この統計135ドラインのことはまた、私自身の体験において大きな気づきになってて、まず我が家が2006年に淡路島に移り住んだ理由は、だんだんと街中の子育てがしづらくなっていったんですよね。
2001年でした、これ後で調べたら。大阪の池田小学校。悲しい事件の後ですが、小学校はセキュリティ強化され、4桁のアンシュルファグを押さないと入れなくなって、
不審者プリント、今やったらLINEですよね。
言えるものは毎日娘たちに持って帰るようになって、どこへ行くにも保護者がついていかないと虐待だって言われちゃう。
昔は私らの頃、本当に川でも海でも一人いてましたよね。兄弟とか近所のことを言ってたけど、今頃はそういうのが虐待で、
公園に行きたい長女、友達の家に行きたい次女、お昼寝したい三女という状況が色々と難しくなって、現実無理ってことですよ。
淡路島にはよく遊びに行ってたんで、そこでの暮らしに憧れて家を探してみたら、一軒だけ貸してもらえるところがあって、
ありがたいことに古いから壁塗ったりしても自由に好きにしてもらっていいですよ。上物いらないのでって言われて。
小さな畑ができそうな庭もあって、島の小学校暗証番号どころか、兵もない。
いまだにないですよ。田んぼと海水浴場に囲まれてて、その上、保育所と学童が併設。
これね、お母さんが聞いたらむせび泣くやつですよ。回収に3カ所もあんないといけなかったんで、本当に。
で、なんと運動会も合同で、それまでの駆け回り方を考えれば夢のパラダイスですよ。
運動会とか文化祭の場所取りに、お父さんが忙しかったらお母さんが朝一番に場所取り行って、また帰ってきてお弁当詰めてみたいなのがいらないんですよ。
しかも近隣に幼稚園はなく、唯一の保育所も庭園に足していなかったようで、断られることもありませんでしたので。
多分ね、お子さんいらっしゃらない方、なんでそれがいいのってなると思うんですけど、幼稚園がいっぱい選択肢があって、保育園もいっぱい認可保育とか不認可保育とかがあって、選ばなあかんっていうのはもう大変じゃないですか。
今例えばお年寄りが介護施設とか、同じようなシステム。
施設振るんやけど、この方素晴らしいねって方がいたり、でもはたまた施設はもう筋痺がて素晴らしいけれども、スタッフさんがちょっとねっていう場合もあったり、
というのをね、たくさん行って実際に選ばないといけないっていうのはお母さんすごい負担なんですよ。
もうね、わかるでしょ。塾でもそうじゃないですか。行ってみたけどみたいな。入会金そのたびにいるみたいな。
やっぱりそこはね、無駄なお金を払いたくないとかもありますし。
そうなんですよね。だからね、もうどうにもこうにも一箇所しかないから選びようがないっていうのってすごく楽なんだって。
わかります。だからスーパーでも2つしかないとかいうのがね、とっても生きる上でシンプルになるんだなっていうのを今もすごい思います。
で、ダメ元ね、だから聞いたんですよ。そこの先生にね。今、待機児童ってどれぐらいでしょうかって聞いたら、え?って言われたので。
なんですかそれみたいな。
マジで待機児童っていうワードを聞き慣れない先生の反応みたいなのが本当にね、その通りだったんです。
だから、もう店員割れてるんだよみたいな。
いつでも来てくださいみたいな。
それがね、淡路島今人気になってもらってね。
今はそうですね。
そう、もう待機児童が出てるんだよね。喜ばしい。だってね、うちのそのままみんなが持ち上がる小学校って、もうだって廃校予定だったんですよ。
そうなんですね。
そう。だからね、我々は廃校を食い止めたかもしれない。
ということで、引っ越し先が135度線上だったっていうのが驚きだったんですけど。
引っ越した頃、実家の母は水の結晶写真集で知られる江本雅留氏がまとめられた自らの伝言と月刊誌の編集長を務めていたので、
関連雑誌に淡路島のことがたくさん出てるよって教えてくれたんですよね。
だから関連雑誌に同じ方をインタビューするっていうお仕事がポラポラあったので、
アネモネっていう雑誌なんですけど、今もありますけど。
来日された方をインタビューするっていうときは、ついでにその記事こちらでもお願いしますって言われて、母がアネモネの記事も書いてるってことがあったんですよ。
で、アネモネにやたら淡路島のことが出てくるよって母が毎回送られてくるが、名刀図じゃないですか。
で、なんか淡路島めっちゃ書いてあるでって教えてくれて、そこで見たのが統計135ドラインの詳しいことは現在書籍にもありますけれども、
これが千賀先生という方が書かれたガイアの法則っていう本なんですけど、そのことはこの中には書いてないんですけど。
その頃は母が教えてくれた雑誌に連載されてたんですよ。
千賀先生が淡路島にも来られたので、直接はばかりながらお伺いしたんですよ。
あのとき違うペンネームで書かれてて、カムイシホウっていうまた不思議なお名前だったんですけど、
あれは千賀先生ですかって言ったら、はいそうですっておっしゃったんですよ。
ちょっとひそひそ声で今喋ってますけど、それは千賀先生だったらしくて。
でも内容がないようなだけにちょっと違うお名前で書かれていたっていうことだったようなんです。
その記事を読んで改めて四五線って淡路島のどこ通ってるのかなと思って調べてみた。
やっとこの頃検索できるインターネットが普及してきてですね、2006年超えてたんで。
なんとたまたま貸していただいてた家が135度線上の人が住んでる範囲上の最南端にあったんです。
すごいですね。
これを伸ばすと和歌山県の友賀島っていうね、これも戦争として重要な拠点になるところだったんで、瀬戸内海もそういうポイントがあるんですけど、
当時無人島だったので友賀島にはあるんだけれども、日本標準、世界標準だとちょっとの誤差が出ます。
ある場合も無人島、住むことはできない、観光では行けるんですけどね。
島になっていたので人が住んでいる最南端と言うと淡路島のその場所になるのかなと。
こうして2012年頃から始まって淡路島からあちこちお話しに行かせてもらってるのも135度の巡り合わせなのかもしれないとなんとなく思っています。
だっておばあちゃんおじいちゃん毎年作ってきたから作るんやけども、絶対食べきれへんの。
だからあんたんとこちっちゃい子おるよなーって畑してへんの。ほな玉ねぎ持ってくわーっていうやつですよ。
もう本当にね、うち特に長女がベジタリアンだったりとかしたから、もらったものだけで本当に食べていける期間結構ありましたよ。困らないの。助けてくれるから。
で、お肉いらないんでしょ。魚はだってその辺行ったら糸垂れたらアジ釣れるから。
なんば漬けとか。いわしの生姜煮とか全然。わかめも取れるし。
で、玄関やら梅やらっていうのはその辺にね、果樹とかっていうのはなってたりとかする。
それこそもううちもう使わんからいらんかー言って、今日のうち取りに来てくれんと台風くんでーってのを言ってもらったりとか。
ほんならうち3人おるから取りに行きますよ。めっちゃブルーベリーもバケツ2,3倍くらいもらったりとか。
もうそういう、もう豊かなんですよ。要するに。で、この豊かさをやっぱり町の人って享受できないでしょ。
海行ったら食べ物あるってどういうことみたいなのが、なんかお金、現金を、だから貨幣を持ってスーパーに行く。
で、それを取ってくれた人の仲介業者に支払って、で、アジを手に入れるんですよ。
桃を買うんですよ。なんかよくわからないってなってくるんですよ。だって生えてくるのに、泳いでるのにっていうのが、
いわば一時産業ってそうなんですよっていうのは当たり前の話なんですけど、泳いでるものを取ってきて成り前にするってなんてアコギな商売だろうって思いましたよ。
だって自分たちで想像するっていうことがなく、自然界、天然界、自然界はいつも当たりでくれていて、
例えばイカナゴの魚殻量が減ったとか言いますけど、言うて長いことそれで勝手に食べてきたわけですよ、私たち。
で、卵殻するから取れなくなる。山を守らないから取れなくなる。当たり前の話になっているんだけれども、
そういうところも人々は長年かけて勉強してきて、あんまりいろいろ垂れ流してあかんねんなとか、
山を守らんかったら魚取れへんくなって美味しい魚食べれへんねんやとか、
いうのをやっぱりやらないとわからないっていうね、人の悲しいさがですよね。
でもその経験値がいいところまで来たんじゃないかっていうのがね、2026年のいろいろやらかしたわけです。