1. 身体の教養ラヂオ
  2. 「何をしても治らない」意識の..
「何をしても治らない」意識の方向を変えるだけで、変わりはじめます。
2026-04-07 29:53

「何をしても治らない」意識の方向を変えるだけで、変わりはじめます。

ストレッチ、筋トレ、サウナ、ヨガ──いろいろやっているのに身体が楽にならない。そんなお悩みに答えます。

足りないのはメソッドではなく、自分の身体を感じ取る力のほうかもしれません。同じ動きを繰り返すと脳が感覚を間引いてしまう仕組み、「身体に気をつけているつもり」と「実際に感じ取れている」の乖離、そして感じようとすること自体が運動を変えるという話。

同じストレッチでいいんです。やりながら意識の矛先を変えるだけ。今の身体を感じて、心地よさを探してみてください。そして、それをもっと心地良くなるようにしてみてください。

——


大沼竜也について
https://www.somaticstudiojapan.com/tatsuyaonuma


「身体の教養」を日常に──Somatic Studio
身体動態瞑想、水夜身体論、定期配信。月額¥3,300で身体の教養を暮らしに取り入れるオンラインスタジオです。
https://www.somaticstudiojapan.com/somatic-studio


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、様々なセルフケアを試しても体の不調が改善しないという悩みに、大沼竜也氏が「体の声を感じ取る能力」を高めることの重要性を説いています。多くの人がメソッドや手法を増やすことに注力しがちですが、脳が同じ動きを予測して感覚を鈍らせてしまう仕組みや、「気をつけているつもり」と「実際に感じ取れている」ことの乖離が問題だと指摘します。体の内側にあるセンサー(受容器)が筋肉や関節の状態を脳に伝えているものの、自己評価と実際の感覚のずれが生じると、いくらケアをしても効果を感じにくくなるのです。解決策として、新しいメソッドを探すのではなく、今行っているストレッチや運動の際に、意識を「心地よさ」や「体の感覚」に向けることを提案しています。感覚を感じようとすること自体が能動的な行為であり、体の状態を調整し、より心地よい方向へと導くきっかけとなります。この意識の向け方を変えることで、体の声を聞き、本来必要なケアを見つけられるようになり、日々の生活の質を高めることができると語っています。

セルフケアの悩みと「感じる能力」の重要性
皆さんこんにちは、大沼竜也です。 身体の教養ラジオ、今日ものんびんだらりといきたいとおもいます。
今日はね、ソマティックスタジオのサポーターの皆さんから質問を受け付けてるんですけど、それについてお答えしていきたいとおもいます。
お悩み相談だね、今日は。 じゃあちょっと読み上げますね。30代後輩の会社員の方から、
デスクワークで肩と腰がずっと重くて、3年くらい前からいろいろ試してます。
すごいね、素晴らしい。 最初はyoutubeで見つけた肩こり解消ストレッチを毎晩やってました。すごいね。
半年くらい続けたんだけど、すごいね。なんかすごいね、しかいっぱい言っちゃってるけど。
やってる間は少し楽になっても、翌朝にはまた元に戻っている感じがします。
次にジムに通い始めて、週2回の筋トレを1年やりました。すごい。
姿勢が良くなれば楽になるかなと思って体力がついた気がするんですけど、肩の重さわかりませんでした。
今はサウナと整体を交互に行っています。 素晴らしい。あとマインドフルネスのアプリも入れました。すごい。
でも正直何が効いていて何が効いていないのか、もうよくわからなくなっています。
やればやるほど自分の体のことがわからなくなっていく感じがするんです。何が足りないんでしょうか。
まずね、素晴らしいです。こんなにいろんなことを自分の中で試して、いろんな情報とか拾いながら、これが良いらしい、これが良いぞっていうのを
自分なりに学ばれていろんなところから実際に自分の生活に取り入れてみてってことをしていることがまず素晴らしいことです。
でね、実際こういうふうにいろんなことを増やしすぎてわかんなくなっちゃうっていう方って確かにね、いらっしゃるんですよ。臨床の中でも。
僕もたくさんこういう相談で受けたりします。やってないわけじゃないですよね、全く。むしろすごいやってるわけだ。
情報を集めて、やり方によってはお金も時間もかけている。
なのに根本が変わってない気がするんだっていうこうもやもやが残ってて、もっと良い方法があるんじゃないかなって、また次のメソッドを探し始めるということだ。
すごいざっくりこれに対して僕がお答えすると、何か手法が足りないとか、これを新たにやってみてくれっていうよりかは、
自分の体を感じるその能力みたいなものがこれが備わっていけば、このもやもやっていうのは晴れていくはずです。
ちょっとこれを今日は解説していこうと思います。
体の感覚システムと自己評価のずれ
僕らの体には内側にセンサーがあるんですね。
例えば筋肉の中になったら、筋膜防水って言われる受容器、感覚器っていうのがあります。
センサーがあるのね。これが筋肉の中にいっぱいあるおかげで、今筋肉がどれくらい伸びているか、どれくらい縮んでいるか、
たるんでいるか縮んでいるかっていうのを、この筋膜防水が近くして、これをリアルタイムで脳に送っているんですよ。
もちろん関節とかにもセンサーがあって、角度を測ってたりします。
内臓の状態を感じるセンサーもあるし、いろいろなところにあるんですよね。
こういう体の内側の状態っていうのを感じ取る仕組み、感覚みたいなものを内受容感覚っていうふうに言ったりします。
内受容感覚。インターセプションとかインターローセプションとかって日本語で言うかな。
ここが筋膜なんですけど、ロンドン大学のガーフィンケルっていう研究者の方は、2015年にこの内受容感覚っていうのは3つの層があるよっていうふうに整理してます。
1つ目が正確さです。
自分の心拍や体の状態っていうもの、これを実際にどれくらい正確に検出できるのか。
そして2つ目っていうのが自己評価。
自分は体のことを分かっている。そう思っているかどうかです。
そして3つ目が気づきの一致。これはね、アウェアネスとかって言ったりするんですけど、正確さっていうものと自己評価っていうものがちゃんと噛み合っているかどうかっていうものなんですね。
この3つがね、ちょっとアンバランスになってしまうといろんな問題が起きたりもする。
つまり、自分は体に気をつけている。自分は体のことを分かっているっていうふうに思っている人が、実際には自分の体の状態をほとんど正確に感じ取れていないということもあるわけです。
こういうことが起きてくる。
自己評価だけが高くて正確さが伴ってないっていうこともあったりするんですよね。
相談者の方のこのやればやるほど、自分の体のことが分かんなくなっていくっていうような感覚っていうのは、まさにね、この正確さと自己評価っていうものが、やっぱこう、どんどん乖離していくっていうのを体感しているんだと思うんですよ。
これ素晴らしいことです。
自分でね、違和感を感じている。
この違和感に気づけないまま、ある種こう突っ走っていって、いずれやっぱ壊れるの。体のほうなのでね。
体が動かなくなって気づくっていう方もたくさんいるわけだ。
でもこの方は、違和感っていうものは自分で、異まりできないけど、あれって思って感じることができている。
その違和感をね、まずは肯定してあげてほしいんです。
さらに進めますね。
予測による感覚の減衰メカニズム
なぜこの乖離が起きるのかっていうと、
一つは同じ動きを繰り返していくと、脳がその動きを、その動きの結果っていうのを予測するようになるからなんです。
これはね、神経科学者のウルバートっていう方が2001年くらいに提唱したモデルがあります。
これざっくり言うと、脳は体を動かす前に、こう動いたらこういう感覚が入ってくるはずだっていうような予測を立てるんですよ。
日常でもありますよね。
コーヒーが入ってる。
ごめんなさい、お腹鳴っちゃった。
お腹空いたな。
目の前のコーヒーカップがあるとすると湯気が出てるとするでしょ。
それを持つぞと思ったら、
大体の重さってのはなんとなく今までの習慣から身についてるわけですよ。
これが湯気立ってる気がしたから、コーヒー入ってるんだろうなと思って手伸ばして取るけど、
入ってなかったら意外とスコンって軽いみたいになることだってあるわけですよ。
こういうふうに予測をしながら僕らは行ってるのね。
階段もう一段あると思ったらなくて、
ズコッてなるとかさ。
そういう感じですね。
こういう予測と実際の感覚っていうものが一致すると、脳はその感覚信号を減衰させるんですよ。減らしてくるんですよ。
1日歩いてる時に右足が地面に着いた、左足が地面に着いた。
そんなことを考えてもないじゃないですか。意識にも登ってきませんよね。
こんなことをしてたら情報がありすぎてもう頭の中パンクしちゃいます。
今お腹が鳴ったぞ。
今お腹が鳴ったぞ。
で、それと頭がこういうふうに傾いてるぞ。首のこの辺張ってるぞ。
心臓バクバクこのくらいのペースでやってるぞ。
いろんな信号が入ってきたらもう他のことを考える余裕もなくなっちゃうからね。
だから効率化するために正常な仕組みとしてあるんですよ。
でもこの仕組みっていうのがある種ルーティン化したセルフケアっていうものに対しても同じように働いてしまうんですね。
毎晩同じストレッチをしていれば脳はその動きの結果を完全に予測できるようになります。
予測が完全に一致すれば感覚信号っていうのは減衰します。キャンセルされるわけ。
ストレッチしてるのに体からのフィードバックっていうのが届かなくなるんですよ。
やってる間のちょっと楽になった感じ、これやると楽になるなーみたいなのがだんだん薄れていっちゃうっていうのは気のせいじゃないんですね。
脳が感覚を間引いてるっていう風にも言えると思います。
生理学者のプロスクっていうのとガンデビアっていう方も同じことを別の角度から示しています。
同じ範囲で繰り返される動きっていうのはその範囲の筋膨水、さっき言ったよね、筋肉の中にあるその感覚器センサーっていうものの感度そのものを低下させるよっていうことが生理学的な実験からもわかってる。
体が文字通り自分の習慣的なパターンに対して鈍くなっていくわけです。
するとこういう循環が起きます。
体が硬いからセルフ系を始める。
で、同じストレッチとか、同じイントレとか、同じ肩回りとかメソッド繰り返す。
そうすると脳が感覚を減衰させる、キャンセルする。
そうすると体の状態がわかんなくなってきますよね。
そうするととりあえずのケアが増えてくる。
こうすると体はさらに感じ取れなくなるっていうような
なんかね、嫌な感じのループが回ってくるんですね。
やればやるほど体が遠くなるっていうのはこういう構造なわけです。
メソッド先行の落とし穴と体の声を聞くこと
しかもこの構造っていうのは本人の努力不足の話ではないんですよ。
ストレッチをすれば肩こり治る。
サウナに入れば自律神経が整う。
こういう情報っていうのは世の中たくさんあります。
間違いでもないしね。
でもそれはストレッチイコール効く、サウナイコール整うっていう
一つ記号になってしまっている場合もあるわけです。
この記号っていうのが自分の体の実感と設置しているかどうかっていうのは
また別の話になってきたりするんですね。
体感として自分でつかめない限りはこうすればいいらしい。
こうした方がいいに決まっているっていう思考の中で
答えを探すことになってしまいます。
でも体っていうのは思考の中にはいないですよね。
ストレッチが効く、ストレッチイコール効くっていうのが
どんなに正しかったとしても
今の自分の体がどこで何を必要としているか
これは体を感じることでしか知りようがないんですよ。
数値を測ろうか、いろんな検査をしようか
いろんな検証をしようが
それは客観的なものでしかなくて
自分を感じるっていうことでしか知りようがないものが
たくさんあるわけなんです。
でもこれが社会の側にもやっぱり理由があるんです。
今の社会構造、当たり前みたいなものはね
自分の体は自分で管理しなさいっていうようなことを
言われたことある人もいると思うんです。
健康は自己責任だよとか
セルフケアの情報はいくらでも手に入ると
でも自分の体の状態を感じ取るっていうための
言葉とか教育っていうのは
なんかね、用意されてない気がするんですね。
体を見る解像度っていうのが社会的に足りていないっていうのは
間違いなくやっぱり現代にはあると思います。
だから最初の相談に戻ると
僕の答えとしてはこうなります。
何をやるか。ストレッチこれいいよ。
こういう栄養をとるといいよ。
睡眠このくらいとるといいよ。
もちろんそういうこともお伝えしたりもするけども
今回はね、今回に限っては
今の自分の体がどうなっているかっていうのを
感じてみよう。意識をそっちに向けてみようっていう
答えをしたいと思います。
能動的な知覚と感覚への意識の向け方
ここで大事なのは感じるっていうのは
受け身の行為ではないっていうことなんです。
感じるっていうのは受け身の行為ではないっていうこと。
僕らはね、普段感覚っていうのを勝手に入ってくるもの
勝手に入ってくるものだと思っちゃいがちなんですよね。
痛ければ痛いって感じるし
気持ちよければ気持ちいいって感じる。自然に。
でも実際には体の内側の状態っていうのを感じ取るには
意図的にそこに注意を向ける必要があるんですよ。
例えば今ね、この話聞きながら
自分のお腹とか胸がどうなっているかって感じてみてください。
僕の話聞きながらね
呼吸によって自分の内側がどうなっているか感じてみてほしいんです。
感じようとした瞬間に何か変わっているはずです。
胸の奥の方に意識が向いた。割と表側に意識が向いた。
お腹の方、呼吸によって動いた感じが分かった。
感じようとした瞬間にぼんやりと浮かび上がってきますね。
このあたりのなんとなく実際の感覚が。
感じようとした瞬間に
その呼吸だったりとかっていうものも
そこの感覚を拾おうとして
よりゆっくりになっていたかもしれないし
感覚を感じようとして
お腹とかの力がスッと抜かしていたかもしれません。
力んでいたら感じられないからね。
わずかに皆さんの体の中で
感じるぞーって意識向けるだけでも
体の変化って起きてくるんですよ。
知覚しようとすること、感じようとすること自体が
実は能動的な行為なんですね。
自分で感じにいかないと感じられないわけです。
これをね、現象学的に言うと
能動的知覚っていう風に言ったりします。
これがね、体の使い方
イコール僕らの精神状態だったりとか
人間性みたいなものにすごく重要な観点だと思っています。
知覚と運動っていうのは切り離せないんですよ。
何かを感じようとするとき
知覚っていうのは運動と切り離せないんですね。
何かを感じようとするときに
体はその感じ方に適した状態に自分を調整します。
足の裏を感じようとすれば
足首とか膝がわずかに力みをほどいて
感覚を得やすい状態を作ろうとするはずです。
肩の奥を感じようとすれば
肩甲骨周りの力の入り方っていうのが
わずかに変わるはずです。
つまり、意図的に感覚に注意を向けるっていう
一つの行為が
知覚と運動、感覚と運動っていうものの
両方を同時に変えているんですよね。
同じストレッチでも
注意の質が効果を生む
今この筋肉がどう伸びているのかっていうのを
感じながらやるのと
YouTube見ながら形だけ真似するっていうのでは
体の中で起きていることが全く違ってくるわけです。
ハーバードのケリーっていう研究者が
2013年に報告をしています。
瞑想とか体極圏が効果を生むのは
動きそのものではなくて
体の感覚へ注意を向け続ける能力。
ここでケリーっていう方は
体制感覚的注意の調整っていうふうに読んでます。
体制感覚的注意の調整。
これが鍛えられるから
瞑想とか体極圏がいいんじゃないの?
っていうふうに言ってるんですよ。
動きが先なんではなくて
注意の質が先であるということを言ってるんですね。
これはまさに僕がSomatic Studioだったりとか
僕個人がクライアントの方に伝えることの
まさに肝のところです。
体に触れていると
ちょっとでも緩んで
これ気持ちいいぞってなれば
体はもっとほぐれる
気持ちいい方向に行こうとするんですよ。
体が無意識にそっちの方に行ってくれれば
そっちでいいんだよって後
理性でさらには導出してあげる。
この循環が回り始めると
何をやるかっていうのは
体が先に教えてくれるようになるわけです。
逆に言えばね
この体の声っていうのを聞かないまま
そのメソッド、手法、動き
っていうものだけ積み上げても
この循環っていうのは
なかなか始まってきにくいんですね。
ちょっと正確性に欠けてしまうということが
起きちゃう。
もちろんそれで変化起きる人もいるんだけどね。
いわゆるセンスがいい人ですよね、それって。
だからメソッドが先なんではなくて
感じることが先であると。
やればやるほど遠ざかってしまうっていうのは
心地よさを引き出す意識の使い方
やり方が間違ってたわけじゃなくて
体の声っていうところよりも
先にメソッドっていうものが来てたからかもしれません。
なのでせっかくこんなに
いろんなものに取り組んでみてくださっているので
そのままでいいですよ。
そのままでいい。
同じストレッチでいいし
同じヨガでいいです。
ただやる前に一瞬だけ
自分の体は今どういう状態かなっていう風に
やってみてほしいし
やりながら
どういう風に気持ちよくなっているかな
っていう風に意識を受け続けてみてほしいんです。
意識のトレーニングって言ってもいいかもね。
このヨガのポーズする時に
ここが気持ちよくなっているから
ここが気持ちよいように
このヨガをやってあげよう。
全身くまだけスキャンしていきます。
一箇所だけじゃだめよ。
全部が
気持ちよさっていうところで包まれるように
そういう方向に体が動くように
その感覚が拾えるように動かしてあげる。
ポーズがこういう方が美しいなっていうのは
もちろんきっかけとしてはあると思うんです。
そのために多分ああいう型としての
ヨガとか体極拳っていうのがあるからね。
ストレッチもそうだ。
なんだけれども
その感覚を感じながらやっていくっていうような
ある種、瞑想的な行為っていうものが
多分ね、今のセルフケア市場みたいなところには
すごく必要であって
欠けているところでもあると思うんですね。
僕もSOMATIC STUDIOの中でお伝えしている
その身体胴体瞑想みたいなものがあるんですけど
まあ、外から見れば
ストレッチだし、運動法だし
よくあるものなんですよ。
ただそれを瞑想として捉え直してほしいっていうような
提案の一つなんですよね。
だから僕が伝えている身体胴体瞑想だけじゃなくていいんです。
ヨガするときも
自分の体が気持ちよく感じられるように
動かしていこうっていう風にすれば
自然と動きが正しい動きになって
構造通りの動きになっていくし
そう考えるとヨガじゃなくて
普通に歩いている、散歩しているときもそうなるし
ゲームしているときもそうなるし
お酒飲んでみんなでバカ笑いしているときもそうなると思います。
ちょっとでも気持ちよく笑えるようにして
ちょっとでも気持ちよくお酒を飲めるようにしてあげれば
これもね、一つ瞑想と言えますよね。
もっとこういう風に笑ってみようかな。
あー気持ちいいな。
っていう風にやってあげればいいんですよ。
飲み会が体に悪いわけじゃないよね。
飲み会してすごいクタクタになる人もいれば
飲み会やると元気になるって人もいるわけですよ。
まあもちろんアルコール取りすぎたら
物理的なダメージきちゃうからまたそれは別だけどさ。
こんな風にやりながら
その行為をしているときに自分の体が
心地いい方向に行ってるかどうかっていう風に
目を向けてあげてほしいよね。
これがね、逆に
やってればね
うまく気持ちよくなれないぞっていうものがたくさんあります。
そういうものです。
だけどその気持ちよくないな、これじゃ嫌だなっていう感覚を
ちょっとでもいい方向に変えていく努力をしていけばいいんですよ。
こういう方向の努力。
気持ちよくなるように努力する。
そのために意識向けていく。
嫌な感じを我慢する努力に使わないで
ちょっとでもいい方向に行くようにこうやったらいいかな
体、俺の体
中山筋肉みたいな感じでね。
おいおい、どうだいこの動き
こうやって動かすとどうだい
っていう風にね、問いかける
働きかけるみたいなイメージがね、一番適切だと思うんですね。
コントロールしようとするんじゃなくて
お伺い立てるみたいな感じかな。
そんな風にしてあげると
体は真っ当に応答してくれます。
変化への道のりと実感の重要性
この動きじゃないんだな、姿勢を整えようとしても
鏡とかを見ながらこういう姿勢がいいんだな、キュって
一方的に体をコントロールしているだけだと
体の感覚も上ってきようがないし
ただ体を感じようと思うだけでは
怖がってて苦しいなぁしか上ってこないですよ。
じゃあその苦しいなぁを
ちょっとでも楽に気持ちよく座れる位置ってどこだろう
っていう風に自分で調整していってあげる。
こうするとどうだ、こうするとどうだ
っていろいろこう流していくと
だんだんといい方向に転がり始めていきます。
ただこの体とか感覚を司っている
その感覚や運動を脳だったりとか
先に話した筋膨水とか
実際の物理的な体で起きていることなので
何かがカチッと変わるわけではないんですよ。
ちょっとずつ怪我したところが
少しずつ修復されていくように
だんだんと変わっていきます。
感じられるようになってくるし
気持ちよく動かせるように感じられるようになっていきます。
なんだ随分変化するまでは遠いんじゃないかな
って思う方もいるかもしれないんだけど
実際そうやって体の声を聞きながら
感じながら動かしていくと
気持ちいいなっていうような実感が
その都度その都度出てくるので
これよりもこれ以上のことを求めることがなくなると思います。
あくまで他についてくる結果っていうのは
後で他に得られる結果っていうのは
あくまでついてくるものに変わるんですね。
その実感っていうものが
いいなっていう実感が
たぶん日々のご飯おいしいなとか
今日も一瞬一瞬楽しいなっていうことがあったりとか
そういう実感に支えられた
たぶん僕らの生きた心地みたいなものが
たぶん出来上がっているんですよね。
よくね、生きる意味って何ですかみたいな問いがあったりもするけど
壮大な哲学的なもの
その身体的なレベルで言えば
たぶんその実感なんですよ。
一瞬一瞬感じられる心地良さとか
その心地良さも反対側にある
心地良さの方向に行かせてくれるきっかけとなる
深いな感覚っていうのもその実感の一つだと思うしね。
なので全然相談所の方は
意識の方向転換と心地よさの追求
行き止まりでもないです。全然大丈夫。
今までやってきたことっていうのは間違いなく経験として
身体とか脳に刻まれているので
あとは一つだけやることを増やすというよりかは
その意識の矛先だけ
身体の心地良さっていうところに向けてあげて
あとはせっかくこれだけストイックに
いろんなものに挑戦できてるんだから
そのストイックさを心地良さを
引き出す方向に向けてあげてください。
極端に言えばね、365日、24時間。
起きてる時間って言ったらもっと減るかな。
でも意識がある間はとことん
心地良さ、気持ち良さっていうものを
最大限にしていこう。
パソコンをしているときもできるだけ身体が
ほどけていって気持ちよく仕事ができるようにとか
ご飯食べるときもおいしく感じるように
なおかつお茶碗持ってる手も
箸持ってる手も
持ちよく脱力ができるように
心地良さが感じられるようにしてみよう。
もっと、もっとっていう風にね
やっていくと
当たり前に普段過ごしている時間っていうものが
たくさんあることに気づくと思います。
結構だからね、疲れるんですよ。
意識をどこに向けるかっていうことで
普段得られない感覚とか
運動の成分っていうものが混じってくるから
脳が疲れてくるんですね。
今まで使ってない回路が動き出すんで。
でもこの疲れってのは
嫌な疲れではないです。
いい運動をしたときの程よいその気持ちよさみたいなもので
身体を制限するような心地悪さではないので
やっぱり時間が必要。
物理的なその脳の変化、身体の変化が起きるまで。
だからしっかりご飯食べて
しっかり睡眠とって
しっかり日中は動いて
動くときは感覚、心地良さの方に
意識をひたすらひたすら向けてあげるということを
やってみてあげてください。
これだけ努力できる
まとめと今後の実践へのエール
この方であれば絶対変わると思います。
クライアントの鏡のような方だなと思ったので
この調子でぜひやってみていただければと思います。
気持ちよくなるように心地よくなるように
意識を向けてあげてくださいということで
今日は質問回答をさせていただきました
身体の教養ラジオ。
今日これでおしまいにしましょう。
また遊びに来てくださいね。
ぜひフォローとかコメントもいただけると
すごく僕たちのやる気につながりますので
もしよろしければフォローとコメント
ぜひお待ちしています。
それではまたお会いしましょう。
大沼達也でした。
今日ものんびんだらりといきましょう。
29:53

コメント

スクロール