの友達とか。
とにかく巻き込まないと間に合えへんから。
遊びに来てたら、
ちょっと運べへん。
とにかく誘うっていう。
友達らも来てもらったり、
後輩のことは来てもらったりして。
とにかく置く人が必要な。
自分が置きに行くとすごい時間かかるんで、
とにかくすって渡して置く人がいるみたいな。
それをひたすらやってました。
じゃあその全部、
リビングの仕事もパフパフウェアも、
受ける仕事もやってる期間を経て、
プリントショップオープンなんですけど、
それはどうやって始まるんですか?
24:00
結局始まるのは、
始まるのはその流れで、
結局人の作る仕事ってやっぱり、
こなせば増えていくんですよ、基本的には。
1年、2年くらい多分やったんですけど、
いよいよそういうのやってたら、
いつ辞めるかっていう話がある。
で、信人も、
いよいよやぞと。
もう辞めるぞと。
もちろん前の会社も話してですけど、
で、ある程度お金も貯まったし、
で、いよいよ行くぞと。
わりとそこはね、もう普通に、
ずっとそれを2年くらい日々やってたんで、
あとはもう、どこで折り合いをつけるか。
って前の会社も話して、
で、この日っていうのが決まって、
いよいよやぞと。
で、そっから、
今度4畳の部屋からここになるんですね。
へぇー。
だから僕らで言うと時系列、台所から4畳になって、
4畳からここになるんですね。
急にキャパがめっちゃでかくなりますね。
で、ここは、
まあまあ、ある程度、
4階にカメラマンさんが知り合いがおって、
スイさんっていうカメラマンさんがおって、
当時ここアガサスやったんですよ。
へぇー。
1階と2階が。
はい。
リズムかアガサスかみたいな、
メディアの。
アガサスあれか。
あったじゃないですか。
はいはいはい。
で、アガサスさんが1階2階空いてて、
アガサスがなくなるってなって、
で、2階はもう今の会社さんが入ってたんですよ。
で、当時そのカメラマンさんと僕よく、
そのリズムの仕事で会ってたんで、
テナントないかな?
1階空いてるで、うちの下。
1階見たなって言って。
見たら、はじめ何もなかって、
なんかめちゃくちゃ広いな。
でも、
広くないと絶対こんなんおけやんって思ってて、
ってことは僕らのミッションって、
できるだけでかいとこを、
できるだけ安く借りることやったんですよ。
で、
で、プラス、
街にこれが、
プリントショップで、
僕もそれなりにいろんな県も、
その期間には見に行ってたし、
で、和歌山のプリンターさんの場所とか、
事情も聞いたら、
結構田舎にある。
結構。
だからもうあくまで、
もう工場っていう認識でしか動いてないんで、
リッチはどこでもいい。
要は、受けた仕事をどこでするかだけをやってるんで、
当然リッチって関係ないですけど、
田舎の方が広いし、
もちろん広いし、安いっていうか、
じゃないですか。
僕としては、
自分らで手摺りしてて、
27:00
もっとその、
いろんな服の相談をもってくれる、
プリントショップが、
街にあれば、
そこが絶対、
作れるから行こうじゃなくて、
コミュニティになるんちゃうかなと思ってたんですよ。
要は行ったら情報交換して、
そこにたまたままた
違う人が来て、
こんな人なんやでとかって、
そこでグルーブになるような、
っていうのはパフパフでも体感してたから、
なんとなくそれが、
自分らができるんじゃないかなって思ったときに、
このリッチが結構
いいんちゃうかって。
結構ちょっといろいろ見たけど、
ここが良すぎて、
僕リビング居る半年前にもう借りた。
ここ。
ここじゃないと成功しやんのちゃうかな。
うまくいかんのちゃうかなと思って。
ここは借りながら、
リアメル相談をして、
で、
のぶに、
もうやめる話したって言って、
行くぞって。
さっきのぶ仕事やめてくれって言って、
準備しといて欲しいって言って。
はい。
要はもう2人で、
一気にしやな、
この規模感を回転させるやんから、
2人で始めようって言って。
はい。
で、その期間に、
ここも、もともと何もなかったんで、
僕も仕事しながら、
見に来つつ、
のぶがいろいろこんなんをやってくれて、
で、徐々にこう、
同時進行で全部進めて、
で、自分はもう9月の、
末に辞めるんすけど、
末に辞めて、
次の日から自分の会社にみんな入るみたいな。
おー。
だからもうずっとこう、
続いてやった感じやったですね。
はい。
って言って、そんな感じで進んではいきますね。
なるほど。
立ち上げた時はじゃあ2人で立ち上げって感じですか?
えっとね、これすごく、
立ち上げは2人ですもちろん。
2人で始めてるんですけど、
いわゆるこう、誰が代表なんとか、
はい。
いわゆる誰が資金とかってなった時には、
そこで完全に分けて、
やってますね。
あー、じゃあそっちの資金とか代表は辻岡さんがっていう。
そうですね。
なるほど。
そこは、これすごく前向きな話で、
はい。
まず僕、広告の仕事やった時に、
いろんなパターンをいっぱい見てきてて、
はい。
いろんなオープンする店も山ほど見てきて、
はい。
閉まっていく店と、いろいろうまくやってる店の、
いろいろと、
はい。
なんとなく広告って見えるんで、
はい。
で、なんとなくこうね、
パフパフ自身は2人で始めて、
うん。
なんかいろいろこうやってきたけど、
うーん、なんかこう、
やっぱここを盛り上げたいし、
こう、
いい感じにやっていきたいから、
なんとなくこうもう、
2人で役割を分けて考えてて、
うん。
でもその、僕ここで始めようと思ってんのよ、
30:02
って言って、
で、一緒にやろうよって感じで、
うん。
それで心よく来てもらって、
はい。
来てくれたから、ようやくいよいよやなっていう感じではある。
うん。
まあでも立ち上げって言われると、もちろん2人でやりましたね、いろいろ。
はい。
ああ。
そういう流れやったんですね。
はい。
なんかめちゃくちゃそこまで、長くなかったっすかね?
長かったでしょ?めちゃくちゃ。
いや、面白かったです。
そこが多分みんな分からんところなんでね。
知らないところだと。
めっちゃ長いですけどね。
まあでもそこから、結局、
なんかこう、やっていって、
はい。
で、
うん。
創業は2020年で。
そうっすね。いや、19っすね。
あ、19ですか。
2019の、
10月20日にオープンしたと思うので。
おお、なるほど。
今ちょうどだから、4年目なんですよね。
はい。
今はその、ウッディーズとして、
仕事の比率的にはどんな感じなんですか?
受ける仕事と、
このオリジナルのパフパフとか、
ケースとかっていう。
まあでも、
うん。
売り上げだけで言ったら、
パフパフはもう売り上げとかは、
もはやって感じですよ。
パフパフは自分らが続けたい、
ライフワークとしてやってて、
ただやっぱこう、
自分らがまず好んでやってるっていう部分に対して、
お客さんとしては、
そういう方に相談したいっていう、
人がやっぱり、
年々増えてますね。
SNSとかでやっぱり、
グッズ普通やし、
今SNSで別にそれが仕事とかじゃなくて、
自分らが形にしたいものがある方がやっぱり、
増えてると思ってて、
そういう方の相談ってなった時に、
割と自分らがこういうことやってるんで、
相談のってほしいって方もやっぱ多いのかな。
売上げとかっていうよりもブランディングというか、
こういうスタンスでやってますっていう。
会社の、
事業って言われたら事業になっちゃってますけど、
どちらかというとそのなんか、
自分らが好きなことでももちろんあるし、
やりたくなかったもんもやってないし、
っていうのが、
自分らもやっぱり、
もちろんかっこいいものを
毎年作ってると思ってるんで、
やっぱりこう、
いろんな作り方も、
こういう服を通じて、
話もできるし、
なんかこう、いろいろこう、
これがあるから、
相談になったりっていう人が
多いんじゃないかなと、
思いますね、なんか。
これを見て、こういうのを作ってる人に
任せたいとか相談したいっていう人が、
増えてるっていう。
そうですね、増えてる。
増えてるとでも思いますね。
正直その、やっぱ自分らはやっぱその、
いかに自分的な、
プリントショップじゃないかっていうのが
やっぱり折りで。
ただ吸ってるところとかもね、きっとあるでしょうし。
そう、別にそれが悪いわけじゃなくて、
33:01
やっぱりその、
自分らの業界って、
ブローカーと格好って完全に分けて考えてて、
自分はこれじゃいいもの
作れないと思ってて、そもそもだって、
思いが違うし、
知らんしってなる人も。
知らんしってことないけど、
その人と打ち合わせしてない人がやるんで、
多分あんま分かんないじゃないですか。
はい。
僕らの場合はやっぱその、
加工屋さんだけでその人が見てたら、
結局、
どんなデザインでも1枚いくらなんですよ。
はい。
あんま良くない発想で、
1枚いくら。
1枚1枚1枚。
仕事としておもろいんかなと思ったし、
僕らはやっぱその、
デザインに携わって、
どういうやり方をするかも一緒に決めて、
できるだけ自分らで加工して、
あー。
で、その人に直接運ぶっていう。
はい。
やっぱその感動が違う。
うん。
出来上がった時、別にウェブも
いいと思うし、いろんな作り方は
僕はそこはいいと思う。その人に
のニーズがやっぱあるから、
やっぱどうしても夜が、
仕事が絶対しないのにしか帰れやんと。
そういう店が開いてる時に、
家に行ってないとかやったら、
やっぱね、ネットの方が
いいやんとか。
まあいろんなニーズはあると思うんですけど、
自分としてはやっぱその、
こうみんなで盛り上がりたい
っていうか、
家に届いてる服を一人で
見るのか、
めっちゃいい感じにできましたよと話しながらやって、
いいやんみたいな。
今度こんなんも僕いいと思うんですけどね。
おつそいもええな。
また来るわ。みたいな
1個の、
っていう部分はすごい大事にしてて、
逆にそのウェブで
できないこと
っていう部分はやっぱ今は意識
してるんですね。やっぱその
そういう個人的じゃないプリンターに
いかになれるかという。
そこはいっぱいおるし、
僕らもやっぱそこ、
そこじゃないよなっていうのは
やっぱ自分らも思うんで。
そしたら今、
ウッディーズに来るお客さんっていうのは
どういう人が多いんですか?
でも、
オリジナル作りたいって人は、
やっぱね、
社会人の人がまず多いですよ。
多分その、
高校生の子とかも
最近たまに来る
ですけど、
基本やっぱそのお金がかかること
なんで、
結構社会人で
お金を
自分で使えるって人たちが
多いと。
その中で、
仕事が飲食店やってるんで、
飲食なのか
とか、
仲間うちでやってるんで、
グループ間で作る服を売りたいとか、
いろんなパターンはあるんですけど、
でもね、
36:00
男女ってあんまり関係ないよね。
なんか22歳
以上って感じですね。
22歳以上というか、
社会人以上って感じですね。
感覚として。
なんかこう、趣味
っていう
ラインに服作りが入ってるイメージです。
なるほど。
映画好きとか、映画見に行くとか、
ゴルフとか、
あの中に、僕はもう服作りが
入ってるんじゃないかなって
思ってますね。
そのお客さんと
話してると。
服作りを趣味として楽しんでる
人がおって、
でももしかしたら、
それはウェブやったらできなかったかな
と思ってるんです、僕は。
自分らが一緒にこう、
デザインももちろん自分らでやることも
多いんで、これめっちゃかっこいいなとか、
いや、これよりこうやろとか、
一緒に話して、続けて
いける環境作りとか、
なんかこう、
そういうとこは結構あるんじゃないかな。
なるほど。
むしろこう、
各県でどうなってるか僕はわかんないですけど、
若屋も割とそういう
なんかこう
服作りとかっていう
カルチャーが
割と出来上がってきてるんじゃないかな
とは思いますね。
感覚ですけど。
でもそれが自分も目指してたし、
なんか
あの人作ってるから僕らも作りたいって
なってほしいし、
なんか思いのあるデザインってみんなきっと
持ってるから、
そういう形になる喜びとかは
僕らもそれで初めてが常に
わいわいやって、
わーとか言って、
っていうのをやっぱりいろんな人に伝えたくて、
それはすごく
オリジナルって面白いっていうのはやっぱり
特に伝えたい
ところではあるですね。
なんかね、絵を描けない人でも、
ここ来て相談しながら、
のぶさんに作ってもらえますし、
そうですね。
そういう相談に来れる場所っていうのは、
ウェブでは
どうしてもないですから。
そうですね。
だからこう、
ウェブでできないこと、
ウェブでそれができたらもっとすごいとは思いますけど、
逆に。
でも自分はやっぱりこう、
なんかこう、
なんていうんですかね、
服を
喜べる相手もいるよなみたいな。
うん。
いいやんとか、かっこいいよなとか。
できたっす。
おーとか、おーとか言いたいですね。
はい。
シュクシュクとできたものを着るって、
あんまり面白くないじゃないですか。
だから結構実はそのフローが
おもろいんちゃうんかなと思うんですよ。
出来上がりはおーってなるけど、
みんなで話し合ったりとか、
まずどうやっていきましょうとかを
みんなで話したり。
そこが楽しいんちゃうんかなと
思ったりとか
してるんですけどね、僕は。
なるほど。
そのプリントの
39:00
枠を越えてというか、
昨年から
ケイズもオリジナルの
ブランクボディのブランドですか?
そうですね、なんかその、
なんかプリントは、
もちろんプリントショップを軸に、
ケイズが生まれた
流れは、
もともと
自分らって、よりその
方のオリジナリティに近づけたい
っていうコンセプトでもちろんやってるんで、
ボディも、日本で買える
ボディは基本的に全て、
ほぼ全て、
揃えてる状態にして
るんですよ。
これって店からしたら、もっとブランド
絞った方が、半関比
抑えれますとか、管理しやすい、
色々あるんですけど、
もしかしたら年に1回しか売れへん
ブランドもあったりとかも
する中で、でもその人からしたら一番
良いって思えるものがそれ
だったってことやから、僕はそこを推進
したい。その方がより
オリジナリティを出せるから、という
僕は思ってるんですけど、
ってなった時に、
ヘンプの、
ヘンプコットンの知事館の
加工用文字っていうのが
業界にないなって僕は
なってたんですよ。
要はその、
今店に飾ってる文字って
プリンタブルっていう
加工用文字、要はその権利がない
Tシャツとか服、
説明むずいんですけど、
ユニクロも文字なんですけど、
ユニクロって
あれをアパレルとして最終地点として
売ってるんで、個人レベルで
あれにプリントして楽しむも
OKなのもちろん。それ
売ったりする時にユニクロさん的に
NG。
そんなあるんですね。
ユニクロはあれをゴールの
アパレルとしてやってるんで、
あれで、例えば
キセンアルプスってプリントして
ユニクロとコラボってなると
ユニクロは困ると。
なるほど。
要はそのボディに著作権があったり
するんですね。
だから、例えば超有名な
ブランド、ビトンでもなんですけど
そこに勝手にキセンアルプス
プリントして、ビトンとコラボとか
そういう感覚です。
なるほど。
っていうのにならんために
あらかじめ権利がない
無地とか
を作ってる
メーカーさんがおるんですね。
アスレとか、プロクラブとか
ああいうところは
ガンガンコラボ
コラボって言えへんけど、わざと
ボディ
そういう
ラインに
エンプティがない
確かに。
ってなってて
うちって結構そういう
こういう雰囲気でやってるんで
デザインこだわりたい
とかそういう方も多い中で
エンプティないんやな
みたいな人が数人やっぱおって
めったに言われないですけど
ないんすよみたいな
オーガニックのコットンとか
42:00
あるし、最近は再生ポリのTシャツとか
あるんですけど、これがないんですと
ってなった時に
あ、そうなんや。別にそうなんやで
終わりますけど、僕の中で
そうなんやで終わったらあかんよな
みたいな
お客さんのニーズに応えられてない
ないとか
ないとかないよな
で、当時は
よりアパレル
な感じでも持っていきたかったから
当時そのゴーヘンプとか
ホープヘンプっていう
日本の
メーカーさんで
アパレルなんやけど無地っていう
説明難しいんですけど
アパレルやけど無地
っていうブランドさんがあって
それを
ここに置きたい
それをお客さんがチョイスしたら
いいんかなって当時は
仕入れてやろうっていう
流れで思ってたんやけど
なんとなくやっぱ向こうさんも
うちアパレルやからな
さっきのユニクロにすったら
あかんっていう話と同じこと
結局近くに
卸し先があるから
その人に確認せな卸せやんとか
アスレとかってそんなないんですよ
使ってくれる人に全員卸すんですけど
やっぱアパレルの考え方なんで
そこがずっとやってくれてるから
そこから買ってとか
ちょっと話がね
ややこしくてちょっととんざ
とんざでもないけど
このライアム無理なんやってなんとなく
僕は忘れてたんですよ
で
3年の営業の中で
ちょうどねこのパフパフの
この時
2021の時
2020年
2020年の時に
メイドインワカヤマの
パフパフを作るんですよ
これは
たまたま
A.GIRLSっていう
キメディラにある会社が
あるんですけど
テキスタイルメーカー
アパレルメーカーさんがおって
そこに先輩が働いてて
メイドインワカヤマのTシャツ
作りたいんよなって言った時に
作れるようちで
作らしてもらったんですよ
ワカヤマで作れるんや
その時にワカヤマのニットがすごい
とかを知ったんですよ2020年に
で
そっからこれを作って
結構これ完売してないんですけど
なんかこう
でワカヤマ伝えたいとかもずっと
当時から思ってたこともあったから
なんか一個の
好きなことやってるだけじゃなくて
こういうワカヤマのためになることが
結構立体的に見えた感じがよくて
これいいなみたいな
でその流れで
なんかヘンプのことを
これ作ってて久々に思い出したんですよ
ヘンプないから
作ったらええやんみたいな感じに
思って
で
言ったんですよ
じゃあいけるでみたいな
ヘンプって
そのゴーヘンプホップヘンプさん
それが悪いんじゃないけど
海外製なんですよ
45:01
メイドインチャイナとか
日本の国産で
加工用で
なんやったら
僕らで言うとワカヤマで
作ってなおかつプリンタブルっていう
この三本柱の価値観のもの
できたら日本にない
って思ってて
でその絵柄さんに相談したら
ちょうどその
岡崎ニットさんっていう男が
麻とかアムーンを
すごい得意
ヘンプも繊維が
まばらなんで
アムーンが非常に難しい
されてるもので
僕らの場合はそこにコットンを
混ぜて
一本の糸にして
強さとか柔らかさを補って
編んでるんですけど
そのテンションが
合うとこであまな編めない
っていう流れで
そこの部分を
使えばこれは可能だよ
と
これ可能だよって
じゃやろう
えー
あんまり深く考えない
めっちゃニーズがあったから作ったとか
言うわけじゃなくて
そんなんじゃないです別にニーズとかは
僕らの業界にないっていうのは
ニーズですけど
でもまあまあ
続けて
どうなるかやなっていうのは思ってたから
とりあえず作ろうみたいな
で作って
でロゴももちろん考えて
カタログも作って
やっていこうっていう
これはだから今年の3月に
立ち上げなんで
おー
うん
立ち上げの前に服って
1年ぐらいかかるんですよ作るのこれ
めっちゃ時間かかるんで
前倒しが結構ある
3月に
立ち上げのローンチの
イダキ袖ジニアでイベントしたんですけど
その前倒しがもう1年ぐらいあるんで
結構長いですよ話が
それでまあ
加工用の
無事をPRしていく
んですけど
今年
もう終わりかけですけど
1月に
OGBSって言って
オーダーグッズビジネスっていう
僕らの業界
にプラスはんことか
要ははっぴとか
タオルとかオリジナルの
ニーズにある人らが集まってる
まとめてる
出版社さんがおって
そこ主催で
こんなプリンター出たよとか
僕らの業界向けに
やってるイベントを
大阪でやってる人がおるんですね
で
僕はまず同業種に
この編本売りたかったんですよ
だからプリンターもやってるけど
メーカーもやると
これが同業種がどう見るのやろうな
って思ってそこに
僕1回出展して
報告も出したんですよ
じゃあ
48:00
みんな無いって分かってるんで
めちゃめちゃ問い合わせきたんですよ
引くぐらい
めっちゃ来るな
でもやっぱ自分らのコンセプトって
これが海外製やったら
僕は作る意味ないと思って
要は安くしたら
海外で作ったらもっと安いし
もしかしてやれることは
あれでもそれやろうと思ったら
何十万枚作らなあかんとか
またロットもすごいし
自分らでやれる範囲じゃないし
別に何より
それだったら作らんでいいんちゃって
なりそうやし
自分らの加工用で
国産で
編本っていうこの3つを
崩さんとこと思ったら
ある程度値段もエネラーするんですよ
エネラーしますね
それをやっぱこう
まず同業種に見せた時に
さっきの話戻すと
注文取るブローカーさんと
加工屋さんが別なんで
なんでこんな高いん
とか
日本製とかそんなのじゃなくて
僕らはどんだけ
高いボディでも1枚いくらなんだよ
みたいな話とか
トータルで売ってないですね
みんな
だから業界的に
そうなるかっていう
めっちゃみんな興味あるけど
ネットに
載せといたら売れる
これすごいね
業界にゴフェアってあれですけど
ウェブに
僕らって直接こうやってお客さんに
提案するから価値が生まれるものもあるんやけど
ウェブとかって
物が乗っかってるだけやから
立体的にその魅力って
見えないし
みんな
ある程度薄いゴツいとか
なんとなくいつものやつとかで
選んでるぐらいですかボディ
ボディにそこまでこだわる必要あるんか
っていう同業界の意見
問い合わせめちゃくちゃ
きたけど
高いとか
業界からの
こんなのとなじめへんのやな
って1月に
分かったんです
それと同時に自分らの
立ち上げのイベントも
企画してたんで
そこはある程度自分らの
ボディに
加工も自分らでやって
打ったりとかもしたんで
こういう世界はあるな
っていうか自分らが
初めは下ろして
打ってもらおうと思ってたんですけど
これを機に
なんか
そういう価値観を持ってる
アパレルさんとか
人らと僕らが直接
組んで打っていかないとな
っていうちょっと
変わったんですよ
まず初めは下ろして
いっぱい価値観分かってくれたら
嬉しいけど
値段もそうやし
売り方が分からへん
いまだかつてない高さ
加工用で
こんなすんのみたいな
感じだったんで
それをみんなで打っていくっていうのが
51:02
すごい
ある程度価値観分かる人らと
一緒にやらんと
魅力が伝えづらいし
その人もなぜこれを使ってるかを
ちゃんと説明できる
むしろ使いたいっていう人じゃないと
売れないなってなったんで
だから
この路線もどんどん分かってきた
アパレルと組むっていう
アパレルさんとか
今ほんま日本で
使っていただいてるとこなんかは
アパレルさんとか
もしくはその
もちろんグッズっていう時代に
今なってるんで
東京の板金屋さん
板金屋さん
人によったら
うちの板金さんっていう
ところからうちのグッズに
ワッペンをつけて
販売してくださってるんですけど
そこなんかむしろ
このボディを使ってると言いたいし
むしろその
言わないとこの値段で売れない
何よりやっぱその方たちが
今までこういうボディを
使ってきて自分ら売ってたんですけど
自分らは
職人っていう
部分を伝えたいのに
なんとなくそのボディとかに
違和感があると
職人感がないというか
こだわりが
もっとこだわれる方が自分らのコンセプトに
合ったものが売れるのに
ちょっと違ったんですと
それがこれを見た時に
なんか知り合いの知り合いとか
口コミで聞いて
いきなり問い合わせくれて
それを出すことによって
自分らが今やってて
何を伝えたいかっていう
板金っていう仕事を通して
伝えたいことと合致するんで
このボディをぜひ使ってグッズにしたいんですと
こういう人がおるんやとか
思ったし
そういう意味では
こういう路線で
一緒になって売っていくっていうスタイル
なんやなっていうのは
この1月からいろんな
7月に
3月にして7月
東京のビッグサイトとかで
今度はアパレル寄りの
卸さんとかが来るようなイベントにも
和歌山県で
出演させてもらったりして
いろんな意見を聞いて
ここで売っていくんやなっていうのは
ある程度わかったんで
今度はそこでどうしていくかっていうのが
今次のフェーズにいってる感じなのかな
と思ってますね
今
なるほど
なるほど
そしたら
ブランド初めてプリントショップ
やって
オリジナルのボディも作ってって
いう流れで今来てるんですけど
なんかこの先
の展開として
こんなことやりたいとかって
いろいろ計画はされてると思うんですけど
そうですねなんか
めちゃくちゃこうってないですけど
ビジョンとしては
やっぱ自分は
元々
本当に好きでやって
54:01
初めて
周りにはもちろん支えてくれる人たちが
おって続けてきてっていうのはあるんですけど
今はその
この価値観を一緒に伝えたいっていう仲間が
僕とのぶ以外にも
今数人いてるんですね
あとメンバーでいうと
あと3人いるんですね
僕入れてあと4人おるって
その中で
和歌山とさかいに
来年またオープンしようか
っていう時に
自分は
組織としてどういう動きを
していかなあかんとか
いろいろそれはあるけど
なんかこう
何やろこう
やっぱり和歌山でこうやって
自分の中で感じたことを
なんか
圏外に出したいなとも思ったし
あとは
あとは何て言うんですかね
なんかこう
和歌山の
良さも
外に出したいし
その外に出したい
和歌山で感じたことっていうのは
どういう部分ですか
なんか
僕個人的には和歌山
好きで
こう
和歌山独特な
ミックスされてる文化みたいな
ちょっとね
ラジオ始まる前に話したんですけど
そういう部分が
僕はいいとこやと思ってて
それがなんかこう
圏外に
出せたりしたら
面白い反応になっていくん
かなあとか
もちろん仕事としても慣れ足すのは
あかんねえけど
そこが面白くなったら
面白いなあって思うし
あとはやっぱり
いろんなとこに
自分らも進んでいくことで
見えてくるものもあるやろうし
やっぱりこう
自分らってこうやっぱ
服作るのって
仕事で何でもそうかもしれないですけど
僕ら物作りやってますけど
やっぱりこう
メーカーさんって決まってるし
要は
この機械を使っているとこが別に珍しいわけでもないし
要は別に
自分らは特別じゃないですよ全然
この機械があるんで
これできますっていう
感じというか
もちろんそこに
こんだけやってきたんでっていう技術はあるかもしれないですけど
自分らはほんまに
ねえ
物作りってもちろん技術もそうですけど
情熱とか
ノリってめっちゃ大事だと思ってて
そういう部分を
いかに対するにしつつ
あとは
技術の
使い方を考えていくというか
差がつかへんから
っていうのと
57:00
あとはやっぱこう
外に出ていくことによって
もう一個
先を見据えてやりたいというか
やることによって
もっとこんなことが
おもろいんちゃうかとか
こんなになったプリント屋ってどうなんやろうとか
そこを
自分らが今やっていることを
自分らで壊しにいくというか
っていうのは思ってますよ
自分らが特別じゃないんで正直
あとはその見せ方とか
いろいろある中で
どんどん
いかに
今まで見たことないとか
常識とかって
時代的にはもう何でも調べる時代じゃないですか
そこをどう壊していくのを
やっぱ自分らが壊していかんと
あかんなと
自分らのことというか
そこは思ってたりするんですよね
進んでみないと
その次のとこは見えないよね
っていう感じで
そうですね
その感じやっぱある
結構すでに
オリジナルな存在というか
プリント屋さんで
オリジナルブランドもやってて
オリジナルのブランクボディも作ってて
あんまりないですね
基本ないんですよね
なくて
最近はものづくりの
イベントとかも携わらせてもらったりとか
あとは単純に
岡山で
いろんなディレクションの仕事とか
いまだに
広告を販売してたりとか
結構そのなんか
異質っちゃ異質
やけど
結局その人になるためのことを
やりたいというか
そこはすごく
自分の中のコンセプトやし
なんかありますけどね
すごく
辻岡さんの
会社というか
仕事と別に個人として
なんかどうなっていきたいとか
なんて
考えたりされてるんですか
全然ないですね
ないというか
なんか
今こんだけ話しといてって
思うかもしれないですけど
自分でやりたいことってあんまりなくて
やりたい
あくまでも人ありきで考えてるんで
堺もその
結果としてオープンしますけど
堺も
なんていうんですかね
今回その堺一緒に
頑張っていこうよ
っていう
新太郎って
なんかこう
新太郎
とやろうってなって
今堺に住んでるから堺なんですよ
別にだから市場的にすごい
いいとかは別に考えてなかったです
別に
だから新太郎がもし和歌山で
1:00:02
例えば
海南で
海南やったかもしれへんし
一緒にやりたいっていう
ベクトルの中で
その子が堺に住んでて
どこで一番楽しめんねんみたいな
話で堺いちゃおうかなみたいな
じゃあ堺やな
みたいな
なんでもそうですけど
ケイズもそうやし
誰かが
きっかけを与えてくれて
与えてくれた
自分がやりたくて
最終的に自分が選択してるんですけど
やりたいんよな
って感じじゃなくて
なんか
やってみた結果
なんかが出てきたときに
そのチョイスが
いかに
面白いかを人に決めてもらうっていうか
だからこう
堺のその
いだきそもそうですけど
僕がいだきそジニアでやりたいなと思ってたわけでは
別になくて
全然違って
僕はこれは確かに
突き進んでた
ですけど
この神社で
チームいだきそっていう
チームがあるんですよ
思い入れ作ろう系チーム
っていうのがあるんですけど
なんていうんですかね
この自分がやってることに対して
ちょっとその
いだきそ神社さんが
万葉集で
朝もよしっていう言葉があるぞ
と
朝もよしのもは
もう福するのも
当時の段階で
和歌山は朝を育てて
福を作ってたっていうのは
言葉に残ってるんだよと
神社さんが
教えてくれた
メンバーがおって
で
おってなったらしいですよ
ふだいきやってること
じゃないんだよ
で
それも同時にというか
かずあるくんっていうPAの方と
みきくんっていう先輩がおって
ほぼ同時なのか
ここで話したことが僕に伝わってきたかわかんないですけど
いいんちゃうみたいな
カルチャーというかストーリーとして
グッとカルチャーと
その場所と合致しているから
立ち上げのイベントするには
いいんじゃないの伊達祖神社みたいな
話になって
僕の中で
それがいいか悪かっていうより
僕も
信頼してる方々というか
日頃からもちろん信仰があって
自分のことを
思ってくれてる
じゃないけど
だから
ここでやりたいかどうっていうより
この流れはやるしかないみたいな
流れでここは決まった
流れなんで
そこはすごく自分の
生き方というか
哲学的なとこは結構そこで
決めてるすべて
1:03:00
あまり
自分がやりたいからっていうニュアンスで
決めることが少ないです僕は
やりたいって
やりたいって言った方が誰かを意識してます
この人が言うんやったら
やろうかな
できるなとかやろうかな
そういう流れが僕は多いんですかね
わりと
その辺が結構
なんか
なんとなく自分もそれやってたんやけど
神社さんで
イベントやった時に
自分の生き方って
あんまり分かってなかったんですけどね
なんかこう
神社さんでトークショーやった時に
奥さんっていうネギさんがおるんですけど
僕のこと
いい意味で
人に流されていく
っていう表現をしてくれた
なんとなく自分もしっくりきたというか
そうなんやなって僕もそういう生き方してる
自分として流れる川を
よく知っておいたら
どこに流れていっても
楽しめんちゃうかな
川をチョイスしていこうみたいな
そうですね
そこに誰が流れてるか
とかがすごい大事だったりとか
自分でその川に
ジャボーンって感じより
難しいんですけど
そこは人ありきで
僕は進んでるんだなっていうのが
すごく感じた
だから
タイミングがなければ
ずっとないこともいっぱいあると思います
そういう意味では
っていう感じなんかなと思ったりしてるんですけど
やっぱ人も好きやし
やっぱ人で動かされてる部分が
自分が多いんやなって
思ったりはしてて
そういう部分はなんかあるんじゃないかな
と思いますけどね
長時間ありがとうございました
なんかすごい面白かったです
これからやりたいこととかも
どんな人に出会うかとか
周りの人がどういう思いを持ってるかに
かかってきてるっていうような感じで
勝手にかかってるというか
なんかそうなんですよ
自分がこうしたいっていうのは
あまりないので
その時の
タイミングとか
感じで
イメージ
そっから逆にイメージ膨らましていく方が
僕は多いかもしれないですね
川の流れを
よくしとこうっていうのめっちゃいいですね
ねえ
うん
確かに
だからもうあまり選択肢とかがないまま
流れていけたら
いいんじゃないですか
迷いは少ないですよね
少ないですねやっぱ
そこに集中できるというかね
そうですね
そういうのがなんか自分の中でも
1個なんかあるようには思いますね
なるほど
ありがとうございました
1:06:00
ありがとうございます
ちょっと
締めに入っていくわけなんですけど
毎回ゲストの方に
お伺いさせてもらってるんですけども
辻岡さんがなんか
今和歌山で気になってる人とか
この人のルーツ的な話を
聞いてみたいとかっていう人って
いますか
僕は
いろいろ
ずっと考えてて
誰なのかな
って思ってたんですけど
はい
いろいろ考えました
はいありがとうございます
結果
僕が
この後その人の
チョイスして
こんな感じで
ねおりはおり
聞かれていくんやったら
知りたいなっていうのは
結局
キスタピュアかな
その3かなっていう
なんか
自分もすごく長くさせてもらってて
はい
あんまりそんな話せえへん
ので
なんかね
自分らのいろいろ考えたんですけど
なんか
僕は
自分のやっぱ分岐点
な方ってやっぱ
思ってますし
なんか
僕と
松本さんを
知ってる人からしたら
やっぱそうかってなるんかもしれないですけど
自分の中では
今回の企画としては
ねおりはおり
そこを聞くんやみたいなことが
自分としては
そこが
また僕が聞いてみたいとこもあるし
なるほど
仲いいけど改めて
聞くようなこと
なかなかタイミングもないでしょうし
そうなんですよね
それはねやっぱこう
なんか
思ってます
はい
それで
まあ
そうですね
ありがとうございます
そして最後に辻岡さんから
何か告知とかってありますか
そうですねまあ
とりあえずというか
来年の
1月10日に
プリントショップ
ウッディーズの2号店が
オープンします
リスナーさんが
どういう方たちかちょっとあれですけど
一応その1月10日
オープンするんで
何か引き続き
オリジナルの面白さとかを
一緒に
体現できるような方たちが聞いていれば
ぜひというところを
知ってもらって
告知できればなと
まあなんせ頑張りますんで
頑張りますというか
そこ今店づくりも
まだちょっと現在進行中で
やってるんですけど
年内出来上がって年明けから準備して
1:09:01
10日からオープンしようかなと
思ってるんで
ありがとうございます
和歌山の方のウッディーズは営業時間的にはどんな感じなんですか
一応
休みが
水曜日日曜日
祝日なんですよ
月間木金の週5日空いてて
営業時間は
朝10時から
1時
1時間休憩挟ませてもらって
一応2時9時
2時から7時ですね
2時14時から19時
です
何かオリジナルなものを作りたい方は
ぜひって感じで
とりあえず
正直どんな状況でも
来てもらっていいと
ちょっとこんな
ラフもないぐらいの時
ラフどころかというか
こんなんあったらいいのにな
みたいな
あったらなというか
何が楽しいんか
というのも
聞いてほしいぐらい
それぐらいゼロで
ゼロやったら
こういう膨らまし方しませんか
とか
話の中でみんな結局膨らんでいくんで
そこが自分らの
あえてフェイスとフェイスで
やってる魅力なんで
まずフラッと来てもらって
ぜひ
一緒に楽しい話できれば
って感じですね
プリント方法もいっぱい増えてますし
何でもできる
ということで
服作りを趣味にしたい方も
ぜひということで
服作りを趣味に
しませんか
いやらしいですね
でもほんまにすごく
面白いものだと自分らも思ってるので
ぜひお願いします
ありがとうございました
最後に白石くんから事務連絡お願いします
事務連絡させていただきます
キセンラジオは
スポティファイやアップルポッドキャストなど
各種音声配信サービスで
配信しています
感想などは
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この人の話を聞いてみたいというリクエストや
番組改善のための
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オープニングとエンディングの楽曲は
お寿司のともみさんのOur Youngです
Our Young
お寿司のともみさんの楽曲は
スポティファイで聞けるほか
お寿司のともみ通販サイトでCDも購入可能です
こちらもぜひチェックしてみてください
というわけで
本日は行動会社
若山ウッディーズの辻岡大輝さんに
ご出演いただきました
辻岡さんありがとうございました
ありがとうございました