導入と近況
こんにちは。今日は7月7日の七夕ですね。配信しています。
京都はまだ涼しいんですよね。珍しいことに。 カラッとしてて、今日の朝もこう歩いてたら気持ちよかったですね。
本当に暑いのが苦手なので、心地いい気温、22、23度っていうね。 これは心地いいですよね。
なんか気分も良くなるし、元気になれますね。 ちょっとね、あの、ここ最近はまだまだ疲れがね、取れなくて、いろいろと
アクセスバーズの体験
まあありまして、昨日ですね、あの私の仲良しの方がアクセスバーズしに来てくださって、
あの私が受けるっていうのを体験したんですよね。 で、もうずっとさせてもらってて、サロンでね、私もこう受けたいなっていう、ただ受けたいなっていう時があるので、
していただいて、もう本当にね、こう、委ねるんですよ。 心も体もっていうか、もう頭も。
で、こうふうって呼吸して、あのー、本当に心地よかったんですけども、流れていく、
もう信頼と安心とほっこりと、そしてムーンになるっていう時間だったんですね。 まあその方からのアクセスバーズが私は好きで、
いつもこう安心して受けられるので、なんか本当にね、心地よくなれるんですよ。
人に言えない苦しみ
というのもですね、あの、ここ最近、まあ母のことはもう落ち着いたんですけど、まだまだね、あの人になかなか分かってもらえない、言えない、
結構苦しい重いことがありまして、まあ引き続き今も続いてるんですが、あのー、
人間ってですね、本当に辛い、本当に苦しいこと、本当に傷ついていること、本当に悲しいことって人に言えないもんなんだなーって、
私もずっと言えないでいるんですよ。こんだけスタッフとかも話しまくってて、
言わないでいることというか、言えないでいることがあるんですね。 それはやっぱり言ってしまうと、
余計自分が傷つくというか、 あのー、どうせ分かってもらえないというか、言ってもね、相手の方が重くなるしとか、
いろいろ気づかってしまって言えないとかもあるんですけど、 でですね、昨日ちょっとこう、
友人との対話と共感の難しさ
何年もね、長年仲良しの方ですが、ちょっとお話しして、 あのー、
なんか痛いんですけどね、心が。 ちょっとお話しした中で、
あのー、なんていうのかな、人ってね、例えば悩んでいることを分かり合って共感し合って、うん分かる分かる、
大丈夫よーって励まされてね、 すっきりすることとしないことがありますよね。
些細なことだったらいいんだけど、本当の自分の心の奥の闇というか、心の奥にある傷というかね、
それってやっぱり他人に、大丈夫だよ、頑張れよ、みたいに言われて、言えるものではないんですよね。
で、これ私もサロンをさせてもらってて、 アドバイスをしないとかね、
いうことを徹底しているのは、やっぱりその他人さんの傷とか思いっていうのは、
私に理解できないこともあるんだろうなっていうことを知った上で、お話を聞くっていうのをしてるんですよ。
で、ご本人が緩めてアクセスバーとして、ちょっと楽になってもらって、
あの自分で聞ける力を促すというかね、引き出すみたいな、もうそれしかできないんですよ、それのお手伝いっていうね。
なので偉そうなアドバイスなんかとんでもなくて、というのがやっぱり私自身がね、そんなことをされると、
やっぱり余計辛くなるのでっていうところがあるから、
境界線のある優しさ
やっぱりね、すごい人生で苦しみと向き合った人っていうのは、やっぱり人の苦しみもわかるんですよね。
だから言わないっていうことができるんですよ。聞かない、言わない。
いや、昨日思ったのはね、その私のお友達がちょっとかずこさんに聞いていいかわからなかったとか、いろいろおっしゃったので、
すごい気遣ってもらってるんだなっていうのがありがたかったんですよ。
本当にね、そっとしておいてもらえる、なんかこの距離感というか、境界線というか、ありがたくて。
ケーキがもたらす喜び
ケーキをね、持ってきてもらって、その生ケーキ、桃のケーキとかチョコケーキとかね、フルーツのケーキこう、
それってなかなか自分には買えないんですよね。
それを持ってきて一緒に食べるってもうね、ケーキの甘さが、フルーツの甘酸っぱさが染みるんですよね。
なんかいくつになってもケーキって嬉しいですね。
もうありがたくいただいても美味しいねと、食べて話して本当に時間でもありがたいなぁと思ったんですよ。
内側で癒す苦しみと大人の共感
でね、ちょっとこう印象に残った言葉がですね、
やっぱりその、自分が苦しい思い悩んでいることっていうのは、自分の内側でしか癒せないんですよね。
気づいて向き合って、癒すってことしかできないよねって言って。
で、私にもあるけど、それはね、人に言って慰めてもらうとか、励ましてもらって、癒せるもんじゃないよねっていう話ができたんですよ。
そのね、大人の分かり合おうとしない優しさみたいな感じだったんですよね。
分かりますかね。
なんかよく女同士でね、分かる分かる教科みたいな、そういうのがちょっと苦手なんですよね、私がね。
そうじゃなくて、私の今仲良い方っていうのは、周りにいる人は全員ね、境界線がしっかりしていて、なおかつ分かり合おうとしない優しさ。
うん、いやもうそれ感動するぐらい嬉しくて。
カズ子さんの苦しみはカズ子さん、私の苦しみは私。
そしてお互いに励まし合って、分かるよねってしないっていうことをね、この辛い時に言えた、言い合えたっていうのがね、素晴らしいと思ったんですよ。
分かりますかね。
やっぱりね、他人さんの人生に踏み込んで、そっかそっか辛かったね、大変あったね、分かる分かるっていうのはちょっとすごい差し手がましいというか、絶対分かんないんですよ。
そのことに改めて気づかせてもらえたなって思えてね、この方も私のお友達もね、人に言えない辛いことがあったんだなって。
過去の苦しみと現在の痛み
それっていうのは形にならないことがあるんですよ。
例えばね、私の子供の頃の話だったら平気でできるんですよね。
貧乏でボロボロのアパートに住んでお風呂もなくてみたいな。
父親がお酒で暴れて借金があってとかいう話は、なんかもう終わった物語やから喋れるんですよ。
その時は辛かったけど、別に今何もかそれを思い出して泣くこともないから。
そういうのは笑って話せるし、大変あったわ、もうこんな人生あったわって言えるんだけど、やっぱり今向き合ってる人生っていうのはちょっと痛いじゃないですか、生々しいじゃないですか。
今痛みを感じてるからね。
それっていうのはやっぱり他人と分かち合うとかでもなく、共感してもらうとか励ましてもらうんじゃないんですよね。
だからこそ自分でもうちょっと感じ切って感じ切ってやる時期なんだなっていうね。
夜明け前の暗闇
それともう一つね、和子さんは大きく次変わる、もう良くなる、もう黄金時代を迎えるんだから、その手前の闇よと。
夜明け前は暗いからと。
その暗い、もうめっちゃ暗いんやけど。
もうね、私実は過去一、人生で今一番辛いんですよね、実は。
人生で一番辛い時期
なんで私が人生で今一番辛いかっていうのはもう言葉にできないんですよ。
私以外の人ならそんなことは思わないかもしれないけど。
そしてね、あともう一個思ったのが、HSP考えすぎみたいな。
大成長なり考えすぎって言われるじゃないですか。
私今のこの状況、あんた考えすぎやわって言われたらもうめっちゃ泣きますよ。
まあ母が言いがちやね。あんた懸念すぎやわ、やめてきぃ。懸念ともちょっと美味しいものでも食べてきぃとか言いがちでね。
まあ母はそういう性格やから、まあイラッとするけどもううるさいなって感じですけど、
そのやっぱり他人さんに対してね、それは言ってはあかんなってあんた考えすぎやわと。
考えのやめって。これは残酷なことなんですよ。
考えすぎというよりもね、私の場合は感じすぎ。
もう頭だけじゃなくて、魂で感じているっていうものがあるので、
これはもうね、言葉にしがたいものなんですよ。
エンパスとしての感じすぎ
魂で感じきっている、エンパスなんでね。
エンパスっていう言葉を借りて言うんですけど、
もう他人の苦しみを自分のことのように受け取って、中に取り入れてしまうみたいなね。
これは苦しいですよ。笑うほど。
明るい未来への励まし
まあそうなんでね、でもそういうふうな気づきがあって、
まあこの言葉ね、かずこさんと。
もうあなたは十分に重い経験、自分と向き合って苦しい経験、悲しんで泣いて泣いてやってきたと。
もうこっから先は、こっから先、もう今日からやと。
今日からも、ほんと軽くなるし明るくなるし、あなたの思うようなね、心地いい人生になるよって。
なるなる、もうなってるみたいなことを、すごい強く言ってもらえて、嬉しかったんですよね。
過去の転機とメッセージ
人生の大きな転機にね、振り返ると、私そういう人がいたんですよ。
本当にね、会社を辞めた時や、7年前に、本当に何の根拠なんていう不思議だったんですけど、
あなたを辞めても絶対大丈夫って言ってきた、全然仕事関係じゃない人ね、
もう強く強く私に言ってきた人がいて、絶対お金にも困らないし、あなたはもう絶対幸せになるから、
もう大丈夫大丈夫って言い続けてくれた人がいたんですよ。
本当にその通りになったから、じゃあ今回もそうなるんやろうなと思いながら。
これはなんかね、上辺の励ましじゃなくて、その方を通して、私に届いたメッセージっていうかな。
そうなんです。
タフティの理論と現実の捉え方
昨日ね、またどうやって過ごそうと思った時に、タフティに戻って、タフティのことを話されている音声を見つけたんですね。
それでバチーンと一方の線になった話があって、またそれを改めてしますけど、
タフティのね、目の前の現実、これは映像でスクリーンなんだと。
で、もうあなたは自分が監督で、自分が選んだ物語をただ楽しんでいるんだよ、みたいな考え方が好きなんですよ。
なんで好きかって言ったら、やっぱり私の人生が苦悩すぎたからですね。
私の人生が、もうなんかこれちょっと現実として受け止められへんっていう時に、
これ映画なんだって思うようにしたんですよ。
例えば愛犬がね、病気で苦しんでたら辛いじゃないですか。
今病気じゃないけど、想像しただけでも辛い。
でもこれが映像なんだと思うことで、ちょっと自分を楽にするというか、
これ現実でこう痛がってキュンキュン言ってたら、そのキュンキュン言って痛がる痛みを、私受け取っちゃうんですよ。
このね、受け取っちゃうというのは分かんないでしょ、皆さん。
皆さんは普通の人には受け取らないんですよね。
当たりにごと、知らんわ、私関係ないわって思えるわけでしょ。
ずっと受け取ってきた人生やから、しんどくなってるっていうだけで、
家族のものを受け取るというね。
スピリチュアルへの動機
あと昨日話したことは、やっぱそういう辛い経験をしたからこそ、アクセスバーズがどうのとかね、エネルギーワークがどうのって言ってるんですよ。
スピリチュアルな話もしてきたけど、なんでしてきたかって言ったら、楽になりたかったからなんですよ。
逃げたかったから、辛い現実から。
なんでもいいから逃げたい。
それはね、人間は弱いからあると思ってて。
弱すぎたらちょっとギャンブルに依存とか、薬にとかあるじゃないですか。
そっちに行かずに、別にスピリチュアルやったら良くないと思ってて。
楽しいんだから、考え方なんだからね。
それは一つの考え方として、スピリチュアルなことは好きなんだけど、
サロンのスタンスとタフティの科学的根拠
私のサロンはスピリチュアルビジネスじゃないっていうのを何回も言いたくて、
これはお客様のために言いたいんですよね。
タフティのことはね、語られてた方がはっきりおっしゃってたのは、スピリチュアルじゃないって言ってるんですよ。
両子力学と物理学としてちゃんと証明されてることだっていう話し方で、私と同じこと言ってるんですよ。
その方は結構すごいフォロワーさんも多い発信者の方で、私がずっと両子力学のことをメンバー限定とかで話してた。
なんでそんなことをしてたかって言ったら、この目の前の現実の苦しみをスピリチュアルに言えるんじゃなくて、
ちゃんと物理学で説明したいと思ったからなんですよ。
そうじゃないと生きていけなかったの。
エネルギーワークと癒しの多様性
その私の友人はまた違うエネルギーワークで、アクセスバーじゃないやつで自分を癒やしたりとかして、
みんなあるじゃないですか、いろいろヨガでとかアイルベーダーで、アクセスバーズで、霊気でとかね。
それぞれがお守りとして、辛い人生があるからそれで自分を癒やすっていうのをやってるわけですよ。
私はたまたまアクセスバーズでね。
やっぱりそういうエネルギーワークをしてる人は、辛いことがあったからなんですよ。
じゃないとそんなことをしようと思わないの。
辛いこともないのに、エネルギーワークでビジネスしてる人っていうのはいるかと思うので、
そこを混在されると一緒にされたくないなっていうのは思うんですよね。
なのでちょっとあんまりスピスピした発信はしないでおこうかなみたいなところもあるんですけどね。
タフティ理論の集大成
でもこのタフキティの理論っていうのはスピリチュアルじゃなく、
それはすごいなって、私がこの6年間学んできたことの集大成だったんですよ。
それをね、昨日ちょっと夜にベランダで景色、夜の景色向かわらみながらずっと聞いてたんですね。
そうやわって思って、流れがずっと来ててね。
その私の友人が、和子さん大丈夫よって言ってケーキを一緒に食べた時間からタフティの動画にたどり着いて、ちょっと今整ってるんですね。
ちょっとこれ全部終わったら話すんで、話すなり本にするなりするのかもしれないけども、結構貴重な体験をしたなと思ってて。
人間としての貴重な体験と使命
あのね、この人間が、この苦悩の体験は人間しかできないわけで、AIにはできないわけなんですよ。
このAIの時代で、私はこう人間として貴重な体験をしてるなと思ってるので。
これをちょっと言葉にするっていうことも、才能としてあるわけじゃないですか。
チャッピーに助けてもらって、私の人生を言語化していくことが残りの人生の使命かなと思ってるんで。
めっちゃ喋るやん、私。めっちゃ整理できた。
終わりに
そうそう、言えましたね。これちょっと神回ですよね。
ちょっともう、夜が明ける前の暗闇の最終章みたいなところにおります。
本当にね、昨日はね、ありがとうございました。
はい、こういう私の気づきの配信でした。