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  2. #23 手帳に万年筆で手書き
2023-10-16 15:32

#23 手帳に万年筆で手書き

Web日記を毎日書いていたのですが、手帳に万年筆で書くスタイルに移行して、この3ヶ月半ほど続けています。その中で感じたことについてお話ししました。

Summary

手帳に手書きでメモを書くことにより、継続性がありそうでかっこよさそうなものを買って使用しています。書き味が良くて万年筆を使っているので、自分の思考を見直すことができ、人間関係のケアについても学んでいます。手帳には万年筆で手書きでメモというか日記というか、そんなものを書いていますという話を中間報告しています。

手帳と万年筆の使用
こんにちは、栗林健太郎です。
今日は、手帳に手書きでメモを書くことについて話したいと思います。
この3ヶ月ぐらいですね、手帳に、万年筆でメモというか日記というか、
まあ、なんかそういう新編雑記みたいなものを書いています。
この前はずっとウェブに日記を毎日書いていたんですけど、
両立できるかなと思ったんですが、
手帳に書いているものをただ写すみたいな感じに恐らくなるので、
ちょっとめんどくさいなと思って、
ウェブに日記を書き続けることのメリットってもちろんあるんですけど、
自分が楽というか、続けられる方法をまずは取ってみようと思って、
しばらくはウェブ日記を書かないでですね、手帳の方だけを書いています。
手帳は英語の手帳を使っていて、
なんていうやつかちょっと忘れましたが、すごくシンプルで、
見た目的にも個人的にテンション上がるようなかっこいい感じのものをたまたま見つけたので、
それを使っています。
あまりこだわりないのでいいんですけど、
基本的には同じようなものを使いたいんですよね。
なので、継続性に何がありそうなもの、
なんかかっこよくても、これ何年後にはもうないんだろうなみたいなのは、
ちょっとあまり使いたくないので、
継続性がありそうでかつかっこよさそうなものを買いました。
モレスキンとかでも全然いいというか、
モレスキンとかすごい継続性ありそうなんで、
とってもいいと思うんですけど、
なんとなく別のものにしました。
手帳はあまり何でもいいんですよ。
重要だなと思ったのが、万年筆を使い始めたんですよね。
万年筆というものを購入したこと自体も初めてですし、
ほとんどそれまで使ったこともなかったので、
どんな感じかというのも分からなかったんですけど、
たまたまYouTubeを見ていて、万年筆の動画が流れてきて、
いいなと思ってそれで買って使い始めたら、
すごい書き味がいいというか、
ボールペンと違ってさらさら書けるので、
これはすごいいいものだなと思って。
手帳に字を書き続けるのが続いているのは、
確実に万年筆のおかげだなと思っています。
その万年筆も今4本目ですかね。
最初入門用みたいなのを買って、
それはそれでよかったんですけど、
その後もうちょっといいものがあるかもと思って、
ラミーのサファリという定番のものですけど、
それを2本くらい買ってみて、
今使っているのはツイスビーという台湾の万年筆メーカーのエコーというものですね。
7000円くらいだったかな。
7000円というとそんなに安くはないんですけど、
万年筆の機構としては、
本格的な機構がその価格帯で使えるというのは、
割とリーズナブルなものであるらしいです。
その機構ももちろんいいんですけど、
書き味もすごくよくてですね、
それを使った後に他のものに戻ると、
ちょっと不満が出てくるような、
それくらいいい感じに書けるもので、
この3ヶ月半くらいノートに字を書き続けられているのは、
まさに繰り返しになりますが、
万年筆のおかげだなというふうに思っています。
手帳に書いている内容と人間関係のケア
何を書いているかというところなんですけど、
何でも書いているというか、
何でも書いてないですけど、
いろんなことを書いているわけですね。
Web日記に書いていたのは、
基本的にインターネットに仕事の内容とか、
あまり書かないようにしているので、
それは書いちゃいけない内容ももちろんあるし、
仕事のことを書くと、
ちょっと微妙な話になったりしそうだなという気もしてですね、
あまり書かないんですね。
もちろん登壇するとか、
原稿を書くとか、
仕事で得た知識からそういう内容にするということはあるんですけど、
そういうのは抽象化するので全然問題ないんですけど、
毎日の日記みたいな流度で書くときは、
ちょっと生々しい感じになっちゃうんで、
あまり仕事のことは書かないようにしています。
あとはこれは言うまでもないというか、
当たり前の話ですけど、
愚痴みたいなこととかネガティブなことっていうのは、
基本書かないようにしているわけです。
紙の手帳の方にはですね、
仕事のメモみたいなのも書くんですよね。
こういうことやらないとなとか、
誰がこう言っててこう思ったとか、
これ良かったとか、
この発想はなかったなとか、
次のプロジェクトこういうことやってみようとか、
そういうメモみたいなのを書いてるし、
あとは一番多いのは、
やっぱり自分の思考の見直しとか振り返りが多いですかね。
それは仕事上のこともありますし、
普通に本とか読んでその感想みたいなところから、
そういうふうに思ってなかったなとか、
感想を書く中で自分はこう思ったみたいなことを書いたりとか、
だからあんまりただメモ的なこととか感想的なことだけというよりは、
それによって自分の思考というのを見直して、
ブラッシュアップするみたいな、
そういうことを書くことの方が多いかなと思います。
例えば一例を挙げると、
Take Me Higherっていうポッドキャストがあって、
それをこの一月、二月ぐらい聞いてるんですけど、
女性の方が二人で話をしていて、
自分とは全然違う世界の人なんで、
興味深いというか、
全然違う考えとか話題とかについて話されてるんで、
面白く聞いてるんですけど、
その中で人間関係をケアするみたいな言葉使いがあったんですよね。
人間関係をケアするみたいな発想自体が、
そもそも自分になかったなというのが面白くてですね。
思い返してみると、
自分自身はあんまり年賀状出すとか、
あるいはそこまでいかなくても、
親なり友人なりにLINEとかでメッセージ送るとか、
そういう特に意味はないんだけど、
人間関係をつなぐというか、
そういう類のコミュニケーションってほとんどしないんで、
ただ周りの人とか、
あるいは自分の妻とか見てても、
そういうのをしょっちゅうやってるわけですよね。
メッセージ送るとかはもちろんそうだし、電話したりとか、
あるいは何かしら贈り物を買って送ったりとかですね、
お土産とか、お土産じゃなくても、
これあの人にいいかもとか言って買ってあげたりしてるんですよね。
そういうのを見ていて、
なんというか、そういうことだよな、
そういうことだよなってなんかわかんないですけど、
人間関係ってそういうふうに維持・構築されていくものなんだよな、
と改めて思ったりしてですね、
そういう話を書いたりしてるんです。
で、そっから前に別のポッドキャストで話したりしたんですけど、
男の人っていうのは、
そういうある種の気づくろい的なコミュニケーションっていうのをあんまりやらないと、
それに付随して自分の弱みを見せて、
弱みを見せ合う中である種の関係性を築くみたいなことが苦手だよね、
みたいな話がある本であってですね、
その話をしたんですけど、
手書きによる思考の展開
まさに今のもそういうことなのかなと思っていて、
だから別にそういうコミュニケーションしないからダメだったことはないんですけど、
そのこと自体がある種の良くない男性性の無意識の発露によってそういうことが起こってるんだとしたら、
それは改めることも必要かもしれないなみたいなことを思ったりしてですね、
そういうのを書いてる間に、
別に最初からそういうことを思ってたわけじゃないんですよ。
最初は人間関係をケアするって面白いなみたいなことを書いてたんですけど、
そういうことをメモしてる間に、
そういえば前そういう話したなとか、
あるいはこれって良くない男性性の発露みたいな、
一般化するとそういう話なのかもしれないなとか、
そういうふうに話が発展していって、
自分でも最初思ってたよりは考えが深まっていくというか広がっていくというか、
そういうことが起こってくるわけです。
これはもちろんパソコンでキーボードで書いていてもそういうことは起こり得るんですけど、
なんとなくうまく言えないですけど、
手書きをしてるからそういうことがあるのかなというふうにはちょっと思ったりするんですよね。
パソコンのキーボードで書いてるとやっぱ入力がすごく早いんで、
事務的になるというか、書くべきことだけを書いて終わるみたいな感じになって、
ためがないみたいな感じなんじゃないかなと思うんですよね。
手書きしてるとやっぱり書くのも遅いし、キーボードに比べればですね。
だからその間に何か思考がぐるぐる回って、
書いてる間に書く手のスピードが遅いから、
その間に頭の思考が先に行って、
書いてる文字を読み返しながら書くわけですよね、書くときって。
で、思考の動きと読み返しの長さみたいなのがうまいことリンクしたときに、
ちょっと別の発想に移り変わっていって、
そこから今まで自分でも思ってなかったような、
そういう話に展開していくみたいなことがあるのかなとちょっと思ったりしてます。
これは単に今思いついてそういうことなのかなって思いながら話してるだけなんで、
手帳によるメモと活動量の増加
実際どうなのかわからないですけど、
そんな良さも現実に起こってるんで、
それはWeb日記書いてたときにあんまりなかったんですけど、
Web日記のときは事務的にこういうことがあったとか、
こういうことを思ったぐらいのことしか書いてなかったんで、
そこからちょっと違う形で書けるようになってきたっていうのは、
割と自分の思考を見直す上でかなり良かったなと思いますし、
それでその思考がアップデートされたりとか活性化されて、
自分自身のいろんな面での活動量っていうのも書く前よりは増えつつあるような実感もあるんで、
これは良いことだなというふうに思っています。
思えばインターネットというかパソコンを普段から使うようになる前、
具体的には僕が中学生ぐらいの頃ですけど、
中高生の頃はずっと手書きで日記を書いてたんですよね。
本当に部活が終わってから寝るまでの間ずっと日記を書いてたんじゃないかぐらい、
ずっと文章を書いてた気がするんですが、
そのときもそうやっていろんな考えが膨らんでいって、
ある種の自分の性格、精神が形成されてきたということはあって、
今から思うとそれが必ずしも良いことかっていうのはちょっとわからなくて、
ずっと一人でやってると自我中毒的というか、
若くもあるんで考えがぐるぐるしてしょうもない方向に行ってたんじゃないかなという気はしますけれども、
それはそれで考えが広がるきっかけになったのかなと思っていて、
それから20何年ぶりに手書きを主にするようになったわけですけど、
とても良いこともあったんで、これからも続けていきたいなとは思っています。
ただ結構いろんな人に言われたのが、
ウェブ日記が読めなくなって残念ですみたいなことは結構言われましたね。
しょうがないですよね。
そこを両立する良い方法があればなとは思ってるんですけど、難しいですね。
書いてるのを例えば写真に撮ってアップするみたいなことは可能ではあるんですけど、
なかなか仕事の話とかも書いたりするよっていう話をしましたが、
そういうこともあるんで、そのままアップできないし、
かといってそういうのを打ち消したりしながら写真撮ってさらにアップするみたいなのだとすごい怠いんで、
絶対続かないと思うんで、そういうことは多分やらないかなと思います。
あとは万年筆がやっぱり決定的だったなと思うんで、
やっぱり書く楽さみたいなのは非常にここでも重要だなというふうに思っております。
そんなわけで、今日は手帳に万年筆で手書きでメモというか日記というか、
そんなものを書き続けているよという話の中間報告みたいなことをお話ししました。
それではさようなら。
15:32

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