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Vol.361 レジャー、ホタル、戦国時代の名残まで!新発田市議長・湯浅さんに聞く松浦地区の魅力 20260904
2026-09-04 26:30

Vol.361 レジャー、ホタル、戦国時代の名残まで!新発田市議長・湯浅さんに聞く松浦地区の魅力 20260904

今晩9/4の 敬和キャンパスレポ は、

新発田市議会議長の湯浅佐太郎さんにお越しいただき、新発田市「松浦地区」、その中でも松岡のことを中心に、その魅力についてお聞きしました!

城山温泉や新発田城カントリークラブなどのレジャー施設が充実している松浦地区⛳

実はここ、戦国時代の山城や古戦場の名残があり、さらに1250年以上の歴史を持つ石動神社もあるんです⛰️

春先のバラ、初夏のホタルなど、季節の魅力も🌹✨

「松浦って、そんな場所だったの!?」と思うような話を、湯浅さんに伺います!

エフエムしばた で21時から放送!ウェブでも聴けます📱 ➡️https://shibaradi769.com


MCは小竹、伊藤。


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サマリー

新発田市議会議長の湯浅佐太郎氏が、新発田市松浦地区、特に松岡地区の魅力を語る。教育環境改善への情熱から市議会議員となり、議長として市政運営に携わる湯浅氏。松浦地区には戦国時代の城跡や古戦場、1250年以上の歴史を持つ石動神社が存在し、春のバラや初夏のホタルなど、季節ごとの自然の恵みも豊かである。一方で、自然の豊かさと受け入れ体制の整備との間で、地域活性化に向けた課題も抱えている。

番組紹介とゲスト紹介
スピーカー 4
敬和キャンパスレポ。この番組は、新発田市富塚にある敬和学園大学の大学生が、大学に関わるイベントや人、柴田のことなどをテーマにお届けします。
敬和キャンパスレポは、実践するリベラルアーツ、敬和学園大学の提供でお送りします。
みなさんこんばんは。この番組は、敬和学園大学から大学のことや新発田、新潟のことを伝える30分番組です。
スピーカー 3
今日の進行は、国際文化学科3年の伊藤さくらと、国際文化学科4年の小竹ひまわりです。どうぞよろしくお願いします。
今日は敬和キャンパス機構8回目として、再び新発田市内の話題に戻りまして、松浦地区の松岡周辺を取り上げたいと思います。
聖籠町から通っている伊藤さんは、ちょっと地理的には離れていますが、この辺り行くことはありますか?
そうですね。野球部のメジャーをしていて、その時に雨でグラウンドが使えない際は、多目的広場があるので、そこで野球をするのに使ったりしています。
スピーカー 3
地理的には多分私の方が通っているんですけど、ここ松岡だと思って通ってはないんですよね。今日は知れたらいいなと思っております。
というわけで今日は、新発田市内の各知育などの魅力を発見する小さな旅として、新発田知育のことをより深く学んでいくということで、松浦知育の話を伺うことにしました。
ゲストは、新発田市議会議長の岩澤佐太郎さんです。どうぞよろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
市議会議員になったきっかけ
スピーカー 4
では、私伊藤から岩澤さんのプロフィールをご紹介させていただきます。
岩澤佐太郎さんは、新発田市松岡のご出身で、2011年4月に新発田市議会議員に初当選され、当選4回、2025年には市議会議長に就任されました。
スピーカー 3
岩澤さんは、市議会議員になろうと思われたきっかけがあれば、もし教えていただきたいです。
スピーカー 2
市議会議員になろうと思ったのは、私が中学校のPTA会長をしまして、新発田の中学校、小学校に、なんとパソコンの少ないことだと。
ちょうど14、15年前なんですけど、私は他所の知育でパソコンを売る商売をしてまして、学校にもパソコンを売っていたんですね。
ところが新発田に帰って、自分の子供たちが通っている学校に、なんでパソコンがないんだろう。
先生がパソコン一台でずっと並んで待っているという状況がありました。
スピーカー 2
新発田ってなんでこんなに遅れているんだろう。教育の町と言いながら、全然そういうことができていない。
ということで非常に不満を感じまして、いろいろと友達とかに話を聞いていきましたら、学校も多かったし子供も多かったんですけど、そういうところに力のもう一つを分散していたんだろうと。
なのでこれはちょっと、私は消防団をやってまして、子供たちとか知育のために何かできないかなと思って、
友達からのバックアップもありまして、市会議になろうということでなったのがきっかけでありまして、それからもはや16年になりました。
スピーカー 3
4回ってことは人気が4年?
スピーカー 2
4年ずつ、16年。
じゃあ4回連続。
スピーカー 2
おかげさまで、みなさんのおかげであります。
スピーカー 3
素晴らしい。
スピーカー 1
きっかけもなかなか子供のためだったり。
スピーカー 3
なろうと思って行動を起こせる人は、私だったら起こせないんで。
スピーカー 2
ちょうど新発田市のシピーレンっていうPTAの会があって、私新潟県のPTA連合会にも参加しなくて、そういうタイミングだったものですから、やっぱり子供たちだとか行政だとか教育だとかに非常にいろんな情報が入ってきて、
新発田はこれでいいんだろうかということを非常に疑問に思ったのがきっかけだったんですね。
他所の知育もいろいろ大変なんですけど、子供たちのために何かできるだろうということで、頑張って1年復帰しましてなりました。
スピーカー 3
ありがとうございます。
私の小学校にもいっぱいパソコンがあったのは、もしかしたら岩浅さんのおかげかもしれない。
スピーカー 2
そうかもしれない。
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
今でこそ当たり前のようにタブレット、全員に1台ずつありますけど、あの頃は本当に視聴各室にもパソコンなんかなくてですね。
それで子供たちもパソコン自体が高額だったために、なかなか家庭に入り込むには時間がかかったんでしょうけど、学校の先生が持ってても使えないっていうのがおかしいですし、子供たちの部活、私も野球やってまして、子供たちと野球やってる時に先生がパソコンの業務に時間を取られて、
部活で子供たちが教えられないなんて子供たちはかわいそうだろうっていうのもありました。
さっさと業務を終えて、子供たちの部活の指導に当たってくれれば、子供たちの野球のチームも強くなるだろうし、子供たちも自分たちがやっぱり先生にいろんなことが聞けるだろうし、それが部活の原点じゃないかと思ったのが始まりでしたね。
スピーカー 3
ありがとうございます。
議長としての役割と経験
市議会議員4期目ということなんですけど、議長に今はなられているということで、議員としての活動と少し違うところだったりはあるんですかね。
スピーカー 2
議員としては知育の要望だとか困り事だとかっていうのは行政に挙げて解決をするっていうのが議員の一つの仕事ではありますが、
24人いる議員の中の議長としては、議員皆さんがやりたいこととか思っていることとかっていうのをある程度まとめて、行政と実際のところで施策をどうするかとか、仕事をどうさせるとか、予算をどうするかっていうところに、まず真っ先に私のところに情報が入ってきます。
それで議会事務局と相談をしながら、毎年4回議会がありますので、その議会でどういうふうなテーマ、テーマって言い方が大きいんですけど、こういう予算があります、こういう行政の施策があります。
これについてもっと議員に知らしめて、議員がどう思っているか、議員がどうしたいかっていうのをまずは相談したりして、研究したりして、そして4回ある議会に立ち向かうと。
そして予算だとか決算に対して新発田市の議会はどうなんだ、新発田の予算はどうなんだということをある意味全体をまとめるという仕事になるので、自分の知育のことだけを優先してやるとちょっとおかしいことになるので、全体のことを考えやるというのが議長の仕事としては非常にやりがいがあるという仕事になろうかなと思いますね。
4期目ですよね。議員を3期目までなされて、今回4回目になったじゃないですか。ここから議長ということですね。
スピーカー 3
経験があるから。
スピーカー 2
そうですね。新発田市議会の場合は議長になる必要な要件としては3期以上勤めている。逆に言えばそういうことで、行政とか施策もある程度、各行政の各課の仕事とか予算とか業務もある程度知っているという前提でやらないと、最初の1年目の議員の方と10年目の議員の方とやっぱり同じ机の上で話をするには、
ある程度まとめなくちゃいけないので、ここで経験も必要だし、知識も必要だし、やっぱり市長との直接話をする時も、市をまっせつのことではなくて、新発田市としてどうしたほうがいいかということも考えなくちゃいけないので、逆に言えば議員の方々にもちょっとそれはちょっとまだ早いだろうと、それはこうこうじゃないかということをしながら持っていくという方向で、ベクトルを一つにするという形なのかなと思いますね。
スピーカー 3
最低12年に必要ということですね。
スピーカー 2
3期以上だよね。あとは間にいろんな政党の方々も中にいらっしゃいますので、社会保障がどうするだとか、だから子どもたちをどうするかということも含めて、あなたそう言うけど新発田の全部の予算の中で全部ができないんだよねということはわかりますよねとか言いながら議員の方々にもお話をしたりするというのが仕事になりますね。
スピーカー 1
新発田のことなら何でもお任せあれみたいな。
スピーカー 3
橋がとりあえず壊れたりして直してほしいなと思ったら、岩瀬さんにお願い。
スピーカー 2
予算の配分というのがありましたね。あと優先順位についてもあるんですよ。道路が壊れたりするのもやっぱり市で直さなくちゃいけないし、橋が壊れたり災害が起きたり水害が起きたりするときも、やっぱりどっちも壊れたときにどっちを先に直すかというときに、これは行政も選択するんですが、議会としてもそういう理由であればわかりましたと。
必ずそれには理由が必要だし、根拠が必要だし、予算としての配分が必要なので、だから自分の周りの橋が壊れたら何とかせよと言っても、他の周りの橋も壊れたりすると、どっちが先ですかというときに、議長だから勝手に議長ばっかりいいことしてるって言われたらやるでしょ?
やっぱりそうですよね。皆さんそう思いますよね。自分のことが後になってしまうということも中にはあるんですよ。
スピーカー 3
市長と議会がどっちもそうしようとならないと実行できないんですよね。
スピーカー 2
だからそれには市長が言う理由と根拠と、議会もそうは言うけどこっちをっていうふうな責め嫌いも当然出てきますけど、それは当然ですよね。市民の側と市長の側では違うけども、やっぱり市民としては自分のことを早く直してほしいと思うし、市長としてはみんな直してあげたいけど、みんなを直せるだけの良さがないですよと。
そうしたらどっちが先ですかってことを考えなくちゃいけないんで、その理由をちゃんと、今の市長は本当に我々と関係が非常に良いですから、こういうところはもうちょっとこれは待ってくれということはちゃんと言える中であるということは今非常に良い関係だと思います。
兼ね合いとか優先順位とかっていうのも、しっかり考えてやってるんだなって。譲り合いですよね。
スピーカー 1
そうですね。自分たちは新発田のあそこ側とか。
スピーカー 3
なんかここボコボコなんだけど。
スピーカー 1
ちゃんと優先順位の中で決められて。
スピーカー 2
やっぱり行政と施策、施策ですから、穴が天いてる道路、人が通行したり車が通行した時に事故が起こっては絶対行けませんから、通行量が多い少ない、人口が多い少ない、通りが多い少ない、道の真ん中か端っこか、県道なのか国道なのか市道なのか。
細かい。
そうですよね。
スピーカー 1
いろんなことを考えてやらないといけないですよね。
松浦地区の歴史とレジャー施設
スピーカー 4
では前半はここまでです。
敬和キャンパスレポ
今日の敬和キャンパスレポは、敬和キャンパス機構の8回目として、地元新発田の松浦地区について、新発田市議会議長の岩澤佐太郎さんにお話を伺っています。
スピーカー 3
後半もよろしくお願いします。
新発田市の温泉といえば、月岡温泉が有名ですが、松浦地区には城山温泉があり、ゴルフ場の新発田城カントリークラブもありますよね。
スピーカー 3
新発田城からちょっと距離があるように思いますが、城という文字がついているのは何か理由があるのでしょうか。
スピーカー 2
はい。新発田城というのが昔からありまして、西暦でいうと1500年ちょっとの時期に、新発田司芸という人が城を持っていました。
そこで植杉とかと戦っていたという史実、古戦場があるところなんですね。
今の水口藩の新発田城は江戸時代の新発田城、水口藩、十何代続いた城の跡なので、その前の戦国時代のお城があったところは新発田城と昔から言われているところなんですね。
なるほど。もともと松浦の方に城があったんで。
山城がありました。
スピーカー 3
で、今の新発田城に建て直されたみたいな。
スピーカー 2
そうですね。水口藩が入付されて、全然違う方が新発田藩を作られたと。
ですからその頃は、今のテレビでもそうですけど、織田信長だとか豊臣秀吉だとか植杉賢氏だとかが活歩している頃の新発田城であって、非常に霞山城だとか新発田城だとかいうのがあって、戦をしていた時代の地名になっていました。
地強化温泉というのもあそこにありますが、開刀100周年とは言いますけど、実はずっと前からあそこは凍地場だったので、ちっちゃいながらもお湯が沸いていたと。
ですから江戸時代からもあそこに住んでいた方々は、あそこでお湯を使って癒していたということは聞いていました。
でもやっぱり戦国時代はお城は敵が来づらい場所にあるというイメージなので、山の上とか跡が残っているところ、城跡とかってやっぱり登っていかないといけないイメージなので、今ある新発田城はすごい行きやすい場所にあって。
スピーカー 2
あそこ平城ですから、平和な頃の城ですよね。
春日山城だとか長岡もそうですけど、新発田城も攻めにくい山の上の城で、あそこの宝城橋とかの知育には昔古戦場があって、900人以上が戦場で亡くなったというところでもあるようです。
田んぼとか土地をちょっと掘ってみると刀が出てきたり、その頃のものが出てきたりするということでも有名な戦場なんですね、あの辺は。
で、山々で水原だとか、それからゴズだとか、のろしをあげながら通信をしていた。煙をあげる。煙で情報を伝達していたというような記録も残っていると聞いたことがありました。
スピーカー 3
水原も頑張って掘れば、もしかしたら何かと。
スピーカー 2
水原もいろいろな大火傷があったり、いろいろありましたので、結局昔の要所ではあったんですね。
特に関東方面から来る要所と、実は新潟の松岡から赤谷に通っていくと、太平洋に抜けたりしていく要所の地ではあったというふうに聞いています。
今の加治川も信濃川も赤一戸も、こんな綺麗な川ではなくて、もっと入り組んでいた川だったし、山を伝って歩いていましたから、みんなは。
その時の要所の城ではあったということは間違いないと思います。
スピーカー 3
掘ってみましょう。
松浦地区の自然と由来
スピーカー 4
松浦地区の中でも、岩田さんの地元は松岡というところになるようですね。
スピーカー 1
1955年に新発田市に合併するまでは松浦地区は松浦村であったというふうな記述もありましたが、松がすごいついているんですけど、
由来とかその場所でよくあるじゃないですか。知育の名前はその場所の特徴だったり。
スピーカー 2
松の丘ですから、松が非常に多かったです。ですから松竹が多くて、に聞いています。
いじみの公園の奥にもそうですけど、昔から松竹が採れていたんですね。
松竹も採れていましたし、山の上から山鳥、うさぎ、山で暮らしている人たちは山で焚き木をとって、壇をとっていましたし、
食べるものもやっぱり山が自分たちの宝であったということは昔からあります。
ですから松竹というのは自分の孫にも採れる場所を教えないというくらい、自分の地元の方々がちゃんときれいに管理していたんですね。
ですから今は誰も管理しなくなって松竹も採れなくなりましたけど、だから逆に言うと熊だとか猿だとか猪が出てきているのはちゃんと管理されていないから出てくるんですね。
昔はちゃんと管理して、植林をしたり、川を整備したり、魚を捕ったりして、食生活から自分たちの日常生活をそこで賄っていたというのが山というのが非常に大事なところであったし、
浜手も当然人はいましたけど、水害が来るたびに流されていますから、やっぱり山手の方に住む人たちの方が昔は人口が多かったんです。
特に新潟県内もそういうところが多いですから、山手路があったところはそういったところが特徴としてあると思います。
スピーカー 3
松竹を採りに行こうかなと一緒に思ったんですけど、ちゃんと整備されていないと松竹はできない。
スピーカー 2
そうなんですよね。ただ最近松食い虫も多くていじみの子が多いんですけど、松食い虫が多いのはちゃんと手入れしていないから松の木がやられちゃうんですね。
スピーカー 1
でもあの辺りすごい松の木があるから、すごい手入れをするって言ってもどこから手をつけていいかわからないかもしれないですね。
山は深いんですよ。
スピーカー 2
あの辺りにも荒川県竜郷というのがあったり、山は深いんですけど山の林道があったりして鳥も非常に多くてですね、
赤翔鱗という非常に有名な希少な鳥もあったり、すごいカメラマンが山の中に入ってきていますね。
スピーカー 3
すごいカメラマンが?
スピーカー 2
そうなんですよ。それで鳥の写真を撮りに来ている人もいますし、山は深いんで。
634mに標柱を立てて山が好きな方々はたまにクマに会ったりしますよね。
スピーカー 1
そうですね。
そうですね。整備がされていないからクマが出るって言ってましたもんね。気をつけないと。
スピーカー 3
気をつけないと。クマスプレーを持っていかないとですね。
戦国時代の合戦場と地名
スピーカー 1
あと少し先に聞いた話なんですけど、北条橋についても少しエピソードがあるということで。
スピーカー 2
新発田茂家と上杉の戦いの時に北条橋という橋がありまして、松浦の田んぼで合戦を繰り返していました。
その時に900名以上が亡くなっているんですけど、その時にやはりちっちゃな橋があちこちにあって、
その地で橋が真っ赤に染まったと。そこを赤い橋という、今でもその地名と橋が残っているぐらい合戦場の跡だったということを
やはり証明するような地名と橋の名前が残っている。やはりそれぐらいの合戦場だったということをやはり表していますよね。
スピーカー 3
当時の橋のままなんですか?整備されているんですか?
スピーカー 2
昔の木ではないです。木で作った橋ではないんですけど。
例えばいろんな橋の名前が残っていますけど、赤い橋というのはそのまま残っています。
スピーカー 1
すごいですね。新発田城、山の方にある新発田城の橋の話もそうですけど、全然知らなかったし、そんな橋だとは思ってなかったので。
スピーカー 3
そんなちゃんと戦争がこんな近くで戦場があったなんて。びっくり。
スピーカー 2
赤い橋というのはどういう意味で描くんですか?
普通に赤い橋とかあります。
井は? 井戸井。
スピーカー 3
普通に通ったらわからないな。
スピーカー 1
ゾワゾワするけど行ってみたい気持ちになりましたね。
気づかないですよね。
スピーカー 2
なかなかわからない。
スピーカー 4
ちょっと血しぶきついているとかじゃないですか。
スピーカー 3
違いますか?大丈夫ですか?
スピーカー 2
観識でも観識でもついている。わからないと思う。
松浦小学校跡地の活用と地域
スピーカー 4
2018年には松浦小学校があり、知育の文化の拠点であったわけですが、おしまいつつ閉校。
現在、松浦小学校の校舎はフットサルもできる多目的運動場として整備されているようですね。
スピーカー 2
そうですね。室内練習場、フットサルということではありますけど、
公式の野球であったり、難式の野球であったり、
あとはおじいちゃんおばあちゃんのバットミントンとかいうのもやってますし、
スピーカー 2
あとは避難所としても使えるくらい整備された多目的運動場としてです。
結構毎晩のように明かりついて使われている方が多いみたいですね。
スピーカー 1
それこそ使っているんですけど雨の時は。
建物自体はしっかりしているので、ちゃんと避難所としても使えるなって思うし、
まあまあ人気なので、雨だけど今日使われてないかなと思って連絡してみたりして、
今日はちょっと他のところがとかっていう日もあったりするくらい、
しっかり使われている場所なので。
スピーカー 2
ありがたいですね。
他の小学校もいろんなスポーツクラブ、サッカーだとかバットミントンとか卓球いろいろ使ってはいるんですけど、
あれほどネットでガラスが割れないように、または人工芝できれいに整備されているところは、
なかなか市内でもそんなにないので、頻繁にやっぱり多く好まれていると聞いていました。
そうですね。ありがとうございます。
松浦地区の季節の魅力と課題
スピーカー 3
私正直言うと松浦地区のあたり、普段意識せずに通り過ぎてしまっているような気がするんですけれども、
時間のある時に立ち寄ってみると面白いスポットなどがあれば、ぜひ教えていただきたいです。
スピーカー 2
はい。最近松岡の村の上、山の裾にため池というのができました。
これはやっぱり秋口の干しヒカリだとか、しんのすけという米が水がないと困る時があるので、
その水を確保するというのでできました。
そのすぐ下にバラ園というのがありまして、春先のバラは結構あっちこっちからお客さんが来て見に来るバラ園もあります。
その上、6月の末になるとホタルがきれいなんですよ、松岡の川は。
だいたいホタルは土側溝だとか、綺麗に整備された川でなかなか出ないというのがあるんですけど、
スピーカー 2
松岡川は数が半端でなくて、あっちこっちから写真を撮りに来る人たちが橋と橋のところに集まって写真を撮っているくらい、
6月中旬から末にかけてはホタルが非常にきれいなところ。ぜひ来てください。
スピーカー 3
春はバラ、初夏はホタル。
水がきれいだとホタルが集まりますよね。
スピーカー 2
そうですね、基本的に水がきれいではない。
スピーカー 1
昔はおばあちゃんとかがここら辺で飛んでいた時とかで話を聞くので、また水がきれいな証拠ですよね。
ホタルが見えるところがいっぱいありますし。
でも見える期間がすごい。
中旬といっても行ったら早くていなかった時とかもたまにあって、本当に時期を狙って行かないと通わないと。
スピーカー 2
特に夜が遅いので、6月中旬は7時くらいまでは明るいんですよ。
そうするとちょうど見えるのが8時とか8時半とかになるので、車で来るとライトを点けるじゃないですか。
ライトを消して早くとか言いながらみんな集まってくるので、
その時間になるまでみなさんが集まってくるのが遅いかもしれないですけど。
スピーカー 1
近隣の方とかが教えてくれるんですよ。
まだもうちょっとだなとか。じゃあ今日帰るか。
スピーカー 2
子どもたちも多いので、例えば手すりとか、ちゃんと見学するようなエリアがなかなか整備されていないので、
川に落ちないように見るのが大変なんです。
スピーカー 1
そうですね。真っ暗だと。
スピーカー 2
あと美味しいうどん屋さんも最近できたので、新州屋といううどん屋さんもあります。
知育の方々がもっと新発田市だとか、多くの方々にアピールした方がいいんじゃないですかという方もいるんですけど、
その受け入れ体制がなかなかできていないので、
川を落ちたり車でぶつかったり、子どもたちが暗いですから、危ないじゃないですか。
何かあったら一番困るし、夜になるとさっき言った熊とかイノシシとかが、
もしくは川の上流の方でぶつかる人に怪我させたりすると悪いので、
なかなか今どうしていいかわからない。環境を整備するのか、大事にホタルを見守るのがいいのか、
非常に知育としては難しいところなんですね。正直言いますけど。
ぜひここで知っている人がまたちょっと増えたので、
優しい人が増えてくれると、よろしくお願いします。
スピーカー 3
ぜひぜひ、ありがとうございます。
石動神社と法納相撲
スピーカー 3
今日の敬和キャンパスレポは、敬和キャンパス機構の8回目として、地元新発田の松浦地区について、
新発田市議会議長の岩澤佐太郎さんにお話を伺いました。どうもありがとうございました。
スピーカー 2
ありがとうございました。
スピーカー 4
さてエンディングです。
スピーカー 1
先ほどまで松岡の話をしていただいたんですけど、行ってみたいなと思ったりしていたんですけど、
スピーカー 4
新潟って神社とかも多いじゃないですか。なので松岡にも何か。
スピーカー 2
松岡には石塵神社という神社がありまして、つい3年前に1250年祭というお祭りをしました。
新発田には大須賀様という新発田総神後というのがあるんですけど、
その大須賀神社よりも遥かに古くから松岡に神社がありまして、
新潟県は神社仏閣が多いところでは知られていますけど、その中でもおそらく一番古い神社で、
スピーカー 2
おやしろもちょっと大きいですけど、ずっと松岡のど真ん中にあって、
林に敷けた中にあるので、なかなか一般の方々は分かりにくいところに建っている神社ですけど、
スピーカー 2
ここで8月のお盆には子供たちが子供みこしを担いでお祭りをしたり、
無病息災と五穀豊穣、これから因果会が始まりますけど、
すごい村の人たちにとっては守り神となっている神社になっています。
ぜひ遊びに来てください。
土俵もありまして、新発田の宝にもあるんですけど、
昔から法納相撲というのをやっている土俵もありまして、
加治川にもありますけど、その土俵があったんですけど、
今は本当に何箇所しかなくて、そのうちの一つ、松岡の石垣神社のところに
法納相撲をする土俵もあります。
ぜひ見に来てください。
スピーカー 3
ありがとうございます。
番組情報とエンディング
スピーカー 4
では、今日の放送はこの辺で。
敬和キャンパスレポは、X、note、Instagram、YouTubeなどで番組情報を発信しています。
番組名、敬和キャンパスレポで検索して、フォロー、チャンネル登録よろしくお願いします。
今日の敬和キャンパスレポ終了の時間です。
スピーカー 4
みなさん、おやすみなさい。
敬和キャンパスレポは、新潟で始める新しい国際教養、
敬和学園大学の提供でお送りしました。
26:30

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