はじめに:自信を分解する
はい、えー、みなさんお疲れ様です。えー、今日は、えーと、9月の…あれ?今日5日でしたっけ?9月5日?かな。あれ?5日?4日?5日?こっち?今日。
5日だよね?合ってるよね?9月5日だよね?え、6日?4日?あ、4日だ。はい。4日です。やべぇ。もう、頭おかしい。え、4日だよね?今日。9月4日だよね?はい。あの、9月4日。金曜日です。はい。
えー、よろしくお願いします。え、合ってるよね?ほんとに合ってるよね?6日だよね?ちょっと待って、スマホのカレンダー見るわ。なんて恥ずかしがりなんだよ。あ、4日ですね。はい。はい。4日でした。はい。えー、よろしくお願いします。はい。
えー、金曜日なので、えー、人によっては、えー、まあ、人によってはっていうか、多くの人によっては1週間お疲れ様でした。はい。自分は、あのー、接客業、サービス業なので、あのー、必ずしも、金曜日が、あまり終わり感は実はないんですけど、はい。
なので、今日はちょっと出勤前にこのスタイルを撮ってます。出勤前はちょっと空き時間を使って、えー、こちらのスタイルを撮ってます。で、えーと、今日話していきたいのが、ちょっと自信っていうものの細分化というか、こう、自信ってどう使っていったらいいのかなーみたいな話をちょっとしようかなと思ってます。はい。
で、最近は自分の中で、こう、自信っていうものをこう一個ずつロジカルに砕いていくと、まあ、こういうところに繋がるかなーみたいなのが結構仮説として出てきたんで、今日はそれを話していこうかなと思います。はい。
はい。まあ、あと日本人結構その、自信とか自己肯定感みたいなところ悩んでる人多分多いかなと思うし、てか僕も別に悩んでないわけではないし、僕も悩んでる人だし、まあそういうところで、なんか、僕の考えはこうなんだよねーみたいなのが、ちょっと一個こうなんか、あのー、逆に例えばって言うとちょっとなんか上からやけど、いいかなーぐらいには思うんで、まあまあじゃあ話していくんですけど。
自信獲得のための4段構成:自信←結果←行動←環境
まず結論から言うと、最近自分の中には仮説、これ仮説なんですけど、すげーこれもこうだって、あのー別に僕がなんだろう、すごい脳科学の研究とか心理学の研究でこうだなっていうわけじゃなくて、自分の経験としてあーこうだなって思って、最近仮説があって、まず自信、まあ、よくこう類語で自己肯定感とか自己効力感とか自尊心とかなんですけど、まあまあ一旦、このスタイフ中ではそういうもの全部どういうものがあるのかっていうのをちょっと話していきたいと思います。
同義というか一括りにしてちょっと話そうかなと思うんですけど、自信っていうものを誓うためには、一個クローズ、そのダウンすると結果が必要なんですよ。自信のためには結果が必要で、結果のために必要なのは行動で、行動のために必要なのが環境だなっていうところに最近行き着いたんです。
この4段構成、もしかすると間に何個か入ってくるかもしれないんですけど、このなんか自信のためには結果が必要、結果のためには行動が必要、行動のためには環境が必要っていう、ここの4段構成に最近自分は気づいてきたという、こういうものを仮説として持っていて、それってまあこうこうこうだからこうなんじゃないって話を順序立ててちょっとやっていこうかなと思うんですけど。
自信と結果の繋がり:結果の重要性
はい。まず、自信とか自己肯定感をつけるために結果が必要だなと思ったんですよ。で、これはなぜかと、このなぜかって話なんですけど、やっぱりね、何もないところから自信を生み出すのって結構激ムズだなって思ったんですよ、個人的に。
もしかしたら人によってはできるのかもしれないですけど、何もないっていうまっさら白紙、空白の状態から、いやでも俺はすごいんだぞみたいな、俺ってなんか火出てるんだぞみたいなのを認識するっていうところがすごく僕難しいかなと思っていて。
なんか例えば、アファメーションでしたっけ、すごく自分にいい言葉をかけて自分を鼓舞するみたいなのがあった気がするんですけど、ごめんなさいあんまり僕アファメーションについてめちゃくちゃ詳しくないので、ちょっとにわかっぽくなってしまうかもしれないんですけど。
自分本当に何も、実績みたいな感じで言うとそれはちょっと重しい感じになるんですけど、何もないっていう状態から自分ってすごいんだぞっていうのをやると、若干嘘で塗り固めてる感じになるんですよね。
結果みたいなのが空白というか、自分の中にそういう誇れるものとかすごいなとか、自分でこういう結果出したんだぞみたいなものがないんだけど、ないっていうこの白紙空白の状態に対して、いや俺はすごいんだぞ、自分って強いんだぞみたいな、自分ってこんなことができるんだぞって思っても、
それってなんか自分に対してずっと嘘を吐き続けてるみたいな感覚になるような気がしていて、というか僕はそうだったんですよ。僕の場合、これは僕の場合、人によってなんかそういうのうまくやれる人がいるのかもしれないですけど、僕の場合はそれがやっぱり嘘じゃんみたいな。
自分って大したことなくてすごくなくて何もできなくて自信なんてないのに、でもそれを無理やり自信があるって自分の気持ちに反して思い続けるのって、それはそれで空虚感があるというか苦しい行為だと思うんですよね。
結果が伴わないというか、やってて実績が伴わないのにでも自分はすごいみたいなのって、すごいなんか惨めな感じになるんじゃないかなと思っていて、ってなった時に僕は何もないっていうその白紙空白の状態から、俺はすごいんだぞとか、俺ってこういうとこが引い出てるんだぞって、そう思うっていうプロセスって結構僕は難しいなと思ったんですね。
だから自信とか自己肯定感っていうものに対してはちょっと耳が痛い人が中にいるかもしれないですけど、一定その何かしら実績とか結果が絶対的に必要だなと思います。もちろんこの実績とか結果っていうのが例えば会社内でみたいなこととは限らないと思います。
別にそれだけには収まらないかなと。別に会社外のプライベートで何かすごく自分が充実するようなことをしていて、それが結果として現れているとかでもいいかなと思うんですけど。会社の実績だけじゃないと思うんですけど、自分の人生のどこか時間において何かしらこう自分ってこういうことやってるなとか、自分ってこういう結果出てるなっていうものがないと結局嘘で自分を塗り固めてしまうっていうものに僕はなってしまうような気がしているよね。
結果の二軸:作るプロセスと認識
だから自身に対して結果必要だよねっていう風な仮説をまず持ちました。ここもうちょっと分解個人的にできるかなと思っていて、この自信と結果の接続のところなんですけど、まずこの結果って一言で言ってるんですけど、この結果は僕は二軸あると思っていて、それがまず結果を作るっていうそういうフェーズと結果を認識するっていうこの二軸が大事かなって思ったんですね。
で、これどういうことかっていうと、結果を作るってわかりやすく、その実績として何かを作るってところですね。何かこう結果とかその実績とかを出す。重ね重ねですけど、これが別に会社の何かじゃなくてもいいと思ってます。なんか営業成績側とか売上成績側とか、別にその仕事じゃなくても仕事外の部分でもいいと思うんですけど、何かしらその自分が誇るというか自信を持つための材料をそもそも作るっていうのがまず結果の一要素としてあるかなと思っています。
で、二つ目には認識をするっていうところで、これ認識をするってどういうことかっていうと、出してるのに気づいてないっていうパターンが多いしてあるかなと思っていて。で、これよく言われるんですけど、何か得意なこととか自分の強みとかって結構自分じゃ気づけないみたいな。何でかって言うと自分が当たり前のようにやってるから、そこに気づいてないっていうパターンが結構あるよっていう話なんですよね。
僕の場合だったらこうやって考えたことをこうやって理路整然と話すのが上手かったりするんですけど、人によってこの長所ってあると思う。僕にできることもあれば僕ができないこともあるでしょうし、それはきっと多分皆さん、生きてる人は一定こういうものがあると思っていて、そういうのがあった時にその結果出してるんだけどそれに気づいてないっていうパターンが僕は一定あるんじゃないかなと思ったんですよ。
だから結果っていうのは一言で言うんだけど、まず結果を一定は出すというか作り上げるっていうことと、それにちゃんと気づいてあげるっていうこの2つが必要。出してるんだけど気づいてないと結局、いや当たり前ですけど、こんなの誰でもできるでしょ。別に俺が火入れてるわけじゃないでしょみたいな感じで、良くない謙遜というか自己価値が自分の中で高まらない感じになってしまうと思うので。
というところで結果を作り上げるっていうところと、そこにちゃんと自分自身で気づいてあげるっていうところがこの2軸があっていいのかなっていうのは思いました。
気づくにはどうしたらいいんだろうな。むず。これ意外と気づけないんだよね。意外と気づけないんですよ。これ考えてなかったな。気づくにはどうしたらいいんだろうね。今自分で話しながら気づくってどうしたらいいんだなって考えてるんですけど。
うーん、そうね。自分こと自分なんですけど、上手いルールがあって。僕の中で。僕の中で上手いルールがあって、褒め言葉とかいいフィードバックは3人以上から言われたら認めるっていうルールがあるんですよ。
要は3人以上から同じところを褒められたり、いいって言われたらもうそれはお世辞じゃないみたいな。これはちゃんとガチで言ってるんだなって認めようっていうルールを決めてるので、そういう意味でいいねを3つ以上もらえたら僕はそれを自分のものとして評価するっていう、そういうルールを僕は今設けてます。
あとはそういう意味で広く抽象的に言うと比較になるのかなと思います。ここもちょっと世知辛いかな。場合によっては世知辛いかもしれません。
比較って結構苦しい側面もあるんだけど、いい意味での比較かな。やっぱり周りと比べてとか、自分がここ強いなーみたいなのは、やっぱり比較。周りはできないけど自分はできるとか、周りは上手くいってないけど自分は楽にいけるみたいなところのこの比較でやっぱり知ることが多い。
比較対象の選び方:不毛な比較を避ける
でもね、また比較って話が出たんで、ここで中期なんですけど、化け物見るやつと比較しないほうがいいですね。これどういうことかって話なんですけど、例えばめっちゃ物知りなんですよ、僕って。
すごいなんか自画自賛したんですけど。結構物知りではあるんですけど、ちょっと前まであんまり自分が物知りだと思えなかったんですよ。で、なんで思えなかったっていうと、僕クイズノックっていう、クイズノックって知ってますかね皆さん。
東大王とかの伊沢拓司さんがやってるYouTubeチャンネルというか、厳密に言うと株式会社バトンっていう会社が運営してたりするんですけど、そういう知識集団というか知能集団みたいなののYouTubeチャンネルめっちゃ好きで見てて。
その人たちと比べたら僕大したことないんですよ。当たり前なんですよ。東大卒のクイズ王とかもまさしく博学の化け物みたいなやつらなんで。そういうところを見てると、いや俺なのか全然みたいなのはあるんですけど、いやそれはね比べる対象がおかしいんでやめましょう。
そういう比較はしなくていいです。世界のどっかには自分より何かしらのパラメータを引いてたやつはいるんで間違いなく。数学得意だよってやつも絶対その世界のどっか探したらあんたより数学得意なやついるし、いや俺英語得意だよってやつがいても、世界のどっかにはあんたより英語が達者に話せるやついるんで。
そこと比べるのマジで不毛なんで。自分が世界1位なわけはないので、そこは分け合えといたほうがいいと思います。わけわかんないところと比べないほうがいいと思います。ただなんとなくその自分のいる集団とか、なんとなく自分が触れ合っている人の中で、なんかあれ自分ここすごくねっていうところがやっぱり火出てるところなんで、そういうところを拾うようにしたほうがいいかなと思います。
もう本当に世界トップの連中とか、日本トップの連中とか、そんなやつとわざわざ肩を張りにいく必要はないです。勝てるわけないんで。それはやめてください。無理ですから。だから僕は物知りですけど、クイズノックの人たちより物知りだという自負はないので。
あくまで一般的に見たときに多分自分っていうのは、総合的に見て結構物知りでいろんなことしてる人なんだなっていうのを、なんとなく最近の自分の人との付き合いとか繋がりで知ることができたので、そういう自分とって気持ちのいい比較の仕方をしましょう。厳しいこと言いますけど、あなたは世界1位じゃないので、それは諦めてください。
世界1位なわけないんで。それはそうなんで。これは別にそうでしょ。世界1位なわけないので。世界1位じゃなくても別にいいんで。一定の中で自分の引いれた特徴とか特性とかを認識して生きていけばいいかなと思ってるんで。
すぐ話が脱線したんですけど。自分はまず自信と結果の接続っていうのはそういうところを考えてます。自信を使うには要はゼロ。完全なる白紙の状態で自信に繋げるっていうのは結構難しいので、まずは一定の結果。
仕事じゃなくてもいいと思うんですけど、一定の結果とか実績っていうのは当然じゃないと自分に対して空虚感とか虚しさを与えることになるよねって思ってるって話ですね。結果に対しては実際その結果を出すっていうプロセスと、出した結果を認識してあげるっていうこの両軸があっていいんじゃないのっていうのを思いました。
結果と行動の繋がり:行動の必然性
ここまでで14分話してるんですけど、ようやく2個話しました。段差2個目の接続の話が終わったんですけど、今度じゃあこれはもうすんなり終わるわ。結果と行動の接続の話。1個またブロックダウンして、今度は結果と行動の接続なんですけど、これは逆に説明僕いらないかなと思っていて。
寝てて結果がやってくるわけないんで、行動しなきゃいけないんですよ。寝てて食えーっつって口開けて待ってたら結果がやってくるかっていうとそんなことはなくて、当然結果を打ち出すためには行動が必要なんですよね。もちろん結果っていい結果だけじゃなくて悪い結果かもしれないですけど、いずれにせよ何かしらのアクションを起こさないと結果ってやってこないですよね。
例えば自分がサービスをやろうみたいな思っていて告知も何もしなくて急にお客さんがパンってやってくるなんてことは当然、ほぼほぼ超人気の上っ子の人で前から縁があって、ちょっとすいませんサービスないですかって向こうから来るパターンはあるかもしれないですけど、まず自分から動かないとそもそも間口がなかったら誰も人が来ないですし、他にも何だろう、例えば窓際社員とかも当然ありますけど、
会社だと仕事をしなかったら給料なんてもらえないし、さっきの営業成績とかも動くから成績ってついてくるわけですよね。学校の勉強とかでも一緒ですよね。勉強するからテストで結果ってものが返ってくるわけで、脳弁、化け物みたいな天才だったら別ですけど、脳弁でポンポンいい結果が返ってくるわけがないので、これって原則じゃないですか。行動しないと結果がやってこないっていうのはすごい当然の話だと思うんで、ここは結構明らかだなと思う。
要は、よくいろんなインフルエンサーとか世の中いろんな人がいますけど、じゃあ行動が大事じゃんっていう話に帰結するんですよ、結局。行動しなきゃ自信なんてつかないよみたいな。ごめんなさい、僕あんまりこの手のありふれたメッセージってあんまり好きじゃないんですけど、結局自信のためには結果がいって、結果のためには行動がいりますよね。
じゃあ皆さん行動しましょうよって話だと思うんですけど、でも、みんなさ、多分行動が大事だってわかってると思うんですよ。行動が結局自信のもとであるっていうのは薄々わかってると思うんですけど、なぜ行動ができないのかっていう話と、その行動ができないっていうのを打ち崩すには何が必要なのかって考えたときに、自分は環境だなと思ったんです。一番最後のブロック。
行動できない理由と環境の重要性
で、多くの人が行動が大事だってわかってて行動ができてないじゃないですか。これ何でなんだろうなって思ったんですよ。
てか僕もそのポンポンポンポン行動してるわけじゃないし、こんなこと言ってる僕自身だってそうなんですけど、最後のブロック打ち崩すのは環境だなと思ったんですね、自分の場合。
で、えっとね、また話が脱線するな。話脱線していいですか。脱線していいですかって自分のスタイルなのを聞くんですけど、よく自信がないから行動ができないっていう話があるじゃないですか。自信ないから行動できないんだよねみたいな話があると思うんですけど、
でもここまで僕が話してきた内容を振り返ると、自信って結果生んでるんですよ。自信のもとは結果なんですよ。結果のもとは何かっていうと行動なんですよ。だから人類だって考えると自信って行動しないとつかないんですよね。
でも行動しないと自信がつかないっていうジレンマが起こるじゃないですか。わかります?多分自信がなくて行動できないんだよね、自信がなくて動けないんだよねみたいな話があると思うんですけど、いやそもそも待てよみたいな。
崩していくと自信のもとってなんだっけってなると自信のもとって行動なんですよね。ここでまず矛盾が起きるんですよ。だから大事なのは自信がなくても動くことなんですよ。自信がなくても行動すること。自信がなくても行動するために何が必要なのかって考えたときに必要なのが環境だと思ったんですよ僕は。自信がなくても動くっていう。
環境の二軸:優しい環境と厳しい環境
でこの環境っていうのもまたちょっと抽象的なキーワードなんですけど、めっちゃ例えばですけど職場とかですね。職場。例えば皆さん職場だから働けるみたいなところあるじゃないですか。
仕事が回ってきて案件が回ってきて上司の目があってどういう目があってみたいな。やらなきゃいけなくて時間決まってて納期決まってて。だから動ける。こういうことですよ環境って。分かります?これって中は矯正ではあるもののでも動いてるじゃない。動かされてるじゃないですか。
で動かされてる結果としてもしかしたらその仕事が嫌かもしれないし嫌だこんな仕事って感じかもしれないんですけど、結果としておそらくその仕事の技能って培われてると思うんですよ。やっていくうちに。大なり小なり。もちろんそのモチベーション高く働いてる人もいれば、なんかあんまりちょっとこう微妙だなーって働いてる人も中にはいると思うんで。別に自分はそこは否定はしないんですけど。いずれ動いてるってことは一定の仕事っていうかその仕事の技能みたいなのが培われるわけですよ。
で培われてるからこそもちろんその業績が看板しかないかもしれないですけど、それが結果に繋がって実に繋がるっていう場合があると思うんですよね。で他にも自分が環境っていうところの環境ってキーワードに入ってる要素でコミュニティとかも全然環境になるかなと思っていて。
自信がないから行動できないっていうのをもう少し紐解いていくと、いい結果で帰ってこなかったら傷つくからだと思うんですよ。ぶっちゃけそこかなと思っていて。傷つくんですよね。行動してうまくいかなかったらしょげるんですよ。僕だってしょげますよ。正直こんな話してますけど。それ僕だっていい結果で帰ってこなかったらしょげるんですよ。
例えばさっきのサービスね。自分のサービス立ち上げますって出して人が来なかったらしょげるじゃないですか。あー俺の出すサービスには価値がないんだなーみたいな。自分には価値がないんだなーみたいな。しょげるじゃないですか。ってなった時にお疲れお疲れみたいな。どんまいどんまいみたいな。そういう時もあるよって言って落ち込みとかしょげたのを回復させてくれるみたいなのも僕は環境だと思ってるんですよね。
さっきその結果には二軸あるって話をしたと思うんですけど、僕は環境にも二軸あると思っていて、それが優しい環境と厳しい環境ってこの二軸があると思うんです。これ僕どっちが良い悪いじゃなくて、これも行軸あっていいと思います。どっちもあっていい。
人によっては50%50%じゃなくて、これが7-3とか8-2とか割合調整あってもいいかなと思っていて。厳しい環境って何かって言うと自分の行動を促進させてくれるような環境なんですよ。行動を促す環境。もっと言うと鞭打ってくれる環境ってことですね。
動けって言ってくれる環境。優しい環境って何かって言うと、いいよいいよどんまいどんまいみたいな。そういう時もあるよって言ってくれる環境。言ってくれるかどうかは別ですけど、そういう厳しい環境を優しい環境ってあった方がいいと思っていて。厳しい環境は何をする役割かって言うと行動を促進させるための環境なんですよね。
自信がなくても動かされる。さっき言った職場とかそうなんですよ。職場って時間決まってる、同僚がいる、上司がいる、農機がいる、締め切りがあるみたいな。こういうので、嫌がおりにも動かなきゃいけないじゃないですか。これが厳しい環境なんですよ。
だけど、職場って一例ですよ。他にもバディバディの厳しい夢中ってくれるメンターみたいなのがいるのも厳しい環境だと思いますし、鬼教官みたいな。いいのかな。
いずれにせよ、厳しく自分を奮い立ててくれる環境が厳しい環境だと思っていて、夢中たれて動かされる。動かされるから行動に繋がって、行動のいくつかが結果、いい結果悪い結果あると思うけど、結果に繋がるっていう流れになるかなと思うんです。
厳しい環境の功罪と優しい環境の役割
ただ、厳しい環境にずっといると、そこを変えれないと何が起こるかというと、心が折れるわけです。やれって言われても心がついてこない。最悪の場合、それが鬱とか適応障害とか、心がポキンって折れちゃう状況に繋がるわけです。
だから、人によっては厳しい環境を摂取できないとか、今厳しい環境の割合を増やすべきじゃないって人が当然いるんですよ。いると思ってます、僕は。ってなった時に大事なのが、優しい環境だと思います。
ボロボロ状態で厳しい環境は摂取できないから、一旦優しい環境を摂取して、ボロボロを回復させなきゃいけないんですよね。一旦、大丈夫だよみたいな。大丈夫、どんまいどんまい。
例えば、自己肯定感じゃないですけど、本当に細い意図しかない。あと、一発でも殴られたら死んじゃうみたいな状態で厳しい環境は摂取できなくなって、そこで必要なのが優しい環境なんですよね。優しいをまず摂取しない。
優しいを摂取して、要は失敗しても大丈夫、ここに帰ってくれるよねとか、失敗してもこの人たちっていうのは受け入れてくれるよねとか、リカバリーかけてくれるよねみたいな。
こういう環境下で、一発殴られるところじゃなくて、10発ぐらい殴られても俺大丈夫やなみたいな状態で厳しいを多分摂取して、そしたら厳しいによって行動が促進されるから。
行動が促進されるからまた何がし何がしっていう話になるのかな。
バランスの重要性と自己肯定感のループ
ここはどっちが良い悪いじゃなくて、本当にどっちも合っていいと思います。
なぜなら優しいだけに使ってると行動できないから結局。優しいって気持ちいいんですよ。気持ちいいって気が楽。
結局自分の現状維持的な話になるんですけど、頑張らなくても攻められないし、みんないいよいいよで用意書してくれるし、イエスマンしてくれるし。
それが必要な場面もあるんですよね。さっき言ったように本当に一発殴られたら死ぬぐらいのボロボロな状態だったら、
一回そういう状態で、そういう環境で自分のまた永久や死ぬ、エネルギーチャージみたいなことですよね。
大丈夫大丈夫って帰ってこれるっていうあきさかみで、一回回復させる。
で回復させて、そこにずっといても回復ゾーンにずっといても結局自分の行動って何も動き出さないから、
動かすために厳しいっていう環境がいるんじゃない?厳しいによって振り立てされるというか動かされるから、
動かされた先に自信っていうものがあるんじゃないの?っていうことを最近仮説として思いました。
仮説としては思いました。はい、っていう話なんですけど。
自身の経験:行動と回復力の向上
最近、これ僕の話なんですけど、自分のことなんですけど、僕は若干、若干ですよ若干。
そんな100パーマックスじゃなくて若干なんですけど。
ちょっとこうその自己肯定感なり自信チックなものがついてきたかなっていうふうに思っていて。
それは何でかっていうと、やっぱり最近ちょっとね、ちょくちょく行動ができるようになった。
行動って何かっていうと、ちょくちょくXの方とかでイベントしたりとか、またはオフラインイベントしたりとかしてて。
前までやっぱ人来なかったら嫌だなとか。
うん、なんかそしたら人来なかったらなんか自分の価値を傷つくじゃないですけど、
わかりますよね、自分自身でこういうのやっても勝ちないんかなーみたいな気持ちがあったんですけど。
でも、最近ちょっとそれがほぐれてきたというか。
そこまでじゃないって言ったら、僕は現在でも嫌なことだったら傷つきはするんですよ。
今現時点思っても、イベントに人来なかったりしたらすごい悲しいなって思うし。
例えば他にも転職活動とかで書類通らなかったら、それはそれで切ないなと思います。悲しいなとは思うんですけど。
前ほど自分の自信とか自尊心みたいなのが大きく削られることはないなっていうのを最近思ってて。
仮に削られたとしても、ちゃんと回復をさせる。
さっきの優しい環境じゃないですけど、傷つくのは当然、生きてたらあるんで。
当たり前、当たり、もうそれを当たり前だと思い始めてきました。
傷つくのが当たり前、書類は落とされて普通、人が来ないのもそういう時もある。
でもなった時に、じゃあ一旦ランニングするか、一旦励ましてもらう。
一旦仲良い人とちょっと愚痴聞いてもらうか、みたいなのがあったりするので。
こういう環境っていうと大御坂にはなるんですけど、自分の中で厳しく行動するっていう。
ハキハキするっていう時間と、緩め時じゃないですか。
頑張り時、休み時みたいな感じですかね、どっちかっていうと。
みたいな感じで、こういうのを上手いこと使って進み続けていく必要があるなと思ってた。
その積み重ねっていうのが最終的には自信とか自己肯定感みたいなものに繋がっているのかなと思っていて。
傷つくことを前提とした動き方
最初にやっぱ行動の段階で傷つくこと自体を避けると、結局それって行動自体が止まっちゃうんで。
傷ついたりする、メンタルえぐられるっていうのは前提として、えぐられることを見越した動きをするのが最近利口だなっていうふうに覚えてきてるんですよね。
今日はそんな話でした。ここまでだんだん的にバーって話、28分くらい話してるんですけど、すごい良い内容でしたね。
最終まとめ:自信獲得への道筋
割れながら良い内容。最後に再まとめをすると、自分は最近仮説として持ってるのが、
自信とか自己肯定感とか自尊心みたいなこういうものを培うためには、ぶっちゃけ結果というものが要ります。
結果とか実績っていうものが要りますよね。結果とか実績っていうのは一応これも2軸あって、結果を実際に打ち出すっていうプロセスと、
打ち出した結果を自分が築く、辞任するっていうこの2つ、両軸があっていいんじゃないっていうところ。
それからこの結果に対して必要なのは当然行動。口開けて待ってても結果ってやってこないんで、
動くっていうフェーズが当然必要です。動くには何が必要かっていうと、ここで必要なのは自信じゃなくて環境の力。
要は自信がなくても動ける。その要は優しい環境と厳しい環境。厳しいっていうのは行動を促進させてくれるもので、
優しいっていうのは傷ついてもしっかり修復させてくれるという、自分がリカバリリフレッシュできるっていうそういう要素の、
この2軸の環境っていうものがあると結果的にそれが行動につながって、行動が最終的にはブロックで上がっていくと、
自信とか自尊心っていうものにつながっていく。あとはここのループだと思います。
ここのループ、自信とか自尊心みたいなのがついてきたら今度逆に行動っていうところのハードルとかブロックが一定解除されてくるかなと思っているので、
だから優しい厳しい、重ね重ね僕はここマジで人によって塩梅が絶対あると思っています。
傷ついている状態で厳しい環境の摂取しすぎは結構要注意だと思っています。
それでそれをした人が僕、鬱とか適応障害とかそこに類するところに行くと思うので、自分にとって今は優しい、優しい成分を摂取すべき時だな。
でもそろそろ厳しい成分、ビタミン厳しいを摂取できる時だなみたいな。
あの時をちゃんと自分の中でそれは考えた方がいいかなとは思っています。
というのが最近自分が自信とか自尊心みたいなところの培い方と行動促進みたいなところに対して思っている解釈というか、
そういう仮説なんだよねっていうそんな話でした。
エピソードの締めくくりとリスナーへの呼びかけ
ここまで30分くらいお付き合いいただいてありがとうございました。
このスタイル何本目でしたっけ?21本目でしたっけ?
収録時点では第何本目か覚えてないんですよね。
確かに21本目くらいだったと思うので、もし面白いなと思ったら、
この前に遡ってこの内容面白そうだなと思った人はポチッとしていただけるとすごく嬉しいです。
それからいいねとかコメントとか別にどんなSNSでもいいのでいただけると個人的にはすごくモチベーションになるので、そちらもぜひよろしくお願いします。
じゃあ今回ここで終わります。
じゃあまたねバイバイ。
はい、3、2、1。