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皆さん、おはようございます。親の終活相談室、室長のけーこです。 この配信では、40代、50代の方に向けて、親のこれから老いとか、介護とか、
葬儀とか、終活とかね、そんなお話をちょっと分かりやすくお伝えできたらと思ってお話をしております。今日はね、昨日のお話の続きで、人に頼るということについてちょっと考えてみたいなって思っています。
皆さん、人に頼るのって得意?私は結構苦手。 昨日、ダイエットの伴奏支援を受け始めましたっていうお話をしたんですけれども、
そんな中でね、やっぱり最初は自分で頑張ろうって思って、
するんだけれども、そして、さらに人に頼るのがあんまり得意じゃないよなっていうことも思ってました。
なんでかなって思うと、まず第一には、人に迷惑をかけないって、
それ大事?みたいな風にね、それこそが自立ですっていうのを教わってきた世代な気はします、すますになっちゃった。
また、なんだろう、こんなことをお願いしたら迷惑かなとか、
自分でできることは自分でやらなきゃとか、人を利用してるみたいで嫌だなとか、
もしくは、説明するより自分がやった方が早いし、後から修正お願いするのもまた大変だし、みたいな。
そんなのがいろいろ絡まりまして、人に頼るって苦手なんだろうなって思っちゃうんです。
私の年代の人、結構多いんじゃないかなって思っているんだけれども、もしくは日本人があんまり得意じゃないような気もするって、そういう文化ですよね。
そんな性もあって、昔研修とかでトラストボールってやったことないですか?
後ろ向きに立って二人一組で、後ろにいる人を信じてそのまま倒れよ、みたいなめっちゃ怖いやつ。
これで何を学ぶかっていうと、後ろの人が受け止めてくれるっていうことがわかるから倒れれるよねって、
それがわからなかったり、後ろに人がいないかもとか、あとはすごい体格差があったり、後ろの人が怪我してたりして、
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絶対私は支えられないだろうなって思うと怖くて倒れれないよね、みたいなね。
そんなことを研修のアウトブレイクみたいな時にね、やったね、みたいなそんなことを、アウトブレイクじゃないね、アイスブレイクでやったね、みたいなそんなことを思い出すわけですよ。
こういう中で学んでたのはやっぱり、誰しも彼氏もにいついかなる時も倒れるみたいなのはやっぱりダメだと思うの、相手も自分もね。
しょっちゅう人を支えてるのは大変だし、ちょっと今無理ですみたいな時がある。
でも倒れてきてもいいよっていうふうにお互いに心構えをしていれば倒れれるねっていう、そういうことだなと思って。
だから、倒れるのって信頼だなと思ったんですよ。
この人なら今なら大丈夫っていう信頼があって体を預けれる。
こういう信頼って、この人にはちゃんと私を支えてくれるだけの能力と余力があるなっていう信頼と、
あとはこの人は裏切らずにいいよってどっか行っちゃうとかじゃなくて私を支えてくれるなっていうね、この2つの信頼がないと倒れれないんだなっていうことを思います。
だから人に頼るってでもそれで思うとさ結構高度なことですよね。
得するわけじゃなくて、自分ももしかしたら怪我を負うかもって思いながら、でもこの人ならお願いしても大丈夫だねって思って自分のコントロールをちょっと手放すみたいなね。
そういう覚悟、もし仮に自分の目が誤ってて怪我したとしてもそこも込めてその人のことを信頼できるかみたいな、そういうことかって思ったんです。
私多分これがちょっと苦手だったりするのかなって思いました。
もう一つ考えたのが、もう相手のことは去っておき、もうこうバーンって投げ出しちゃうみたいな状態になった時に、
これは利用するっていうことなのか、もしくは自分だけ得するみたいな考え方で頼るみたいなものがすごく、
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何だったっけ、利他の逆?利他の逆って自他?あれ?違うね。自他だったら自分と他人になっちゃうね。利己。そうそう。利己主義みたいで嫌だなって思ったわけなんです。
相手の気持ちとか都合とかを無視して、とにかく自分のためだけに相手、人を使おうとすることっていう風なのも自分として嫌。
思っていくと頼るっていうのはお願いしてもいいですかって相手に聞いて、相手がその選択肢を持ってて、で、いいよっていうその、なんて言うんでしょう、契約関係ではないけれど、双方の合意のもとに行ってくれる、そういう関係なのかなって思ったんです。
で、なんでそれを言ってるかっていうとね、なんか人を助けるってすごく褒められたりね、称賛されたりするんだけども、そうじゃなくて、実は心理学とか農科学の中ではね、人を助けたり支えたりする行為そのものが助ける人にとっての幸福感になるの。
社会的つながりっていうこともできますが、だから、うん、なんか頼られると嬉しい。役に立ちたいとかボランティアとかそういうことかなって、ありがとうって言われるのも嬉しいし、誰かの、言われなくても誰かの役に立ったっていうのがすごい嬉しい。
私はこの役に立ったときにすっごい嬉しい。この間のクロコの話じゃないけどね、そういうタイプなので、そうやって思うと、またお仕事とかのときでも、なんか頼られるのってちょっと嬉しくないですか。
しょっちゅう投げられるんじゃなくて、もうあなたにしかこれが頼めないって言われて、自分の尊敬する人とか自分の好きな人から頼まれたらもうご褒美みたいな感じになっちゃうじゃないですか。
だから、そうやって思うと、頼るっていうのは相手から何かを奪うことじゃなくて、あなたの力貸してもらえませんかってお願いされることは、あなたの力が必要ですっていうことを伝えることもあるなって思います。
だからね、誰かからちょっと聞いてとかちょっとお願いしていいとかあなたに相談したいなって言われるとね、結構嬉しくなっちゃう。
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そんなことをね、私が昨日あんな配信をしたらですね、お一人の方がちょっと相談に乗ってくださいっていうメールが昨日来てね、私なんかすっごい嬉しかったの。
だから、お返事配信じゃないけど、あ、頼る、頼られる、こういうことだよなってちょっと思ったんです。
もちろん全部が全部、何でもかんでも投げられるのはちょっとこうしんどくなっちゃうけれども、でもそういう関係性の中で、なんかこう頼ってくれたんだって嬉しいし、自分が誰かを頼ることってそんなに悪いことじゃないのかもしれないなって最近思い始めました。
あ、はい、すいません。今日もダラダラ喋ってたらもう10分じゃんね。
なので、無理無理結論に持ってきますよ。
あ、はい、親の介護とか考えるときも、だからね、家族だけで全部頑張ろう、やらなきゃ迷惑かけちゃいけないとかいうふうに、昔の人だと、お上のお世話になるのは、みたいなふうに考えちゃう人もいますが、
はい、そんなふうに抱え込まなくてよくて、もしくは誰も助けてくれないって頑張りすぎて意固地になることなくって、
必要なところはね、できる人の力を借りたり、知恵を借りたりって大事な気がするっていうふうに思っている。
木山姉さんに相談したり、介護サービス使ったり施設に頼ったり、あとはご近所の人とかお友達にちょっと助けてもらったり、そんなことがね、いいんじゃないのかなって思うよっていう話でした。
なので、私みたいにね、なんか昔からの教育でどうしても人に迷惑をかけないことイコール素晴らしいみたいなね、それこそ自立みたいなふうに思って縛られちゃってる人がいたら、
何て言うんだろう、必要な時に周りの人に助けてって言える、それも自立、自分を立するんじゃなくて自分で立つために周りの人に助けてとか、
これ困ってるのって言える力があるのって素晴らしいことだなって思いますっていう。
そんなお話でした。今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
それでは今日、ちょっと自分一人で頑張らなきゃって思ったこと、ほんの一つだけ、周りの助けてくれそうな人にちょっとこれお願いできませんか?とか、これ助けてほしいですっていうことをね、具体的に言葉に出してみたり、できたらとっても素敵かなって思います。
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今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。それではまたね。