初めてのカタカムナ
この番組は、書籍、初めてのカタカムナを、より詳しく、一つ一つ丁寧に解説していく番組です。
カタカムナを日常にすぐ活かせる形でお伝えさせていただきますので、ぜひ楽しんでください。
ごきげんよう、マコットです。
今週も始まりました、初めてのカタカムナ。あっこさん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
早速、リスナーの方からのアンケートのような、応援してます、みたいなのも入ってましたけれども。
ありがたいですね。ありがとうございます。
どんどんどんどん、この初めてのカタカムナ、本に沿っていろいろと紹介していきたいなと思いますので、ぜひとも今週もよろしくお願いいたします。
楽しみです。
初めてのカタカムナ。
では、あっこさん、いつも通り朗読から始めていただけたらなと思います。
はい、ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
では、本の13ページとか言っていいですかね。
いいですよね。お持ちの方もおられると思うので、一緒に進んでいけたらいいのかなと思いますね。
そうですね。お家でゆっくりなぞっていただけたらと思います。
なんだかわからないけど気になるっていうところなんですよ。
気になりますね。
そうして各地でお伝えしていると、不思議と思い出すというか、まずカタカムナという音の響きに反応してくださる方たちに出会います。
なんとなくでも、やっぱり日本語って大事なのじゃないかと感じて、またはカタカムナってなんだかわからないけど気になると集まってくださる方は、
実はそもそもカタカムナが何なのかをご存知なのではないかと思うのです。
そうなんですよ。ここ書いたか覚えてないんですけど、東京で最初の頃していただいたときに、
カタカムナ何それおいしいのっていうタイトルで主催してくださったカフェがあったんですよね。
それぐらい食べ物なのか言語なのかも、みたいな。
でもなんか気になるやん。
そうですよね。
っていう人は、自分がそうだったからもあるんですけど、そういう方にこそ入り口を聞いていただきたいなというのがあります。
だからこそカタカムナのイロハというか全くわからない方に、この初めてのカタカムナっていうところを聞いてほしいってことですよね。
そうなんですよ。まだワン坂いらっしゃると思うんですよね。
この界隈ではですよ。前も言ったかもしれないですけど、ある程度カタカムナって聞いたことあるみたいな。
ここ10年ぐらいでなってきたかと思うんですけど、本当そこらへんの人を捕まえへんけど、カタカムナって知ってます?って言ったら、何ですかそれ?ってなるじゃないですか。
だからまだまだかなとは、自分が生きてるうちぐらいは宣伝する意味あるかなと思ってるんですよ。
生きてるうちってまだまだたくさんありますよ。この本もまだ全然進んでないですからね。
本は進みませんよね。でもね、本当に自分がそうだったから各地でいろいろ語ってるじゃないですか。
そしたら横でずっと涙してらっしゃる方とか、いてはったりするんですよ。私がそうだったんですよ。
あっこさんもそうやったんですか?
そうなんです。本読んでても悲しいし、いろんな先生方とことん尋ねていくんですけど、聞いてたら悲しくてしょうがなかったり。
なんでなんかって言うと、やっぱ思い出してるプロセスなんやなって思うんですよ。
なるほど。思い出してるんですね。
そうみたいです。進みませんから言いますけどね。
ぜひぜひ。
私たちは毎日日本語を使ってコミュニケーションをしています。
何気なく使いながらも意識のどこかでその失われたルーツを覚えているのかもしれません。
そしておそらくそれがどうしてなのかをお互いに思い出すために様々な出会いがあるのではないかと感じています。
この本ではできるだけ効率よく思い出してもらえるよう直感に従っていろいろな角度からお伝えしていきたいと思います。
まさしくその通り、あっこさん自身も涙しながら思い出してるというか過去のことを感じ取ってるみたいなところがあったんですかね。
そうなんですよ。だからなんで悲しいのかなってわからなくて。
ある先生、もう亡くなられたんですけどね。先生の話聞いてたら悲しくてしょうがないって言ったら、宇宙も悲しんでるからねって言ったんです。
宇宙ですか。
その人宇宙人だったのよ。
なるほど。
宇宙も悲しんでるからねっておっしゃって、そっかーって思ったんですよ。
でもそれをあっこさんはそっかーで受け入れるところがすごいですよね。
そうですかね。
どうなんですか宇宙人も宇宙も悲しんでるよねみたいな感じのことを聞いて、どういうふうに感じたんですかあっこさんは。
私ほらカタカナと同じ秘めたるものとして数比にもちょっとご縁があると感じてるので、私33っていう宇宙人の数字なんですよ。
どういうことですか?33は宇宙人の数字って。
誕生日足すだけのね、足すだけ言うと占いなんですけど、結構参考になるんで統計学としてはね。
それはやっぱり表に出るべきものではないっていうのがカタカナと共通してるなと思ってたりして。
33はやっぱり世紀末にドバッと来てる数字なんですよ。
世紀末。
2000年入ると足して33にならないんですよ。
なるほど。
99とかいう数字ないと大きな数字にならないので。
なるほど。
なので世紀末に宇宙人が結構わんさかやってきたよねっていう。
私友達だから33すごい多いんですけど。
そうなんですね。
そうなんですよ。
それで例に漏れずというかその先生も33だったんです。
もう繋がってますね。
そうだからもう亡くなられましたけどやっぱり宇宙人仲間だよなと思っていて。
不思議なこといっぱいものすごい知識あって教えてくださった方だったんで。
なんでそうなんやなって納得しちゃったんですよ。
その先生が本にも後に出てきますけどもう大人は間に合わないっておっしゃったのか。
間に合わない。
そうなんです。
で、ああそうかと。
私はそれで合点しちゃってまたね。
ああそうかと思っちゃって。
じゃあ子どもに伝えなあかんやんって思ったんですよ。
それでお母さんたちに話したり。
なるほどなるほど。
子どもにどうやって伝わるかって言ったらお母さんがやっぱり納得してくれないといけないから。
お母さん方はそれどころじゃないじゃないですか。
超古代文字どころじゃないんですよ。
日々の。
そうそうおむつ買いに行かなあかんしお弁当作らなあかんしするので。
その辺のリアルなお悩みには心理学でお答えできるから。
じゃあ掛け合わせてお伝えすればお役に立てるし。
子どもにカタカナがいくじゃないですか。
なるほど。
それでちょっとやってみようみたいな感じでやっているんですよね。
そういう意味でと最近もそういうセミナーなのか講演なのかみたいなのされてるんですか。
してますね。
なんかこう九州行ったり。
春分とか秋分とかやっぱりその暦的にね。
天体の巡り的にいわゆる私たちのこう界隈というか。
大事な日だったりするじゃないですか。
で今回は春分は高千穂にお邪魔させていただいて。
高千穂ってまたこう神秘的なネームですね。
そうなんですよ。
前回も言ってたかな。
機内説九州説みたいなのがある時にね。
高千穂私不思議とお邪魔したことがなくて。
そうなんですね。
意外でしょ。
意外にね行ったことなくて。
でもそこであの五神寺というかね。
神楽をなさってるお友達と去年フランスにカタカナ運んで行った仲間なんですけど。
なんかもうグローバルでぶっ飛んでますよね。
五神寺の人が友達にいているっていうのとさらにその人と一緒にカタカナを運んでいくって。
もうその辺ではこんな話できませんよね。
そうですね。
この辺ではね。
でも私たちの中ではなんかそれは順序があって。
なんかこういう流れで物事が今世の中変わってってるんだなっていう自流を読むって言うんですかね。
なんかそれに沿って毎年毎年今このスピードが非常に速いので。
もうこういうプロセスなんだみたいな。
ちょっとよかった。
こういうプロセスって具体的に何か一つでも例があれば。
神夕ちゃんってね。
神楽を高千穂でずっと神遊び。
高千穂神遊びっていうのを作ってるのが仲間なんですけど。
彼女たちはその雨土の章っていうテントね。
土の章っていうのが今回そのくくりだったんですよ。
その一旦の終了ということで。
その時に子を産み育てた母としての私を今回はゲストとして呼ぶっていうことだったらしくて。
神神楽の中にちょっと参加させていただいたっていう流れだったんですけどね。
その時にやっぱ気になるのがこの本にも出てくるんですけど。
いだきまいらすっていうことを神楽の中に入れたいと。
これいだきまいらすっていう言葉をっていうんですか。
いだきまいらすっていう言葉とことむけあわすっていう言葉は
あわ的なそのカタカナで言う女性的な母性的なあり方を説明するときに
この言葉を使いなさい的に私ひらめいた言葉っていうかいただいたんですけど。
その古事記とかね。
しつくしんじに出てくるっていう言葉。
前回もちょっとお話したかと思うんですけど。
いだきまいらすってどういうことなんや。
聞こうと思ってたんですけどありがとうございます。
前も言ったかな。
でも何回もね。
いだいたまままいらすので歩くより堂々とした感じ。
その文言の中に善をも悪をもいだきまいらせよ。
善も悪も全部ひっくるめてっていうことなんですね。
いだきまいらすには丸でならねばならんぞって書いてある。
丸で。
そうですねカタカムナの。
そうなんです。丸じゃないと丸っと収める。丸く収める。
角が立たないっていうことができる自分になるまで
この器というか輪っかを大きくするっていうことだと思うんですよ。
やっぱりこの善も悪も受け入れる器がないと丸が小さかったら入りきらないですもんね。
そうなんです。
丸っと包み込むっていうあり方が一般的に言うと母性的なあり方であったり
その子が間違ってたりまだ未熟だったりするのをよしよしってするのも
例えばそうでしょうしりって。
この器をストレッチしていくっていうのって
ストレッチって伸ばすわけじゃないです。
だから痛かったりしんどかったりするわけですよ。
でもこの正反の矛盾を行き来することが阿波を養う。
なるほど。
カタカムナの本では教えてくれるから
正反の矛盾を行き来することっていうのが
正反っていうのは白黒でもいいわけですよ。
プラスマイナス。正しい間違ってるじゃなくて
でも右と左のこれ正解ってないわけですよ。
そうですよね。
特に例えば子育てとか経営とかもそうですけど
どっちを選んでたら正解ってないわけじゃないですか。
でもどっちなんやろうっていろんな人に聞いていろんな本読んで
悩み苦しむ悩む力が阿波の力だって言うんですよ。
だから悩むだけの元気がないと思考を停止しちゃうんですよ。
なんとなくあります。疲れてる時って悩めないですもんね。
そうなんですよ。誰かさんがこう言ってるからその通りにしとこうとか
そういう悪いことじゃ全然ないんですけどね。
でもこの踏みとどまって突き詰める力っていうのが
もちろんそうやって元気がいるわけですから
それをうちの子たちとかは腹筋って呼んでます。
でも分かりやすいですよね。
腹筋がないと短絡的な答えになっちゃうんですね。
そういう意味で正反というか正しいとか間違いとか
そっちに偏るっていうところは腹筋使わずにパンと受け入れてしまう?
そうなんですよね。
そうじゃなくて腹筋を使って自分でそこを苦しみながら
正解かなみたいなところを導いていくみたいなところかもね。
厳しいですよね。だから私いつも例としてこの中にも出てくるんですけど
子どもたちがアトピーだった時とかに
いろんなものを飲んだらいいんかな、塗ったらいいんかなとか
そこの先生評判いいなとかいろいろ悩むじゃないですか。
悩みます。
このプロセス自体が私たちを成長させてくれてるんだっていう
いわゆるカタカナでいう哲学、哲理っていうものだと思うんですけど
これはやっぱり思いつかなかったですよね。
でも僕も聞くまでそこを悩むことが自己成長につながるっていうのは
すごくなんかピッときましたね。
そうなんですよ。私たちはやっぱりいつも思うんですけどね
1個の正解を探すっていう教育をずっと受けてるから
だからドリルの裏見たら答え出てるって思うじゃないですか。
それを探そうとするっていう癖がついてると思う。
ついてます。ついてます。
やっぱり小学校、幼稚園の時から。
いざ、やっぱり社会に出るとそうではないということですよね。
人の数だけ正解があるし、どれを選んだからどうということも
進路がどうとかね、あの高校行ってたからよくなかったんじゃうかとか
そういう話じゃないじゃないですか。
あれ受験落ちたから今があるみたいな話もめちゃめちゃあるわけで。
なんかそれがそっちの方が理にかなってるというか
私にしたら負に落ちるなぁと思って。
でもそのいだきまいらすのあり方を
やっぱり私たちが知るときじゃないかって高島の仲間も思ってくれて
なんかそれを聞きたいからって呼んでくれたんですよ。
やっぱりそうやっていだく。
自分の中で器を大きくして全部丸く収めるっていうよりも
自分の中でしっかりと抱きしめる。
善をも悪をもね。
そうですよね。
ないほうするってことですよね。
それができるようになったらなんか人間力というか
人の成長みたいなところに。
魅力的な人ですよね。
何があっても自分の丸が大きかったら
何が入ってきても揺るがないわけですよ。
これがねやっぱり世の中がすごく早く変化するときには
大事なことなんじゃないかななんとなくね。
でも僕もそれを聞いてすごく人間力というか
個人的な話になりますけど
器を大きくするってどうしたらいいんだろうってずっと悩んでたんですよ。
そうなんや。
ここの悩むっていうところが
この器を大きくするストレッチ。
実は腹筋をやってたってことですね。
正反の矛盾を行き来するってことは
あとね手足を使う単純作業の繰り返しっていうのも
後にもこれまた出てきますけど
そのとにかく行動するとか
会いに行くとか
分かれへんかったらもう私一般の方にはね
もうとにかく床の拭き掃除しましょうとか。
どういうこと床の拭き掃除って?
グラウンディングを助けるんですよすごく。
遠くのものばっかり見て比べてってしちゃってるときは
やっぱりそこに寄って立っている足元を整えるっていうことが
すごく物事を助けてくれたりあると思うんですよ。
とにかく草取りをするとかね。
そういう足元の地に足のについたところから
やり直させてくれるっていうのって
やっぱり子どもが一番その力が強いんですよね。
やっぱりよちよち歩いてたり
こけたりなんか拾って食べたりするじゃないですか。
だから目線が絶対下に行くので
そういうのを絶対助けてくれるのは子どもたちだしとか。
ついつい大人って上見たりだとか目線が高いですもんね。
前向きじゃないととかやったらいつも
それじゃあちょっとしんどいって人も多分出てくるでしょうしね。
たまには後ろ向いてもいいじゃないですか。
子どもは後ろ歩いてくるでしょ。
だからちょっと歩幅合わせてみたりとかね。
そういうことでもあるんかなとか。
すごいな。今たまたまかもしれないですけど
僕にぴったりな言葉ばっかり。
やっぱりその雑巾掛けとかなんかそんなのも
やっぱり大事やなって思っててもなかなかやってなかったりとかね。
そうなんですよ。やっぱりこの
さ抜きのってね、あとから説明していく。
その表に出ているとか目立つとか素早いとか
そういうことが評価されがちな教育だったり
世の中だったりすると思うんで
その時にも表に見えない地味な働き。
いわゆる損な役回り。
よく学校でほら人が嫌がること進んでやりなさいみたいなやつあるじゃないですか。
あれはねあわしごとなんですよ。間違ってないんですよ。
そこで貯め込んだ電気が
いざ何かをやるっていう時に
この充電量になるんですよね。
やっぱりコツコツコツコツ
蓄電じゃないですけど貯めていくっていうことが大事だっていうことなんですよね。
そうなんですそうなんです。