離乳食のこともそうですし、1歳になって食べさせるか食べさせないかみたいな、
食の因也をサヌキアワで学ぶ夫婦のこと、パートナーシップのことですね。
体のお手当てや、3前3後の体調などについても参考になることが多くありました。
こんな風にカタカナは私にとって難しい物理的な学問というよりは、思いがけずとても実用的なものだったんです。
やはりカタカナサヌキアワのことを知らなかったら、私には子育てなんか無理だったかもしれないと今でも思います。
今でも本当に思うんですよ。
そうなんですよね。この辻褄の合う考え方、照らし合わせ方っていうのが、調子のいい時は前回お話ししてたみたいにね、いいんですよ。
でもこの命に一番近い時っていうのが、お産と子育ての時なんじゃないかな。
昔から神などみするのってね、昔話で出てくるじゃないですか。
子供ができない夫婦が神様にお願いに行ってっていう話がいっぱいあるでしょ。
おじいさんとおばあさんが川からどんぶら流れてくるとか、竹破いったら見つけるとかも、
子供を授かるか授からないかっていうのがやっぱり一番ね、ターニングポイントになるみたいな。
人生を考えるきっかけになるっていうのは、昔話って全部それやなって思うんですよ。
そこから何かこう、新人を始めていったり、新婚が生まれたりだとか、あそこ行ったら赤ちゃんできたとかね、
子宝さんのお参りをするとかがやっぱりもうね、各地にたくさんありますので。
それはとっても大事にされてた。当たり前ですよね。前回言ってたみたいに、
やっぱり種をいかに存続させて、繁栄させていくかっていうことが中心になってたと思うのでね。
それに照らし合わせた時にどうなんだろうっていうのは、やっぱり昭和の高度成長期なんかに育てていただいた私とかが、
全然かけ離れてるっていうか、忘れちゃってるところだったんじゃないかなって。
それよりも経済を回せ、そういうところだったのかもしれない。
アメリカでも買ってしまえみたいな。車もどんどんどんどん作って。
そういうのを、私ちょっとそういう古いスピリットっていうか、部分を持って生まれてきてると思うので、
地方に行ってね、例えば名前出したらイオンさんとかね、百貨店って今どんどん潰れてるじゃないですか。
潰れてますね。
でも潰れてる前の潰れるって言われてた前の百貨店とか回ってる時に絶対これ続かへんのに。
で、その売り場に人もいない。で、サイズは全部揃ってる。色も全部揃ってる。
でもこれ誰もいらない。なんで分かれへんのやろうって。
で、このハイブランドも、こっから誰も必要なくなるのに、どうして早く築いたら早く片付けないんだろうってすごい不思議だったんですよ。昔から。
で、それをね旦那さんとも話してて、もうこんなんいらんのになーって。なんで早くやめへんのやろうって言ったら旦那さんが、
だってな、ママも分かっててもあんまやめれへんやろって。確かに!みたいな。
なるほどなるほど。
だからこう現象が片付いていくのって本当にね後付けなんだなって。なるほどね。
思うわけですね。このタイムラグがあるっていうか。
でも、世の中がそれこそ日本の人口減っていくとか、こんなに言えば必要ないとか。
いろんなことに気づき始めるのって、やっぱりそれが波になっていくのって、ちょっと時間がかかるっていうことなんだなーって思ったりしております。
なるほどね。
なので、この本を出させてもらったのがなんだかんだ遅れて遅れて令和元年だったんですよね。
で、今令和何年?
8年。
やっぱり七夜次で8まで行って、そんで次のフェーズっていうことにね、多分なっていく時なんだなと思うんですよ。
だからこうおさらいでね、読ませてもらえる機会なんてね、めちゃめちゃありがたい。
でもそれは、次こうなっていくからっていう、だって現象が実際にそうやって起こっていくことを、
もうこれを何とか先に早めに伝えなあかんって思ってたからだと思うんですよね。
でもそう見たらこれの続編というか、また2冊目も今、執筆中ですよね。
そうですね。だってまだ伝わってないもんね、そんなに。
それも楽しみにしていただきながら。
はい、力が足りませんので、助けられてます。ありがとうございます。
65ページですね。
私が助けられたことならどんな女性にも。
当時のカタカナの勉強は、ご存命だった先生にお手紙を出してお会いして、そこで了解が出て初めて学ばせていただくようなもので、
インターネットなどもちろんなく、アーカイブ動画とかないんですよ。資料も一般には手に入らなくて、
それでも20年以上かけて譲っていただいたりしたものが手元に少しずつ余り、集まり、積み上がっていきました。
これが怖いんですよ。少しずつ集まっていくのが。
なんで?なんで?みたいな。
引き寄せられてる感じですよね。
そう。引っ越す時とか、もうこれいらんかな?他の方に譲ろうかな?とか思うじゃないですか。
そうしたら運転してたら、前に丸に十字書いたドーンと書かれたトラックとかがバーンって来たりするんですよ。
ごめんなさい!みたいな。まだお前は持っとけ!みたいな。
すいません!って言って。忘れさせないぞ!みたいな。
そうなんですよね。
そうして恐れながら、友人たちに実際に役に立ち、何とか理解できたことだけをお話しすることからスタートして、
今日に至っておりました。
今の時代は学校で教わる授業内容、恋愛や結婚の価値観、お産の在り方なども大きく変化していく時であるように感じているので、
こうして近年以前よりカタカナが知られるようになっているのも、私にとってそうだったように、
女性たち、そして次の世代の人たちにとって何らかの道しるべとなるように、ということなのかもしれません。
本当に今までの話も聞いていただいたらわかる通り、
人として大事なこと、原点みたいなことが詰まっている感じがしますよね。
そうなんですよ。言われてみたら当たり前すぎるんですよ。
当たり前すぎて誰も認識に出してない。認識に出すって言う方はカタカナをするんですけれど、
当然すぎる潜在意識や無意識にあることって、それを言語化しないと認識に出せないわけじゃないですか。
そうですね。
その是非も問えないというか、今後も選ぶのか選ばないのかという判断を新たにしていくっていうのが、
判断するのがサヌキの脳なので。
なので言語化して認識に出して、それで改めて判断をする。
今まではこうだったんだけれども、今後はこうしていこうっていうね。
選び直していく時代っていうふうになるじゃないですか。
だからお産のあり方も、昔はもう病みくもに貧しかったらお医者さんも来てもらえへんし、
とにかくビワの葉とか大根の葉とかいろんなものを使いながら、
なんとか体を直したりね。
安産で生まれるように祈ったりすることしかできなかった。
でも病院で埋めるようになりました。
それはそれでまあまあ問題がありました。
で、私たちは今どっちでどうするかっていうのをね、いろんなところで選んでいけるわけなので、
やっとそういう恵まれた時代に来るまで、私たちのDNAはやっと繋がれてきたわけですよ。
ほんとそうですよね。
で、そこへ来て困ってんの。
みんな。みんなっていうか。
なんか選べすぎて。
なるほどね。
情報ありすぎてどれが本間かわかれへんみたいな感じもあって。
で、私はカタカムナに関しては戻る場所を作れって言われたから。
戻る場所って?って思って。
で、それはカタカムナのカルタをね、作りしてたんですけど、
カタはブレないから。
カタとカズはブレないんですよ。
ほんとですよね。
528ヘルツって言ったら、全世界で528はブレないわけじゃないですか。
そうですね。どこに行っても528ヘルツ。
そうなんですよ。だからカタチもブレないので。
でも個人個人の解策というものは、ほんとに人の数だけ。
いい意味でブレるというか、広がっていくから。
で、立ち戻っていこうっていうところを一個持っとけば。
そうですね。何か悩んだりした時にそこに立ち戻って、
それを指針に判断していけばいいっていうところですよね。
そうですね。だからそんなつもりじゃないんだけど、軌道ってちょっとずつずれていく。
で、去年1ミリずれたら今年2ミリずれてみたいな。
そういうのが軌道じゃないですか。
そうですね。
で、軌道修正っていうのがさせてくれるのがカタカムナかなと思ってますね。
深いな。
その軌道っていうところのお話でもあるんですけど、次66ページ。
あと50年の変換期。文明のリズム。
ところで、世界の文明はある一定のリズムをもって移り変わっているという説を聞いたことがあるでしょうか。
日本の標準時、四五線の統計135度ラインが通っているのは兵庫県の赤市。
赤市も赤すんですよ。
なるほど。
だからアカシックレコードって言うんじゃないですか。
なんでアカシックって言うんかなとかも思ってたんですけど、
赤市の淡路から、余談ですけど、ジェノバラインっていうのが船が出てます。
今回みたいに台風が来ているときに、橋は止まるけどジェノバは止まらなかったりするんですよ。
ワンタン基線みたいなの昔通ってたりとか、バンシューと結ぶやつですよね。
それの港に行っていただくと、赤市側の港に行くと統計135度ラインのところにずどーんと線が通ってるんですよ。
その線のところにそれぞれの市のシンボルマークがずっと書いてあるんですけど、赤市市のシンボルマークはまた怪しいんですよね。
ちょっとこれカタカナじゃない?みたいな。
これをずっと辿って、うわーすごいなーと思って天井を見たら、天井に丸印十字がドーンとあるんですよ。
絶対知ってるわ、これ作った人と思って。
というのがあるので、もしね観光とか旅行でお近くの方はまた赤市のジェノバラインの港にね。
ぜひぜひ行っていただいて。
絶対カタカナ知ってる人が設計してるから。
写真とか撮って送っていただけるとすごく嬉しいですよね。
赤市の天文台があるんですよね。神戸の小学生の遠足で必ずここ行きます。
兵庫県や京都府を貫く日本標準地のラインは、淡路市まで言えば北の端の部分だけ通ってます。
この統計135度ラインが今後大きなエネルギー転換地点になるのではと言われていて、
それがもちろん標準地として日本の真ん中を通っているため、
劣等全体に関わることとしても捉えられています。
それが世界的にはどのようにリズムを持って動いているかも文明法則史学などとして表されていて、
こんな風にリズムが巡ってますよっていう研究されている先生たちが、
もうお一人じゃなくて歴史的にたくさんの方がいらっしゃっているんですよ。
一定のリズムを通ってということですけど、次の西洋文明、男性性から東洋文明、女性性にくるくる回ってるよって。
前回から中心となったラインはイギリスのグリニッチ天文台を通ってるって言われてるので、
いろんなサイクルが重なるようにして描かれてますが、
大きく何千年かは西洋文明、男性原理が中心で動いてましたっていうことになっております。
これは良い悪いじゃなくて、男性原理が悪いとかじゃなくて、
順番にあざなえる縄のように進化していくと、全体にとってバランスがいいってことだと思うんですよね。
今回は東洋文明、女性原理へと自然とシフトしていくであろうことが示されていて、
その移り変わりは人類文明の中心は地球上を1611年ごとに22.5度。
細かい。
細かいですね。
ウルドスとかどうなんやろとかね、本当思っちゃってたんですけど、
いくつかのスパンが重なるにもかかわらず、とても詳細な数字なので知った時にはびっくりしたんですけど、
また大きなシフトが起こるタイミングにはおそらくおさんのおしるしと同じように何らかの兆しがあるようなんで、
変わり目の年を知ろうとするのは前回のシフトの年変化のスパン1611年を足し算すればわかるんだけど、
それがちょうど1995年となってぴったり阪神淡路大震災の年になる。
その年のまさに始まりの1月17日。
135度ラインの通る淡路島の北の端を震源としてあの地震が起きたんだということを知った時私はまた呆然としました。
呆然ってだから言うといてよって。
本当でしょうね。
知ってたやん。計算じゃわかってたやんって。
そしたらまあそれこそ両親だってね、新しいマンションなんか買わんで死んだでしょうね。
だって大阪避難して何箇所も暮らしてたわけやからトリプルクワトロローンとかなってるわけですよ。
あの頃ダブルローンで苦しんだ人とかね、いっぱいいらっしゃったり、そもそも亡くなられた方が非常に多かったっていうこともあり、
で、1995年が変わり目だった。
で、かなと、阪神淡路大震災の被害は火が多いもので、対して東日本大震災は水の被害が多くあって、
それが火、火と水、水の上仕組みから始まってると教えてくださる方もあり、
その上仕組み、火と水の仕組みの火が始まった震源地の位置は淡路島の中でも北の端であり、ほぼ統計135度ライン上で、
なので、寒かったから当然ね。
あの兵庫、大会の近くで被災したので、大会小学校というところにいたんですけど、
寒いからみんな毛布持って行ってたんだけどね。
で、いつも言ってるのはその当時の人たちってみんな震災慣れしてないかな?
そうですね。初めて僕もそうでしたけど、関西は地震なんてないやーみたいな。
関東の人だけが準備してたり、ボランティア元年ってあの時言われたぐらいやから、
それこそ天津区とか山田バウさんっていう方がね、ボランティアのね石露を作ってくださったと思うんですけど、
で、それぐらいだったから、もう本当に心構えがなくて、
なんか毛布持ってて、靴まま寝てたのねみんな。
いつ余震があって寝ていかなあかんか分かれへんから、
でもほんま横の人の靴がほんまに頭の上にあるような状態で寝ていたんだけれども、
っていうようなぐらい、みんな本当にどうしていいか分からなかった。
で、神戸の人は、神戸は当時ねファッションの街として売ろうとしてたんだよね。
なんかあの山海へ行くみたいな感じで、六甲にファッションマートができてみたいな、
あのもうポートピア81とかね、あったりとかして、
だからそのファッションと偉人感とデートの街っていう。
そうですね。
そう、のがもう本当に後ろ頭ガンって殴られたみたいな。
もう本当スニーカーにマスクしてリュックで歩くっていう神戸の人がまさかみたいな。
のがあの時だったなーって思ってましたね。
次、体調や気候などもバイオリズムや波動性があると言われますが、
その移り変わりの中でも以前との流れがちょうど入れ替わる変わり目が、
この節で言うと1995という年号だとしたらです。
確かにこのあたりから中南米のマヤ文明で用いられている小読の方であるマヤの歴で言うと、
一旦小読が終わると言われたのが2012年でしたね。
天体でも怪奇月食や日食、グランドクロスとかが目白押しで、
そうして今また元号が平成から令和に変わり、政治や経済の面でも節目だ変わり目だと言われ続ける毎日が続いています。
50年後どうしていこうか。
では変化はいつまで続くのかを見てみると、
この東洋文明女性原理へのシフト変化変容が起こるのは計算上は1995年を起点としてまず72年間ほどのウェーブなんですね。
ということはとりあえず2067年。
まこちゃん何歳になりますか?
何歳…今52なんで20…100以下ぐらいですかね。
ね。
もう生きてないかもしれないですけど。
2067年やからだいたいあと40ぐらい足してください、50ぐらい足してくださいってね。
ウェーブで起きるので言ってるんですけど、
まあピッチリした計算だと私も99になるんで。
そこまで肉体持ってるかわからないですけど、
まあなんなら見届けられたらいいかもしれないんですけど、
要するにここで私はいつも皆さんの現在の年齢に残りの年数だいたい50年を足してみてくださいって、
これは令和元年のスパンなんで。
それくらいのスパンで変容が起こると踏まえていると、
一つずつの変化に対してさほど驚かずむしろドーンと構えられるのではと思うので、
すでに見方上がりの高度成長期やバブルの時代とはがらいと雰囲気が変わってきています。
あら、時間じゃない?
大丈夫?
まだもうちょっといきますよ。
もしもの話ですが、私たちが自分自身で生まれる時代を選択してきたんだとしたら、
今後はどうなるかわからないと同時に何を想像していくかの方にむしろ興味があったからに違いないと感じるんです。
悪く言えば先行き不透明なんですが、
洋々に捉えるとこの上なくクリエイティブな時代がこれからなのかもしれません。
そうして50年後どうしていこうかっていうようなことに興味を持ってくださる方が、
おそらく今カタカナという共通の音に呼応してくださっているように思います。
本当にこの本が出た7年前8年前に比べたら全然世の中が変わってきているので、
今でこそこのカタカナの原点に戻る考え方みたいなところは必要なんじゃないのかなって感じますよね。
そうですよね。そこからコロナとかね。
公立の小学校とかがあんだけ休みになるみたいな戦後初めてぐらい相当なことが起きたわけですよ。全世界的に。
みんなしれーっと適用してましたからね。
マスクしとこかーじゃないなみたいなね。
すごいな人間って柔軟性高いなってあの時も思ってたんですけどね。
要するにどっちに転ぶかわからないのが大好きな人が今の20代から60代70代ぐらいまでの方なんじゃないかと思ってるんですよね。
もちろん子供たちは社会的に働きかけるのは難しいし、ご高齢の方もそうですよね。
何かができるかもしれない年齢帯の方っていうのは、やっぱこれを聞いてくださる方はね。聞いてしまったんだと。
どっちに転ぶかわかれへんの大好きという人ばっかりで。
本当に逃げ切って年金もらって終わりたい人は段階世代の人。
本当そうですよね。
介護保険もちゃんとつくしみたいな。
もういいとこおいしいとこだけ味わいたい人。ガツガツガンガンやりたい人で油ぎっしな人たちはこっちなんですよね。
もうしれっとさらっといきたいZ世代とか今の20代10代の子供たちっていうのは、本当にまた親とは違うやり方を捜しててくれてると思いますので。