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018 はじめてのカタカムナ 淡路島への移住とカタカムナの知恵 [2026.7.31放送]
2026-08-10 30:00

018 はじめてのカタカムナ 淡路島への移住とカタカムナの知恵 [2026.7.31放送]

インタビュアーのMacott(マコット)です。


【淡路島への移住とカタカムナの知恵】


今回の放送では、あっこさんが2006年に神戸から淡路島へ移住した実体験を深掘り。 


暗証番号のいらない学校、海と山に囲まれた暮らし、そして玄関にそっと置かれる近所からの「お裾分け」。

そんな豊かな暮らしの背景には、実は「東経135度ライン」という不思議な巡り合わせがありました。


特に印象的だったのは、「密度」のお話。 

阪神・淡路大震災の際、人口が密集していた神戸と、そうではなかった淡路島。

命を守るために必要なのは、一極集中を避け、いざという時に「土が掘れ、川の水が使える」環境にあること。


都会の喧騒から戻り、潮の香りに包まれて「差(サ)」が取れ、本来の自分に整う感覚。 

そんな感覚を大切にしながら、子供たちに何を伝えていくべきか。

変化の激しい時代だからこそ、変わらない「カタカムナ」の知恵を日々の判断基準にしてみませんか?


カタカムナが教えてくれるのは、時代が変わっても変わらない「自然界の営み」という原理原則。 

忙しい毎日の中で、ふと「自分を整える場所」を見つけるヒントが詰まっています。
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サマリー

このエピソードでは、2006年に神戸から淡路島へ移住した実体験を通して、カタカムナの知恵が現代社会でどのように役立つかが語られます。特に、阪神・淡路大震災の経験から、人口密度の分散と「土が掘れ、川の水が使える」環境の重要性が強調されます。また、都会の喧騒から離れ、自然豊かな淡路島での暮らしが、本来の自分を取り戻し、子供たちに伝えるべき普遍的な価値観を育むヒントとなることが示唆されています。カタカムナの原理原則は、変化の激しい時代においても、日々の判断基準となり、人生を豊かにする助けとなるでしょう。

淡路島移住のきっかけとカタカムナの知恵
You are listening to RadiCro.
はじめてのカタカムナ
この番組は、書籍、はじめてのカタカムナを より詳しく、一つ一つ丁寧に解説していく番組です。
カタカムナを日常にすぐ活かせる形で お伝えさせていただきますので、ぜひ楽しんでください。
ごきげんよう、マコットです。
今週も始まりました、はじめてのカタカムナ。 アッコさん、今週もよろしくお願いいたします。
先週はね、変換器のリズムであったりだとか、 死後戦のお話から、50年後どういうふうに生きていくのがいいんだろうか、みたいなね、いろいろなお話になりましたけれども。
ぜひぜひ、これからの未来とかも考えながら、 このカタカムナっていうのを通して、大切なことを思い出していただけるといいのかなと思いますね。
よろしくお願いします。 今週もよろしくお願いします。
はじめてのカタカムナ
では、アッコさん、今週もよろしくお願いいたします。 今週は淡路に行っちゃう感じですよね。
淡路に行っちゃいますよね。
文明周期説っていうのの話を、昼の時代、夜の時代とか、 人の世、神の世とか、いろんなふうに文明の移り変わりっていうのをね、
リズムっていうのを伝えていらっしゃる方、いろんなパターンであるんですけれど、
その関係があって、去年フランスに行ったのは、 ダヴィンチコードっていうのに知られているような、ローズラインというマグダラノマリアのライン。
だからやっぱり、いないことにされてきた、女性原理のラインみたいなのを取り戻していく、思い出していく、みたいなのが去年からの流れだったのかなっていうふうに思っているので。
淡路島といえば、イザナギ神宮さんがありますので、言ったらあれですけど、男をやむをめなわけなんですよ。
イザナギさんだけが残っていて、だから、出雲さんに行けば、イザナミさんが、奥さんがやっぱりね、黄泉の国とかにいらっしゃって、
大海になられたのが、いわばお父さん一人で、芽とか花とかから、天寺さんとかつくよみさんが大海になって、それが国の始まりになってるっていうお話があったりしたので、
それをね、やっぱり中実まじく、お母さんも元気で育っていくような国になっていったらいいん違うかなっていうのを、
そういうストーリーで別に移動することも動いてるみたいなことだったりもするんですよ。
なので、そこがここにつながっているので、神戸の町から淡路島へ引っ越したのは、この統計71ページですね。
子育てと安全な暮らしへの希求
この統計135ドラインのことはまた、私自身の体験において大きな気づきになってて、まず我が家が2006年に淡路島に移り住んだ理由は、だんだんと街中の子育てがしづらくなっていったんですよね。
2001年でした、これ後で調べたら。大阪の池田小学校。悲しい事件の後ですが、小学校はセキュリティ強化され、4桁のアンシュルファグを押さないと入れなくなって、
不審者プリント、今やったらLINEですよね。
言えるものは毎日娘たちに持って帰るようになって、どこへ行くにも保護者がついていかないと虐待だって言われちゃう。
昔は私らの頃、本当に川でも海でも一人いてましたよね。兄弟とか近所のことを言ってたけど、今頃はそういうのが虐待で、
公園に行きたい長女、友達の家に行きたい次女、お昼寝したい三女という状況が色々と難しくなって、現実無理ってことですよ。
淡路島にはよく遊びに行ってたんで、そこでの暮らしに憧れて家を探してみたら、一軒だけ貸してもらえるところがあって、
ありがたいことに古いから壁塗ったりしても自由に好きにしてもらっていいですよ。上物いらないのでって言われて。
小さな畑ができそうな庭もあって、島の小学校暗証番号どころか、兵もない。
いまだにないですよ。田んぼと海水浴場に囲まれてて、その上、保育所と学童が併設。
これね、お母さんが聞いたらむせび泣くやつですよ。回収に3カ所もあんないといけなかったんで、本当に。
で、なんと運動会も合同で、それまでの駆け回り方を考えれば夢のパラダイスですよ。
運動会とか文化祭の場所取りに、お父さんが忙しかったらお母さんが朝一番に場所取り行って、また帰ってきてお弁当詰めてみたいなのがいらないんですよ。
しかも近隣に幼稚園はなく、唯一の保育所も庭園に足していなかったようで、断られることもありませんでしたので。
多分ね、お子さんいらっしゃらない方、なんでそれがいいのってなると思うんですけど、幼稚園がいっぱい選択肢があって、保育園もいっぱい認可保育とか不認可保育とかがあって、選ばなあかんっていうのはもう大変じゃないですか。
今例えばお年寄りが介護施設とか、同じようなシステム。
施設振るんやけど、この方素晴らしいねって方がいたり、でもはたまた施設はもう筋痺がて素晴らしいけれども、スタッフさんがちょっとねっていう場合もあったり、
というのをね、たくさん行って実際に選ばないといけないっていうのはお母さんすごい負担なんですよ。
もうね、わかるでしょ。塾でもそうじゃないですか。行ってみたけどみたいな。入会金そのたびにいるみたいな。
やっぱりそこはね、無駄なお金を払いたくないとかもありますし。
そうなんですよね。だからね、もうどうにもこうにも一箇所しかないから選びようがないっていうのってすごく楽なんだって。
わかります。だからスーパーでも2つしかないとかいうのがね、とっても生きる上でシンプルになるんだなっていうのを今もすごい思います。
で、ダメ元ね、だから聞いたんですよ。そこの先生にね。今、待機児童ってどれぐらいでしょうかって聞いたら、え?って言われたので。
なんですかそれみたいな。
マジで待機児童っていうワードを聞き慣れない先生の反応みたいなのが本当にね、その通りだったんです。
だから、もう店員割れてるんだよみたいな。
いつでも来てくださいみたいな。
それがね、淡路島今人気になってもらってね。
今はそうですね。
そう、もう待機児童が出てるんだよね。喜ばしい。だってね、うちのそのままみんなが持ち上がる小学校って、もうだって廃校予定だったんですよ。
そうなんですね。
そう。だからね、我々は廃校を食い止めたかもしれない。
東経135度ラインとの偶然の巡り合わせ
ということで、引っ越し先が135度線上だったっていうのが驚きだったんですけど。
引っ越した頃、実家の母は水の結晶写真集で知られる江本雅留氏がまとめられた自らの伝言と月刊誌の編集長を務めていたので、
関連雑誌に淡路島のことがたくさん出てるよって教えてくれたんですよね。
だから関連雑誌に同じ方をインタビューするっていうお仕事がポラポラあったので、
アネモネっていう雑誌なんですけど、今もありますけど。
来日された方をインタビューするっていうときは、ついでにその記事こちらでもお願いしますって言われて、母がアネモネの記事も書いてるってことがあったんですよ。
で、アネモネにやたら淡路島のことが出てくるよって母が毎回送られてくるが、名刀図じゃないですか。
で、なんか淡路島めっちゃ書いてあるでって教えてくれて、そこで見たのが統計135ドラインの詳しいことは現在書籍にもありますけれども、
これが千賀先生という方が書かれたガイアの法則っていう本なんですけど、そのことはこの中には書いてないんですけど。
その頃は母が教えてくれた雑誌に連載されてたんですよ。
千賀先生が淡路島にも来られたので、直接はばかりながらお伺いしたんですよ。
あのとき違うペンネームで書かれてて、カムイシホウっていうまた不思議なお名前だったんですけど、
あれは千賀先生ですかって言ったら、はいそうですっておっしゃったんですよ。
ちょっとひそひそ声で今喋ってますけど、それは千賀先生だったらしくて。
でも内容がないようなだけにちょっと違うお名前で書かれていたっていうことだったようなんです。
その記事を読んで改めて四五線って淡路島のどこ通ってるのかなと思って調べてみた。
やっとこの頃検索できるインターネットが普及してきてですね、2006年超えてたんで。
なんとたまたま貸していただいてた家が135度線上の人が住んでる範囲上の最南端にあったんです。
すごいですね。
これを伸ばすと和歌山県の友賀島っていうね、これも戦争として重要な拠点になるところだったんで、瀬戸内海もそういうポイントがあるんですけど、
当時無人島だったので友賀島にはあるんだけれども、日本標準、世界標準だとちょっとの誤差が出ます。
ある場合も無人島、住むことはできない、観光では行けるんですけどね。
島になっていたので人が住んでいる最南端と言うと淡路島のその場所になるのかなと。
こうして2012年頃から始まって淡路島からあちこちお話しに行かせてもらってるのも135度の巡り合わせなのかもしれないとなんとなく思っています。
自然との調和と都会との対比
だからね、ちっちゃい子がいたおかげで、一番下の子は小学校3年生ぐらいからあちこちワーって動くことをさせてもらってきたんですけどね。
でもさすがにさ、ちょっとやっぱりいろいろ問題が起きても心配だし、必ずどこかに引き続き伺う時でも一旦家に帰るってことをしてたんですよね。
それをやっぱ淡路島のエネルギーに一回合わせさせてもらうっていうか、そういうのも子どもがさせてくれてたことなのかなって。
そういう意味でいろんなところに行って帰ってきたら淡路島のエネルギーを感じたらやっぱり違う感じになるんですか?
やっぱ戻るんですね。整うっていうか。
特にね、佐賀とレールっていうのをね、カタカナ的に言うとね、やっぱ東京とかでね、品川駅をザッザッと歩いてる感じと、
で、いつも淡路島のバス停、高速バスですからね、バス停についてね、なんか降りてから、でもやっぱ深呼吸するんですよ。
海水浴場のところにあるバス停なので、本当に塩の香りと山の微生物等がね、
やっぱり充満してるのが当たり前なんです、それは。もう差が取れないんですよね。
でもずっとそれこそコンクリートジャングルじゃないけどね、東京の雑島の中にいたら夕日が全部見えないっていうこともね。
かけらが見えたらラッキーみたいな。
ビルとビルの間からみたいな。
それはそれでね、若い時ってやっぱりうちの子たちもそうですけども、やっぱり大都会に憧れてね、東京とかニューヨークとかバルセロナとかなんか行きたいわけですよ。
それはもうやっぱり差を感じるためには、その体験はとっても大事と思っているので。
でもね、なんか女性があればですよ、そこで子育てしたいかな。
男性的にもなんか子育ては嫌ですよね。大人になってからそういうマンションとかで住んだりとか、バリバリ働くっていうのはいいかもしれないですけど、子供となんか近くの公園とかもないし、みたいなのはね。
普通にね、やっぱりもっと自然豊かなところで、みたいなのは当たり前に考えだすっていうか。
だから大阪に対して神戸っていうのがそういう街だったり、東京に対して神奈川県がそういうね、通勤圏内で。
そうですね。
でも自然が豊かに子育てが楽しめるみたいなところをやっぱり本能的に望むと思うんですよ。
でもなぜなのかっていうのって、やっぱりカタカナに触れさせていただいていると、
だから帰りたくなるんだなって、その微生物があるところに戻りたくなるんだなっていうのは、私もそうだったんだなって、とっても思わせてもらってます。
結界とエネルギーの切り替わり
淡路島ってね、距離的に言うと、なんで淡路だったんですかっていうのもよく聞かれるんでしょう。
例えば有馬とか、神戸にしている方やったらね、北区とか西区でもよかったんじゃないのって言われて、
いろいろ探しました。ミキとかサンダとかね。135ドライン像っていうことは行ってから分かりましたけど、
でもそのあたりを探していたら、やっぱり橋を渡るっていうのが本当に結界を越えるっていうこと。
昔から一条戻り橋みたいなことなので、同じ距離30分移動するのでもエネルギーの切り替わりが非常に大きい。
やっぱ橋台かかるだけあります。
そういう意味では神社とかでもちゃんと橋を渡る、伊勢神宮でも橋を渡る、そういうのが切り替わりのあるかもしれない。
つづみ橋みたいなのね、ありますよね。
やっぱり御神域にね、橋を踏み入れるっていう時に、やっぱりお城でも堀があったりだとか、
そういう水場を越えるっていうのをさせていただくっていうのはやっぱり結界をある意味に張ってますよね。
そこを越えてくるかどうかはやっぱりお城だったら見張ってるわけですから。
大事なことなんだろうなって思います。
子育てにおける手間と愛情
でもそうやっていろんなところに行って、帰ってきて、体も整ってってなって、それでまたいろいろ行ってたんですよね。
そうなんです。何よりそれがやっぱり女性的な動きだろうと思ったんですね。
だから単身赴任行って、例えばニューヨークに赴任して、もう1年帰れないみたいなのはやっぱりお父さんの仕事。
そうですね。
私は足を運んでも夜中に帰れる範囲で動かしていただく。
で、様子見ながら、もうそれこそティーネイジャーとかになったら、ママいない方がいいわけですよ。
そうですね。
自由に。
いいとこ呼んで、友達呼んで、ウェイウェイするのが楽しいわけですから、その時が来るまではやっぱり万が一のことを考えて戻ったり、最近どう?って話がゆっくり聞けるのが、
やっぱり先々もっと自由にさせ、その時に手間暇かけてると、大きくなってから手間かけなくていいんですよっていうのを他の方にも言ってるんですけどね。
やっぱり三つ子の魂っていうね、三つ子神話ってあるじゃないですか。
お母さんたちにはそれを負担になっちゃう部分なんですけど、でもカタカナってやっぱ三つ子っていうことを結構言ってるんですよね。
だから小さい時に手間やけど聞いてあげて、しんどい時でも抱っこしてあげてっていうのをすると、まあ今までそれを実験としてやってるんですけどね。
やっぱ大きくなっても大丈夫やなって思うんですよ。
大丈夫じゃない。倍が足りないからとも思わないですけどね。
その子それぞれの体験したいストーリーがあるので。
だけど、まあなんかね、淡路島で良かったなっていう。淡路島自体が抱っこしてくれてるみたいな。
なるほどね。そこのエネルギーがね、海の潮風であったりだとか、本当に大自然であったりだとか、そういうのも含めて良かったのかもしれないですね。
神仏集合の土地と自然の恵み
いや本当余談なんですけどね。その後ね、車なくても動けるとこに引っ越すしかないなって、私がいない時も。
家に向かえて田舎って必須じゃないですか。それこそ車社会だから。
でも、もう絶対自分でバス乗れるところに引っ越すのは無理やでって旦那さん言ってくれて。
そうやなーって言って、本当はもう家借りようって言って。借りたんですよ。
そしたらそれね、神社の真横になったんですよ。
でも反対側の横はお寺があるんですよ。
このお寺のお嬢さん、長いこと知ってるんだけど、去年初めて詳しくお話聞いたら、あんたが借りとった家は境内あったよねって。
そうなんですね。
神仏集合で、もともとは繋がっとったから、今そこやのしさんがな、家建てたから家になっとるけどって言われたから。
神域にいてたわけですね。
おそれ多くも済ませていただいてたので、でも私も毎回出る時に神さんにお願いしてから言ってたんですよ。
まあね、お留守にするけどよろしくお願いしますっていうのを頭下げる気持ちで言っていたので。
だから、ああそうだったんかっていうのが出て初めて教えてもらったんですよ。
そうなんですね。
あとがししきですよね。
本当に。
何よりね、何で守りたかったかっていうと、この本の中にはちょっと東北のこともありましたし、ちょっと話しすぎかなと思って削った部分も多々ありましたので。
人口密度と命を守る環境
でも今朝の今朝ですよね、この録音させてもらってるのは、八戸のこととかね、あった時に考えると、いっぱい言われました。
その時にはね、だから密度が大事って言われたんですよ。
どういうことですか。
人口密度です。
淡路島だと本当に亡くなった方が60名ぐらいだったかな。
非常に少なかったっていうことと、どこに誰が寝ているかを地域の人たちが把握していて、
神戸の場合はもう6000名を超える方々が亡くなられているわけですので、だからその密度さえばらけてたら命は助けれるって言われたんですよ。
そうかって。
ギュッと鳴っとうから。
一極集中してるから助けのが難しいって言われたような感じだったから、だから東京一極集中っていうのがどうなのかって。
本社機能を大阪とか博多に移そうとかあるじゃないですか。
そういうことも言われたし。
前回の体育館で一番困ったことっていうのは何よりトイレだったってことですよね。
私ら右も左もボランティアのこともわからない神戸のチャラチャラした人が体育館行って何困ったか言ったらもう本当に一瞬で山盛りになったトイレを。
今なら例えばバイオトイレであるとか自治体の人たちもそれをどういうふうにコンポストトイレみたいなものも指令で来てますよね。
その時なかったですもんね。
なかったなかった。
簡易トイレなんか多分なかったと思うんですよね。
なかったなかった。簡易トイレだって高速道路でどこっていうぐらいの程度で、もう何週間も何ヶ月もその状態にあるっていう体験は遠くまでなかったと思うんですよね。
なので、何が大事かっていうとやっぱり土が掘れるっていうことと、何回も申し上げてるんですけどやっぱり川が流れていて、海水じゃない水でもって手が洗えて衛生がある程度保てるっていうことが第一。
大人はなんとかなるんだけど、ちっちゃい子を3人は守れないって思ったので、じゃあ土が掘れる川が流れてるのはどこだって言うと淡路島だったから。
パパが例えば仕事でどっか行ってたとしても、私一人でも3人をなんとかなできるっていうのは、もう街中では無理だって分かってたから。
で、街から引っ越してきた人が畑のやり方も知らんってなったら毎月いつも玄関の前にかぼちゃとか大根とかを置かれてあるんですよ。
地域社会の豊かさと助け合い
だっておばあちゃんおじいちゃん毎年作ってきたから作るんやけども、絶対食べきれへんの。
だからあんたんとこちっちゃい子おるよなーって畑してへんの。ほな玉ねぎ持ってくわーっていうやつですよ。
もう本当にね、うち特に長女がベジタリアンだったりとかしたから、もらったものだけで本当に食べていける期間結構ありましたよ。困らないの。助けてくれるから。
で、お肉いらないんでしょ。魚はだってその辺行ったら糸垂れたらアジ釣れるから。
なんば漬けとか。いわしの生姜煮とか全然。わかめも取れるし。
で、玄関やら梅やらっていうのはその辺にね、果樹とかっていうのはなってたりとかする。
それこそもううちもう使わんからいらんかー言って、今日のうち取りに来てくれんと台風くんでーってのを言ってもらったりとか。
ほんならうち3人おるから取りに行きますよ。めっちゃブルーベリーもバケツ2,3倍くらいもらったりとか。
もうそういう、もう豊かなんですよ。要するに。で、この豊かさをやっぱり町の人って享受できないでしょ。
海行ったら食べ物あるってどういうことみたいなのが、なんかお金、現金を、だから貨幣を持ってスーパーに行く。
で、それを取ってくれた人の仲介業者に支払って、で、アジを手に入れるんですよ。
桃を買うんですよ。なんかよくわからないってなってくるんですよ。だって生えてくるのに、泳いでるのにっていうのが、
いわば一時産業ってそうなんですよっていうのは当たり前の話なんですけど、泳いでるものを取ってきて成り前にするってなんてアコギな商売だろうって思いましたよ。
だって自分たちで想像するっていうことがなく、自然界、天然界、自然界はいつも当たりでくれていて、
例えばイカナゴの魚殻量が減ったとか言いますけど、言うて長いことそれで勝手に食べてきたわけですよ、私たち。
で、卵殻するから取れなくなる。山を守らないから取れなくなる。当たり前の話になっているんだけれども、
そういうところも人々は長年かけて勉強してきて、あんまりいろいろ垂れ流してあかんねんなとか、
山を守らんかったら魚取れへんくなって美味しい魚食べれへんねんやとか、
いうのをやっぱりやらないとわからないっていうね、人の悲しいさがですよね。
でもその経験値がいいところまで来たんじゃないかっていうのがね、2026年のいろいろやらかしたわけです。
子供の成長と自然への回帰
子供で言うたら盗んだバイクで走ったりとかいうのがね、チャブ台ひっくり返したりとか、
いろんなことをやってみて、いろんなところにピアス刺してやったんだけど、何がしたかったんやろうみたいな。
それを立ち戻らせてくれるのが、うちの子たちとかもよく聞かれるんですけど、
なんかすごい自然派なんじゃないんですかとか、子供たちって例えばデオドランとかシャンプーとか、
その時流行ってんの、TikTokとかね、流行ってんのとか使いたがるじゃないですか。
そういうのあこさんどうされてます?とか聞かれるから、いやもう全然使わせてるよって。
で、ファブリーズとか。
で、まあそれはティーンの頃って大衆とか気になるじゃないですか、制服とかね。
で、ファブリーズのことをね、うちの子たちはママよけって呼んでました。
嫌いやから、このケミカルな匂いがすごい嫌いやから、逃げちゃうんだけど、でも別に使っちゃダメとは言わなくて。
でもね、例えばもう次女とかがちょっと家を離れて、一生懸命頑張ってる時に体調崩したんですよね。
その時にこの味嫌いって分かったみたいなのとか、ママってどういうの使ってたっけとか、
それやったら嫌じゃないねんとか、痒くならへんねんとかっていう。
元気な時は本当になんでもよくて、食べるものもね。
でも本当に体調が悪くなったり、自分以上に、子供持つってそういうことですよね。
自分以上に大事にしたい、できたらなと思う存在が来た時に、やっぱ石鹸が気になるとか、
やっぱ洗剤これでいいんかなとか、自分やった飲んでたお薬をどうしようかなとか、
考え出すっていうのが本能的にまた自然と起きてくることですよね。
その戻る場所っていうのが、やっぱり自然が多いところだったり、
カタカナって何を言ってくれてたんやとか、そういうことだったなと思います。
母親の役割とカタカムナの知恵
でもそういう意味で言うと、本当にお母さんがそういうところに気づいて、
普段からやってたことを子供が見てて、自分が辛かったりとかしんどかったりとか、
ママどうやってたかな、やっぱりこれがいいわ、みたいな感じに立ち戻る。
そういうサイクルの原点にお母さんがいてくれてると、子供たちも伸び伸びと育っていきますもんね。
ね、やっぱり悲しいかなっていうかね。
4人お母さんって数多いらっしゃるのに、やっぱり立ち戻るとこは自分の母親だったりするわけですよね。
自分の母親がこれ塗ってたからこれやったら安心って、何の根拠もないんですよ。
分かります。
なんか風邪ひいたらこれ飲んでたおばあちゃんが、みたいなところに戻っちゃうじゃないですか。
弱ったときって。
それって本当にそうなのかなっていうのを、客観的により効率よく選び取るっていうときに、
カタカナが教えてくれたことっていっぱいあったなって思うんですよね。
何が普遍的なものとか、長い目で見てどうなのかとか。
時代の変化は激しいけれども、本当に原理原則みたいなところっていうのは変わっていかないですもんね。
そうですね。だからそれは自分のお母さんのデータっていうものは本当に一人分しかないから、
おばあちゃんやおばあちゃんやっていうのをかき集めても、近所でお世話になってたお母さんたちって言っても、
大した数ではない。今みたいにリール動画とかテックトックとかでいっぱいのお母さんの。
こんな子育てありなんやとか、そんな手抜いても大丈夫なんやとか、いっぱい受け取ることがあると思うんですよね。
でもその中でも、長いこと人はこういうふうに営みを続けてきたよっていうのがカタカナかなと思う。
それは時の熟成がそれを証明してくれているというか。
近代、特に戦後ですね。私たちが何やったっけってちょっと忘れちゃったところを取り戻していくには非常にニュートラルなものであるからこそ。
それが宗教とか、お母さんがこう言ってたから守らんと怒られるとか、それはやっぱりニュートラルじゃないなと思うんですよね。
お母さん、非常に連綿と続いてきたものの中で、選び取れるものとして1個あればいいかなって思います。
カタカムナの知恵を人生に活かす
ぜひともこうやってせっかくラジオに出会っていただいた、聞いていただいている皆様だからこそ、このカタカナの知恵っていうのを使っていただいて。
子育てにも使っていただいて、サヌキアワのパートナーシップにも使っていただいて、人生を豊かにすることによってその考え方を子どもたちにも伝えるというか伝わるんでしょうね。
伝わるんですよね。うちの子たちも自分の講座にぽつぽつとなんだかんだ全部聞いてもらったなっていうのがあるんですけど。
なんでって言ったら、パパの講座に行ったことあるけどママの講座に行ったことないって言って、そこそこタイミング合わせて神奈川とか東京とかでも受けてくれたんですよ。
こういうことを言ってるんだって。子どもらは聞かれてたんですよね。お母さんの講座聞いてどうだったって言われたら、知ってたって言ってた。
普段からしてることだったんですね。
言ってんですよね。自分もこうちゃうかなって思ってるから、例えば誰々ちゃんが誰々ちゃんにいじめられたみたいやけど、なんか言ったらええのかなどうかなとか、この先生こんな言い方してんけどみたいな。
この部活がええかこの部活がええかとかさ、日々あるわけじゃないですか。その時一個ずつ基準が私の場合カタカムナなので。
カタカムナって何かって言うと自然界の営みだから。
ぜひぜひそのあたりも引き続き聞いていただけたらなと思います。
ありがとうございました。
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