はじめに:体調不良と収録の経緯
はい、どうも、こんばんは。 ただいま時刻が、8月18日の深夜なんですが、19日の0時って言ったらいいですかね。18日の深夜って言ったらいいですかね。
そんな時間に、スタンドFM撮っていきます。 私ごとなんですけど、ここ数日ですね、喉を痛めてまして、喉を痛めてたというか、ちょっと一時熱もありまして。
んで、スタイフ撮りたいなーって思ってたんですけど、ちょっと撮れなくって喉が痛かったので、ようやく久しぶりにスタイフを撮っているというような感じです。
はい、ちなみにまだ喉は本調子ではなくて、本調子じゃないのにスタイフ撮んなよって言われたらその通りなんですけど、流角酸とかをなめなめしながら日々過ごしているという形でございます。
休めよって話で終わるんですけど、ちょっと喋りたい欲が去ったし、だんだん良くなってきてるんでというところで、喋っていこうかなと思ってます。
「ちゃんと」を手放す必要はないという持論
今日話していきたいのが、ちゃんとって別に手放さなくて良くねっていう話をしていこうかなと思ってます。
これどういうことかっていうと、よく自己理解だとか、コーチングみたいな文脈において、ちゃんとを手放しましょうとか、もうちょっと不真面目に生きてもいいよとか、
あとべき思考をなくそうみたいなメッセージとか、見る人いません?いないですか?そういうの。あると思うんですよ、こういう文脈。もっと適当でいいよみたいな。もっと不真面目になってもいいと思う。あると思うんですけど。
これ手放さなくて良くねっていう話というか、そこに僕の持論とか意を唱えるような話をしていこうかなと思ってます。
そもそも主題のこういうものっていうのがどういう意とかっていうと、恐らく優しいメッセージとして言われてるんだと思うんですよ。
そんなに自分を追い込まなくていいんじゃないの?とか、もっと肩の力をあげて生きてっていいんじゃないの?みたいな。そういう優しいメッセージだと思うんですけど。
僕、これが有効じゃない人がいるなと思った。僕が有効じゃなかったんですよ、僕自身が。僕自身が有効じゃなかったなと思って。
まず、僕自身は僕のことを結構真面目人間かなというふうに評価をしてるんですね。真面目人間、ちゃんと人間、完璧主義的な動きをしてる。
べき思考強めの人間かなっていうふうに思っていて。そんな僕が結構この意見で痛い目を見た。痛い目を見たまで言うとちょっと言い過ぎなんですけど。
刺さらなかったんですよ。このもっと不真面目でいいんじゃない?とか、ちゃんとっていうのを手放していっていったらいいんじゃない?っていうこのタイプの主張が刺さらなかったところか、むしろ悩まされたっていうちょっと経験があって。
それ故に辿り着いた結論を今日は話していこうかなと思ってます。
真面目な人に「不真面目になれ」が逆効果な理由
なぜ僕これが良くないかというか刺さらない人がいるか、有効ではないとする人がいるかっていう話なんですけど。
真面目人間に、もっと不真面目でいいよ、もっと適当でいいよっていうふうなことを言われると、真面目人間はどう考えるかっていうと、適当ってどうやったらいいんだろうっていう真面目な攻略法を考え始めるんですよ。
わかります?これ言ってる意味。もっと適当でいいよとか、もっと不真面目でいいんじゃない?って言われると、不真面目ってどうやったらできるんだろうって真面目に考えだすんですよね。
不真面目ってどうやるんだろう?適当ってどうやったら適当になるんかな?みたいな。
あとサボるとかね。サボる。どうサボったらいいんだろう?サボり方すらも結構真面目に吟味しだすんですよ。
ところがあると思ってて。あとすべきのべき思考もしますね。べき思考ってどうやって手放すべき?みたいな。語尾にべきついてるみたいな。
このパターン結構僕があったなと思ってて。
矛盾してるんですよ。べき思考を手放すにはどうすべき?みたいな。一瞬まわって新しいべきが爆誕してるじゃないかいって話になっちゃって。
程よい皮肉になっちゃってるんですよね。逆に。
この時にここで起きるのが、なんで自分はまた不真面目であれないんだろう?って真面目な実績が始まったりするんですよ。
不真面目にやろうって決めたのに不真面目に慣れてない自分がいるみたいな。
べき思考手放すって決めたのにそれが手放せない自分がいるみたいな。ここで不の思考現象まで起こっちゃってるんですよ。
だからこの不真面目とかサボりとか適当にとかべき思考手放すっていうこのプロセスさえも真面目にどうすべき?みたいな感じで、そこも真面目化した運じゃないかっていうのがあって、
だからそういう人に対しては有効じゃないよねっていうのが僕の思ったことなんですよね。
真面目さと寛容さの両立という結論
僕がじゃあどうすったらいいの?って僕の結論があって、僕はこうしたらいいんじゃない?っていう結論があるんだけど、
それは真面目さと寛容さっていうのは僕は両立できるんじゃないかなって考えたんですよ。
僕も修行中なんだけど、修行中なんだけど最近両立しつつあるかなっていうふうに自分に対して思っていて、
僕は真面目さとかべき思考、ちゃんと思考とか完璧主義ってそれ自体が問題じゃないと思ってるんですよ。
問題じゃないなと思えたんですよ。別に悪いことじゃないじゃないですか。
ちゃんとしようとか真面目に生きようとか100点目指そうとか完璧目指そうってするのは別にそれってすごく真摯的だし、
物の質とかクオリティとかも多分上がるだろうから、別にそれはそのままでいいんじゃないかなって思っていて、
そのほうがクオリティも上がっていくわけですから、別にこれは悪いことじゃないと思うんです。
何がじゃあ悪いのか、こいつらの何が悪いのかっていうとやっぱり実績だと思うんですよ。
なんでそう荒れないのか。真面目にやるって決めたのにそう荒れない。完璧を目指したのに結論として完璧にならないみたいな。
こうあるべきだと思うのにそう荒れないみたいな。そこともギャップというか。
だから結局自分はダメだっていう風な自分をえぐる行為が間違ってるとか悪なのであって、
完璧とかちゃんととかを目指すってことは別に悪じゃないよねっていうふうに思えたんですよ。
だからじゃあその目指すことと目指すんだけどできなかったよね。
まあそういう時もあるかっていう荒れなかった自分を許すことっていうのは両立不可なのかって考えた時に、
僕はこれ両立不可ではない気がしたんですよ。両立できると思うんですよこの2つって。
100点を目指しましょうっていうこと自体は別に悪じゃないよね。
だってその100点を目指すからこそクオリティが上がるわけで。
で、100点取れんかったわ。取れんかったら自分はダメや。もう未熟や。
ああもうダメだっていうその成果とやっぱり自己価値みたいなのが直結して自分をえぐっちゃうっていうのが問題なんだと思うんですよね。
だから僕の今日言いたいのは結論としてちゃんとしようとか真面目にやろうとか完璧を目指そう100点を目指そうとか
こういう思考を運動すればいいと思うんです。
てか切り離せないと思う。もうその生き方で生きてる人は。
昨日まで鳥として生きてた人に急に羽ばたかなくてもいいんじゃないかって言われても無理だと思うんで。
そこは健在でいいんだけどその上でできる時もあるような人間なしなできる時もあるかっていうこの
そう荒れない自分っていうのを許容してあげる優しさを持つっていうのが
真面目さとかべき思考の攻略方法かなというふうに思ってます最近。
両立を可能にする3つの体験(1):完璧でなくても死なない
はいでさらに僕がじゃあなんで
とはいえむずいじゃんこれこれここまで話したんだけど
いや分かった両立した方がいいよねっていう理屈は分かるんだけど
それってどうすんじゃんさらにだけど多分さらにそこ先行くと思うけど
それってどうすんのみたいな言葉でやった方がいいの分かるんだけど
両立ってどうすんのって話になると思っていて
これはどうしたらいいんでしょうね皆さん僕も知りたいです
ここまで話しておいて僕も知りたいんだけど
僕が最近徐々に慣れそうこの2つを両立できている
この2つっていうのはちゃんといきたいっていうその気持ちとでもちゃんとできない時
自分もいるよねっていうのを両立できているのはなぜかっていうところから
具体の話をしていこうかなと思うんだけどまず1つ目が
意外と僕らは完璧じゃなくても死なないです
っていうのを味わうっていうのがまず1個かなと思います
最近僕は結構ひっそりと小さく転職活動とかをしてるんですけど
転職活動って当たり前なんですよ書類とか落とされちゃうんですよ
例えば100件も出してないですけど100件出したとき
書類がどのくらい通ってるんでしょうね
じゃあ適当な数字で50件としましょう
50件ってことは半分なんですよ半分しか通ってないわけですよね書類が通って
いじい面接が半分だったとしたときに50点やんけ自分って
思うかもしれないそのべき思考とか完璧主義があったら
俺50点やクソやって思うかもしれんけど
50点でもね生きてるんですよ自分って
そりゃそうだろって話なんですけど
書類落とされて半分落としたら死ぬってどういうこっちゃねって話になるんですけど
意外とねなんだろうな
死なないんですよ
急になんか精神論みたいに死ぬこと以外かすり傷とか言うつもりはないんですけど
なんかなんだろうな
50点でもいいじゃないって言葉で聞かされてもあんまわかんないと思うんですよね
悪くないけどさなんか嫌なんだよねみたいな感じになると思うんですけど
それを50点で出しても俺って死なんのやなっていうのを一回味わってみると
意外と100点以外も別に生きてるしいっかみたいな感じになる気がします
とかあとなんだろうな
あと仕事でサボってもしなんのやなみたいな感じかな僕だったら
僕とか結構ここ1年いないぐらいだんだん仕事
ごめんなさいここだけの話にしてくださいね
別に僕のこのスタイル職場の人が聞いてるわけじゃないんですけど
ちょいちょい仕事で手抜いてますね
もちろんやることはやってますよ
もちろんお金をいただいているので
僕も職務放棄をしてるまではいかないんですけど
ちょいちょい落下をしてますね
でも落下しても死なないんですよね別に手抜いても
全然死なない生きてます
もしかしたら裏で何か言われてるかもしれないですけど
意外と死ななくて何も変わらないんですよ
僕の職務的な部分ってあんまり変わってなくて
意外とだから完璧にやらなくても自分で死なないんだねっていうのを
意外と味わえたりすると
そうすると手を抜くことに対しての
罪悪感
手を抜けるようになったりしますね
だからそういう行動とか体験っていうものが
自分って手を抜いてもいいんだよねっていう
安心感を与えてくれることってあるよねっていう話ですかね
2つ目が今ここまで話したのが1つ目の話
1つ目の話っていうのは別に100パーでやらなくても死なないよっていう話
それを言葉じゃなくて体で味わうと
ちょっと楽になるかもねっていう話が1個目でした
両立を可能にする3つの体験(2):完璧でなくても愛される
2個目がちゃんとしてない
これもまた100パーの自分じゃなくても
意外と愛されるよっていうのを味わう
これも味わうが大事かなと思いますね
僕結構自分のこの完璧主義って
対人不安なのかなって思ってるんですよ正直
僕はそういうふうに自分自身のことを分析していて
要はちゃんとしてないとか100パーセントじゃないとか
完璧じゃないっていう自分は
人から愛されないんじゃないかみたいな
見限られるんじゃないかみたいな
そういう不安って結構
まずその毛はあると思ってます
全然それを脱ぎ捨てられてないなと思っていて
でも意外とこれまたそうでもないです
全然そうでもない本当に
そうでもないね
でもこれもだから小さく出してみるしかないかもしれないですね
最初怖いっていう人はいきなりそんな
自分のそのすっぱなかというか
その部分とかコアな部分ってマジで出せないと思うんで
最初は少人数から試してみるとか
自分の全てじゃなくて小出しにしてみるとかね
こういう自分なんだけどみたいな
のを出したりすると意外とね
100パーじゃない自分というか
変な自分でも案外愛されますよ
てか何だったらもしかしたら変な自分の方が愛されてるかもしれない
もしかしたらね人によってはね
僕の場合はだから最初ね
僕ね完璧主義でしょって言われた時に
すごいなんかもやったんですよね
あーみたいな完璧主義
うーんみたいな
ちょっと話雑点するんですけど
僕ストレンスファインダーの最上志向って
その差がないんですよ
僕半分真ん中ぐらい
20位ぐらいだったかな
最上志向があるんですけど
別に完璧主義そんな高くないけどなーみたいな
最上志向も高くないしなーって思ってたんですけど
僕の完璧主義は多分対人不安からだなと思いました
正直
だからその未熟な自分とか至らない自分っていうのが
お出しするというかお見せすると
それによって人から見限られちゃうんじゃないかって
そういう恐怖があったので
だから手を抜けないよね怖いよねっていう風に
思ってしまってるっていう
そういう風に僕自身は自分のことを分析してるんですけど
けど案外なんかね
オタクな自分とか
結構未熟な自分とか
まあ変な自分
でも意外とね
愛してもらえますね
愛してもらえてるのかな僕は
愛してもらえてると嬉しいんですけど
そんなにそんなになんか
常にこう背筋伸ばしてなくても
意外とやっぱ大丈夫ですねこれも
でもこれもだから味わうしかないですね
味わわないと分かんない
で味わうためには
小出しにするしかないですね
で小出しにするってどういうことかっていうと
さっき言ったように
まあ信頼できる人にちょい出しするとか
その出すのもちょっとずつ出す
別になんかあの
なんだろう
どういうとこ出すかは人それぞれかもしれないですけど
オタクな一面出すとか
案外いい加減な自分をちょい出し
ちょい出し小出し小出し
してあげるとね意外と
あのそこへのこう
意外とちゃんとしてない自分でも
愛されるんだってところで
ちょっと恐怖が和らぐかなという
気がします
ちょっとあの紅茶飲んでいいですか
両立を可能にする3つの体験(3):自分の良さに気づく
紅茶ズズズって飲みますね
はいで最後3つ目
3つ目1個目2個目
何言ってましたっけ1つ目は
100点じゃなくても死なないよ
って思いましたね別に100点じゃなくても
完璧じゃなくても死なないです
ってところと2つ目似てるんですけど
これも完璧な自分じゃなくても意外と
愛されますよって話で3つ目が
自分自身の良さに
気づくってところですね
これもどないしたらええねんって話で
それができたら苦労せんのやって話を
思うかもしれないですけど
あの
自分自身の良さに気づくと何がいいか
っていうと他にとかあんじゃん俺って
思えるってことですねその
完璧じゃないとか100%じゃない
失敗することってあるじゃないですか
失敗するとかミスをするとか
思うような結果が出ない
っていう時あると思うんですけど
でもそれはあくまで自分の一面で
あって別のこっち側の一面って
自分いいとこあんじゃん
別にちょっとぐらいさそっち側で
ミスっても俺って他にこんだけ
素敵なところあんだからっていうところで
そんなに致命傷にならないっていう
ところですかね
これを逆に自分の価値とか
自尊心っていうものと
結果とか成果物に
あまりにもひも付けすぎてしまうと
結果が出ないとか成果物が
かんばしくないっていうそのこと自体が
自分の自尊心に大ダメージを与えてしまうので
そこを
一定ちょっと切り分けるというか
今まで50ダメージ
入ってたのを5ぐらいで
抑えられると
こういう失敗もあるわみたいな
でも45ぐらいが他の自分のいいところ
無事やしなみたいな感じで
切り分けるというか一旦例えば僕だったら
ここの企業
行きたいって思ったとこに処理は通らなかったけど
片屋は僕ってこういう
他にいいとこあるし
この時もあるかなっていうところで
面接通らなかったねっていう
結果はかんばしくないんだけど
そこと自尊心っていうところが
全く一致しないからこそ
こういう時もある
こういう結果の時もあるけど
それは自分の自尊心と
イコールではないよねっていう切り分けができる
っていう話ですかね
環境と人間関係の重要性
ただね
なんだろう
うーん
いずれもの環境が結構大事かなと思いますね
僕も
この3つって
僕なんで気づけたかっていうと
付き合ってる人
彼氏彼女の付き合ってるじゃなくて
縁のある人によって
気づかさせてもらってる
みたいなの結構あるかなとは思ってます
いずれも
結局1個目の
別に100じゃなくても死なないよ
っていうのはあれなんですけど
2個目3個目とかは
意外とその自分でも
楽しんでもらえるというか
受け入れてもらってるっていう
大人関係とかもありますし
3つ目の自分のいいとこに気づくっていうのも
やっぱり人がいないと結構気づけないこと
多かったかなって僕も思って
だから結構この辺は
関係値上に気づかせてもらった
環境とか関係値っていうものが
気づかせてくれたかなって
そういうありがたい側面があったかな
恩恵があったかなとは思ってますね
はい
まとめ:真面目さと寛容さの両立
そんな話でした
何の話でしたっけ
いろいろなとこに派生したんですけど
僕結論として今日話したいことは
ちゃんとする
ちゃんと手放さなくてもいいんじゃない
って話なんですけど
それってどういうロジックですかっていうと
ちゃんとは手放さず
真面目さちゃんとしなきゃっていうところと
でもちゃんと荒れないとか真面目で荒れない
完璧主義で荒れないっていうところの
自分を許すっていう寛容さ
ちゃんとさ真面目さっていうところと
荒れなくてもいいやって思える
寛容さは両立できますよねっていう話
僕はむやみやたらに
不真面目でいいじゃんとか
ちゃんと手放してっていうのを実行しようとすると
それがむしろ別の
べき思考に変わっちゃうって皮肉が起きちゃう
僕は起きちゃったので
じゃなくて別に
ちゃんとはちゃんと生かせばいいし
真面目は真面目で生かせばいいし
べき思考と完璧主義も僕はそのまま生かせばいい
そのまま生かした上で
でもそう荒れない時
だってあるよねっていう
そういう自分への自愛の心みたいな
こういうのを両立させていくと
結構
不真面目に近づくというか
俗に言うちゃんと手放しましょうとか
もうちょっと肩の力抜いて生きていこうよ
っていうところに近づくんじゃないかな
っていう話でした
そこに
それをする
できるようになったきっかけとして
自分の中には3つあって
別に100点じゃなくても案外自分死なねえや
100点の自分じゃなくても案外愛されるね
っていうところと
あとは自分のいいところ
っていうところに気づいてあげると
そこと不敵な結果というか
儚ましくない結果と自尊心が
リンクしないようになってくる
だんだんと楽になってきますよね
そういうお話でしたね
そんなとこでした
僕は結論としては
ちゃんとは手放さなくてもよくて
その真面目さと
真面目さちゃんとさ
べき思考完璧主義みたいなものと
寛容さっていうところを両立して生きていけば
楽なんじゃねっていう話でしたね
そんな話で今日は終わろうかなと思います
結び:体調と今後の展望
実はまだちなみに
喉が開腸ではないので
こんな話をするとまた喉が
悪化するかもしれないんですけど
あの
流覚さんとかもなめなめしながら
日々生きていこうかなと思っておりますので
今日はそんな話で
終わろうかなと思います
もし面白かったらいいねとかコメントとか
あと他のスタイルとかね
こんな話は僕多分延々としているスタイルが
何本かあると思うので
ぜひぜひ聞いていただいたら
嬉しいかなと思います
じゃあ本日はこんな夜遅くですけど
終わりまーすありがとうございました
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