1. 経営懐疑〜ビジネスの当たり前を疑う会議〜
  2. 「サーバントリーダーシップ」..
「サーバントリーダーシップ」を懐疑 #006
2026-03-18 26:56

「サーバントリーダーシップ」を懐疑 #006

お便りは⁠⁠⁠こちら⁠⁠⁠にお願いします!

感想は #経営懐疑 とつけてXでもぜひ!

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、「サーバントリーダーシップ」という、リーダーが部下のために奉仕する姿勢を重視する考え方を疑います。一般的に良いとされるこのリーダーシップスタイルに対し、支配的なリーダーシップが有効な場面も存在すると論じます。特に、失敗のコストが高い状況や、明確なパターンが存在する業務、クリエイティブなコンテンツ制作など、状況に応じてリーダーシップのスタイルを使い分けることの重要性を解説しています。経営者は、サーバントリーダーシップを前提としつつも、必要な場面では支配的なリーダーシップを発揮するメタ認知を持つべきだと結論付けています。

サーバントリーダーシップとは何か
それでは、今日も経営懐疑をやっていきたいと思います。
ヒトシです。
カンタです。
経営とかビジネスとか、その他いろいろなことを疑っていこうという番組です。
はい。
今日は何を疑いましょう?
今日はですね、サーバントリーダーシップを疑ってみたいなと思うんですけど。
これって結構知名度のある言葉ですか?
どうだろう、あんまりないかもしれない。
意外と、確かに言われたら聞いたことあるけど、意味は調べないとわかんないなっていうくらいの言葉でしたね。
マネジメントとか、管理職になる人とかが、どういう管理職がいい管理職なのかみたいなことを考えたときには、大体出会う言葉なんじゃないかなとは思うんですけど。
マネジメント手法の一つ。
手法というよりは、マネジメントに対する考え方、スタイルみたいなことですかね。
そうか、リーダーシップですもんね。
こういうリーダーシップはいいんじゃないかみたいなことですね。
で、サーヴァントリーダーシップに対して、サーヴァントってサービスだから、法師的なリーダーシップみたいな、日本語が多分一番直訳なのかなって思うんですけど。
それに対する対義語的なものは、支配的なリーダーシップ、上位かたつみたいな、俺が言ったら従えみたいなものに対して、そうじゃなくて、リーダーっていうのはチームがうまく回っていくための、
法師をする人だとチームを機能するためのサーヴァントであるっていう、法師者であるっていう考え方がサーヴァントリーダーシップだと思うんですけど。
で、やっぱり。
いわゆる傾聴大事だよねとか、そういうことですかね。
そうそうそう、傾聴大事だよねとか、共感が大事だよねとか、なんか命令じゃなくてちゃんと合意するとか強調するとか、納得感をちゃんと作っていくとか。
僕のいる界隈が特殊なのかもしれないですけど、サーヴァントリーダーシップの方がマジョリティな感じがありますね。
ですよね。
で、一般的に良いとされているので、この番組では疑っていきたいなと思ったんですけど、今の何か概念としてはいいじゃんって感じですよね。
そうですよね。
むしろ時代はそちらに流れてるんじゃないかと思いますよね。厳しい上司とかトップダウンで命令、指示というよりは、共感してメンバーの自発性で結果を出すみたいな。
今から疑っていくということなので、ちょっとこうサーヴァントリーダーシップが必ずしても正解じゃないんじゃないかというポジションを取って今からしゃべるんですけど、
僕がそうしたいわけじゃないんで、あくまで疑ってみることで本質を探ろうということなので、そこだけちょっとね、注意事項として先に。
支配的リーダーシップが機能する場面
逆の立場で。
逆の立場を考えてみようと思うんですけど、やっぱりこうサーヴァントリーダーシップみたいなものが前提としている良い組織像みたいなものって、
さっきひとしさんが言ってくれたように、自律的だったり自主的だったり、自らみんなが成長していくとか、すごく恐怖じゃなくて内的動機づけで成長していくみたいなことを良しとするっていうのが大前提にあるじゃないですか。
はい。
であればリーダーは支配的な振る舞いじゃなくて、奉仕をするサーヴァント的な振る舞いをしたほうが、それが起きやすいだろうということがまず前提としてあると思うんですけど。
はい。
でももしそうであれば、もともとだから支配的なリーダーシップに対するアンチ提示としてサーヴァントリーダーシップっていう言葉が出てくるという経緯が歴史的にあったというふうに認識をしてるんですけど、
もしそのサーヴァントリーダーシップが本当に万能で有効なのであれば、最初からそれになってたはずじゃないですか。
うん、確かに。
でも多分支配的リーダーシップの方が先に来ているっていうことは、なんか別に支配的リーダーシップが機能していた時代や機能している環境ってあるんじゃないと。
うん。
そこをちゃんと理解しないと、なんかちゃんとサーヴァントリーダーシップもできないんじゃないかなっていう気がしてるんですよね。
なるほど。
なんか支配的リーダーシップの方がうまくいく状況みたいなものを一緒に今から考えてみると、
逆にサーヴァントリーダーシップがうまくいくとかサーヴァントリーダーシップが必要とされる状況、環境みたいなものももうちょっと理解できるんじゃないかなって思ってるっていう感じですね。
なるほど。確かに。
リーダーシップ、支配的ないわゆるリーダーシップがうまくいく環境。
うん。まあ言ったら怖い上司がいる環境ですよね。
で、命令されると。
うん。
これ例えば軍隊とか多分そうですよね。
うん。そうですよね。その自発性とかに基づかれたらちょっと困っちゃう。
困っちゃうだろうなって感じしますよね。
経験がないから本当に困るのかわかんないですけど。
何なんだろう、それは。
そう、何かいくつかポイントあるんだろうなって思うんですけど、
まずその、何て言うんですか、こういう時はこうするみたいな何かパターンが明確に事前に定義できてるっていうのが一個条件としてあると思うんですよね。
その時には必ずこういう時にはこうしなさいっていうことを徹底しないと、
例えば人が死んだりとか、大怪我をしたりとか、チームがすごく大打撃を受けたりみたいな時って、
そこは失敗から学ぼうとかじゃなくて失敗すんなみたいな感じになるわけじゃないですか。
で、何かそこがもう最適化されたパターンとして明確にあるんであれば、死の後の言わずにやれ一択になるじゃないですか。
そういう時って支配的なリーダーシップの方が徹底させるっていう意味では機能しそうですよね。
確かに。
あと、従う側も従っておけばめちゃくちゃメリットがあるって思える。
確かに。
だからそれは年収が上がるなのか、めっちゃ力がつくなのかわかんないですけど。
もっとプリミティブに怪我しないとか死なないとかもそうですよね。
そうですね。従う方がめっちゃかなりメリットがある状態であればいい。
昔建設系の会社と仕事してた時とかに建設現場って本当に油断すると怪我をしたりとか最悪の場合死亡事故とかも起きちゃうから、
やっぱり安全管理みたいなものに関してはそこはもうやれ一択なんですよね。
そこはもう強制するし、やってなかったらブチ切れるみたいなことも含めて、その方がいいよねっていうこともあるじゃないですか。
本当に事故とか起きたらシャレにならないんで。
例えば、お医者さんの手術してる時に嫉妬医がサーバントリーダーシップでみんなで考えて自律的に行こうねってちょっと怖いじゃないですか。
怖いっすね。
メスって言って、今はメスじゃないと思いますかって言われたら困るじゃないですか。
メスの気分じゃないんですね。
みたいな状況はむしろ、その空間、場においては支配的なリーダーシップの方が機能しそうだなって思いましたね。
クリエイティブな現場におけるリーダーシップ
確かに。なんかコンテンツ作りってどっちもあるんですよね。
いいですね、確かにそうかもしれない。
これはなんか僕ずっと面白いなと思ってるんですけど、めちゃくちゃクリエイティブのことわかってる人がめっちゃ引っ張るのも大事なんですけど、
でもその人に見えてない面白さが世の中にめっちゃあるのに、それ拾えないっていうゲームがもういっぱいあって。
例えば外力チャンネルっていうYouTubeの人生深堀る番組とか、多分もう100万人以上、何百万人とか登録いるんですけど、
あれもあのディレクターの方は若手時代にずっとテレビ局内で提案してたけど、面白くないというか権力上通せなかったやつを自分でYouTubeでやり始めて大ヒットしたみたいな。
なるほどね。
なんか評価、わかりやすさ、わかりにくさっていうのがありそう。
確かに確かに。でも例えばいいコンテンツを作ろうって思った時、プロデューサーとかディレクターとかっていう立場の人ってそうだと思うんですけど、
やっぱり統合的に意思決定する人って、やっぱりみんながそれをちゃんと従ってくれないと統合されていかないみたいな時ってあるじゃないですか。
いいコンテンツっていった時にいろんないいコンテンツがあって、みんなが各々思ういいコンテンツを、
各々でやってもいいものになるとは限らなくて、むしろしっちゃかめっちゃかというか軸を失ってわけわかんなくなることの方が多いじゃないですか。
そうするとディレクターとかプロデューサーとかって言われる人が圧倒的な権力を持ってすべてを決められるっていう方が、
少なくともその人の面白いっていうのは実現されるじゃないですか。
そうですね。
で、多分その方がうまくいくから、ある程度エンタメ業界ってまだそのカルチャーが残ってるんじゃないかと思うんですよね。
そうですね。
そこでじゃあサーバントリーダーシップが本当にいいのかっていうと、どうだろうなーって思いますよね。
確かにな。
確かにな、なんか企画の世界観が壊れるから、それはここではやっぱやるのむずいわっていうのは、
ありそうじゃない。
面白いかもしれんけど。
それはお前の番組でやってくれみたいな。
みたいなのはあるかもしれない。
お前のコンテンツでやるのはいいけど、俺のコンテンツは俺の面白いでいくからなっていうのは多分あるじゃないですか。
ありそうですね。
で、さっきの合わせて整理すると、すごく失敗のコストが高いとか、やることが決まっている、パターンが決まっているみたいなときに、
しっかりと、こうのときはこうみたいなのが、ちゃんと統制が取れることっていうのがクリティカルであるみたいな仕事。
でも一緒か。結局、統制を取るっていうことが仕事のクオリティに直結するみたいなときには、むしろ支配的なリーダーシップのほうがうまくいきやすい可能性ありますよね。
そうですね。一旦個人のウェルビング的なのを抜いて言うと、サーバントリーダーシップのほうがクオリティが高い場面を考えたら見つかりそうだなと思って。
さっきのクリエイティブの話だと、その場面あるなって思ったんですよ。
おのおのがいろいろ試行錯誤したほうが良くなる場面あると思うんで。
なるほど。
何かというと、例えばですけど、僕がいろんな経験をしてきたことを、例えばをティーチャーティーチャーにもう一回言うと、
よしじゃあティーチャーティーチャーをショート動画にしてみようときに、おのおの思い思いの面白いと思うショート動画を作ってもらって、いろんな人に。
そっからいろんな目を、この形めっちゃおもろいっすねって見つけたりとか、不確定なときのいろんなアイデアを見つけるみたいな、そっちのほうがたくさんのアイデアが出てくるみたいなときは、
サーバントじゃないか。
確かに。
クオリティ上がるの。
まあだから、確かにね。
みんながいろいろ考えて工夫して、
そうね、実験的な試行錯誤だったりとか試行回数みたいなものがクオリティに直結していくみたいなときには、確かにみんなが自律的にやってくれたほうがいいですよね。
統制コントロールをしっかりしようとすると、その指示を出す人がボトルネックになるじゃないですか。
例えばさっきのショート動画の例だと、こういうショート動画とこういうショート動画とこういうショート動画を作ってっていう指示を明確に誰が聞いても迷いのないように指示を出すみたいなことができないと、
その統制型、支配型のリーダーシップではアウトプット出ないけど、みんながおのおの目的とゴールだけ共有して、そのためにあなたがいいと思う、それぞれ作ってって言ったら、並列してみんなでおのおの指示を明確な指示がなくても何かがアウトプットされますよね。
その中からいいものを抽出していくとか、それを統合していいものにしていくとかっていうことが価値とかクオリティに直結するときには確かにサーバント型のほうが機能しそうですね。
僕がコンテンツ作りに引っ張られすぎててあれですけど、もう一個今思ったのがあって、クリエイティブとかコンテンツってどうしても今あるマイナーなものからいかにずれたものを出せるかみたいなのがあるじゃないですか。
ってなったときに統制的にやるのって相性悪いなと思って。
例えばショートドアこういう作り方でこうやってってフォーマットにした瞬間に、ある程度うまくいくものもあるかもしれないですけど、もうそれ世の中にありふれてるよねにしかならないコンテンツになっちゃうんで。
だからうわおもれみたいなコンテンツは本当マイノリティの人が考えるなんか光るものから出てくるなっていう体感があるって感じです。
逆もあるなと思って。
みんなでやると凡庸なものしか出てこないみたいな。
なるほど。
逆に自分のそこのなんていうんですか、感性っていうものが最もこの場面によって重要であるみたいなときには、むしろ支配型の方が新しいものができる。
確かに確かに。
僕が思ってたのも若干支配型でした。
みんなにアイデア出してもらった中からこれがいいじゃんっていうのを選ぶわけですから。
確かに。
やってることは初めてですよね。
結局。
でもね結局マネジメントの仕事ってそこで判断した意思決定することって一つの仕事ではある。
リーダーとして結局、みんなの意見をフラットに扱いますっていうのってそもそもリーダーシップが取れてないと思うんですよね。
その中でチームとしての決定みたいなことはリーダーの仕事の一つではあるから、決めるというところにおいて多少支配的な側面っていうのはやっぱりありますよね。
サーバントリーダーシップの限界と経営者のわがまま
支配型かサーバント型かが一旦分かりやすく分類してますけど、ゼロイチではないですよね実際はね。
そうですね。マジで軍隊みたいなところもあるんでしょうね。
だからさっきの本当にミスったら命の危険があるとかそういうレベルの話は変わりにくいですよね。
なんか本当になんだろうな、ピュアサーバントの方がうまくいく場面って逆にでもそう考えたらあんまり思いつかないかもな。
ピュアな、超ピュアな。
ピュアに本当に自立分散で上司はリーダーはみんなが働きやすい環境だけ作ることで、支配的な何か権限権力みたいなものを行使しない方がいいみたいな。
いわゆる自立分散組織的なものですねが一番サーバントな。
じゃない、だと思ってますけどね。
自立分散組織もどっかでテーマとしてやりたいんですけど。
そうですね。どうなんだろうな、確かにな。確かにそれだけじゃうまくいくかっていうと、うまくいかないのか。
成果を出そうとした時には、結局成果につながるものを選択して修練させていかなきゃいけないじゃないですか、みんなが考えてもいいんだけど。
その時にどうしてもせっかくやったのに取り上げてもらえないとか、却下されちゃうみたいなことって起きると思うんですよね。
僕、何だろうな、サーバントリーダーシップ自体はベースいいことだとは思うんだけど、
特にスタートアップみたいな組織で言ってるのがちょっと違和感とか気持ち悪さみたいなのも実はあって、
ミッションとかビジョンとか、言ったらスタートアップの経営者とかベンチャーの経営者ってわがままじゃないと成立しないと思うんですよ。
そうっすね。
だって今世の中にある何かに強烈に不満があったりとかして変えたいわけじゃないですか。
うん。
なんか世の中変えたいとかめちゃくちゃわがままじゃないですか、普通に。
確かにな、それなら軍隊でやれよっていう気持ちがわかる。
なんかそもそもの出発とかオリジンというか、ベースに超わがままっていうのがあるから、
信念、それを信念と言いたいともいいと思うんですけど、
だから試行錯誤してどんなにうまくいかなくても諦めずにやり切るとか、コミットするってことが起きると思うんですよね。
うん。
で、なんかそうなのに支配的なリーダーシップを一切否定するみたいなのって結構自己矛盾してるなと思うんですよね。
うん。
なんかサーバント型のリーダーシップが機能する場面ってやっぱりたくさんあるし、
それぞれの働いてる人たちのウェルビングの観点では、そうであったほうがいい場面のほうが多いなと思うんで、
なんかそれはそれで必要だと思うんですけど、
でもやっぱり自分がもっと支配的になるべき場面ってやっぱり経営してると結構あるなと思ってて、
むしろそれが責任を負うとか責任を取るっていうことだったりするときもあるから、
なんかちゃんとサーバントじゃなくなる場面みたいなものをメタ認知しとくの大事だなと思っていて、
必ずそういう場面ってあるから、マネジメントとかリーダーの立場をやってると、
そのときに無自覚に自分がサーバントリーダーだと思っている人が無自覚にやるのって結構良くないなって思うんですよね。
リーダーシップスタイルの使い分けとメタ認知
なるほど、ここは支配的リーダーシップの自分出してるなと思いながらやる。
やったほうがいいと思うから、なんか支配的なリーダーシップは古くて良くない悪いもので、
サーバントリーダーシップは良いものだっていうことをあんまり内面化しすぎてると、
自分がその支配的リーダーシップを取っていることをメタ認知しにくくなるから制御しにくくなる気がするんですよね。
確かに。
悪いことやってるって思いたくないじゃないですか。
うん。
だからやってないことになっちゃうから、どんなにエスカレートしてても自分で気づきにくくなっちゃうみたいな。
うん。
だから割とそこはどっちもあるよねって、ベースサーバントリーダーシップモードなんだけど、
例えばさっきのめちゃくちゃでかいリスクテイクをしなきゃいけない時とか、
あと本当に失敗すると大きな問題が起きるみたいな時には、
もうなんか支配型のリーダーシップで、俺が決めたから従えってやるとかっていう場面も、
意図的にちゃんと。
ありますね。
うん。やった方がいいと思うんですよね。
確かに。確かに。
ここはもう自分の領域で、ここ見えてるからちょっと自分にやらせてほしいみたいな時に、
多分そこに関わるメンバーは、かなり支持命令系になってるような気がしますね。
されてるなって思いますよね。
うん。僕はしちゃってるなって思いますね。
で、なんかしちゃうことが悪いことだと思うと、やっぱりなんかうまく扱えなくなると思うから、
必要な場面があるっていうのは、なんか受け入れて、
確かに。
ちゃんと使い分けたほうがいいなとは思いますね。
確かにな。面白い。学びあるな。
確かにな。サーバントリーダーシップのほうがなんか禅みたいに見えちゃうもんな。
見えますよね。
僕もなんかこのテーマを取り上げたかったのは、みんなそれを禅として、
禅であるという前提でどうやるかみたいな話を、
このサーバントリーダーシップって話がテーマというか、
その会話に出てくるときって、前提で禅があるんですよね。
でもなんか、前提を禅としておくと、いろいろ不具合あるんじゃないかなってなんとなく思ったんで。
なるほど。
この会話がカントさんの支持命令リーダーシップで引っ張られた。
ちょうど狙ったところにちゃんと。
なんかあんまり意図してなかったけど着地しましたね。
すげえ。ありがとうございました。こんなところでいいですかね。
そうですね。
いいですかね。軽く最後にまとめると、
でも今言ってたことなんですけど、サーバント的なリーダーシップも支配的なリーダーシップもどっちも持ってるよね。
スタンス大事っていう話ですね。
だからサーバントリーダーシップ、法使者としてのリーダーが法使者であるっていうことは、
なんかベースでいいこと言ってるなってみんな思うと思うから、
なんかいいことという前提で、その対比的にある支配型のリーダーシップは良くないことってなりがちだけど、
やっぱり経営の実務をやってる中では、
支配型のリーダーシップでやっぱり俺が決めて俺が持つんだっていうのが必要な時って絶対あるから、
なんか良い悪いみたいな感じで極端にラベリングするんじゃなくて、
場面によって使い分けるっていう風に認知しておいたほうがいいなっていうのが今日の話で出た結論ですかね。
絶対そうだ。ありがとうございました。
疑ってみた甲斐がありましたね。
これは良かったですね。毎回なんだかんだ本当に良かったなってなって終わってます。
じゃあ次回の収録とかその次あたりで自立分散にやりましょう。
ぜひやりたいですね。
では経営は漢字の経営、会議は疑うの方の会議的な会議で、ぜひ感想あればお願いします。
お願いします。
それではさようなら。
ありがとうございました。
26:56

コメント

スクロール