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頑張るのをやめたら、人生がうまくいき始めた理由。
2026-02-09 22:12

頑張るのをやめたら、人生がうまくいき始めた理由。

「頑張る」という言葉の意味は、人それぞれなんとなく違う。

言葉の呪いから解き放たれるためのちょっとした考え方の違いで、体のこわばりが解ける方法を紹介。


このポッドキャストでは、サポーターの皆さんからいただいた質問にお答えしています。

「自分の身体ともっと対話したい」「頭ではなく、身体の感覚から生きる軸を育てたい」

そんな方々と共に学び続けるコミュニティが、ソマティックスタジオの「身体の教養」です。月額¥3,300で、動画講義や限定コンテンツ、質問投稿の機会をご用意しています。

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どうもこんにちは、大沼竜也です。 このポッドキャストでは、SOMATIC STUDIOのサポーターの皆さんからいただいた質問について、お答えをしていきながら、
僕なりの考え方とか、普段の臨床でどういうことを見ているのかっていうのを、皆さんにお伝えできればなと思っています。
では早速、フォームからお質問をたくさんいただいていたので、読んでいきたいと思います。
今日の方は、30代の会社員の方ですね。
昔からずっと、頑張ればなんとかなると思ってやってきました。
仕事も、資格の勉強も、休みの日も、自分を追い込んでやってきたつもりです。
でも最近何をやっても手応えがないというか、努力が報われている気がしなくて、正直しんどいです。
周りからは十分やってるよと言われるんですけど、自分では全然そう思えなくて、頑張り方が間違ってるんでしょうか?
それとももっとやらないとダメなんでしょうか?
これね、僕自身もすごくわかる気がします。
同じような感覚、感じを、特に20代前半くらいの時からすごく感じて苦しい方の方を覚えています。
思い出しました、今ので。
多分この方だけでなくて、僕の社員とか見てくださっている方の中、
このポッドキャストを聞いてくださっている方の中にも、
わかるなっていう方もたくさんいると思うんですね。
今日、これについてお話ししようかなと思うんですけど、どうしようかな。
努力とか頑張るっていうもの、その言葉の定義というか、
皆さんが頑張るとか努力ということをどういうふうに捉えているのかっていうところについてお話ししようかなと思います。
まずね、頑張るとか努力っていうのを皆さんはどういうものだというふうに思っていますか?
いろんなイメージがありますよね。
頑張るっていうと、気分を盛り立てて物事に取り組むとか、
自分の疲れとかしんどさみたいなのを乗り越えてやることが頑張るだ。
苦しくなければ仕事じゃないみたいな言葉もあったりしますね。
努力っていうのも同じだ。
漢字で書くと努力って女の股力とかって書くんだよとかって、
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僕の中学校くらいの先生かなとか言ってましたけど、
だから女の子は頑張れるんだよみたいに言ってる先生もいましたね。
あと臨床とかでもよくよくクライアントの方にお話しするのは、
頑張るっていう言葉についてです。
頑張るって日本語で書くと、カタクナに貼るっていうふうに書くんですよ。
頑張るってね。
その文字を漢字の意味合いだけ見ると、
カタクナに貼っている状態なわけです。
もしみんなの体がカタクナに貼った状態で頑張っていたとしたら、
その方って周りとうまくコミュニケーション取れそうですかね。
うまく力合わせながら仕事とかできそうかな。
仕事に熱中して成果につながるところもあれだったりとかもありますし、
楽しくその人を仕事に取り組めてそうですかね。
多分そうじゃないのかなって思うんですね。
これが言葉の便利さであり危うさというか怖さでもあるわけです。
言葉とか頑張るぞっていうふうに僕は日常的に言葉を使って
自分の気持ちを作ったりだとか、
その姿勢というものを作ったりするんですけど、
ここに身体、身体の視点を持っていかないと
気づくことができなかったりするんです。
頑張るぞって思うたびに体のいろんなところが怖がって、
カタクナに張って、いろんなものを認識できない、
いろんなものを知覚できないような状態になっているとする。
それが日常的になってるってなったら、
そりゃ疲れるよなって思いませんかね。
つまり体の方から見れば疲労がどんどん溜まっちゃって、
それでも抜けない。
血液も悪くなってしまうし、
疲労も抜けていかないっていうような状態になっていってしまうわけです。
だから頑張るぞ。
いや、今日はあんまり頑張らなかった。
明日こそは頑張るぞっていう夜を何回も乗り越えたりっていうことを
僕もありました。
今日何もできなかったな。
よくある自己啓発書とかを読んで、
今日俺は何したんだよとかっていう風に自分をこうさせて、
明日こそやるんだ。
頑張ることすらできないのか、自分は。
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っていう風に思ったりとかした時期もありましたね。
でもやっぱりその次の日、
今日は頑張ったぞっていう風にはなれなかったんですよ。
それが自分の能力の低さとか、
自分のせいだっていう風に思ってたんですね。
確かにそれを自分のせいって言ってもいいのかもしれないけど、
確かに自分でどうにかできるもの、
介入できるものなのかもしれないけれども、
それだけじゃないんですよ。
今までに触れてきた言葉、誰かの言葉だったりとか、
本だったりとか、
メディアで流される美しい綺麗なかっこいい話とか、
そういったものと自分の実感っていうものが
だんだんとずれて頑張るっていうのは、
自分を辛い方向に持っていくものなんだとか、
努力っていうのは苦しさを感じながらも、
それを乗り越えていくことなんだっていう風に、
間違って解釈してしまってるっていうことが結構あったりするんです。
臨床動画でもね、
例えば首を触りながらお話聞いたりとかしてます。
この辺結構張ってる感じするなーとか触りながら。
クライアントの方は聞くんですよ。
ここら辺痛いんですか?とか、
この辺普段辛くなりますか?とか、
体の方を聞いていきながら、
力抜いてもらえるんですよね、そうすると。
力が抜けた状態っていうのが見えた状態で、
精神的な症状の方も聞いていきます。
普段どういう時に首辛くなるの?とか、
例えばその方が眠れないとかってなったら、
夜何考えてる?考え事とかしちゃうんですかね?とか、
夜聞いていく。
そうすると、実はとかっていう風に、
精神的な悩みのところとかにくっついていったりするんですね。
その話に入った途端、
例えば職場でこういうことがあって、
新しい仕事が見たりになった途端に、
首のある箇所が固くなってきたりするんですよ。
この箇所が毎回なるとかっていう、
共通性とかは特にないんだけど、
人によって頑張る時に固くなりこぼらせてる箇所が、
おそらくあるんですね。
ご夫婦の問題とか抱えてる方が、
夫婦の話になった途端に、
急に右手がギューって固くなっちゃったりとか、
肩がギューって上がってきたりとか、
本人は気づいてないんです。
体のほう、首のほうを触りながら、
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肩のほうを触りながらやってると、
途端にそれが固くなってくる。
話もバーって、
こういうことがあって、こういうことがあって、
っていう風に話していくうちに、
息継ぎもなかなかうまくできなかったりとか、
落ち着いてる時とは違かったり、
するような変化が出てきたりするわけです。
呼吸筋周りとかもギューって固くなっちゃったりとかしてね。
ちょっと息切れしながら、
その日について、
もう本当に最悪ですよとか、
こういうことがあって本当に自分が悪いんだけど、
みたいな風に言ったりする方もいるんですよね。
そんな風に無意識に、
嫌だなと思うことに対しても、
頑張ってそれに対して向き合わなきゃいけない。
イコール体の視点からそれを見てあげると、
精神的に言えばいろんなことが言えると思うんですけど、
体のところだけ区分けして、
覗いてみると、
体のどこかの箇所を、
いろんな場所をその人なりのね、
怖わらせて、
そこの感覚っていうのを遮断するような状況を作って、
それを乗り越えてるっていう風にも言い換えられるわけです。
頑張るとか努力っていうのは、
自分のその苦しみとか、
辛さっていうのを、
あるんだけど感じないように蓋をして、
それでも進んでいく行為だっていう風に、
その方の頭の中では、
紐づいてしまっているんですよね。
これで人生何十年生きていくのって、
相当辛そうじゃないですか。
何かと頑張ることは良いことだとか、
努力することこそが、
人間のどの項目であるみたいな、
いろんな美しい言葉が並んでる。
でも、
自分はそういうイメージを持っている、
頑張るとか努力に対してってなると、
その言葉を見るたびにげんなりしちゃいますよね。
僕はそうだったんですよ。げんなりしてましたね。
そう振り返ると。
クレアントの方とか、
この発信とか見てくださっている方には、
そういう気持ちになってほしくないなと思います。
自分たちの子供に対してそういうふうに思ってほしくないし、
本来違うじゃないですか、おそらく。
頑張るとか努力するって、
気づいたらやっちゃってるとかさ、
止められても楽しいからやりたいなと思って、
忙しい合間を縫ってもやってて、
やるとすごく気持ちがすっきりするというか、
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結果がどうこうとかじゃないですよね。
それに取り組んでいる時間が、
楽しかったりするわけだ。
これも体の視点から言い換えれば、
それに取り組んでいる間、
体がすごくいい状態が保たれているってことなんですよね。
それが終わった後、程よい疲労感があったりとか、
程よく頭がすっきりする感じがあるとか、
体がすごく合理的な状態になって、
いい状態になって、その物事に向かって、
いろいろ体を動かしているってことが、
僕らにとって、僕らの体とか、
神経筋に刻まれている、
本能としてのプログラムなんですよね。
これを活かさないといけないということで、
Somatic Studio、
はじめ僕の発信とかでは、
体の部分っていうところを掘り返して、
そっちの方に焦点を当てていきます。
この質問者の方なんかは、
いや、頑張れない。
質問をちゃんと見てなかった。
そう、頑張ればなんとかなるって思ってやってきた。
これは一つ、何か結果を得よう、
結果が得られないとっていう風に思う焦りっていうのもあると思うんですよ。
もちろん、食べていかなきゃいけないからね。
そういう焦りになったりとか、
これで成功しなければいけないとかっていうのが、
もしかしたらある人もいるかもしれない。
努力が報われている気がしないというのは、
まさにそういうことですね。
ただ、報われた方がもちろん、
嬉しいと思うんです。
もちろんそれはそうだ。
僕だってこれ反応しているの、聞いてもらえている方が嬉しいですからね。
でも、その結果は結果で、
それを下ろす必要はないんですよ。
独協とかがよくね、
そういう成果みたいなのを送ってはいけないよとかって言ったりします。
もちろん、追うことで見えなくなるものはあるんだけれども、
あるんだからしょうがないじゃんって思うんです、僕は。
だからそこはそのままでいいと思うんですよ。
ただ、ここの成果に繋がるまでに、
必要な道のりって、
さっき言った、頑張って固くなりはって、
乗り越えていく先にあるものでは、
おそらくないんだと思うんですね。
楽しくって、
そう、よく例える話で、
山の頂上に行きたいと思って歩いている。
でも山の頂上だけ見ていると、
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長い長い道のりなんで、
しんどくなっていっちゃうんですよ。
登山とか好きな方がいらっしゃれば、
共感していただけるかもしれないんですけど、
山の頂上だけが楽しいわけじゃないんですよね。
むしろ、その登っていく中で、
なんだろうな、その季節に
生えてくる山荘とか、
その季節ならではの風景だったりとか、
こう、
行き交わす人との、
こんにちはとかっていう挨拶が楽しかったりとか、
その空気感だったり、
歩いていること自体が気持ちいい。
登っている、下っていること自体が気持ちよかったりするわけです。
その道のりが気持ちいいな、楽しいな、
嬉しいなっていう状態が続いていった先に、
おそらく成果っていうものがあるんだっていう風に、
思ってみたらどうかなっていう提案ですね。
何の話だったっけ。
よく話の内容、
長くて忘れちゃうんですけど、すいません。
そうなんです。という感じで、
頑張りとか努力っていうものが、
自分の体を転ばらせて、
自分をどの苦しい方向に持っていく言葉になっていないか。
頑張るっていう、
そう、こういうと頑張るとか努力って言葉が悪い言葉みたいに、
聞こえるかもしれないですけど、全くそんなことないと思うんです。
僕も家族とかによく、頑張れよとか、
努力が大事だぞとかって言われたりします。
小さい頃から何回も言われてました。
結構言われて、
周りの友達とかにも心配されるくらい、
気合を入れてくれる家族だったんですけど、
それに真面目に答えちゃってたんですよね。
真面目にっていうか、僕が歪んで解釈しちゃってたんですよ。
彼らは、彼女らは、
僕の家族とかは、頑張れよっていうのは、
葉っぱをかけたいと思って言ってくれてたんですよね。
葉っぱっていうのはつまり、
僕を奮い立たせようとして言ってくれてたものだった。
堅くなりはれよって言ったわけじゃないんですよ。
それに気づけてからは、
そういう応援みたいなものも、
ありがたく受け取れるようになりました。
だから今度からは、
これ聞いてくださってる皆さんで、
同じ気持ちの方は、
頑張れとか、努力しなければいけない、
みたいな言葉を見たときに、
体を怖がらせる必要はないんだな、
っていう風に思ってほしいんですよ。
むしろ力が抜けた状態にならないと、
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その目の前のことには頑張って取り組めないし、
努力もできないんだっていうことに、
一つ思考を変えてみてほしいんですね。
言葉の捉え方っていうの。
こうやって考え方とか言葉の捉え方っていうのを変えるだけでも、
自分の体の構えとかっていうのは変わっていったりします。
そのときに必ず、
ごめん必ずとか言っちゃったけど、
もし良ければね、
自分の体がどういう状態になってるかなっていうのを、
都度都度感じてあげてほしいんですよ。
ゆっくり深呼吸するでもいいし、
軽く呼吸するだけでもいいです。
ちょっと目をつぶって、
自分の今の表情筋どうなってるかな、
顔のところ、首のところどうなってるかな、
前側、後ろ側、横側、中の方、
っていう感じで、
体の全身今どういう状態になってるかなっていうのを、
ちょっと立ち止まって感じる時間を作ってあげるのもいいと思います。
慣れてくれば、
人と話しながらでも、仕事しながらでも、
一瞬パッて意識の体の方に意識を向けて、
どうなってるかなっていうのを、
流れるようにできるようになってくると思います。
そうなってくるとさ、
作業自体、仕事自体の制度っていうのも変わってくると思うんですね。
もちろん、
何かやるときじゃなくても、
趣味のときももちろんそうですね。
趣味のときももちろんそうだし、
リラックスするとき、プライベートな時間を取るときもそうです。
気持ちいいなーってお風呂入ったときに、
お風呂っていうのは休養だから、頑張らないと、
みたいにやってたら疲れ取れないじゃないですか。
気持ちいいなー、
お風呂最高だなー、
やっぱ湯船最高、日本中で良かったー、
みたいに思ったとき、
自分の体のどこが気持ちいいんだろうなー、
特にこの辺の力抜けるんだなー、
ってことはこの辺って普段から力入ってんのかな?
そんな風に、
自分の感覚の方に目を向けてあげることで、
いろんな気づきっていうのが得られます。
無意識の自分だね。
普段認識してる自分ってこうなんだっていう、
ところよりももっと深いところ、
もっと広いところっていうのを、
体は教えてくれます。
体には残されてるんですね、
そういう自分の無意識が。
そんな感じで頑張る、努力っていうものを、
ちょっと体の視点から見て、
力を抜いた状態で頑張る、
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努力するっていうものを、
ちょっと意識してみてほしいなと思いました。
はい、ということで質問くださった方、
ありがとうございます。
聞いていただいて分かったように、
あなたの努力が足りないからっていうわけじゃないんですよ、
全くね。
ただただそれにたまたま気づかなかったっていうだけで、
ああそういうことね、ちょっと考え方変えれば、
捉え方変われば確かにその通りだなっていう風になってもらえれば、
あのもう、
今日このタイミングから生き方っていうのが変わってくれると思います。
もしね、
体の辛いところとかもあるのであれば、
もしかしたらそこもね、緩んでくるかもしれませんね。
次回もOSMATIC STUDIOのサポーターの皆さんの質問に、
お答えをしていきたいと思いますので、
もしよろしければまた、
次回も聞いていただけると嬉しいです。またお会いしましょう。
22:12

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